はじめに「人間力」とは、どのような能力でしょうか。おそらく多くの読者は、見識やコミュニケーション能力、リーダーシップなどを思い浮かべるでしょう。内閣府では、人間力は「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」と定義しています(平成十五年、人間戦略研究会)。人間としての総合的な力ですから、前述した能力のほかに、思いやり、謙虚さ、感謝や反省の気持ち、利他性、さらに自身の弱さを自覚することなども含まれます。本書は、昭和四十四年(一九六九)の創刊以来、五十三年にわたり「人間力」を高めるための心づかいと行いのあり方を提唱してきた月刊誌『ニューモラル』から、仕事と生き方をはじめ、人生を歩むうえでの指針となる話を精選し百話にまとめたものです。本書が読者の皆様の人間力を高め、生きがいと喜びに満ちた人生を築くうえでの一助となることを願っております。令和四年三月モラロジー道徳教育財団出版部「ニューモラル」仕事と生き方研究会
目次はじめに第1章自分のことは自分が一番よく分かっている?●どのような心で受けとめるか●幸せは自分の心で感じるもの●幸せを感じる能力●与えられている時間はみんな同じ●「おかげさま」の発想●大きな夢大きな欲●自分の持ち味を生かす●自分の人生を変えた袁了凡●一言も弁解しなかった白隠●役者の褒め殺し●動物園の象●気分よく過ごす達人●原因を追わず善後を図る●「型破り」と「形無し」●一歩一歩を着実に●ピンチをチャンスに●感謝の日記●幸せを感じるスイッチ●「心の感度」を高めよう●自分がその「誰か」になる●責任を感じる範囲を広げる●心は無限に成長する●反省を明日への力に●「不完全な自分」を認める●「心の習慣」をプラスに向ける●「よい心」で一歩ずつ実践を●言葉はその人の人間性を表す●「耳の痛い言葉」を聞いたなら●終身路を譲るも百歩を枉げず●無益の危険●塙保己一の偉業第2章「あなたと私」「私とあなた」●心のキャッチボール●顔を太陽に向けていれば影を見ることはできない●心の声を聞くつもりで●「北風と太陽」のお話●松坂の一夜●耳は二つ、口は一つ●言葉は身の文(あや)●円満な人間関係を築くために●「すみません」と「ありがとう」●夫婦は「二心異体」だから●言葉にして確認することも必要●他人は自分の鏡●「思いあがり」と「思いやり」●思いやりの心で「やる気」を引き出す●「補い合う」という心がけ●春風をもって人に接し秋霜をもってみずからつつしむ●惻隠の心は仁の端なり
●身近な人に「ありがとう」●「身勝手」が隠れている?●人を介して伝わる言葉●「ありのまま」を受けとめる●挨拶は人間関係の潤滑油●境にある物は他人に譲るべし●「察する」だけでは伝わらない●仁者は必ず勇あり●刎頸(ふんけい)の交わり●五つの心のチェックリスト第3章家族の絆・いのちのつながり●「縦のつながり」「横のつながり」●受け継いだ「いのち」●過去と未来をつなぐもの●親祖先との「つながり」●祖先の数●人生の先輩の恩を思う●恩は原因を心にとどめること●私の「いのち」を支える存在●「母の日」を思う●老年期に発揮される「人間力」●「敬老の日」の意義●先人たちへの敬愛●精神を受け継ぐ●七つ前は神の子●食事に感謝を●「恩返し」から「恩送り」●社会の一員として●生かされて生きている●九十五年後の恩返し●私たちはいのちのリレー・ランナー●自然や社会の恵みに感謝●「つながり」を感じる心第4章地域に生きる世界に生きる●玉川上水建設の苦労●新渡戸稲造の追善供養の真似事●江戸の暮らしに学ぶ「気働き」●恩恵の自覚●安心な町の、安心な人間関係づくり●「ひと声」の力●社会の中の「誰かの力」●「傍観者」にならないために●ボランティア●働く喜び●「おかげさま」「お互いさま」は社会の潤滑油●社会の一員としての務め●一人ひとりが思いやりの心を広げる●「共有地の悲劇」を乗り越える●「植福」のすすめ●自分だけの考えや価値観で判断していませんか●「MOTTAINAI(もったいない)」●引き継ぐ者としての使命●ニッポンの道徳力●外国人が見た「明治の日本」
どのような心で受けとめるか受けとめ方次第でプラスにもマイナスにもすることができます私たちは、自分の意に染まない事態に直面したり、思いがけないトラブルに見舞われたりすると、憂鬱な気分になるものです。そうしたときは〝こんなことになったのは他人や環境のせいだ〟と考えるほどに不平や不満、イライラが募っていきます。その気持ちを相手にぶつければ、不和や争いの原因になるでしょう。一方、自分の心の中に押し込めたなら、徐々にストレスがたまって、自分自身を苦しめることになるでしょう。ひとたび起こってしまった事態は、元に戻せるものではありません。しかし、いつ、いかなるときも、自分の心一つで変えられるものがあります。それは「自分はその出来事をどのように受けとめるのか」という点です。自分の目の前で起こった出来事は、その原因が自分自身にあるかどうかを問わず、「この出来事は、自分にとってどんな意味を持っているのか」「この経験を、今後にどう生かすことができるのか」について、建設的に考えてみたいものです。どのような出来事も、受けとめ方次第で、自分にとってプラスにもマイナスにもすることができるのです。私たちの人生は、新しい出来事との出会いの連続です。大切なことは、その出来事を「どのような心で受けとめるか」です。日々の生活の中で心に何を思い、何に心を動かし、物事をどのように判断していくか。そうした心の姿勢こそが、幸せな人生を築く鍵となるのです。
幸せは自分の心で感じるもの穏やかで温かい気持ちになれる何かを探してみましょう私たちの日常には、小さな喜びや幸せの種が、すでにたくさん隠れているのかもしれません。それを自分自身がどのように見いだしていくかによって、毎日はまったく違ったものになるのではないでしょうか。一つは、「すでに与えられている幸せ」に目を向けることです。どんな「幸せ」が思いうかぶでしょうか。あれがない、これがないと、足りないものを数え上げればきりがなく、そうするほどに心はすさんでいくものです。これと反対に、今あるものに目を向け、それを「ありがたいもの」としてとらえてみるのです。周囲の人との関係においても、誰かから親切を受けたら、素直に「ありがとう」とお礼を言ってみましょう。すると自分自身の心の中に温かい気持ちがわき起こるのではないでしょうか。また、感謝の言葉を伝えることが相手の喜びにつながるとしたら、そこには温かい人間関係が生まれ、お互いの喜びはますます増えていくことになることでしょう。もう一つは、誰かの役に立つ、誰かに喜びを与える、ということ自体に喜びを見いだす考え方です。それは必ずしも何か特別なことをしなければならないわけではなく、日常のちょっとした場面で周囲に気を配ることから始められるのではないでしょうか。先に挙げた、感謝の気持ちを伝えることもまた、相手に対する思いやりの一つでしょう。小さなことでも相手を喜ばせ、同時に自分自身も穏やかで温かい気持ちになれる何かを探してみるのです。幸せは自分の心で感じてみましょう。
