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第2章 整頓

目次

1「整頓」は何からしていくべきなのか

呉越書店の1Fは大きく2つのエリアに分類される。入り口を入ってすぐのところには、話題の新刊コーナーや雑誌コーナーがある。

そして奥には、文庫や絵本があり、若者や親子で賑わっている。その文庫・絵本エリアを担当しているのが、3年目となる松井愛奈だ。

松井は陽気な性格で人当たりがいいのだが、ガサツな一面もあるところが欠点でもある。そんな松井のもとに、エリカが顔を出すようになった。

「松井さん、こんにちは」「あ、お疲れ様です。先日はお騒がせしました」「いえいえ、無事に収束して良かったわね。今日からこのエリアの5Sを見ていくことにしたから、よろしくね」

「そうなんですか、分かりました。あの、エリカさんって呼んでいいですか」「いいわよ、別に」「やった!じゃあエリカさん、案内しますね」

そう言って松井は、エリカを引き連れてバックヤードをぐるりと案内し、それから絵本エリア、文庫エリアへと案内していった。

「こっちが文庫です。最近はラノベがブームなんですよ。知ってます?ライトノベル。著者がキラキラネームばかりで覚えにくいんですけどね。ウフフ」「へえ」

「文庫って小さいからいいですよね。私たちもアルバイトスタッフと片手で何冊持てるか競争したりするんですよ。ウフフ」「どうでもいいけど、アナタよく喋るわね」

「え?そうですかぁ?ウフフフ」一通り見て回ったところで、エリカが腕を組みながら「とりあえず整理はできているようね」と口にした。

すかさず松井は「はい」と答えてから、「神木くんに教わって、ムダなものは捨てていきましたから」と胸を張った。

少しだけ赤らめた頬を見逃さず、エリカは「アナタ、神木くんのこと好きなのね」と表情を変えずに言う。

顔を押さえた松井は「ヤダ、やめてくださいよ、もう!」と言ってエリカの肩を突き飛ばした。するとエリカは松井を睨みつけ「痛いわね、アナタ。次にやったら突くわよ」と口にする。

「あ……、すいません」肩を手で払う仕草をしてから、エリカは淡々と話し始める。「ただ、アナタも探しものが多いわ。整理はされているかも知れないけど、それだけでは足りない。

午前中に働きぶりを見ていたけど、探しものに時間を掛けすぎね」「私、おっちょこちょいなんで」「なに舌を出してカワイコぶってんのよ。ただのグズじゃない」「グ、グズ……。なんか嫌な響きですね」

「じゃあ、ノロマが良かったかしら」「ノロ……」「アナタね、今この時間も仕事の時間なのは分かるわよね」「は、はい」「仕事っていうのはお客様に価値をもたらして初めて意味を持つの。

アナタがやっているのは仕事でも何でもないわ」「私がやっているのが仕事じゃないなんて……さっきからちょっとひど過ぎですよ、エリカさん」「私は何も間違ったことを言ってないわ。

ひどいのは私の言葉じゃなくて、アナタの仕事ぶりよ」「……じゃあ私はどうしたらいいんですか」「アナタに必要なのは、整頓よ!」松井は俯きがちだった顔を上げて話し始める。

「整頓なら得意ですから、任せてください。今朝も時間があったから、この棚を整頓したんです」そう言って文房具の置かれた棚を指さした。

しかしエリカは首を振りながら声を出す。

「違うわ。それは整頓じゃないわ」松井は驚いた顔をして「え?こうやってキレイにモノを配置するのが整頓じゃないんですか?」と声をあげる。

エリカは冷たく言い放った。

「全然違う。そんなことも知らないなんてバッカじゃないの」「……どうせバカですよ、私は」松井は口を尖らせて言いながら、大きな足音を立ててその場を去ってしまった。

翌朝。雨が降ったせいで夏なのに気温が急激に低下していた。松井は何ごともなかったように出勤してきた。

「おはようございます」「あら、おはよう」「今日は急に涼しくなりましたね。エリカさん、風邪とかひいてないですか」「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの」

「それなら良かったです。立ち読みされている本にくしゃみとかされると泣きたくなるんですよね。入り口でマスクを配りたいくらいです。ウフフ」「今日も変わらずよく喋るわね、アナタ」「テヘヘ。

