私が講演会で「数値化が大事だ」と話すと、こんな反応が返ってきます。
「うちの会社は数字に細かくて、会議で資料を見るたびにうんざりします。
そのくせ、売上も利益も全然上がらないんですよ」「上司から『数字で考えろ』と言われるので、とりあえず数字を並べて資料を作ってみたものの、結局使ってもらえず、上司の机の上に置きっ放しにされています」どうやら大企業や伝統的な企業ほど、「数値化はしているが、役に立っていない」という状況が起こりがちなようです。
私も多くの企業で、こうした数値化の失敗例を目の当たりにしてきました。
なぜ、数値化が問題解決につながらないのか。
それには明確な理由があります。
この章ではそれを解説しながら、多くの人が陥りがちな「数値化のワナ」についても述べることにします。
ワナを知って回避すれば、より効果的に数字を活用できて、自分の仕事も改善します。
また、マネジャーや管理職であれば、部下が出した数字を見る時のチェックポイントとしても役立つでしょう。
数値化を確実に問題解決につなげるためのコツを、ぜひここでつかんでください。
「間違った数値化」パターン❶数字の単位、定義、解釈が曖昧孫社長は、曖昧な数字を絶対に見逃しません。
数字の単位や定義、解釈など、少しでも漠然とした箇所があると、「これは何だ!?」と即座に鋭いツッコミが入ります。
特に怒られるのが、「分母と分子がはっきりしないパーセンテージ」です。
仮に「現在の携帯電話の解約率は一・〇七%です」とだけ報告したら、間違いなく孫社長からこんな指摘が入ります。
「この解約率は、分母と分子をどう定義して出した数字だ?」この指摘はもっともです。
例えば、分母を「ある月初の加入者数」とし、分子を「同じ月の解約者数」として出した数字なのか。
あるいは、分母を「累積の加入者数」とし、分子を「累積の解約者数」としたのか。
それによって、同じ「解約率」でも意味がまったく違ってくるからです。
パーセンテージを出すと、いかにもそれらしい数字が出来上がるので、報告や資料の中でも見逃されがちですが、分母と分子の定義を明確にしなければ、現状を間違って捉えてしまう危険性があります。
このように、数字の定義が曖昧だと、人によってその意味を勝手に解釈することになってしまいます。
その結果、お互いに誤解が生じたり、議論が食い違ったりします。
それぞれが思い込みで動いた結果、間違った方向へどんどん進んでしまったら、取り返しのつかないことにもなりかねません。
曖昧にしてはいけないのは、数字の定義だけではありません。
業務をプロセスごとに分けた時、その解釈が人によって違っていたら、正確な数字は計測できなくなります。
例えば「顧客情報を入力する」という作業も、何をもって「入力した」とするのかを定義しないと、処理件数を正しく測定できません。
「一〇項目すべてを入力する」と定義し、「一項目でも抜けがあるものは、前のプロセスに戻して、顧客に問い合わせてもらう」といったように前後の業務との区切りも明確にすれば、一日あたりの処理件数を正しく把握できます。
しかし、こうした定義がなければ、抜けがある入力情報も一件とカウントされてしまいます。
数字上は順調に作業が進んでいるように見えても、実際は空欄ばかりの使えない顧客情報が積み上がってしまう可能性があるのです。
本来なら、数字の単位や定義を明らかにするのは、数字を扱う上で基本中の基本です。
だからメーカーの製造現場では、業務プロセスを明確に分け、「不良品率」などの用語も分母と分子をきちんと定義した上で使っています。
ところがホワイトカラーの職場では、意外とその点が軽視されています。
定義づけのない数字には、危険な落とし穴がある。
この事実を、きちんと認識しておきましょう。
間違った数値化」パターン❷「分け方」が甘い、あるいは不適切私はいくつもの企業や組織から問題解決を依頼されてきましたが、数値化がうまくいかない理由として最も多いのが、「分け方」です。
第1章で紹介した、ある企業の営業部の事例を思い出してください。
この会社でも、全体の売上や受注件数しか数字を出さず、「分ける」という作業を適切に行っていませんでした。
そこで私は、「新規顧客獲得数」を「初回だけで解約した顧客」と「二回目以降も受注を継続した顧客」に分け、さらに「業種ごと」に分けて数字を出しました。
だからこそ、「受注継続率が低い」「顧客の業種によって継続率に差がある」という問題を発見し、「美容業界に集中して営業をかける」という有効な解決策を見出すことができました。
分け方が甘いままだったら、いまだに手当たり次第に売り込みをかけては、「頑張っているのに、売上が伸びない……」と頭を抱える状況が続いていたでしょう。
もし「数値化しているのに、問題が解決しない」という場合は、ぜひ分け方を見直すことをお勧めします。
それが問題解決の突破口になるケースは、かなり多いからです。
「継続的な売上」と「一時的な売上」を分けることは超重要なかでも意識してほしいのが、「継続的な数字」と「一時的な数字」を分けることです。
先ほどの営業部の例を見てもわかるように、特に売上については、この二つを分けることが必須と言っていいほどです。
「継続的な売上」とは、仕組みを作ることで、いったん契約した顧客から定期的かつ自動的にお金が入ってくるものです。
携帯電話の通信料金や雑誌の定期購読などは、代表的な例でしょう。
孫社長の言葉を借りれば、これが「牛のよだれのような」売上というわけです。
一方、「一時的な売上」とは、文字通り一回きりの売上です。
この二つを比べた時、ビジネスや会社にとって、どちらが重要か。