幸せを感じる能力幸せを感じる能力は使えば使うほど伸ばせます五歳になる孝君は、川面が真っ赤な夕焼け雲を映しているのを、橋の中央に立ってじっとみつめていました。何を思ったのか、欄干に石ころをいくつもいくつも並べ始めました。孝君は、いったいどういうつもりで、そんなことをしているのでしょう。それは、燃えるようにきれいなあの夕焼けを、橋の上にころがっている石ころにも見せてあげたかったのです。よく見えるように、少しでも高いところから、見せてあげたかったのです。子供は、お金や名誉などにとらわれないで、与えられた幸せを感じる能力を実に素直に発揮するものです。もちろん、子供は不平や不満も表します。育った環境などによって非情なこともするでしょう。しかし、大人は子供の話す言葉や内容、行動、表情、しぐさなどから、美しいものを美しいと感じる子供のすばらしい感性に学び、私たちの中に感動する心を再び呼びおこし育てる必要があるのではないでしょうか。私たちは、だれでも幸せを感じる能力を持っています。同時に、不安や不足を感じる心も持っています。幸せを感じる能力を上手に使う努力や、それを伸ばす努力をしなければ、知らず知らずの間に、不幸や不足を感じる心がだんだんと心全体を支配してしまうことになりかねません。能力というのは、ものごとをなし得る力のことです。ですから、幸せを感じる能力も人それぞれに違いがあり、差もあります。また能力は、使えば使うほど伸びるものですから、だれもが伸ばせるものです。自分の中にある幸せを感じる能力をいかにして伸ばしていくかが、これからの人生を切り開き、よりよく生きていくための大切な鍵になるはずです。このような能力が人間力を高める大きな要素になるでしょう。
与えられている時間はみんな同じ自分にも周囲にも喜びがもたらされる選択を今、地球上では約七十八億七千五百万人(二〇二一年)が暮らしていますが、どの国や地域の人にも共通することがあります。それは、一日が二十四時間であるということです。誰か一人にだけ一日三十時間が与えられたり、十八時間しか与えられなかったりということはありません。与えられている時間は皆同じでも、その使い方は人それぞれです。私たちの人生は、「どのように時間を積み重ねるか」によって築き上げられるものといえるでしょう。現代人は、朝起きてから寝るまでの間に、数え切れないほどの選択をしています(※)。何時に起きるか、朝食に何を食べるかに始まり、頼まれごとをいつ行うか、けんかした友人にメールで謝るべきかどうか、疲れたけれど約束の集まりに行こうかどうしようか、どんな言い訳をしようか……などなど。それらの選択に際して、どのような理由で何を選ぶかは人それぞれであり、千差万別です。自分にも周囲にも共に喜びがもたらされる選択肢があるなら、それに越したことはありません。しかし、人間は誰しも「自分を守りたい」という本能を持っています。自分自身が「苦しくない」「悲しくない」「疲れない」「損をしない」道を選んだがために、周囲の人々との間に利害の対立や誤解が生じるとしたら、どうでしょうか。自分自身の喜びを追求することは、一概に悪いこととは言えませんが、「人間が皆、本能のままに生きようとするなら、この社会は成り立たない」という点も、私たちは心に留めておかなければなりません。※人間の一日の選択回数については、多くの説があります。九千回と言う人や三万五千回から四万回と言う人もいます。根拠となる確かな研究はないようですが、一日に決断する数は膨大なことは確かです。
「おかげさま」の発想この発想で受けとめることができれば人生はよりよい方向へと導かれます「〇〇のせいで気が重くなった」「〇〇のおかげで楽しい時間を過ごせた」私たちが何げなく使っている「〇〇のせい」と「〇〇のおかげ(おかげさま)」という二つの言葉。これらの言葉を使うとき、私たちはどのような心をはたらかせているでしょうか。「せい」という言葉は、好ましくない結果を生じさせる原因・理由を指して「失敗を人のせいにする」「年のせいか物忘れがひどい」などという使い方をします。これに対して「おかげ」という言葉を使うとき、「君のアドバイスのおかげで元気が出た」「おかげで仕事が順調に進んだ」というように、多くは好ましい結果を生じさせる理由を表します。私たちは何か苦しいことがあると、その原因を他の人や自分の境遇に求めて「あの人のせいで、自分が苦労しなければならない」「こんな境遇のせいで、つらい思いをしなければならない」と思うことがあります。そうしたことを考えれば考えるほど、心は暗く、重くなります。しかし、ここで「〇〇のせい」を「〇〇のおかげ」に置き換えるとどうでしょう。きっと後に続く言葉が変わるはずです。──「あの人のおかげで、自分の未熟さに気づくことができた」「この境遇のおかげで目標が明確になり、あきらめずに努力することができた」というように。感謝の心を忘れず、苦労や苦難をも「おかげ(おかげさま)」という発想で受けとめることができれば、人生はよりよい方向へと導かれていくのではないでしょうか。
大きな夢大きな欲自分自身にこだわりすぎてはいませんか「小利を見れば、則ち大事成らず」(『論語』「子路」)とあります。私たちは、しばしば手っとり早い利益を追い求めたり、自分のメンツやプライドにこだわりすぎて、人生においてもっと大きな、もっと大切なことを手に入れ損なっているのではないでしょうか。もっと大切なこととは、自分にも相手にも、そして周囲にも、今より少しでも多くの、そして今より少しでも確かな安心、平和、幸福を生み出すことではないでしょうか。いくら大事業を起こし、いくら世の中で名を上げても、それが自分だけの出世、名誉、利益のためであるなら、それは「小さな夢、小さな欲」だといえましょう。反対に、どれほどささやかであっても、自他の安心、平和、幸福を増やすことに努める人は「大きな夢、大きな欲」をもった人だと思います。みなさんにとって「大きな欲」とは何でしょうか。ほんとうは幸せを求めているはずなのに、小さなもめごとをキッカケに、みすみす不幸な結果を手に入れてしまう、残念ながら人間の世界ではよくあることです。その原因は、自分自身にこだわりすぎる、自分が勝つこと、自分が得をすることしか考えないという「小さな欲」にあるのではないでしょうか。それに対して、自分が踏み台になって相手を立てることは、なかなかつらいものです。いくら自分で納得して行ったとしても、どこかに「損をした」とか「相手に負けた」というくやしさが残るかもしれません。けれども、そこにこだわりすぎるのも、また小さな欲といえるでしょう。相手から心を傷つけられ、やり切れない気持ちにさせられたときにも、自分を生かし、相手も生かし、両者ともに救われるような結果を生むために努力できる人、そのためには自分自身へのこだわりという小さな欲を捨てられる人こそ、人生において確かな幸せを得る「大きな欲の持ち主」といえるのではないでしょうか。
自分の持ち味を生かす誰もがそれぞれに、すばらしい能力や可能性を持っています「こんなつもりじゃなかったのに」「これから何を目標にすればいいのか」人生の岐路において、こんな思いが胸をよぎったことはないでしょうか。例えば進学や就職、転職や異動などに際して、希望していた道に進むことができなかったとき。不本意ながらも別の道に進んだとして、どのように自分の気持ちと折り合いをつけていくのか。また、もともと希望していた道であっても、「入ってみたらイメージと違った」等の理由から、気力をなくしてしまう場合もあるでしょう。私たちは、明確な意味を見いだすことができる苦労であれば、それに耐えて努力することもできるものです。しかし人生の目標を見失ったとき、そうした心のエネルギーを失ってしまうことがあります。与えられた場において自分自身をよりよく生かし、前向きに人生を歩んでいくうえで大切な視点について考えてみましょう。自分自身を冷静に見つめてみると、ひと言で「自分」といっても、さまざまな側面があることに気づきます。そこには「自分でも好きになれない」という短所や欠点があるかもしれません。しかし、中には「ここが自分のいいところだ」と思える長所や美点も隠れているのではないでしょうか。私たちの持つ長所と短所は、実は表裏一体の関係にある場合が多いものです。例えば「のんびりしている」という欠点があると思っている場合でも、それは見方を変えれば、「慎重さ」や「落ち着いた行動」の裏返しと考えることもできるでしょう。また「そそっかしい」という人は、「物事を手早く片付けることができる」という長所の表れともいえます。こうした柔軟な見方を培っていくと、自分自身のことだけでなく、他の人の持ち味に対しても同じような受けとめ方ができるようになるでしょう。私たちは本来、誰もがそれぞれに、すばらしい能力や可能性を持っているはずです。そうした自分や他人の持ち味を素直な気持ちで受けとめて、よりよく伸ばしていく道を考えたいものです。