あ、そうだ、エリカさん、昨日言っていた整頓って辞書で調べてみたんですけど、『物事を整った状態にすること』って書いてありましたね」「ふん。じゃあ整った状態って何だと思うの?」

「それは書いてませんでした」「書いてあることだけを伝えるなんて誰でもできるでしょう。だからバカだっていうのよ」「……やっぱりひどい」「アナタが言っていたのは陳列よ」「陳列、ですか」

「整頓と陳列は違うの。陳列は、見た目としてキレイにモノを配置すること。使いやすさは考慮していないの。整頓っていうのは、要るものを使いやすい場所に置くことよ」「昨日の棚は使いやすく配置していないからダメだったんですね」

「そうよ。モノ探しと情報探しをすることのない環境を作らないといけないの。働きやすいように再配置をして、誰もが分かるように表示をするのが整頓よ。だから、不要なものを捨てた整理と、必要なものを再配置する整頓っていうのは繋がっているの」

「なるほど、神木くんに教えてもらった整理と繋がっているんですね。ウフフ」「なにかって言うと神木くんね、アナタ。まったく……」エリカは呆れながら眉間に皺を寄せた。

●整頓は陳列とは違う

整頓を陳列と勘違いしている人が多すぎるわ。見た目としてキレイにモノを配置するのはただの陳列よ。

この場合、使いやすさは考慮されていないの。

5Sにおける整頓は、「要るもの」を「使いやすい場所に」置いておくことなのよ。整理では不要なものを捨てたわけだけど、その整理を経て残った必要なものを再配置するのが整頓。

だから整理をしなければ整頓はできないのよ。働きやすいように再配置をして、誰もが分かるように表示をしていきなさい。

2必要なものをすぐに探し出せるようにしなさい

エリカの解説はまだ終わっていなかったようで、続けて話し出す。

「それとねえ、整頓で重要なのは検索性なの」「検索性?」「そう、つまりすぐに探し出せることよ」「すぐに探し出せること……。ああ、考えてみたら確かに探しものは多いかも知れません。

そもそも本を見つけるのも得意じゃないし。問い合わせの本を探している時に限って他の問い合わせを受けちゃったりするんですよね。ハハハ」「ハハハじゃないわよ。まったくアナタは」

「キレイに並べてはいるんですけどね。大きさも揃えたりするし」「並べ方にこだわるんじゃなくて、すぐに見つかるかどうかにこだわるべきよ」「へええ。そんな視点で考えたことなかったです。でも、すぐに見つかるようにするためにはどうしたら良いんでしょう?」

「そのためには余白が大事よ」「余白?」「そう、収納スペースは変えることなく『空き』を設けておくこと。適正容量は7割程度が目安ね」「3割は余白を作っておくってことですね」「そう。それから、向きは揃えておいたほうが探しやすいわ」「向きを揃えるんですね。なるほど」松井は自分のモノを置いている場所に空きを作るため、さらに整理を進めていった。

まだまだ捨てられるモノがあったようだ。そして、モノがすぐに見つかるようにすることを意識して、向きを揃えるように配置していった。

エリカは、松井の意識が少しだけ変化したように感じていた。それから1週間後の昼、松井があらたまってエリカに話しかけた。

「エリカさん、ちょっと相談なんですけど」「なによ」「〝すぐに見つかる〟っていうことを考えてみたんですけど、そういえば子連れの親御さんに『トイレはどこですか』って聞かれることが多い気がするんですよ」

「あら、それはいい気づきね」「トイレがすぐに見つからないってことは、これって整頓でなんとかなる話ですよね、きっと」「そうね。まさに整頓は何がどこにあるかを明確に表示すること。トイレの場所をよく聞かれるってことはトイレが見つけにくくなっているんじゃないかしら」「やっぱり。じゃあちょっとお客様の目線で見直してみます」

そう言って松井は、入り口のほうへと駆けていった。エプロンを脱ぎ、入り口から自分が担当する絵本コーナーまでスタスタと歩きはじめる。戻っては歩き、立ち止まっては考え、ブツブツと何かを言っている。

