外国の若者が注目する「ジャパニーズ・モラル」
外国人と接する機会が多い仕事柄、海外の若者たちとコミュニケーションを取り、日本企業で活躍してもらうための心得を伝えたり、悩み相談にも乗っています。
外国人といっても、実際はアジアの国々が多いのですが、給与が格段に高いわけでもない日本でなぜ働きたがっているのか、その理由がなかなか興味深いのです。例えば、急速に発展する中国都市部の給与は、日本を上回ります。
「中国にいればたくさんのビジネスチャンスがあるのに、なぜ日本で働きたいのですか?」。
そう尋ねると、日本人の礼儀正しさや安全性などはもちろんのこと、自分のことより人のことを考える国民は他にいない。
だから、日本人の利他的な心に触れたいと言うのです。私たち日本人が当たり前のように行っている、列に並ぶという行為。こういうことに彼らは感動するようです。
皆が公平で、安全で、気持ち良くなるために。
彼らは「僕の国では、電車が来ても列に絶対並ばないし、せっかく前に並んでいても押し倒されてしまいます」と言って、日本人の規律や礼儀正しさを称賛します。
そして、そんな国で暮らし、働きたいと言うのです。城が好き、アニメが好き、四季が美しい。
外国人が日本を好む理由はたくさんありますが、その根底にあるのが日本人への好感であり、日本人が行っている善い振る舞い、モラルなのです。
世界中から称賛を浴びた日本選手
東京2020オリンピックで、開催国の日本は過去最高となる二十七個の金メダルを獲得するなど、代表アスリートの活躍が光りました。
そうした競技の結果とは別に、SNSで大きな話題となったのが、日本人メダリストの人間力の高さです。
男子柔道六十キロ級の決勝は、リオデジャネイロ五輪の銅メダリスト・高藤直寿選手と台湾の楊勇緯選手との対決となりました。
試合は四分間で勝負がつかず、延長戦へ。
最後は楊選手が三回目の指導を受けて高藤選手の反則勝ちとなり、今大会の日本人金メダリスト第一号に輝きました。
自身にとっても初の金メダルです。うれしくないはずがありません。
しかし、高藤選手はガッツポーズで喜びを表現することもなく、勝敗が決するや、敗者となった楊選手のもとに歩み寄ったのです。
台湾に史上初の金メダルをと期待を背負って畳に上がっていた楊選手。うなだれるその姿からは、悔しい気持ちが伝わってきます。
高藤選手は、そんな楊選手に自ら歩み寄ってその手を握り、抱擁しました。何か言葉を交わし合った後、ふいに楊選手が高藤選手の手を挙げ、勝利を称えました。
すると、とっさに高藤選手が楊選手の左手を握り返し、高々と掲げたのです。
「お互いを称え合う抱擁これぞ五輪」「両者のスポーツマンシップに感動!」このスポーツマンシップあふれるシーンにSNS上のファンが反応。
数々の反響が寄せられました。
高藤選手は畳を降りる直前にも正座し一礼するなど、競技力だけではない、その人間力が大いに注目されたのです。五輪以外でもエピソードには事欠きません。
二〇二一年四月に、男子ゴルフの海外メジャー「マスターズ」で松山英樹選手が優勝したとき、キャディの早藤さんがカップにピンを戻し、帽子を取ってコースにお辞儀をしました。
日本人にとってはめずらしくないこの行為が、世界中の感動を巻き起こしたのです。
応援してくれた観客、大会の開催者、今まで共にやってきた仲間たち、皆に感謝の気持ちで頭を下げたのでしょう。
この姿はSNSで世界中にシェアされました。あるSNSでは、八時間で二五〇万回再生されたといいます。そこでのコメントが、なかなか凄いのです。
「日本人は気高く礼儀を備えた国民だから、年長者や家族、伝統や習慣、対戦相手を重んじるんだ」「日本人のような敬意の示し方は、今の世界に欠けている。だから映像を観たとき、感動の涙が流れてくるんだよ」「名誉と敬意は日本文化に深くしみ込んでいるんだ」「これが一流の国民の姿だ」もう称賛の嵐です。
これは、キャディさんが日本人の「礼に始まり、礼に終わる」という行為を体現したことで湧き起こった感動でした。
ジャパニーズ・モラルの根っこは「陰徳」
今、全米で最も人気のある日本人といえば、メジャーリーグ、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手でしょう。
全米が注目するオールスターゲームに史上初めて、ピッチャーとバッターの二刀流で出場し、勝ち投手になったのですから、注目されないはずがありません。