自分の人生を変えた袁了凡小さな善事や悪事が積もり積もって大きな結果になります中国の明の時代、袁了凡(一五三三~一六○六)という学者がいました。若いころ有名な易者(占師)に出会い、占ってもらったところ、大きなことはもちろん小さな事柄までピタリと的中するのです。そこで、今度は一生涯のことを占ってもらい、その結果を詳しく記録しておきました。そして、それらが次々と占いどおりになっていったので、了凡は、もう自分の人生は定まってしまっていると考えていました。ところが高僧・雲谷禅師に出会った了凡は、善行を積むことによって人生は変えられると教わりました。雲谷禅師は「功過格」という小冊子を取り出し、「今後、あなたの行う善悪のすべてを記録しなさい。善いことを二つ行えばその数を記し、悪いことを一つ行えば一つを引く、というようにして、まず三千の数だけ善いことを積みなさい」と教えました。そこで了凡は意を決して、妻ともども善行に努めました。妻は文字が書けなかったので、暦の日の上に筆の軸で朱の○印をつけて励みました。また途中、善行を積むことがあまりにもたいへんなので不安を感じていた了凡は、もう一人の高僧・幻余禅師に出会い「本当に善い心づかいで行えば、一つの小さな善事でも一万の善事にあたる」と教えられて、いっそうの善行に励みました。その結果、易者から合格しないと言われた進士(高級役人)の試験に合格し、子供はできないと言われたのが男の子を授かり、五十三歳で死ぬと言われたのが七十四歳まで長生きしたのです。そして六十八歳のとき、息子のためにこの自分の体験をありのままに書き残したのが、『袁了凡四訓』という書物です。その中におよそ次のように述べられているところがあります。大きな善事も大きな悪事もそう簡単にできるものではなく、長い年月にわたる小さな善事や悪事が積もり積もって、そして大きな結果になるのです。
一言も弁解しなかった白隠まだまだ自分には不完全なところがあるのだと反省してみましょう人から非難されたり誤解されたり、ぬれぎぬを着せられたりしたとき、私たちはとかく自己を正当化しようとして弁解につとめ、言いわけをし、自分が正しいことを主張しがちです。江戸時代の名僧白隠に、次のようなエピソードがあります。白隠が沼津の松蔭寺に住んでいたころ、ある檀家の娘が妊娠するという事件が起こりました。父から、だれの子かと厳しく問いつめられ、答えに困った娘は、日ごろから父が白隠を崇拝していることを思い出して、「白隠さんの子供です」と、うそを言ってしまいました。腹を立てた父は、やがて月満ちて生まれた赤ちゃんを抱いて白隠を訪れ、「人の娘に子供を生ませるとは、お前はとんでもない坊主だ。さあ、この子を引き取れ」と、白隠に子供を押し付けて帰ってしまいました。白隠は、その後、人々にののしられながら、もらい乳に歩いたりして赤ん坊を育てました。ある雪の日、いつものように赤ん坊を抱いて托鉢に歩く白隠の後ろ姿を見た娘は、ついに耐えきれなくなり、ワッと泣き出して、父に本当のことを打ち明けました。びっくりした父は、白隠のところへ行き、平謝りに謝りました。白隠は、「ああ、そうか。この子にも父があったか」と言って子供を返しただけで、娘や父を非難する言葉は一言もなかったそうです。(参考:直木公彦『白隠禅師──健康法と逸話』日本教文社)白隠のような堂々たる態度は、白隠であったからできたのでしょう。私たち凡人としては、もちろん誤解を解き、正しく理解してもらうための努力はするべきでしょう。しかし、それでも、批判を受け叱られ、悪口を言われることもあるでしょう。そんなとき、ただ相手を責めてみても、お互いの中に憎しみの心が育つだけです。それよりも、誤解を受け、非難されるのは、まだまだ日ごろの自分には人が見てそう思うような不完全なところがあるのだと日頃の行いを反省してみることです。そして、ますます謙虚に自分のやるべきことに努め、自分の心を磨き、他人や社会への思いやりを尽くしていけば、よりよい新しい変化が生まれ、人間力の向上につながることでしょう。
役者の褒め殺し高慢の鼻をへし折ってくれる人こそ恩人です「役者の褒め殺し」という言葉があります。役者をつぶすには、さんざん褒めちぎればよいというのです。耳の痛いことや批判がましいことは、いっさい本人の耳に届かないようにして、ご機嫌とりに徹するのです。これを三年も続けていけば、どんなに素質のある役者でもだめになってしまうといいます。昔から修養書として多くの人に読まれてきた中国の古典『菜根譚』に、耳中、常に耳に逆らうの言を聞き、心中、常に心に払るの事あらば、纔かに是れ徳に進み、行いを修むるの砥石なるのみという一節があります。つまり、「人間は自分の気に入らない耳の痛いことを聞いたり、自分の思うようにならないことがあれば、それこそ不十分な自分を磨く砥石であり、自分を向上させるチャンスである。へつらいの言葉や自分の気にいることばかりに囲まれていては、自分で自分に毒を盛るようなもので、少しも自分のためにならない」ということです。人間だれしも褒められたい、賞賛されたいという欲求があります。そして、褒められれば嬉しいのです。それだけに恥をかかされたり、メンツをつぶされたりするとひどく恨みがましく思います。できれば、自分の悪口など聞きたくないというのが人情です。しかし、他人から批判されなくても、つねに自己反省して自分を律していける人は、よほどできた人でしょう。どちらかといえば、私たちは調子にのって思いあがりやすい傾向があります。「天に口なし、人をもって言わしむ」と言います。ひっくりかえって大ケガをする前に、高慢の鼻をへし折ってくれるがいたら、その人こそ恩人でしょう。
動物園の象自分自身の考え方のクセに気づきましょうある動物園に、一頭の子象がやってきました。そこで動物園は、その象の体に合わせて周りに柵を作り、その中で飼育することにしました。子象は、柵の外に出たい一心で何度も乗り越えようと挑戦しますが、自分よりも背の高い柵をどうしても乗り越えることができません。やがて、挑戦することをあきらめ、柵の中だけで生活するようになりました。それから月日は流れ、子供だった象も立派な大人の象に成長しました。今までの柵もゆうゆう越えられるほど大きくなりましたが、その象は、全く柵を乗り越えようとはしません。目の前の柵は、乗り越えられないと思い込んでいたからです。これと同じようなことが、わたしたち人間にもあるのではないでしょうか。「象」を自分自身に、周りの「柵」を自分の抱えている問題や課題として考えてみてください。簡単に乗り越えられる柵なのに、つい難しい、できないと考えてしまい、あきらめていることが意外に多いのではないでしょうか。
気分よく過ごす達人「毎日を気分よく過ごす」心がけは、喜びに満ちた人生をもたらします私たちは日々、どれだけ「自分の気分」を意識しながら生活を送っているでしょうか。気分とは強い感情ではないだけに、些細なことに左右されやすいものです。イライラした気分のとき、その発端を考えてみると、意外につまらないことがきっかけになっていることも多いのではないでしょうか。また、気分は、みずからの言動に大きく影響します。考えてみると、私たちは気分のよいときほど、物事のよい面を見ることができますし、他者に対しては好意的になり、仕事に対しても意欲的になるものです。人は誰しも、温かみのある心の広やかな人に好感を持つものです。いつでも気分よく柔和な表情で、温かく他者に接することができる人の周囲には、おのずと「よい気分」と「よい人間関係」が広がっていくことでしょう。身近に「いつも明るくて、誰に対しても親切な人」がいたら、その人は単なる幸運の持ち主というわけではなく、「毎日を気分よく過ごす達人」なのかもしれません。