ライフタイムバリューの観点から見れば、「継続的な売上」の割合を増やすことが会社の基礎体力を強化し、業績を安定させてくれるのは間違いないはずです。
ところが、「継続的な数字」と「一時的な売上」を分けて数字を出している企業は、それほど多くはありません。
その結果、会社の基盤が揺らいでいることを見逃し、気づいた時には手遅れになってしまう企業が後を絶たないのです。
〝二つの売上〟を分けて数字を出さないと、どんなことが起こってしまうのか。
それがよくわかる事例を紹介しましょう。
次の上のグラフは、ある会社の過去四年間の売上推移を示したグラフです。
多少の上下はありますが、一定水準をキープしており、安定した企業のように見えます。
一方、下のグラフは、これを「継続的な売上」と「一時的な売上」に分けたものです。
見比べてみると、どうでしょうか。
「継続的な売上」の割合が急降下していると、ひと目でわかるはずです。
こうして分けてみると、いかにこの会社が危機的状況にあるかが実感できます。
このグラフから読み取れるのは、継続的な売上を稼ぎ、この会社の土台となっていたはずのビジネスが壊滅的に落ち込んでいるということです。
もしかしたら、自社よりも圧倒的な低価格で同じサービスを提供する競合他社が台頭してきたのかもしれません。
あるいは、自社のサービスに代わる画期的な新商品が誕生し、顧客を奪われてしまったのかもしれません。
いずれにせよ、現場の社員たちが必死になって一時的な売上をかき集め、落ち込んだ売上を穴埋めしている現状が明らかになりました。
会社の業績が落ち込んだ時、「一時的な売上」を作って何とかしのごうとすることは、ありがちなことです。
自社開発のWEBサービスを提供し、ユーザーから月額で課金するビジネスが本業なのに、売上が下がってきたので、単発で他社のシステム開発を請け負って一時的に数字を上乗せする。
こうしたやり方で、決算期などを乗り切ろうとする会社は少なくありません。
しかし、このやり方はあくまでその場しのぎであり、決して長続きしません。
継続的な売上なら、いったん仕組みを作ってしまえば勝手にお金が入ってきますが、同じ金額を一時的な売上で稼ごうとしたら、数倍〜数十倍の労力が必要になるからです。
いくら現場の社員が頑張っても、気力や体力には限界があります。
このままでは、この会社はいつかドカンと売上が落ちて、経営そのものが危うくなる──。
このグラフを見る限り、そう判断せざるを得ません。
「継続して稼ぐ事業」への転換で復活したソニー第1章でも述べたように、今後は継続的な売上を意識したビジネスモデルの重要性がより一層高まります。
「継続的な売上」に注力することで、世界的な大成功を収めた先駆けと言えばAppleです。
独自のOSを開発し、iPhone、iPad、iPodなど自社の製品に搭載し、それらの端末やコンテンツを「iTunes」や「iCloud」で連携させる。
いったんApple製品を買ったら、ユーザーは抜け出せなくなり、新しい製品が出るたびに買い続けてしまう。
これが「囲い込み」と呼ばれるAppleの戦略です。
そして日本でも、継続的な売上を意識することで高い業績を出す企業が出始めています。
なかでも好例はソニーの復活劇です。
一時は業績悪化に苦しんだ同社ですが、二〇二一年三月期には過去最高益を達成(純利益が初めて一兆円を突破)するなど、見事に復活を果たしました。
この復活を支えたのが、「リカーリング型事業」です。
リカーリングとは「循環する」といった意味で、まさに「継続して稼ぐ事業」のことです。
ゲーム機の「プレイステーション5」を購入した人に、オンライン対戦サービスなどを「月額いくら」という形で提供するビジネスなどは、その代表格です。
また、米国の音楽出版社を子会社化し、楽曲が使われるたびにライセンス料を徴収する著作権管理事業にも乗り出しました。
リカーリング型事業は、孫社長が言うところの「牛のよだれ型事業」と本質はまったく同じです。
あなたの会社や事業でも、「継続的な売上」と「一時的な売上」を分けてみると、問題解決の糸口が見つかるかもしれません。
「間違った数値化」パターン❸計測している数字がゴールと結びついていない数値化は、あくまで問題解決のための手段です。
数値化をするからには、解決したい問題があり、達成したいゴール(目標)があるはずです。
ところが多くの企業では、肝心のゴールが曖昧なまま、数字だけを集めようとします。
あなたも、「上から『とりあえず調べておけ』と言われたから」「会議で報告するのが慣例になっているから」といった理由で、データを調べたり資料を作成したりしているのではないでしょうか。
しかし、ゴールに結びつかない数字をいくら集めたり分析したりしても、意味がありません。
たくさんのデータを収集したり、膨大な数字を眺めたりしていると、何となく仕事をしている気になりがちです。
しかし、目標達成の役に立たない数字は、無用の長物でしかありません。
数値化で重要なのは、「ゴールから逆算して、何を計測すべきか判断すること」です。
もしあなたが「英語で会話できるようになりたい」という目標があるなら、TOEICのスコアで英語力を計測しても意味がありません。
なぜなら、一般的にTOEICと呼ばれるのは「TOEICListening&ReadingTest」のことで、これは文字通りリーディングとリスニングのテストであり、会話力を測定する試験ではないからです(TOEICには、スピーキングとライティングのテストである「TOEICSpeaking&WritingTests」というものもあります)。