そのアスリートとしての実力もさることながら、大谷選手の凄さはその人間力。今年六月のある試合では、プレー以外のある行為が大きな話題を呼びました。
それは〝ゴミ拾い〟です。
タイガース戦でバッターボックスに立った大谷選手が、四球を選び、一塁へ向かう途中の出来事でした。
いつもどおり肘当てなどをボールボーイに丁寧に手渡し、数歩進んだところで何かに気づいたのでしょう、さっとかがんで小さなゴミを拾い、左ポケットに入れたのです。
その一瞬のシーンを米メディアは見逃さず、動画付きでツイッターに投稿。
すると、「すべての子供に見てもらいたい偉大な模範」「大好きだ。一流の振る舞い」などと全米のファンから絶賛の声が寄せられました。
「ゴミを拾う」という行為自体は、特別な技能や高度な知識のいることではありません。
では、なぜ大谷選手のゴミ拾いはここまで称賛されたのでしょうか。私は、そこに彼の「陰徳」の力の凄さを感じるのです。
大谷選手のプレーの一挙手一投足は、スタジアムの観衆や中継を通じて世界中が目にするところとなります。
とすれば、一塁へ行く途中のゴミ拾いも、誰かに見られる中で行ったことですから「陽徳」とも言えます。
本人の心の中がどうであったか、確かめるすべはありませんが、その自然体の所作や彼の表情からして、そういう「我」の臭いを感じにくいのです。
もし、自分優先のエゴのために、したくもないゴミ拾いをしていたとしたら、全米から「スタンドプレー」だとして、非難を浴びていたでしょう。
きっと大谷選手には、誰が見ている見ていないに関係なく「落ちているゴミを見つけたら拾うことができる自分」であろうと、日ごろから内面を深掘りしていたに違いありません。
陰徳を行うとは、わかりやすく言えば「自分を慎む」ことです。「慎」という字は、「心」を表すりっしんべんに「真」の字が組み合わさってできています。
自宅謹慎などという熟語のイメージから、慎むとは、悪い行いの罰として行動を控えることだと誤解している方があるかもしれません。
本当の「慎む」とは、静かに内面を掘り下げて本当の自分を知ること、気づいていなかった「新しい自分」に出会うことだと私は解釈しています。
大谷選手は高校時代から、自分が達成すべき目標を設定し、それを実現する具体的な方法を見える化したシートをつくり、活用していたことが知られています。
その当時から、目標達成の具体的方法として「メンタル」「人間性」「運」を掲げ、その実践に努力していたのです。時には思うようにできない葛藤を感じたこともあったでしょう。
見たくもない自分の我、陰に向き合う辛さを味わった日もあったのではないでしょうか。
まだまだ発展途上かもしれませんが、それを乗り越えて「陰徳」を高め、自分を磨き抜いた結果が、今に結実しているように思います。
日本で働くために必要な精神性
この「陰徳」をどのようにして現代で実践していくのか。そこへ入る前に、なぜ私がこうした仕事を行うようになったのかについて、お話ししましょう。
CSコンサルタントとして、多くの企業とお付き合いし、問題解決をしていく中で、必ず出てくるのが、「あなたの会社の問題は何ですか?」という問いです。
そうお尋ねすると、「優秀な人が採用できません」という話が、どの会社からも寄せられました。
そこで、私がCOOを務めるパッションジャパンの代表が、元商社マンの豊富なネットワークを駆使して、優秀な人材を海外から集めることになったわけです。
台湾、ベトナム、モンゴル、ミャンマー、ネパール、イスラエル、ロシア。
こうした国々の提携先や大学、大手の日本語学校に「こういう日本企業があるので応募する人はいませんか」と問い合わせると、対象者を探してくれます。
当初は、ホテルや旅館で働きたいという人が多かったのですが、今は、EC企業を志望する人、ITエンジニア、CAD(コンピュータ支援設計)人材といった人たちが多くなってきています。
面接では彼らに「日本になぜ来たいのか」「日本で何をしたいのか」「あなたの夢は何?」「あなたの得意なことは」といったことをまずヒアリングします。
その後、「こういう企業もあるけど、どう?」「こちらのほうがあなたにマッチするのでは」などと一対一で最低三十分は面接し、マッチングさせていくのです。
そのままで内定を獲得する人も中にはいますが、そうでない人がほとんどです。たとえ優秀であっても、日本の企業が求める人材へと鍛えていかなければなりません。