原因を追わず善後を図るすべての出来事を意味あるものとして受けとめましょう人生においては、時に思いがけない事故や病気に直面したり、事態が予期せぬ方向に進んだりということも起こるものです。まったくの偶然で、原因の追及さえできない出来事も、突然に起こり得ます。そうした「まさか」の事態に直面したとき、これをどのように受けとめればよいでしょうか。困難や苦境に備える「日常の心構え」について、総合人間学モラロジーの創建者・廣池千九郎(法学博士、一八六六~一九三八)は、道徳実行の指針として「原因を追わず善後を図る」という格言を残しました(参考=『最高道徳の格言』モラロジー道徳教育財団)。何か事が起こったとき、私たちはその原因を周囲の状況に求めたり、相手方の過失を責めたりしてしまうことがあります。しかし、これではいつまでたっても問題が解決しないばかりか、お互いに不平や不満を募らせ、事態をますます悪化させることにもなりかねません。「原因を追わず」とは、生じてしまった事柄に必要以上にこだわらないということで、生じてしまった事態は再び元に戻すことはできないという自覚に立ち、解決に向けた前向きな努力をすることの大切さを示しています。そして「善後を図る」とは、すべての問題を自分に与えられた課題として受けとめ、事態を改善するための責任を積極的に担う心で対処することです。誰もが直面する可能性のある「まさか」の事態には、自分自身の過失によるものばかりでなく、自分に非がないと思える場合、または原因が分からないために有効な解決法を見いだせない状況もあり得るでしょう。しかし、こうしたときも必要以上に悲観や後悔をしたり自暴自棄に陥ったりすることなく、前向きに人生を歩んでいくために、ふだんから「すべての出来事を意味あるものとして受けとめ、自分の成長の糧としていく」心の姿勢を養っていくことが大切なのです。まさにこれが人間力を高める方法と言えます。
「型破り」と「形無し」基本ができていてこそ大胆に新しい試みを行うことができるものです伝統芸能や芸事の世界においては、何世紀にもわたって技術と精神が継承されています。平成二十四年十二月に亡くなった歌舞伎俳優の中村勘三郎さんは、歌舞伎の伝統を守りながら、次々と新しい試みを手がけたことで知られています。現代演劇の演出家に新しい演出を依頼したり、ニューヨークで江戸時代の芝居小屋を再現した興行を行ったりと、あっと驚くような仕掛けを展開していきました。こうした姿勢が批判的に見られることもありましたが、「歌舞伎は死んだ古典ではなく、二十一世紀にも生きている演劇である」という強い信念のもとに、数々の新しい取り組みを進めていったのです。このような斬新さは目を引きますが、決して伝統を無視したものではありません。伝統を守りながら、これを大胆につくり変えていこうとする試みでした。勘三郎さん自身、歌舞伎の基本を重視しており、みずから厳しい稽古を積むと同時に、同じく歌舞伎役者となっている二人の息子さんに対する指導においても、徹底的に基本を身に付けるよう厳しい稽古を行ったことで知られています。勘三郎さんが大切にしていたとされる言葉に「型のある人が型を破るから〝型破り〟なのであり、型のない人が新しいことをやっても、それは〝形無し〟である(※)」というものがあり、若いころに出会ったこの言葉が、その後の人生に大きな影響を与えることになったといいます。歌舞伎の伝統を受け継ぐという責任を受けとめ、きちんとした土台をつくったうえで、時代に遅れないように常に新しいことに挑戦し続けていく。勘三郎さんの〝型破り〟な生き方の根底には、まさにこの精神が流れていました。伝統の中にある大切なものをしっかりと見極めて、それを受け継ぎながらも、自分で新しい命を吹き込んでいく。私たち一人ひとりの生き方としても、学ぶべき姿勢ではないでしょうか。※この考え方に似た教えとして、「守破離」があります。千利休の教えをまとめた『利休道歌』の中に「規矩作法守破離本」、、「」「」「」。、、、。
一歩一歩を着実にわずかな心がけの積み重ねが習慣となります中国の古典に「善積まざれば、もって名を成すに足らず。悪積まざれば、もって身を滅ぼすに足らず」(『易経』)とあります。私たちの人生における大きな出来事は、一朝一夕に成るのではなく、長い年月にわたる小さな「心づかいと行い」が積み重なった結果であることを説いたものです。一見すると地味で小さな決まりごとやルールであっても、それをコツコツと守り続けることは、やがて大きな結果をもたらすものです。童話の「ウサギとカメ」に見るカメの姿は、不器用ではあっても一歩一歩、着実に努力を重ねることの尊さを教えてくれるのではないでしょうか。「優れた道徳心は習慣からしか生まれない。私たちは、自分でつくった習慣のようにしかならないのである」これはギリシャの哲学者アリストテレスの言葉です。できるだけ自分自身の心を磨いていこうと思うか、おざなりでよいと思うか──。そのわずかな心がけの違いが、日々の選択を方向づけ、実際の行動に影響を及ぼし、やがてその人の人間性を形づくっていくのではないでしょうか。日々の小さな「心づかいと行い」に注意を払い、心を磨く実践を続けて善行を積み重ねていけば、それはいつしか習慣となり、やがて喜びの多い人生、安心に満ちた社会を築く原動力となっていくことでしょう。
ピンチをチャンスに納得できない出来事に遭遇した際も前向きに対処していけます私たちの生活の中で起こるさまざまな出来事は、自分にとって都合のよいことばかりではありません。中には無意識のうちに招いてしまった事態や、直接的には自分の責任ではないものもあるでしょう。不本意であってもその出来事と向き合い、目の前の事に当たらなければならないことがあります。直面した事態に悩み苦しむとき、人は視野が狭くなり、〝どうして私だけが〟とか〝あの人のせいでこうなったんだ〟などという被害者意識に陥ることがあります。そんなときはひと呼吸置いて、周りをゆっくりと眺めてみてはいかがでしょうか。自然環境や社会をはじめとして、自分を支えてくれている多くの物事、家庭や職場、地域の人たちが何気なくしてくれている心配り、不都合と感じることの中に見いだしたプラスの側面……。これらは物事を、あるいは人間関係を別の角度から見つめ直すことで得られる「気づき」といってよいでしょう。そうした小さな気づきから〝ありがたい〟という感謝の気持ちが芽生えたとき、心の中に余裕が生まれ、元気が出てくるのです。そして、プラスの面に気づくことが多くなればなるほど〝嫌だ〟と思うことは少なくなり、楽しみや喜びを感じる機会が増えていくことでしょう。そうした心の習慣が、納得できない出来事に遭遇した際も事実を冷静に受けとめたうえで、前向きに対処していける強さをもたらしてくれるのではないでしょうか。人間力を高めるには、都合の悪い出来事も冷静に受けとめることから始めましょう。ピンチがチャンスになるかもしれません。