ところが日本の会社では、いまだにTOEICの点数を評価の尺度にしています。
英語を読んだり聞いたりできるだけの人材が欲しいなら、そのやり方は間違っていませんが、英語でプレゼンや交渉ができる人材が欲しいなら、社員に「TOEICで八〇〇点以上をとれ」と言うのは無意味です。
私の会社が運営する英会話学校では、「ビジネスで使える英会話力をつける」というゴールを目指す受講者のために、「ヴァーサント」というテストで実力を計測しています。
これは「ネイティブの英語を聞いて、自分も英語で話す」という実際の会話に即した形式でコミュニケーション能力を測定するものです。
よって、受講者が目指すゴールにどれだけ近づいているかを計測し、数値化することができます。
これが「ゴールから逆算する」というアプローチです。
これは英語学習のケースですが、ビジネスで目標達成を目指す場合も同じです。
まずはゴールを明確にし、そこから逆算して必要な数字を計測する。
それをしない限りは、どんな数字も役に立たずに終わってしまいます。
たとえ上司から「とりあえず数字を調べておけ」と指示されても、ただ言う通りにするだけなら、そのために使う時間も労力もムダになります。
「これは何のゴール(目標)のために集める数字なのか」を上司に確認し、目指す地点を明らかにしてから、何がゴールにつながる数字なのかを自分で考え、適切な場所へ取りにいく。
それをやろうとする意志を持つ人しか、数値化を問題解決に役立てることはできません。
「間違った数値化」パターン❹数字の「マンネリ化」大企業や歴史ある企業でよく陥りがちなのが、「数字のマンネリ化」です。
昔から数字の取り方や資料作成のフォーマットが決まっていて、時代が変わってもそれを使い続けている。
そんな会社が多いからです。
すると、現状に合った数値化ができないので、当然ながら問題も解決できません。
問題解決のためには「商品ごとの数字」を見なくてはいけないのに、「毎月の営業会議では、店舗ごとの数字を報告する」というのが慣例になっているために、誰も商品ごとの数字を取りにいこうとしない。
そんなことが起こりがちです。
長年、店舗ごとの数字は計測してきたので、そのための仕組みは整っています。
ラクに数字が取れる仕組みがあるだけに、いつの間にか「取れる数字しか見ない」というマンネリ化が起きてしまうというのが、この手の企業が陥りやすいワナです。
しかし、店舗ごとの数字をいくら見ても改善しないなら、それは計測の仕方が現状に合っていない証拠です。
その場合は、何らかの仮説を立て、別の数字を計測して、問題のありかを突きとめるべきだということです。
マンネリ化した数字に疑問を持ち、「店舗に置いてある商品ごとの売上を出してみたら、何かわかるかもしれない」と考え、実際に数字を取りにいけば、「数字が悪い店舗では、利益率が高い商品Aの販売数が少ない」といった新たな事実がわかるかもしれません。
さらに掘り下げれば、「現場のアルバイトに『商品Aを積極的に販売するように』という指導が行き届いていない」といった原因も見えてくるでしょう。
そこまで来てようやく、「アルバイト店員への指導を徹底する」といった改善策が見えてきます。
次のアクションに結びつかない数字をいくら眺めていても、何も改善しません。
数値化の手法や基準はずっと固定せず、その時々の状況に応じて、必要な数字を取りにいかなくてはいけないのです。
数字のマンネリ化に関連して、もう一つ気をつけたいことがあります。
それは、「他社のベンチマークを何となく流用してしまうこと」です。
第2章の「LTV分析」のところで同様の話をしましたが、私が経営改善のアドバイスをした企業の中にも「アプリの売上の一五%を広告宣伝費に投入している」というIT企業がありました。
この会社では、アプリを一〇〇本近くリリースしていたのですが、それぞれのアプリごとに「毎月の売上の一五%」を算出し、その金額を広告宣伝費に回していました。
なぜ一五%にしたのかと聞くと、「同業他社の広告宣伝費と財務諸表を調べて、数字を割り出しました」とのことでした。
でも、ちょっと考えてみれば、これはおかしな話です。
一〇〇本のアプリの中には、長期間に渡って利用してもらえるものもあれば、短期間でサービスを終了するものもあります。
つまり、アプリによって獲得できるライフタイムバリューは異なるということです。
にもかかわらず、すべてのアプリに対して、「毎月の売上の一五%」というコストを一律で投入したら、利益を最大化できるはずがありません。
例えば、AとBの二つのアプリがあるとします。
どちらもユーザー一人あたりの獲得コストは一〇〇円で、一人から獲得できる売上はひと月三〇〇円だとしましょう。
ただし、アプリAはユーザーの平均利用期間が一ヶ月。
つまり、大半のユーザーがひと月で利用をやめてしまいます。
この場合、得られる利益は「三〇〇円−一〇〇円=二〇〇円」となります。
これが、アプリAのライフタイムバリューです。
一方、アプリBはユーザーの平均利用期間が十二ヶ月で、一人のユーザーから獲得できる売上は三六〇〇円になります。
よって、アプリBのライフタイムバリューは「三六〇〇円−一〇〇円=三五〇〇円」です。
どちらも獲得コストと月単位の売上は同じなのに、ライフタイムバリューは一七倍以上も差がつくのです。
ところが、「毎月の売上の一五%」を広告宣伝費に投入するとしたら、二つのアプリに投入されるお金は、ともにユーザー一人あたり「三〇〇円×一五%=四五円」となってしまいます。