ですから、付け焼き刃的な指導ではなく、日本で活躍するために大切にしなければならないこと、気をつけなければならないことを伝えます。
また、内定してから採用までの間も、日本の企業風土や規則、報連相(報告・連絡・相談)といった慣習や時間を守ることの大切さなどを伝えます。
日本企業で十年ほど働き永住する人もいますが、多くの外国人はずっと日本に留まるわけではありません。
いずれ母国に戻り、そこで日本の精神性を広げていってくれたら、という思いもあって始めたことです。彼ら、彼女らは、日本人でも入りたくても入れないような大手企業にどんどん就職していきます。
内定を勝ち取るまでに多い人は十回以上もの育成面談を行い、とことんサポートするのです。「工数がかかって大変ですね」と初めはよく不可解な表情で見られました。
私たちのめざすことを知ってくださると、その変人(おせっかい)ぶりに理解を示してくださるのです。
日本で働きたいという若者は皆とても純真で、心から応援したいという気にさせられます。わが子のような感覚ですね。
彼らをとことん応援する私たちの姿勢を見て、ある方から「極めて日本的だ」と言われたときには、ちょっと嬉しくなりました。
相手やみんなの時間に配慮する日本人の人間力
彼らが日本の企業になじみ、活躍できるように私が指導するポイントの一つに「5S」があります。
5Sは、整理、整頓、清掃、清潔、しつけの頭文字に共通する〝S〟を取ってつけられた名前で、一般には「職場環境を整える」と説明されますが、これは、場を清めるという日本人特有の思想から来ています。
外国には基本的に5S活動はありません。トヨタなどが少しずつアジアに広げていっているようです。要らないものを捨てるのが「整理」で、「整頓」は取り出しやすいように並べること。
「掃除」は清潔な状態にすること。
そうした職場環境を常に「清潔」に保つように心がけ、「しつけ」は決められたルールを守る習慣を身につけること。つまりは、心の問題なのです。
特に日本企業は「十五分前行動」「五分前行動」など、時間を大切にします。
時間の余裕は心の余裕になる、相手の時間を無駄にしない、私たちの時間を無駄にしない、という日本特有の考えが背景にあるのでしょう。
「時を守る」「場を清める」「身を清める」「身だしなみを整える」これらは、私が新入社員研修で必ずお伝えしていることです。身だしなみは、清潔、上品、控えめの三つが大切です。
相手を重んじ、互いに気持ち良く過ごすことを大切にしている企業が、日本では業績につながっているといっても過言ではないと思います。「神々は細部に宿る」です。
誰もが犠牲バントを打てる強さ
次にご紹介する「日本の精神文化十二箇条」は、外国人が日本企業で働くに当たって必ず身につけておいてほしい精神文化を、私がまとめたものです。
言ってみれば「日本人らしく生きるための心得」です。
さて、皆さんは、どれくらいできているでしょうか?私は研修前や入職前に、この十二箇条を一つ一つきちんと説明しています。中でも「自己犠牲」という精神が、外国人にはなかなか難しいようです。
まさに日本人が誇る「陰徳」の最たるものかもしれません。
かつて阪神タイガースで活躍した吉田義男選手が、フランスのナショナルチームの監督になったとき、外国人に犠牲バントや犠牲フライを教えるのがとても難しかったと語っていました。
海外の選手にとっては華々しいホームランが一番の目標であり、次のバッターのために自分が犠牲になるなんて考えられない、というわけです。
しかし、日本人は、犠牲になるのは弱いからではなくて、強いからこそ犠牲になれることを知っています。
外国の人々に、「人のためにひと肌脱ぐ」などと言っても当然、理解してもらえません。
そこで、自己犠牲とは「たとえ自分に余裕がないときでも、自分に何かできないかを考えて動くことです」とお伝えしています。
犠牲は自然の摂理です。
十二箇条をご覧になって、お気づきかもしれませんが、「失敗を恐れず、強いもの、偉大なものにチャレンジする」以外は、すべて相手あってのこと。
聖徳太子が「和をもって貴しとなす」と十七条憲法で説いたように、日本人は古くから、人の和を尊び、仲良くすることを第一にしてきました。ただ一緒に何かやればいいというわけではありません。
自分の意見や信念はきちんと持ち、他に依存することなく、互いを尊重しながら調和を図っていく。
「和して同ぜず」が日本人のめざす「和」のイメージでしょう。