感謝の日記「感謝した側」も幸せな気持ちになるところに大きな力があります「感謝の日記」は、近年の心理学の研究として行われたものです。この研究によると、毎週定期的に「恵まれていると感じること」を書き出すように求められたグループは、そうしたはたらきかけを受けなかったグループと比べて、人生をより前向きにとらえ、満足感を持つ傾向にあることが分かったということです(米国カリフォルニア大学心理学教授・ソニア・リュボミアスキー著『幸せがずっと続く12の行動習慣』日本実業出版社)。これは「感謝する人ほど幸せを感じることができる」ということを示しています。また、私たちが感謝する内容には、「誰が見ても『ありがたいこと』と思えるようなもの」と、「当の本人以外には『ありがたいこと』とは思えなくても、本人は感謝しているもの」との二つに分けることができます。別の調査によれば、よく感謝をする人は、必ずしも客観的に見て「ありがたい」と思えることを多く経験しているわけではないことが知られています。ふだんの生活の中にあるさまざまな出来事の「ありがたい面」によく注目している人だということです。このように「自分が感謝していること」を振り返ることには、大きな意味があります。そして、その感謝の気持ちを自分の心にとどめるのではなく、きちんと相手に伝えた場合には、自分自身の幸福感がさらに高まるということも分かってきています。家族や親戚、友人や恩師、職場の上司など、お世話になった相手に対して、その相手にしてもらったことが自分の人生にどのような影響を与えたかを伝える手紙を書く〝感謝の手紙〟という取り組みがあります。これは、実際には相手に渡さなかったとしても、書くこと自体に意味があるものですが、相手を直接訪問して〝感謝の手紙〟を届けた場合には、それを行った本人が最も幸福感を味わうことができたという実験結果もあります(前掲書)。私たちは人から感謝されたとき、幸せな気持ちになるものです。しかし、幸せを感じるのは「感謝された側」だけではありません。「感謝した側」もまた幸せな気持ちになるところに、感謝の持つ大きな力があるのです。
幸せを感じるスイッチスイッチをオンにするかどうかは自分自身の心次第です「感謝」ということについて考えるとき、忘れてはならないのは「私たちは、人や社会とのつながりの中で生きている」という事実です。例えば、衣・食・住を支える社会基盤がなくなったとしたら、「普通の生活」を営むことができるでしょうか。私たちは「快適さ」や「便利さ」にはすぐに慣れてしまい、それを当たり前のことのように思いがちです。水道の蛇口をひねると、いつでも水が出てきて当たり前。電灯のスイッチを入れれば、明かりがついて当たり前。買い物に出かければ、食料を入手できて当たり前。そうした生活の背後にある「支えてくれている人たち」の存在を、ふだんはあまり意識することはありません。それは、家族をはじめとした「いつも身近にいて、自分を支えてくれている人たち」の存在についても、同じことがいえるのではないでしょうか。目を閉じて、朝起きてから一日の出来事を静かに思い浮かべてみましょう。「今日一日、誰の親切も受けずに過ごした」と言える日は、はたして存在するのでしょうか。私たちの人生は、いつもどこかで、誰かに支えられているものです。それを、まるで一人で生きてきたかのように思ったときに、思わぬ「迷い道」に踏み込んでしまうのかもしれません。そこから抜け出すためにも、一日のうちのわずかな時間でも、静かに自分自身の心を見つめ直し、「支えられている自分」を確認してみてはいかがでしょうか。誰かにしてもらった親切に対して、素直に「ありがとう」という心が湧き起こったとき、そこには「小さな幸せ」が感じられるはずです。幸せを感じにくいときは、心の中の「幸せを感じるスイッチ」が入っていないのかもしれません。そのスイッチをオンにするかどうかは、自分自身の心次第なのです。
「心の感度」を高めよう感謝で受けとめる「受信力」と思いやりにつながる「発信力」科学技術が進歩して、どれほど便利な世の中になったとしても、人は一人きりで生きていくことはできません。家庭や学校、職場、地域社会などにおける身近な人たちとの「支え合い」はもちろん、仕事やボランティアなど、それぞれの立場から広く世の中のために働く人たちの力があってこそ、私たちの生活は保たれているのです。大切なことは、そうした「つながりの中で生きる自分」や「多くの人たちの力で支えられている自分」を自覚することです。そのとき、私たちは自身の日常に隠れている数々の「ありがたいこと」に気づいて感謝の心がわき起こるはずです。それとともに、「自分も他の人々の力になれるように」という積極的な気持ちも育んでいきたいものです。こうした、物事を感謝の気持ちで受けとめる「受信力」と、人々への思いやりの行為につながる「発信力」を共に高めていくことは、心豊かな社会を築く原動力になります。そうした社会の中でこそ、「喜びの多い人生」が実現することになるのです。
自分がその「誰か」になる心穏やかに「誰の役割でもない物事」と向き合ってみましょう私たちの日常生活は、家庭や学校、職場、地域社会など、多くの人たちとの関わりの中で成り立っています。そこには、もともと「誰の役割」というように明確には決まっていないこともあれば、「誰がやってもいいことだけれど、誰かが率先してやらなければ物事が進まない」という場合もあります。そうした役割に直面して〝どうして自分がこんな面倒を……〟という思いがわき起こったときは、私たちと社会との関係を、あらためて見つめ直してみましょう。それは「お世話になったり、お世話をしたりする関係」ともいえますし、「迷惑をかけたり、かけられたりすることもある関係」ということもできます。私たちは日々、さまざまな支えを受けて生活しています。一方、知らず知らずのうちに誰かに迷惑をかけているかもしれない。そんなふうに考えると、誰がやってもいいことなら、自分が率先して、その「誰か」になってみる心がけが必要なのでしょう。
責任を感じる範囲を広げる自分のゴミを片付けるのと同じように、公のゴミも拾うことができるように私たちの心は、ともすると「自分さえよければいい」というように、自己中心的にはたらきやすいものです。また「やったほうがよいこと」「誰かがやるべきこと」と分かってはいても、自分だけが行うのは損だとか、人目を気にするあまり「恥ずかしい」「照れくさい」といった心にとらわれて、敬遠してしまうことがあるかもしれません。しかし、この社会は「誰か一人のもの」ではありません。それは、自分も含めた「ここで暮らしている皆」のものであるということです。そう考えたなら、自分の部屋に落ちているゴミを片付けるのと同じように、教室や道端に落ちているゴミも拾うことができるのではないでしょうか。落ちているゴミと同じように、発生した「やるべきこと」が、もし誰かの落ち度から生まれたものだったとしたら、相手を責めるのではなく、それをそっと補ってみましょう。不満に思うのではなく、また見返りを求めずにそれを行ったときには、自分が思っている以上に温かい気持ちが心の中に生まれてくることでしょう。そして「誰かがやるべきこと」にいち早く気づき、率先してそれを行う習慣を身に付けることは、自分自身の人間力向上にもつながるはずです。何より、こうして一人ひとりが「自分の責任として、きちんとしておこう」と感じる範囲を少しずつ広げていったなら、社会全体がよりよいものになっていくのではないでしょうか。
心は無限に成長する私たちの心は、自分自身の人生を豊かにする大きな可能性を秘めています孔子は弟子から、「たったひと言で言い表せて、しかもそれを一生涯行っていけるようなことがあるでしょうか」という質問をされたとき、「それは恕(思いやり)であろう」と答えたといいます(『論語』「衛霊公」)。毎日をどのような心づかいで生きていくか。その一日一日の積み重ねが、私たちの人生をつくり上げていきます。まずは小さな思いの中にも、一つのささやかな行いの中にも、思いやりの心をはたらかせるように意識することが、人としての大切な心構えであり、これを絶えず行っていくことで、心は無限に成長していけるのではないでしょうか。思いやりは自分自身の心の問題ですから、その気になりさえすれば、いつでも、どこでも、誰にでも、すぐに実行できることです。この思いやりを大切にする人の周囲には、温かい人間関係が広がっていきます。私たちの心は、自分自身の人生を豊かにする大きな可能性を秘めています。一日一日を丁寧に、喜びの多い人生を築いていきましょう。