ライフタイムバリューがこれだけ違うのに、二つのアプリに一律で広告宣伝費をかけることが、果たして利益を最大化するための戦略として適切でしょうか?そこで私は、「残存期間が長いアプリには、ライフタイムバリューと同程度まで広告宣伝費を投入していい」とアドバイスしました。
アプリBなら、ユーザー一人あたり三五〇〇円まではOKということです。
ユーザーの獲得コストは、時間が経つごとに上がるのが一般的です。
最初は一〇〇円で獲得できても、そのうち三〇〇円、五〇〇円とコストをかけなければ新規のユーザーをつかめなくなります。
それでも、三五〇〇円を超えないところまで投入を続ければ、結果的にライフタイムバリューは最大化されます。
一方、アプリAのようにごく短期間で利用が終わってしまうものは、投入する広告宣伝費は必要最低限でいいはずです。
こうしてアプリごとに広告宣伝費の割合を見直した結果、この会社の利益はすぐに改善しました。
「ライバルが成功しているから」といった理由で、安易に他社のベンチマークを自社に流用するのは危険です。
指標作りの目安や参考にするのは構いませんが、「自社の場合はどうか」「数字の前提となる条件や環境が他社と違っていないか」を分析した上で、適切な指標を設定する必要があります。
数字のマンネリ化は、過去の経験則をそのまま鵜呑みにするために陥るワナです。
それを回避するには、「今までこうしてきたから」「皆がやっているから」というだけで思考停止しないことが大事です。
第1章で紹介した「数字は与えられるものではなく、自分で取りにいくもの」というポイントを、常に頭に置いてください。
「間違った数値化」パターン❺数字の「内向き化」数字のマンネリ化が起こる原因は、過去の経験則への依存だけではありません。
会社の中の数字だけ見て、外部の環境変化に目を向けようとしないことも大きな要因です。
第1章で、パソコンとスマートフォンの閲覧数を分けて計測しなかったために、スマートフォン向けの事業で後れをとった企業が続出したことを話しました。
これも会社の外で起こっている変化に気づかず、自分たちの手元にある数字だけを見て安心しきっていたために起こったミスです。
こうした「数字の内向き化」は、多くの日本企業で起こっています。
だから私がアドバイザーを務める会社やメンターをしている経営者には、「KPIだけ見て安心するな。
外の数字をどんどん取りにいけ」と伝えています。
伝統的な大企業だけでなく、変化に敏感なはずのベンチャー企業でさえ、会社の経営が軌道に乗ってくると、社内のKPIだけを追いかけるようになるからです。
会社を立ち上げたばかりの頃は、数値化する材料が社内には何もないので、必死にそのビジネスや業界のことを調べ、自分たちに役立つ数字を集めようと駆け回ります。
ところが、いったん業績指標を決めてPDCAが回り出すと、次第に自分たちが集めた数字の枠内でしか物事を考えなくなるのです。
会社だけではなく、新規事業や新規プロジェクトを立ち上げた場合も、これとまったく同じことが起こりやすくなります。
自分たちが設定したKPIさえ達成すれば、それで安心してしまう。
一見すると順調にPDCAが回っているように思えるので、その居心地の良さが思考停止を生むのでしょう。
しかし、それはただの自己満足に過ぎません。
PDCAは、目標値や指標などの数字そのものについても、検証や改善を繰り返してこそ機能します。
数値化のやり方自体も、常に更新を続けるいったん設定したKPIや数字の分け方なども、外部の環境が変われば見直すのが当然です。
私が「Yahoo!BB」のコールセンターで責任者を務めていた時、業務改善につなげるため、利用者に対して満足度調査を実施しました。
一日に二〇〇〇件ほどの調査票が利用者から返信されましたが、私はすべてに目を通しました。
コメント欄に記入された意見や不満を把握して、何から優先して改善すべきかを判断しようと考えたのです。
この時私は、オペレーターが対応する際のカテゴリー分けが現状に合っているかを、常にチェックしていました。
コールセンターでは、「モデムの障害」であれば「異音がする」「接続が切れる」「通信速度が遅い」「モデムが熱くなる」といった要素に分け、それぞれのカテゴリーを定義づけした上で運用します。
しかし現実には、既存のカテゴリーでは対応できない問い合わせがあったり、どのカテゴリーにも当てはまらない新たなクレームが急に増えたりすることもあります。
だからこそ、お客様のコメントに毎日目を通し、いったん決めたカテゴリーの定義が正しいかを常に確認して、必要に応じて新たな定義づけをしていったのです。
どんな数字も必ず陳腐化します。
「いったん数値化すれば、それがずっと利用できる」ということはあり得ません。
よって、数字の分け方も計測の仕方も指標の設定も、常にチェックと更新を続けなくてはいけないのです。
経済の状況も、同業他社の動向も、新商品やサービスの潮流も、今の時代はすべてが目まぐるしく変化します。
それに応じて、自社の商品やサービスも変えなくてはいけないし、時にはまったく新しい市場を生み出さなくてはいけないこともあります。
そのためには、常に外の世界で数字を取りにいく必要があるのです。
数値化に関しては、常に〝外向き〟の思考を自分に課してください。
「間違った数値化」パターン❻PLANばかりでDO(実行)していないビジネスは「実行ありき」です。
どれほど綿密な計画を立てても、はっきり言えば未来のことなんて「やってみなけりゃわからない」のです。
数字の分け方や取り方も、「何が正解なのか」と机の前で頭を悩ませたところで、答えはわかりません。