エリカが近づいてみると、「確かに、初めて見る人からすると少し分かりにくいかも……」という呟きが聞こえてきた。

エリカはすかさず「じゃあ分かりやすくするにはどうしたらいいか、考えてみなさいよ」と声を掛けた。

これまでは、壁の一部にトイレの表示が貼られていたが、歩いていると視線はどうしても書籍の棚に向かってしまうので、見つけにくい。松井はしばらく考えた末に、天井からプレートを吊るして表示することを思いついた。

プレートや、天井から吊るすための道具を探すことは、そう難しいことでもなかった。ただ、取り付けはさすがに1人ではできず、アルバイトスタッフの協力も得ることになった。

取り付けをしてから1週間ほど経ってみると、トイレの場所を聞かれることは少なくなっていった。

松井は天井に取り付けたプレートを見上げながら、「1つひとつこうやって、話しかけられることを減らせばいいんですね」と呟いた。

少し後ろに立っていたエリカは、頷きながら答える。「そうね。誰かに聞かなきゃいけないってのはお客様からしてもストレスなのよ。そんな余計なストレスは減らしてあげなきゃいけないの。それがアナタたちの仕事でもあるのよ」松井は納得した顔で頷いた。

しかしその翌日、松井は一変して怯えた顔でエリカの前にあらわれた。

「なにアナタ、そんな顔して」エリカが気になって声を掛けると、「エリカさん、私の友達にエリカさんのことを話したら、驚くべきことを知っちゃったんです」と松井は小さな声で返した。

「なんなのよ」エリカが腰に手を当てながら聞く。すると松井は、こう答えた。「友達のお兄ちゃんが剣道やってて、上条エリカって名前にすごい反応したんですよ。詳しく聞いたら、なんでもエリカさんは学生剣道のチャンピオンで、『突きのエリカ』って呼ばれて恐れられていたとか」

エリカは黙って聞いていたものの、呆れた顔をしてから「ふん」と息を吐いた。「別に驚くことでもないじゃない。まあ、そんな時代もあったわよ」怯えていた松井は、無理に笑顔を作りながら「それにしても、突きのエリカって、すごい呼び名じゃないですか」と返した。

するとエリカは、人差し指を伸ばして松井の額にピタリと乗せながら声を出した。「その呼び名、あんまり気に入ってないからもう口にしないで。アナタも突いてやろうかしら?」松井は「ごめんなさい」とだけ言って、その場を立ち去っていった。

●整頓では検索性を意識して

整頓をする際に心がけるべきは検索性。つまり「すぐに見つかるかどうか」よ。そのためには収納スペースに余白を設けること。ビッチリと置かれていると探すことが難しくなってしまうわ。

3割くらいの余白を意識しながら、それぞれのモノの向きを揃えるように配置することで一気に検索性が増すから、それは覚えておきなさい。

3整頓のキモは3つの「定」

翌日、文庫エリアのレジ前でアルバイトスタッフとお客様が揉めていた。お客様がスタッフを怒鳴りつけているようだが、スタッフも応戦している。気がついた松井がすぐに対応を変わり、謝罪をして丸く収まったようだった。

一部始終を眺めていたエリカは、松井に「何があったの?」と聞いた。すると松井は、呆れた口調で答えた。

「アルバイトの新人くんが、お客様が探している本を『ありません』って答えたんですけど、お客様が探してみたらあったんですよ。それで『あるじゃないか!』って怒られて」

口を尖らせたと思ったら、続けざまに話し始める。

「本好きを熱く語る新人ほど、お客様の言うことを聞かずにトラブルを起こすんですよね。カバー要らないって言われたのにカバー付けたり、調べもせずに『ない』って言ったり」エリカは腰に手をやって、「調べもせずに『ない』って言っちゃダメよね。やっぱり、何がどこにあるかすぐに分かるって大事でしょ」と松井を諭す。

すると松井は大きく頷いて「そうですね。やっぱり整頓って大事なんですね」と口にした。その日の午後、バックヤードではエリカと松井がテーブルを挟んで、向き合って座っていた。

「じゃあ、アナタもようやく整頓の重要性が分かってきたところで、今日は具体的に整頓の流れを教えるわ」「はい、お願いします」「整頓には大きく4つの決めごとがあるの」「4つの決めごと?」エリカは紙に文字を書きはじめた。