反省を明日への力に自分自身を冷静に省みる日々の積み重ねが心を成長させます済んでしまったことを「あのときにこうしておけば……」などと悔やみ、後ろを向いて思い悩むばかりでは、次の一歩を前向きな気持ちで踏み出すことはできないでしょう。反省は後悔とは異なります。それは「不完全な自分」を自覚して、同じように「不完全な他者」を受け入れ、認めつつ、共に前向きに歩んでいくための力を生み出すものです。自分の失敗を誰かに指摘された場合などは、素直に受け入れられないことがあるかもしれません。他人から批判されなくても常に自分自身を省みて姿勢を正していける人は、よほどの「できた人」ではないでしょうか。そもそも、私たちの欠点を陰で批判する人はあっても、面と向かって忠告してくれる人は少ないことでしょう。そうした経験もまた「貴重な反省の機会」と受けとめ、明日への力を養っていきたいものです。自分自身を冷静に省みる。その一日一日の積み重ねが、私たちの心を成長させ、周囲の人とのよりよい関係を築いていくもとになるのではないでしょうか。
「不完全な自分」を認める必ずしも理想通りにはいかないところが誰にでもあるものです過ちや失敗は、誰にでもあることです。悪気はなかったとしても、自分の視点で考えているうちに、つい他人に迷惑をかけてしまうことがあるかもしれません。いけないと知りつつ、つい他人に対して意地悪なことをしてしまう場合もあるでしょう。また、そのことについて他人から指摘や忠告を受けたとしても、素直に認めることができず、無意識のうちに自分を守ろうとする気持ちがはたらきます。そうして心に余裕がなくなると「ごめんなさい」のひと言が言えなくなり、ますます人間関係の不協和音が広がるのです。そうしたときは、まずひと呼吸置いて、相手と自分の立場を交換し、相手の立場から自分自身の言動を見つめ直してみることです。すると、知らず知らずのうちに相手の心を傷つけるような言動をしてはいなかったか、迷惑をかけてはいなかったかなど、自分では気づかなかったことが見えてくるかもしれません。私たちは、よりよく生きたいと願いながらも、必ずしも理想通りにはいかないところがあります。しかし、そんな自分を認めることは、決して悪いことではありません。その自覚があってこそ、「ごめんなさい」のひと言を言う勇気も生まれてくるのでしょう。人は誰しも不完全な存在で、過ちや失敗は誰にでもあることです。自分が不完全であるのなら、他人もまた不完全なところを持つ、同じ人間なのです。「不完全な自分」を認めることは、他人に対する優しさや、思いやりにもつながっていくのです。人間力のある人は「不完全な自分」を認められる人でもあるのです。
「心の習慣」をプラスに向ける人や物事の「よいところ」を見いだしましょう私たちが日常生活の中で行う言動は、その裏側に必ず「心のはたらき」があります。心は目に見えないからといって、どうでもよいというものではありません。この一瞬一瞬にはたらかせる心が積み重なって、私たちの心の習慣を形づくっていくのです。私たちの生活の中には、楽しいことや嬉しいこと、ありがたいことがたくさんありますが、ややもすると、そうしたことにあまり目を向けず、悩みや心配などにとらわれてしまいがちです。人や物事の暗い部分より、「よいところ」という明るい部分を見いだしていくことで、日々の暮らしは確実に明るくなっていくことでしょう。何事にも明るい面やありがたい面、自分や周囲の人たちの「よいところ」を積極的に見いだしていけば、五年、十年と経つうちに、人生そのものに大きな影響を与えていくことになります。せっかくですから、その力を自分や周囲の人たちに少しでも生かしていきたいものです。
「よい心」で一歩ずつ実践を自分の心を見つめ直す習慣は、自分自身を確実に成長させてくれます「言うは易く、行うは難し」といわれています。しかし「行うこと」よりも難しいのは、そのときの「心の持ち方」なのかもしれません。心は目に見えませんが、言葉や行動を通して周囲に伝わり、何かしらの影響を及ぼします。「よいこと」「正しいこと」を行う自身の心の中に、どのような思いが潜んでいるのか。その思いが、行為の結果を左右することにもなります。すぐに完全な「よい心」にはなれないのかもしれません。しかし「『よい心』ができてから行動に移す」というのでは、成長の機会を失ってしまいます。まず、ささやかなことでも、「人の役に立つこと」「人が喜んでくれること」を身近なところから一歩ずつ実践してみることが大切です。周囲の人たちの立場や状況を思いやりつつ、自分の心を謙虚に見つめ直す習慣は、自分自身を確実に成長させてくれます。また、そうした心の姿勢は、接する人たちにも自然と伝わり、親しみを感じさせるものなのです。
言葉はその人の人間性を表す自身の内面にも目を向けましょう言葉は、人と人との心をつなぐ懸け橋となります。思いやりの心に基づく言葉は、受けとめる側の心を和ませるだけでなく、周囲の人たちをも含む心の絆を豊かにしてくれることでしょう。そのひと言によって、温かく親密な人間関係の輪が周囲に広がっていけば、その輪の中にいる自分自身にも喜びと安心がもたらされるのではないでしょうか。今は多種多様なコミュニケーション手段があり、遠く離れた場所にいる人に対して、あるいは不特定多数の人に向けても、手軽に言葉を伝えることができるようになっています。日常的に人と人との心をつなぐ言葉だからこそ、しっかりと心を添えていきたいものです。言葉とは、その人の人間性を表すものであるということです。「言葉が自分や周囲に与える影響」や「相手を思いやることの大切さ」を意識して、日々発する言葉のもととなる自身の内面にも目を向けていきましょう。
「耳の痛い言葉」を聞いたなら自分を向上させるきっかけとしたいものです「耳の痛い言葉」を聞いた場合の「受けとめ方」について考えてみましょう。「褒め殺し」という言葉があります。むやみやたらと褒めちぎることで謙虚な心や向上心を失わせ、その人をだめにしてしまうことをいったものです。反対に「耳の痛いこと」を伝えてくれる人に出会ったなら、それこそ「自分を磨いてくれる砥石」ととらえることもできるのではないでしょうか。「耳の痛い言葉」など聞きたくないというのが人情ですが、他人から忠告を受けなくても常に自分を律していける人は、よほどの「できた人」でしょう。また、陰口などを言われてしまったときは〝もしかしたら、自分もこうして人を不快な気持ちにさせたことがあったかもしれない〟と、振り返ってみることができるかもしれません。陰口や他人を非難したりすることは慎まねばなりませんが、一方で自分に向けられた「耳の痛い言葉」は謙虚に受けとめ、自分を向上させる糧としたいものです。
終身路を譲るも百歩を枉げず「心のゆとり」が自分自身の安全を保障することになります私たちは慌てて先を急いでいるとき、「われ先に」という気持ちが出てしまいがちです。しかし「人を押しのけてでも、早く早く」と考える人ばかりでは、社会はどうなるでしょうか。例えば、混雑する駅で人を押しのけて進もうとしたり、車を運転している際に前を走る車を無理やり追い抜こうとしたりすれば、大きな事故を招きかねません。そんなときは「お先にどうぞ」と時間を譲る、ゆったりとした心を持つことも大切なのではないでしょうか。「混雑時にそんなことをしていたら、いつまでたっても電車に乗れない」という意見があるかもしれません。しかし、いつも「お先にどうぞ」と譲ることを心がける人は、通勤や通学の際も少し早起きをして、時間に余裕を持って出かけるようになるのではないでしょうか。そうして生まれた「心のゆとり」が、自分自身の安全を保障することになるという考え方もできるのです。もう一つ考えてみたいのは、「お先にどうぞ」と譲ったとしても、そのために生じる時間ロスは、多くの場合、ほんのわずかかもしれないということです。「終身路を譲るも百歩を枉げず」(『新唐書』(※)「朱敬則伝」)という言葉があります。一生涯、人に道を譲り続けたとしても、そのために余分に歩くことになった距離の合計は百歩にもならないということです。もし世の中の人たち、みんなが「譲る」ということを少しずつでも心がけていったなら、より暮らしやすい社会が実現していくのではないでしょうか。※中国の唐代の正史。五代後晋の劉昫の『旧唐書』と区別するために『新唐書』と呼ぶが、単に『唐書』と呼ぶこともある。