どこかに無理が生じそうになったら、お互いが少しずつ我慢できるところを探し、痛みを分け合い、争いに発展しないよう協力し合うのです。状況によっては、誰もがいつでも「犠牲バント」を打てるところに、日本人の強さがあります。
私のお客様から私たちのお客様に
石川県の能登半島に、加賀屋という、おもてなし日本一の旅館があります。お部屋からも海が一望できる風光明媚な温泉地に、百十二年も前から営業している老舗旅館です。
「プロが選ぶ日本のホテル・旅館百選」に三十六年も連続日本一に選ばれ続けた旅館ですから、堂々の日本一ということができます。この旅館を支援させていただきました。
おもてなし日本一の旅館になぜ、さらなる外部の支援が必要かと不思議に思われるかもしれませんが、一位に慢心することなく、常に高みをめざしたいとの姿勢をお持ちだったのです。
現場では、一人ひとりの社員の中に「私のお客さま」という意識が強すぎて、お出迎えしてからお見送りまで、人によって担当のお客様しか見えていないということが起きていました。
お客様にとっては最高のおもてなしをしてくれるスタッフであっても、それはI(私)の世界であり、WE(私たち)とはいえなかったわけです。
IをWEに変えれば、どんなに素晴らしくなるだろう。
そう思い、若女将と相談し、「私のお客様」から「私たちのお客様」に意識を変えていくことになりました。
例えば、Aさんご一家につく一人の客室係の人は、Aさんたちだけの満足や、お客様の評価を得ることによる自己満足だけになっていないか。
もちろん自然に身体が動くスタッフもいますが、私のお客様、その意識が強すぎると他のお客様のことが見えなくて、気が利かないと思われたり、無駄な動きをしたり、ということが狭いプロ意識ゆえに起きていたのです。
WEの視点から生まれた一体感
WEの視点を持つということは、旅館に来てくださったお客様は、すべて私たちのお客様という目を持つということ。
みんなでお出迎えして、みんなでおもてなししましょうという方向に変わると、他のお客様がどのような思いをしていたかとか、ここで時間を取ってはいけなかったのかもしれないとか、今まで見えていなかったことが見えてきます。
あらゆるお客様に対するサービスがさらに向上し、みんなでお客様をもてなすという一体感が生まれていきました。
自分も他の従業員から助けてもらえるし、自分も助けるということも起きてくるのです。
他の従業員が担当するご家族にちょっとした気づかいをしたところ、逆に自分が担当するご家族の子供の面倒をみてくれたりと、助け合いが生まれ、たくさんの目がお客様に向けられることになり、お客様からのアンケートの評価も上がるという好循環が生まれました。
仏教用語の「自他不二」も、自己を愛するのならば、他人の自己も同様に愛し、尊重しなければならない。自分と他人は同一のもの、自他の区別、境界線はないという考え方です。
「自分が忙しくても、仲間も忙しいから自分が助けられることは進んで行う」は、この自他不二の考え方。ⅠでもYOUでもなく、WEであるということ。
この意識があるところには、常に笑顔や喜びがあるということを私は長年、接客に携わる中で感じてきました。そうなれば、しめたもの。
私優先でもない、あなた優先でもない、私たちがともにという「WE」の協調・協働の感覚がストンと身体に入ってきて、あとは好循環が待っているはずです。
加賀屋では、おもてなしKPI(KeyPerformanceIndicator=重要行動指標)というものをつくっています。
お客様が滞在している間に「さすが、加賀屋ですね」と必ず言っていただこうという指標です。そのためには、いかにサプライズを起こすか。
まずはチェックイン後、お連れの方とはどういうご関係なのか、どんなことを楽しみにおいでいただいたのかなどを、ご案内するスタッフが客室に行くまでに聴き出し、その情報をみんなで共有し、どんなサプライズやサービスをすればお客様が喜ばれるかを考え、行動します。
自分が見聞きした情報を、みんなで共有して、「さすが加賀屋ですね」を、みんなでつくっていく。まさに和の精神です。それまでは、個人の裁量でサプライズを考えていました。
会社の仕組みでやることによって何人もの知恵が結集するため、アイデアがたくさん出てきて、お客様にとってのサプライズの幅が広がっていきます。
例えば、こんなアイデアも出てきました。