まずは実行して、確かな実測値を手に入れ、それをもとに軌道修正しながら、正解に辿り着くしかないのです。
ソフトバンクが驚異的なスピードで成長を続けてこられたのも、とにかく「DO」することで、数値化の精度をどんどん高めてきたからです。
ADSL事業に参入した時も、成功の確率がどの程度あるかなど、誰にもわかりませんでした。
当時ADSL事業を手がけていたのは、ごく小さな新興企業が数社あっただけ。
ユーザー層も限定的で、「ADSLは一部のマニアが使うもの」というのが一般的な認識でした。
よって、このビジネスがそもそも市場として成り立つのかさえ、通信業界では疑問視されていたのです。
そんな不確実な状況で、いきなり一〇〇万件規模の加入者を想定して、ADSL事業に乗り込むことなど、普通の会社なら絶対にしないでしょう。
計画段階で「過去の事例もないし、市場性も不透明だ」という結論になり、結局はやらずに終わってしまうはずです。
ところがソフトバンクだけは、一般の常識を覆して、計画を「DO」に移しました。
しかも一〇〇万台ものモデムを用意し、日本全国で販促キャンペーンを展開するという、とてつもない規模での実行でした。
同じ業界の人たちは、なんという無謀な挑戦だと思ったでしょう。
しかしソフトバンクの強さは、「DO」の後にこそ発揮されます。
とにかく短期間で大々的に実行すれば、たくさんの数字を計測できます。
あらゆる実測値を集計し、当初のビジネスプランとすり合わせて新たに数字を組み直して、より現実的な計画へと仕上げていくことも可能です。
つまり「DO」するからこそ、その後に精度の高い「PLAN」ができる。
それをまた高速で実行するから、最短最速でゴールへ到達できるわけです。
ソフトバンクにおける「PLAN」と、実行せずに頭の中であれこれ考えるだけの机上の計画とでは、そもそもの意味がまったく異なるということです。
よって、実行前に作る計画や目標は、あくまで〝仮置き〟で構いません。
「販促キャンペーンを展開するのに、どの広告を使うのが効果的か」そんなことは、いくら頭で考えてもわかりません。
だったら、とりあえずは「チラシとWEB広告とタクシー広告で展開する」と仮の計画を立て、まずは少額の予算で三つとも一気にやってみればいいのです。
そうすれば、三つの広告を比較できるし、費用対効果も計測できます。
もし三つとも良い数値が出なければ、他の広告を検討するという新たな選択肢も見えてきます。
その上で本格的な予算配分を決めれば、より現実的で即効性のある「PLAN」が出来上がるはず。
あとはそれを迅速に実行し、PDCAをスピーディーに回していけばいいだけです。
いつまでも「P」で留まらず、できるだけ速く「D」へ移ること。
これが数値化を成果につなげるための鉄則です。
「間違った数値化」パターン❼相反する二つの数字を同時に達成しようとしているビジネスには、「両立させるのが難しい数字」が存在します。
「売上」と「信用度」は、その一例です。
営業が売上を伸ばすことだけを追求すると、信用度の低い顧客にまで商品やサービスを売り始めます。
しかし、信用度が低い顧客が増えれば、売掛金の未回収が発生するリスクが高まります。
かといって、「一定の格付け以上の顧客としか取引しない」と決めてしまうと、売上が伸び悩んだり、落ち込むことも予想されます。
このような「相反する二つの数字」にどう折り合いをつけるか、という課題に直面している会社は多いはずです。
そのために、部署間で対立が起こることも少なくありません。
先ほどの例なら、営業部は「売上目標を達成するには、与信管理の基準を引き下げるべきだ」と主張し、経理部は「未回収率を下げることが最優先だ」と譲らないでしょう。
それぞれの部署が「こちらの数値が重要だ」と主張し合えば、社内に衝突が生まれ、ますます問題がこじれることになります。
これは正直なところ、現場の社員やマネジャーでは解決が難しいかもしれません。
よって必要なのは、組織のトップが「今はこちらの数字を優先する」と決めることです。
そうしないと、各部署がそれぞれ勝手に自分たちの数字を追求しようとして、会社全体で見ると結局はどの活動も中途半端になり、いずれの数値目標も達成できないという結果に終わってしまいます。
現場の人間が自分に与えられた数値目標を優先しようとするのは当然のこと。
どの数値を優先するかを正しく判断できるのは、どうしても全体の数字を見られる立場の人間に限られます。
孫社長は、「今はどの数字を優先すべきか」を読み取るバランス感覚が天才的に優れています。
どの数字を優先すべきかは、ビジネスのフェーズによって変化します。
それを正しく見極め、絶妙なタイミングで優先順位を入れ替えていくのが、孫社長は得意でした。
新規事業の立ち上げ期は、「売上」が最優先です。
使える代理店や業者はすべて使い、とにかく売って、売りまくる。
顧客のニーズがどこにあるかもわからない段階なので、ターゲット層もエリアもできるだけ広げて、売上を伸ばすことに専念します。
ある程度の売上実績ができて、市場環境や顧客のニーズがつかめてきたら、次は「代理店の質」の優先度を上げます。
ある時点になると、代理店ごとに顧客から寄せられるクレームの数をチェックしたり、サービスの申し込みから課金までのプロセスごとに歩留まりを計測したりして、代理店のレベルを細かく数値化するのです。
その数値をもとに代理店の仕事を管理し、それでも数値が良くならない代理店は取引を打ち切るなどのアクションを次々と実行します。
もし最初から代理店を厳しく管理していたら、現場の販売員やアルバイトも嫌になってしまい、モチベーションも下がります。