無益の危険道理をわきまえた行動とは昔々、戦国時代のお話です。塚原卜伝という剣術の達人がいました。あるとき、卜伝の弟子の一人が、道端につながれた馬の後ろを通り過ぎようとしました。すると突然、馬が脚を跳ね上げます。弟子はひらりと身をかわして、これをよけました。「なんと素早い身のこなし!」「さすが、武芸の修行をしている者は違うなあ」周りで見ていた人たちは、口々にこの弟子を褒めたたえました。ところが師匠である卜伝だけは、弟子を褒めなかったのです。みんなの称賛を受けて得意になっていた弟子は、そんな師匠の反応がおもしろくありません。そのとき、こんなことを思いつきました。〝師匠自身の身のこなしは、どんなものだろうか。……よし、ちょっと試してみようじゃないか〟弟子は卜伝が通ろうとする道に先回りして、わざと馬をつないでおきました。すると……。この話の続きを、皆さんはどんなふうに想像するでしょうか。剣術の達人として、たくさんの弟子を抱えていた卜伝のことです。師匠なら、もっと華麗な身のこなしを見せてくれるに違いない──きっと、そんなふうに期待して様子を見守る弟子たちもいたことでしょう。ところが卜伝は、馬を避けるように大回りをして、その場を通り過ぎました。結果として、馬が跳ねることもなかったのです。期待外れの師匠の行動にがっかりした弟子たちは、訳を尋ねました。すると、卜伝はこう言いました。「そもそも馬に近づくということ自体が危険なことではないか。それを知っていてわざわざ近づくのは『無益の危険』というものだ。道理をわきまえた者のすることではない」と。(参考=廣池千九郎著『新編小学修身用書』巻之一、復刻版はモラロジー道徳教育財団刊)
塙保己一の偉業心に抱いた希望が力を生みだします江戸時代に活躍した盲目の国学者・塙保己一(一七四六~一八二一)は、「ヘレン・ケラーが目標にした日本人」として知られています。幼いころに病気で視力を失った保己一は、周囲の大人たちに本を読んでもらうことを楽しみとして育ちました。その記憶力はすばらしく、聞いた話は一度で覚えてしまったといいます。やがて身を立てるべく、十五歳で江戸に出ると、先生のもとで指圧や鍼、琴や三味線などを習い始めました。ところがなかなか上達せず、絶望した保己一は、一時は死を考えたといいます。これを機に、心に秘めていた学問への情熱を先生に打ち明けて、その道をめざすことになりました。自分の目で本を読むことができない保己一は、人が音読したものを暗記して勉強を進めるのですから、その苦労は想像を絶するものだったでしょう。しかし、ここで並外れた努力と才能を発揮し、高名な国学者の教えも受けて学問を深め、大勢の弟子を持つまでになりました。こうした学者としての歩みの中で、一つの大事業を思い立ちました。古い時代の貴重な記録や文学作品などが散逸していく実態を憂えた保己一は、これらの書物を収集し、必要とする人がいつでも手に取ることができるように整理・分類して出版しようと考えたのです。これが、今でも歴史研究等に活用されている『群書類従』という大著です。その編纂の間にも、江戸を襲った大火により自宅を焼かれるという不運に見舞われます。しかし保己一はあきらめずに努力を重ね、刊行の決意から四十年を経て『群書類従』を完成させたのです。度重なる苦難にも屈することなく、大事業を成し遂げた保己一。それが歴史に名を残す偉業であったことは間違いありませんが、その生涯は、単に「私たちの人生とはかけ離れた偉人の物語」と受けとめるべきものではないでしょう。ここで学びたいことは、保己一が心に抱いた希望というものの持つ力です。保己一が努力を続けることができたのは、学問への情熱や「先人たちが築き上げた文化の結晶である書物を後世に伝えていきたい」という志です。その大きな希望が心に力を生み、偉業を成し遂げるに至ったのです。
心のキャッチボール心が通い合うためには、まず相手の言うことをよく聴くことが大切です相手の立場を考え共鳴することは、野球にたとえると、相手のボール(言葉、態度、心)を自分の「心のグローブ」でキャッチするということでしょう。どんなボールでも、まずしっかりと受けとめることです。コミュニケーションとは、ちょうど心と心をキャッチボールさせているようなものではないでしょうか。そして、心のキャッチボールのポイントは、まず何よりも受け上手、すなわち「聴き上手」であるということでしょう。〝聴く〟という漢字は、〝聞く〟という漢字とは少し意味合いが違います。〝聞く〟は音声を耳に感じるとか、聞こえるという意味が強く、〝聴く〟は、念を入れて詳しくきく、受け入れる、待つなどということで、ひいては「許す」「従う」という意味合いにもなります。つまり〝聴く〟は、相手の立場に立って、相手の心をしっかりと受け止めることになります。また、相手の言葉をしっかり聴くことにともない、共感性が生まれてきます。共感性とは、相手の考えや主張について、自分へのとらわれを捨てて、相手とまったく同じように感じることです。そして、こちらが共感することによって、相手は「自分が理解された」「自分の心が通じた」と、心の底から喜ぶのではないでしょうか。それはまた、自然に心が通い合っている状態でもあります。
顔を太陽に向けていれば影を見ることはできない長所を見つめ、のばしていくことにより成長していくことができます組織や会社は結局、一人ひとりの人間が集まってつくり上げられています。その人間関係が信頼の上に成り立っていなければ、組織も生き生きとしたものにはならないでしょう。大きな仕事、困難な仕事があった場合でも、人間関係が円滑にいっていればいるほど成就するものだといえます。「奇跡の人」として知られるアメリカの社会福祉事業家ヘレン・ケラーは、「顔を太陽に向けていれば影を見ることはできない」という言葉をのこしています。光は長所で、影の部分は短所ということができるでしょう。したがって、光の部分だけを見るように心がけていると、影の部分を見る必要はなくなっていきます。このように、長所をひき出しのばしていくことによって、お互いにプラスになり、成長していくことができます。そして、そこに喜びと感謝の心が備わっていくことにより、人間力がさらに高まっていくのではないでしょうか。
心の声を聞くつもりで相手の考え方や感じ方に心を寄せることは思いやりの第一歩です忙しいときや、自分の心に余裕がないときは、誰かから言葉をかけられても、なかなか相手に心が向かないものです。すると、返す言葉に心がこもらず、相手もよい気持ちがしませんし、自身の胸の内にも、どこかスッキリしない思いが残るのではないでしょうか。「自分のことで精一杯」という忙しい日々の中でこそ、相手の表情を見るだけでなく、心を見るつもりで、「どうしたら相手は喜び、安心し、満足するだろうか」と考えてみましょう。また、音としての言葉ではなく、心の声を聞くつもりで自分の心を相手の心に寄り添わせてみるのです。すると、相手の話がより身近なものとなり、自分の心に届き始めます。また、相手が何を考えているのか、どんな気持ちでいるのか、何を必要としているのか等、その人の考え方や感じ方に心を寄せることは、思いやりの第一歩であるといえます。そうした心づかいは相手にも自然と伝わり、その心の扉を開く鍵になります。そこでお互いの心が通い合い、さらには周囲の人々にとっても安心のある生活が実現するのです。