  • ①整頓する対象のモノを決める
  • ②置き場所を決める
  • ③置き方を決める
  • ④表示方法を決める

「こんな流れよ。1つずつ説明するわね」「はい」「まず1つ目が、『整頓する対象のモノを決める』ということ。これは整理をしたから分かるわよね。整理を経て、必要なものだけが身の回りにあるはずだから、それらが整頓対象ということ。余計なものは整頓しなくていいの」

「整理は神木くんに教わりましたからバッチリです」「なにニヤついた顔してんのよ。まあいいわ。

そして2つ目が『置き場所を決める』ということ。

例えば、じゃあここに輪ゴムを1つ持ってきてちょうだい」「え?輪ゴムですか?えっと……あれ?いつもここにあるのに……」「ほら、輪ゴムの置き場所が決まっていないでしょ。

何でもかんでも置き場所が決まっていないから、アナタはいつも探しているのよ。置き場所を決める、というのは大事なことなの。分かる?」「はい……」

「そして3つ目が『置き方を決める』ということ。ただモノを置くだけでなく、例えば床に線を引いて場所の区分を分かりやすくしたり、棚の並びを工夫して見やすくしたり、置き方も工夫をするのよ」「ただモノを置くだけなのに、深いですね……」「そして4つ目が『表示方法を決める』ということ。

モノ自体の表示を工夫するということね。モノと場所の両方に分かりやすい表示をしたり、色も考えて付けてみたり。マーカーやラベルライター・マグネットシートみたいな小道具を巧みに使ってもいいわね」

「なるほど。整頓って一口に言っても、やることは一杯あるんですね」「そういえば」と言ってエリカは立ち上がった。

フロアを見渡せる場所まで行って、遠くのほうを指さして言う。「あそこのエリア、いつも乱れているわよね」エリカが指したのは、児童書コーナーの一角にある幼児向け玩具の場所だった。

少しでも遊べるようにとサンプルの玩具が幾つかあるものの、玩具は無造作に放置され、床に散らばっていたりもする。

松井は小さなため息をついて「ああ、児童書コーナーの玩具はどうしても荒れてしまうんですよ。相手は子供ですから」と言った。

エリカは松井のほうへと向き直し、腰に手を当てながら言う。

「でも、親御さんの視点に立ったらどうかしら。床に落ちているようなものは触らせたくないし、サンプルとは言え買う気にならないはずよ」「確かにそれはそうなんですけど……」と言ったところで松井が少し目を見開いた。

「そうか!ここで〝整頓〟ですよね。じゃあ玩具のシルエットを置き場所に示したらどうでしょうか。エリカさん」エリカはニヤリと口角を上げた。

「いいじゃない。それは整頓の中でも〝定置〟と呼ばれる手法。子供でも使ったら戻せるようになるはずよ」松井は拳を握りしめながら「なるほど!定置を覚えればバッチリですね!」と言ったものの、エリカが松井の拳をギュッと握りつぶそうとする。

「焦るんじゃないわよ。アナタはホントせっかちね」「イテテテ。すいません。まだ続きがあるんですか?」エリカは松井の拳から手を放し、再び椅子に腰かけながら言った。

「これだけじゃない。定置も含む〝3定〟を教えるわ」エリカはそう言って指で「3」を示した。

さんてい?」「そう、3定。定置・定品・定量の3つよ」「定置・定品・定量、……ですか」「決められた置き場に決められた品を、決められた量だけ置く、ってことね。

仕事に必要なモノは、目をつぶってても取れるようにしなければいけないし、数量が多くても少なくてもダメだから」「確かにそうですね」「まず定置・定品。置き場所はすでに考えてもらっているけど、何をどこに置くかのポイントは『使用頻度と距離』よ」「使用頻度と距離……なんだか難しいですね」「ったくしょうがないわね。

モノの使用頻度と、自分からの距離を比例させるってこと。使う頻度がより高いモノはできる限り近くに置くの」「あ、なるほど。よく使うのに自分から遠くに置いていたらダメってことですね」「そう。

日々の自分の動きを気にする必要があるのよ。アナタはバカだから難しく聞こえるかも知れないけど、〝動作経済の原則〟という話があるの。

動きが多ければ多いほど、経済的にもムダが生じてしまう。モノを置く場所は、自分がジグザグに動かなきゃいけないような配置にしないこと。視線を頻繁に動かさないといけないような配置にしないこと。