そうなれば、売上を伸ばしてスタートダッシュをかけることもできません。
「売上」と「代理店の質」は相反する数字だからこそ、同時に追求しようとせず、ビジネスのフェーズごとに優先度を切り替えていく戦略をとったのです。
ここでも孫社長ならではの、無謀なようでいて非常に戦略的な数字の扱い方が見えてきます。
相反する二つの数字に悩んだら、タイミングをずらしながら優先順位を入れ替えていくのが、最も現実的な問題解決法です。
日本の多くの企業は、〝数値化メタボ〟状態に陥っているここまで七つの「よくある間違った数値化」を見てきました。
「まさにうちの会社や部署のことだ」と思った人も多いのではないでしょうか。
これらが改善されないと、結果的に〝数値化メタボ〟に陥ってしまいます。
問題解決にも目標達成にもつながらない無意味な数字ばかりがどんどん溜まっていく。
ムダな数字とわかればやめられるが、長年の慣習になっていたり、いったん仕組みができあがってしまうと、ムダをムダと気づくことさえなくなってしまう。
これが数値化メタボの実態です。
繰り返しますが、数値化はタダではできません。
必ずコストがかかります。
よって数値化は本来、品質管理と同じように、費用対効果で考えるべきなのです。
部品の品質をチェックする際、サンプルとして一〇〇個のうち一〇個を抜き出すか、三〇個を抜き出すかで、かかる人手と時間は三倍の差が生じます。
もちろん、三〇個検査すれば、一〇個検査するより品質が上がります。
では、どこまで品質の精度を上げたいのか。
そのために、どれくらいのコストをかけられるのか。
それを目指すゴールから逆算し、数字のバランスを見ながら決めていくのが、品質管理の基本です。
数値化も、これと同じであるべきです。
数値化もコストパフォーマンス抜きでは成り立たないのです。
ITツールの進化により、低コストであらゆる数字を集められるようになったからこそ、時間や人手をどれだけ投入すべきかを常に意識しなくてはいけません。
外資系企業からカルビーのトップに就任し、同社の業績を大きく伸ばした松本晃氏(二〇一八年に退任)が実践したのも、「数値化メタボ」の解消でした。
雑誌『プレジデント』(二〇一四年十一月十七日号)のインタビューで、松本氏はこう語っています。
「二〇〇九年にカルビーの会長兼CEOになったとき、社内資料の多さにびっくりしました。
売り上げデータ、在庫データ、エリア別データ、商品別データなど社内の帳票は実に一一〇〇以上あった。
一一〇〇枚ではなく、一一〇〇種類ですよ。
『すべての資料に目を通したら不眠不休で四日かかる』と笑えない〝社内伝説〟もあったほどでした」別に松本氏は、資料やデータそのものを否定しているわけではありません。
「必要なデータを絞り込んで活用することが重要だ」と考えたのです。
カルビーの経営改革にあたっては、「営業利益率」を重視したと話しています(以下、ゴシック部分はWEBサイト『ニッポンの社長』インタビューより抜粋。
https://www.nipponshacho.com/interview/in_calbee/)。
「もともとカルビーは営業利益率が一・四%〜二%と低い体質でした。
目標は食品企業の世界標準一五%ですが、いっぺんに上げるのはムリ。
まずは一〇%を目標にして、それを達成する方法を考えたのです。
(中略)アレもコレもと指示したら、従業員が混乱します。
だから、いちばん大事な利益にしぼる。
なかでも営業利益率がわかりやすいでしょう。
カルビーも一時期は『コックピット経営』なるものをやっていました。
事業ユニットごとの膨大な数値データをグラフ化して毎週更新。
全従業員に共有して、さまざまな判断に活かす手法です。
理論的には間違っていませんが、複雑すぎます。
ジェット機内のようなたくさんの計器は読めません。
いまは指標を減らした『ダッシュボード』に変えました。
車のダッシュボードは計器が少ないですよね。
ドライバーが確認しているのは、スピードメーターとガソリンの量くらいです」松本氏が実践したことは、まさに「ゴールを明確にし、そこから逆算して、何を計測すべきか判断する」という数値化仕事術です。
数値化メタボから脱するには、カルビーのようにトップまたはそれに近い人に、数字の優先順位をはっきりさせてもらうことが一番の近道です。
とはいえ、現場の人間が何もできないわけではありません。
本章で説明した「間違った数値化」を意識すれば、現場の裁量でかなりの数字をスリム化できるはずです。
数値化のワナ❶「累積」のマジック数値化のパワーは強大であり、問題解決にあたってこれほど大きな武器になるものはありません。
ただし大きな力を持つからこそ、扱い方を間違うと、問題の本質や現場の実態がかえって見えなくなることがあるので要注意です。
そこで本章の最後に、そんな「数値化のワナ」を三つ挙げておきます。
一つめは、私が「累積のマジック」と呼んでいるものです。
もしあなたが管理職なら、部下から上がってくる数字や資料を見る時は、特にこのマジックに注意しなくてはいけません。
なぜなら、累積の数字やグラフの裏に、深刻な問題が潜んでいる可能性があるからです。
「累積は実態を覆い隠し、問題を内包する」と言ってもいいでしょう。
その原因は、本章で「間違った数値化パターン②」として述べた「分け方が甘い」と本質は同じです。
先ほどは、「継続的な売上」と「一時的な売上」を分けず、全体の売上だけを見ていたために、問題発見が遅れてしまった事例を紹介しました。