フレンチをお出しする際に、シェフが出てきて、「本日のメインディッシュは何々でございます」と言って、金属製のクローシュ(丸い蓋)をかっこよく取って、召し上がれというシーンがありますね。
そこを、お客様に、「恐れ入りますが、蓋を開けていただけますか」と言って、極上のお料理と出会う瞬間を味わっていただく、そういった演出をしたりします。
すると、お客様は初めての体験に心踊らせたり、給仕に「ありがとうございます」と言われて嬉しくなる。
このように、普段やっていることに少し変化をつけ、お客様と給仕する側が喜びを共有することで、お客様の旅の思い出をひとつ作るお手伝いをするのです。
お客様はもちろんのこと、これを考えた従業員も、一緒に話し合った仲間たちも喜びを共有できます。
「参加することで喜びは膨らむ」こんなことが繰り返される旅館があると知ったら、行きたくなりませんか。
CA時代に鍛えられたこと
なぜ私が、有難いことに日本一の老舗旅館加賀屋や大手企業をご支援できるようになったか。そこにはANA時代の経験が効いているように思います。
私は、国際線のチーフパーサー(客室全体の総括責任者)でした。
国際線でしたら、ファーストクラス、ビジネス、エコノミーのそれぞれのクラスにパーサーが一人ずついます。
それを束ねているのがチーフパーサーです。チーフパーサーが、怖かったり、人間力がないとどうなるか。お客様が敏感に察知し、「今日のチーフパーサー、怖いんでしょう?」などと言われたりします。
それだけ、客室全体に影響を及ぼす存在でもありますから、責任重大です。どの組織でも同じでしょう。「魚は頭から腐る」と言われます。組織はリーダーにかかっているのです。
フライト前にはプリ・ブリーフィング、フライトの後にはデ・ブリーフィングを、乗務員を集めて行います。
プリ・ブリーフィングでは、保安的なチェックに加え、こういうお客様がいらっしゃるので、今日はこのようなフライトにしましょうという方向づけを、チーフパーサーの責任で行うのです。
私はチーフパーサーとして三つのことを心がけていました。「明るく朗らか」「みんなの持てる力を結集できるように」「ダメなことはダメと言える。そして謝れる自分であること」の三つです。
個々人が持っている力をただ足して合わせるのではなく、個からチーム、つまりIからWEになることで、倍の力になる。
さらに、人のために協力するとか、犠牲になることによって、それ以上の力となり、してもらった人が今度は恩で返していくといった形で、力がどんどん増幅していくのです。
日本の航空会社では新入社員の研修のときから、すべてのお客様は自分のお客様であり、クルーとして責任を持つという姿勢を徹底させます。
WEの感覚で大切なこと
想像力や察する力が優れている私たち日本人は特に、自分さえよければいいという次元から、WEの次元に入ったとき、とてつもない力を発揮します。
しかし、その過程に至るまでには修行が必要です。私なども、〝まだまだWEの次元ではないなあ〟といつも感じながら生きてきました。
例えば、人を慮るには、自分の心を深く探る必要があります。自分の心もわからない人は、他人の心を察することができないからです。自己探求は常に必要です。
中には、どうしても苦手な相手が出てきます。
なぜ、私はその人を苦手と思うのかと、自分に問いかけてみる。一回目に出てくる答えはほぼ、大したことではありません。
「それはなぜ?」とさらに問いを重ねていきます。すると「そういえば、自分も同じようなところがあるな」など、相手に向いていた矢印が自分に向く瞬間があるのです。
自己探求の始まりです。相手を変えることはできません。自分を変えない限り、ものごとはよくならないのです。これは家庭でも組織でも同じでしょう。
自分の目の前に現れているのは、すべて自分を映し出す鏡。他人、環境、社会、お客様、上司、部下、仲間を変えることはできません。原因を「他責」にしていては変化は望めないでしょう。
WEの次元に入るには、たとえ理不尽であってもすべて身から出たさび、自分の責任だと考える「自責」の習慣を持つことが不可欠です。
こうした日本の精神文化、道徳心を高める習慣はいつから、どうやって形づくられてきたのか。私たちの祖先が何を学び、何を「善し」とし、「正しい」と信じ、さらに私たちに伝えようとしてきたのか。
次章では、それらを一緒に辿っていきたいと思います。
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