しゃがんだり立ったり動きを大きくしなきゃいけないような配置にしないこと」「はー、自分の動きってあんまり気にしてなかったです」「そして定量は、決められた量を置くこと。

例えば、コピー用紙が必要だからといってバックヤードに入りきらないくらい予備を持っておくなんてバカみたいなことをしないでしょ」「確かに。身動き取れなくなっちゃいますもんね」

「でも、そこまでではないものの同じようなことが多くの職場で起きているのよ。そんな不必要な分まで保管する、ということをやらないこと」「でも足りなくなったら注文しなきゃいけないですよね」「そう、だから『ここまで来たら発注する』という『発注点』を決めておいてルールに従って補充をするようにすればいいのよ」「『発注点』ですか。なるほどなぁ」松井はメモを取り終えると胸を張り、「もうだいぶ勉強しましたね。整頓。これを実践していけば完璧じゃないですかね、私」と言った。

しかしエリカは表情を変えず「いや、まだ問題があるわね」と口にした。

●3定で整頓を進める

整頓には大きく4つの決めごとがあって、

  • ①整頓する対象のモノを決める
  • ②置き場所を決める
  • ③置き方を決める
  • ④表示方法を決める

、という順に進めていくべきなの。

さらに置き場所を決めることを「定置」と呼ぶんだけど、定置も含めた「3定」は覚えておく必要があるわ。

3定は、「定置・定品・定量」の3つ。決められた置き場に決められた品を、決められた量だけ置く、ということね。

仕事に必要なモノを、目をつぶっていても取れるくらい決められた場所に、適切な数量が置かれているようにするべし、ということよ。これくらいは守りなさいね。

4扉と蓋は全部、捨ててしまえ

まだ蒸し暑さの残る9月の初旬。昼のバックヤードでは「暑い、暑い」と言いながら扇風機にあたる松井の姿があった。さすがのエリカも扇子で自らを扇いでいる。パシッと音を立てて扇子を閉じたエリカが、松井に話しかける。

「今日はだいぶ混んでいるみたいだけど、何が原因なのかしら」松井は眉間に皺を寄せながら声を出す。

「今日はまた暑くなったじゃないですか。1Fのフロアって特に涼みに来るだけのお客様も多いんですよ。だから加齢臭もすごいんですけどね」と言いながら鼻をつまむ仕草をした。

扇風機を止めた松井は、「さあ、そろそろフロアに戻ろうかな」と口にしてロッカーを開けようとしたものの、なかなか開かない。

「あれ、開かないな」足を踏ん張って力を入れてみると「バン!」という音とともに扉が開いたが、中から文房具やお菓子がバタバタと落ちてきた。

エリカはチョコレート菓子を拾いながら、「アナタ、すごい荷物ね」と呆れた声を出した。

「いやあ、お恥ずかしいです。へへへ」お煎餅を拾いながら松井が舌を出すと、「照れてる場合じゃないわよ」とエリカが冷たく言い放った。

「ここも整頓しなきゃいけないわね」「え、私のロッカーってことですか?」「まあ、アナタだけじゃないけど、普段は隠れている場所。つまり『扉や蓋のある場所』をね」

「扉や蓋のある場所?」「そう、扉や蓋がある場所っていうのは整頓が必要なの。扉や蓋があると、汚い状態を隠すことにもなるわ。

隠しただけでキレイになったと錯覚する人が多いんだけど、それはあくまで錯覚。なんの解決にもなっていないの。だから、扉は外すべき

「胸が痛いです……。でも、扉を外すんですか?」「そう、隠せなくなれば、整頓は進んでいくのよ。さあ、扉を外しましょう」「ええ?!今外すんですか?」「うるっさいわね。善は急げよ。さあ、ほら」エリカは松井のロッカーの扉を両手で掴んだかと思うと上にずらし、あっさりと扉を外してしまった。

同様に他のスタッフのロッカーも扉を外し、蓋の付いた道具箱などを見つけるや蓋を取っていった。「ざっとこんなところかしらね」モノを格納しているあらゆる場所が、露わな状態になっている。その様子を見ながら、松井は呆然と口を開けるだけだった。