これと同じことが起こってしまうのが、「累積のマジック」なのです。
次のグラフをご覧ください。
これは、ある事業部の月ごとの売上をグラフにしたものです。
これを見る限り、直近四ヶ月の売上はおおむね一定の規模を保っていて、特に大きな問題はないように思えます。
ところが、これを週ごとの売上に分けて計測してみると、様相は一変します。
四月と五月は四週とも売上がほぼ変わらないのに、六月になると急に第四週の売上が四割を占めるようになり、七月に至っては六割を占めるまでになっています。
ここから読み取れるのは、月末ギリギリになってから、滑り込みで数字を積み上げているという実態です。
もしかしたら、この事業部にとって安定的な収益源だった取引先と、何らかのトラブルや不祥事によって関係が切れてしまったのかもしれません。
そこで落ち込んだ売上の穴を埋めるために、営業担当が月末になって無理やり問屋などに商品を突っ込んで、何とか売上をキープしているといった状況が推測できます。
もちろん、問屋に卸して数字を作ったところで、それは一時的な目くらましに過ぎません。
あとで大量の返品をくらったり、多額のマージンをとられたりするリスクが伴うので、その後さらに悪い事態に陥る可能性は十分あります。
もし週ごとに分けて数字を計測しなかったら、こうした問題に気づくのが遅れ、最悪の場合は取り返しのつかないことになったかもしれないのです。
累積には「うまくいっていた時の数字やその場しのぎの数字も含まれる」という落とし穴があります。
よって累積の数字だけ見ていると、「今この瞬間の現状」を正しく判断できません。
それまで好調だった事業や商品・サービスが悪化し始めたとしても、累積のグラフだけを見ていたら、その変調にすぐ気づくのは難しくなります。
数字から真実を浮かび上がらせるには、ここでも「分ける」という基本を忘れないことが重要です。
月や週などの時間ごと、あるいは業務のプロセスごとなどの適切な単位に分けて、その一単位ごとに数字を管理するしかありません。
累積のマジックにかかると、問題や実態が正しく把握できず、気づいた時には手遅れになりかねません。
逆に、適切に分けて問題点を早めにつかめれば、解決も高速化できます。
孫社長は決して「累積のマジック」を見逃しませんでした。
このマジックを見破る目は、一朝一夕では身につかないかもしれませんが、意識すれば必ず鍛えることができます。
資料に「累積の数字」が出てきたら、頭の
中で要注意マークをつけた上でチェックするようにしてください。
数値化のワナ❷「平均値」のマジック累積のマジックと同じくらいよく見かけるのが、「平均値のマジック」です。
その例としてよく挙げられるのが、「平均貯蓄額」です。
総務省のデータによれば、二人以上の世帯の平均貯蓄額(二〇一六年)は一八二〇万円です。
「本当にそんなに多いの?」と疑問を持つ人がいるのはもっともで、ここには平均値のマジックがあります。
このデータの分布図を見てみると、貯蓄額が平均値を下回る世帯は六七%で約三分の二。
残りの三分の一の世帯の貯蓄額が多いため、平均値を引き上げているに過ぎません。
ちなみに、貯蓄高が低い順番に並べた時、ちょうど真ん中に来る「中央値」は、貯蓄ゼロの世帯を含めて九九六万円です。
この数字のほうが、生活者の実感に近いのではないでしょうか。
仕事やビジネスでも、これと同じ平均値のマジックにかかってしまうことがあります。
例えば、書類処理の速度を知るために、「平均処理日数」を出そうと考えたとします。
この書類は顧客の与信審査をするためのもので、情報が記入された書類を顧客から郵送してもらい、それをデータベースに打ち込んだら処理が完了します。
書類のうち九〇%は、七日間で処理できました。
しかし残りの一〇%は、情報に不備があったので本人に再郵送を依頼したものの、その後は連絡がつかず、八ヶ月後も処理が終わらないままになっていました。
この場合、現時点での「平均処理日数」を出すとどうなるか。
加重平均を算出すると、「七日×九〇%+二四〇日×一〇%=三〇・三日」となります。
つまり平均すると、「書類一件につき、処理日数は約一ヶ月かかる」ということになります。
でも、この数字に意味があるでしょうか。
書類の九割は、それよりずっと早い「一週間」で処理できています。
なのに、その成果は平均値を出すことで見えなくなってしまいます。
一方、残りの一割は平均値の三十日どころか二百四十日経った今も処理できていません。
本来なら、本人に確認する新たな方法を考えるか、「二百日以上本人と連絡がつかない書類は破棄する」といったルールを作らない限り、この問題は解決しません。
ところが、平均値の「三〇・三日」という数字を出したことで、あたかもすべての書類が一ヶ月で処理されているように見えてしまいます。
このままでは、残り一割の書類は、永遠に処理されず溜まり続けるでしょう。
この場合、平均値を出すことに、何の意味もないということです。
計測した数値を意味あるものにするには、やはりゴールを明確にし、そこから逆算することが不可欠です。
このケースなら、「書類の処理は一週間で完了する」といったゴールを定めるのが先決でしょう。
それが決まれば、「一週間以内に処理できたもの」と「一週間を超えても処理できていないもの」に分けて数値化するという発想が生まれます。
品質管理で言えば、「良品」と「不良品」に分けて、それぞれの数や比率を計測するから、実態を正確に把握できるのです。
平均値を出すことで何となく全体を把握できた気になってしまうのが「平均値のマジック」の怖さです。