ふとエリカが、松井のロッカーの前に落ちていた写真を拾い上げた。「あら、神木くんと一緒に写ってるのアナタじゃない。これどうしたの?」松井は我に返り、エリカから写真を取りあげて照れながら言う。

「こ、これはこの間ゴハンに一緒に行った時にお店の人に撮ってもらったんです!」エリカは写真を奪い返して、ゴミ箱に突っ込んだ。咄嗟に松井が大声をあげる。

「ちょっと!何するんですか!私の大事な思い出の写真!」「アナタ、ここをどこだと思ってんのよ。職場よ。個人の私物は置かないようにしなさい」「……はい」「そうやって私物を職場のロッカーに入れたりするから、他人が踏み込めなくなる。他人の目に触れないから、整頓ができなくなるのよ」

「……じゃあ、他の会社とかって、どうしているんでしょうか」「大企業のオフィスなんかでは、私物はおろか専用のデスクをなくす企業も増えているわよ。仕事をするのは最低限の装備でいいの。アナタみたいにモノを溜めこむからろくな仕事ができないのよ」

「そ、そうなんですね。じゃあこれからは最低限の装備を心がけます」「それでいいわ。じゃあ、これからはアナタが整頓責任者ね」「はい、分かりました」

「あら、嫌がらないの?『ええ?!責任者ってなんですかー!』とか言いながら嫌がるかと思ったのに」「いえ、5Sの責任者って、神木くんと一緒ですもんね。ウフフ」

「ケッ。そういうことね。まあいいわ。じゃあ責任者として整頓を全フロアに広めていってちょうだい」「ただ教えていけばいいんですよね」エリカは人差し指を立てて左右に振った。

「ただ広めるだけじゃダメね。責任者として、どうやって整頓を定着させることができるかも考えてみなさいよ」そう言うと、みるみる松井の眉間に皺が寄っていく。

「え、例えば定着させるためにどんな方法がありますか?」エリカはため息交じりに「しょうがないわね。

例えば、やるべきことをまとめた整頓一覧表みたいなものを作って標準化を図るのもいいわね。それから、効率的に整頓するために道具を充実させてもいい。ちょっと考えりゃアイデアなんて浮かぶはずよ」と言った。

松井は頬をふくらませて「はーい。無いアタマを絞って考えてみますよ」と言いながらメモを書きだした。

忘れないようにと松井がメモを書いていると、後ろから「もうホント嫌になるわぁ」という声が聞こえてきた。海保純子の声だ。海保は松井と同じ1Fフロアの入り口付近、雑誌や実用書エリアを担当しているベテランの女性だ。

「海保さん、お疲れ様です。どうしたんですか?」松井が手を止めて海保に声をかけた。すると海保は、口をへの字にしてから怒涛のように喋りはじめる。

「万引きよ万引き。新しく出た女性誌の付録がゴッソリ抜かれてるの。もうホント嫌になるわよね。本ぐらい安いんだから買いなさいっての。雑誌もちょくちょく盗まれるし、実用書もそう。もう50年以上生きてるけどいい加減、人間不信になるわよね、まったく」

「海保さん、万引きが多い理由ってなんなんですかね?」エリカが言葉を遮るように声を掛けた。「上条さん、ただでさえこのエリアは話題の本も多いし入り口に近いから盗まれやすいのよ」海保が説明してから頬をふくらませる。

するとエリカが腕を組み直しながら1歩前に出てきて言う。

「海保さん、前から言おうと思っていたんですが、この店で起きている万引きはアナタのせいでもあるかも知れません」「ちょっと、どういうことよ!私を疑っているってこと?」海保が声を荒げながらエリカに歩みよった。

「エリカさん、なんてことを言うんですか!」松井は海保の体を押さえながらエリカを睨みつける。エリカは海保を一瞥してから、フロアに出ていってしまった。

●扉と蓋は整頓の邪魔

扉や蓋があって普段は隠れている場所っていうのは整頓をすべき対象の場所よ。人間っていうのは汚いものを隠したがる習性がある生き物よ。

だから、隠せないようにするためにも扉や蓋を取っ払ってしまうの。それに、モノを探す時に扉や蓋があるだけでいちいち開けて確認しなきゃいけなくなるの。

これだけでも大きな時間のロスよ。だから、身の回りからはなるべく扉や蓋を無くしていきなさいね。

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