「ゴールなき平均値は真実を覆い隠す」ということを、知っておきましょう。
数値化のワナ❸「配賦」のマジック会社の管理会計で使う用語に、「配賦」があります。
これは簡単に言えば、「全部門共通の費用を、部署や支店、店舗ごとに割り振ること」です。
配賦を行うことで、各部門や店舗の損益を正しく管理することができます。
例えば、一〇店舗を展開する会社があるとします。
店舗ごとの収支を把握したい時、単純に各店舗の売上と利益を計算するだけでは不十分です。
どの会社にも、店舗を統括する本社や本部があり、経理・人事・総務・情報システムなどの間接部門や管理部門が存在します。
そして、間接部門や管理部門でも、人件費やオフィスの賃料、光熱費といった費用は発生します。
ただし、これらの部門では売上などの収益を出せないので、単独で損益を出すことができません。
よって通常、本社部門の費用を何らかの基準で一〇店舗に割り振り、それを考慮しても各店舗が利益を出せているかどうかを把握します。
これが配賦です。
こうして配賦しないと、「店舗ごとの収支は黒字なのに、会社全体は赤字」といった矛盾が起きてしまいます。
また、部門ごとや支店・店舗ごとの目標数字を決める際も、本社費用を含めたコスト計算をしなければ、売上や利益のラインを適切に設定できません。
ですから配賦そのものは、会社の経営状況や実力をより正確に数値化するための効果的な手段と言えます。
ただし問題は、「何を基準に配賦するか」です。
よくあるのは、各店舗の売上比率や人数に応じて、本社経費を割り振る方法です。
どちらのやり方も、会社の実態に合っていれば問題ありません。
しかし「なぜ配賦するのか」という目的が曖昧なまま、本社にとって都合のいい基準で割り振ってしまうと、会社全体の経営実態まで見誤ることになります。
私が顧問を務める某企業では、支店の売上にもとづいて配賦を行っていました。
ところが、配賦したすべての支店が赤字になってしまい、なかなか利益を出すことができません。
当然、会社全体の業績も赤字でした。
相談を受けた私が詳しく数字を調べたところ、本社の研究開発部門で億単位の膨大な費用が発生しているとわかりました。
それを全部支店に割り振って、「会社が赤字なのは、利益を出さない支店が悪い」と騒いでいたのです。
これだけ多額の費用を支店に押し付けたら、いくら現場が頑張って売上を上げても、費用が売上を上回って当然です。
本社がやっていることは、まるで親が使ったお金を子どもに立て替えさせておいて、「あなたはお小遣いを使いすぎよ」と説教しているようなものです。
そこで私は、本社費用を売上ごとに配賦するのではなく、人数に応じて割り振るよう助言しました。
研究開発部門には数十名の社員がいたので、「人数ごと」の配賦にすれば、ここにも費用を割り振ることができます。
研究開発部門は直接売上を生み出さないので、配賦すれば部門単独では赤字になります。
それでもこのやり方なら、いかに研究開発部門が過大な費用を発生させているか、ひと目でわかります。
この数字を見れば、次にとるべきアクションは一つしかありません。
「研究開発部門を縮小する」です。
費用を支店に配賦したら全店が赤字になり、会社全体も赤字から抜け出せないのであれば、明らかに費用が多すぎるということ。
その大半を研究開発部門が使っているのですから、ここをコストカットしない限り利益は出ません。
配賦を行う目的は、「利益を出して黒字化すること」です。
赤字になった責任を、部門や支店同士で押し付け合うことではありません。
本社費用を支店に割り振るなら、その費用が本当に支店の売上や利益を増やすことにつながっているかを確認した上でなければ、ゴールにはつながらないということです。
数値化のやり方自体も、常に更新を続ける一方で、人数ごとに配賦するのが適切ではない場合もあります。
海外に支店を出した会社が、常駐する人数に応じて本社費用を支店に割り振ると、やはり支店の費用負担が過大になることがあります。
進出した先が東南アジアやアフリカなどの新興国だった場合、国内と同じ人数の支店でも、達成できる売上は日本より一桁や二桁は少なくなります。
市場や経済の環境を考えれば、日本では一〇〇億円規模のビジネスが、新興国では一億円規模にしかならなくても致し方ありません。
にもかかわらず、人数ごとに本社費用を配賦したら、売上が少ない海外支店はすべて赤字になります。
この場合は先ほどのケースとは逆に、売上ごとに配賦するのが適切だと考えられます。
それでもなお黒字にならなければ、「このエリアへの海外進出そのものを見直すべきなのかもしれない」といった次のアクションも見えてくるでしょう。
こうした「配賦のマジック」は経営レベルの話ですが、少なくともマネジャークラスは意識しておく必要があります。
いくら頑張っても自分の部門や支店、店舗の収益が好転しない時、「配賦の仕方がおかしいのでは」という発想ができれば、数字のマジックに気づくこともできるからです。
数値化の手法が間違っていることをロジックにもとづいて上に説明できれば、配賦の仕組みそのものを見直してもらうチャンスも生まれます。
累積にしろ、平均値にしろ、配賦にしろ、「何のために数値化するのか」というゴールを明確にしなければ、無意識のうちに数字を悪用することになりかねません。
問題を解決し、目標を達成するための数値化であるはずが、個人や組織の成長を阻害したり、社内を混乱させたりすることもあり得るのです。
数字にはものすごい力がある。
だからこそ、使い方を間違えてはいけない。
この章の最後に、そのことを改めてお伝えしておきたいと思います。
コメント