「北風と太陽」のお話冷たく厳しい非難や押しつけよりも温かい思いやりの心でイソップ物語の中に、「北風と太陽」というお話があります。ある日、北風と太陽が力くらべをすることになりました。そこへたまたま、コートを着た一人の旅人が通りかかりました。そこで北風と太陽は、「あの旅人のコートを脱がせたほうが勝ちということにしよう」と決め、さっそく力くらべを始めました。最初に北風が、冷たい北風を激しく旅人に吹きかけました。しかし、旅人はコートの襟をたて、しっかりとコートの前を合わせて、吹き飛ばされまいとします。北風が懸命になって、力を入れれば入れるほど、旅人はコートをしっかり押さえつけ、放しません。とうとう力つきた北風は、太陽と交代します。太陽は、温かい春の日差しを、優しく旅人に当てます。どんな強風にもコートを放さないでいた旅人でしたが、ポカポカと温かい太陽の光を浴びて身も心も温まり、ついにコートを脱いでしまったのです。この「北風と太陽」のお話から、あなたは何を感じますか。これは、あくまでも寓話ですから、いろいろな解釈の仕方があることでしょう。しかし、一般に解釈されているように、北風は冷たく厳しい非難や押しつけを表し、温かい太陽の光は、文字どおり温かい思いやりや賞賛を表しているといえましょう。私たちは、日常生活の中でいろいろなふれあいを経験します。この、人と人とのふれあいは、人間が生活し成長していくうえで不可欠なものです。どのようなふれあいをするかによって、私たちの人間関係はよくも悪くもなります。このふれあいの中で、冷たく厳しい非難や押しつけよりも、少しでも温かい思いやりの心を発揮して、よりよい人間関係を築いていきたいものです。
松坂の一夜人生には出会いが大切です「出会い」は、その人の人生さえも変えることがあります。江戸時代、『古事記(※)』の研究で画期的な業績を残した本居宣長(一七三〇~一八〇一)は、生涯の師となる賀茂真淵(一六九七~一七六九)に松坂(現在の三重県松阪市)で一度だけ出会います。それが「松坂の一夜」として知られる二人の出会いです。松坂の商家に生まれた本居宣長は、郷里で開業医を営んでいましたが、国学にも興味がありました。そこで宣長は、国学の大家であり、徳川将軍家の御用学者でもあった賀茂真淵に、一度は会ってみたいと考えていました。あるとき宣長は、賀茂真淵が松坂の旅館「鈴乃屋」に泊まっていることを偶然知り、運よく賀茂真淵に出会うことができたのでした。このとき、本居宣長は三十四歳、賀茂真淵は六十七歳でした。宣長は次のように尋ねました。「私はかねがね『古事記』を研究したいと思っています。それについてご注意はありませんか」。すると真淵は次のように答えました。「それは、よいところにお気づきでした。注意しなければならないのは、順序正しく進むということです。まず土台を作って、それから一歩一歩高く登り、最後の目的に達するようにしなさい」その後、師弟のつながりは文通によってなされますが、二人の面会は二度とありませんでした。真淵の助言を生かした宣長は、三十五年間努力を重ねて、国学に不滅の輝きを放つ『古事記伝』を完成させます。もしも本居宣長が賀茂真淵に出会っていなければ、宣長の人生はまったく違ったものになっていたはずです。私たちの人生には、さまざまな出会いがあります。また、出会いというと、他の人や物などと出会うことを考えやすいのですが、自分自身との出会いもあります。それは、今まで気づかなかった、新たな自分を発見するという意味でもあります。※現存する日本最古の歴史書。和銅五年(七一二)に太安万侶が編纂し、元明天皇に献上される。内容は日本開闢神話から始まり、推古天皇までを収める。参考:田原嗣郎著『本居宣長』講談社現代新書。
耳は二つ、口は一つ相手の心に寄り添い、そのメッセージを「聴く」ことが思いやりの始まり自分から一方的に話したことに対して、相手が表立って反発しなかったとしても、心の中で納得していないこともあります。その会話の目的が、お互いの思いを理解し合ったり、情報を共有することにあるならば、私たちはもっと「聴く」ことに注目する必要があるのではないでしょうか。「耳は二つ、口は一つ。だから、自分が話す二倍は相手の話を聴きなさい」ともいわれています。これは、よい人間関係には、話すことよりも聴くことの大切さを示したものです。それでは、私たちは相手の話を聴く際に、どのようなことに気をつければよいのでしょうか。例えば、次のようなことが挙げられます。・相手としっかり向き合う・相手の目をじっと見て聴く・うなずきながら聴く・相づちを打ちながら聴く「傾聴」という言葉があるように、相手の話を熱心に聴こうとするときは、相手のほうに目や体を傾けるものでしょう。また、「うなずき」や「相づち」は、話し手に対して「あなたの話をしっかりと聴いていますよ」というメッセージになります。相手が自分のほうに体を向けて、じっと目を見て聴いてくれていれば、「ああ、この人は私の話を一所懸命に聴いてくれている」と思うことでしょう。反対に、何か別なことをしながら、体をよそに向けて、キョロキョロしながら聞いていれば、話している人に「この人は私の話を聞く気がない」という印象を与えるでしょう。相手に心を向けて積極的に聴こうとする意識は、こうした目に見える姿勢やしぐさとなって表れるのです。相手の心に寄り添って、相手の発するメッセージを「聴く」ことこそが、思いやりの始まりなのです。
言葉は身の文(あや)自分自身の心を磨き、日々、よりよい言葉を発していきたいものです『氷点』『塩狩峠』など、多くの小説を著した三浦綾子さん(※)(一九二二~一九九九)は、次のように述べています。「言葉は力である、と私は思う。ひと言がその命を奪うこともあれば、受けた人の人生を変えることもある。『舌先三寸で人を殺す』という言葉を、幼いころからよく聞いたものだ。言葉というものは理不尽なほどに人間を動揺させ堕落させ、非情に走らせるかと思うと、奇跡のように甦らせ、向上させ、意欲を与えるものである」(『小さな一歩から』講談社文庫)私たちが発する言葉が大きな力をもつことは、古今東西で、多くの先人たちが述べてきました。道元禅師(一二〇〇~一二五三)の「愛語、よく回天の力あり」(心のこもった温かい言葉には、世の中を変えるほどの大きな力がある/『正法眼蔵』)なども、その一つです。近年は携帯電話やインターネットをはじめとする通信技術の発達により、多種多様なコミュニケーションの手段が生まれました。離れた場所にいる人に対しても、手軽に言葉を伝えることができるようになり、格段に便利になっています。それだけに、一方では、顔と顔を合わせて言葉を交わすときと同様に、「伝える言葉に真心を込めること」「発せられた言葉から相手の心情を推し量ろうとすること」の大切さは、変わらず心に留めておかなければなりません。また、「言葉は身の文」(『春秋左氏伝』〈僖公二四年〉に「言身之文也」とあるのによる)といいます。言葉とは、発する人の人間性すべてを表すものであるということです。私たちは自分自身の心を磨き、日々、よりよい言葉を発していきたいものです。その言葉によって周りにいる人を元気にし、温かく親密な人間関係の輪が広がっていけば、その輪の中にいる自分自身にも、大きな喜びがもたらされるのです。言葉は力です。※昭和四十四年に刊行された『氷点』は大ベストセラーとなり、その後、テレビドラマや映画化もされている。故郷の北海道旭川市に三浦綾子記念文学館がある。
円満な人間関係を築くために率直な気持ちをさわやかに伝えましょうコミュニケーションとは、お互いの気持ちや考え、またはその他の情報を、言葉や文字・態度・表情等を通して伝え合うことです。人と人との関係においては、いつも円滑なコミュニケーションによって意思の疎通を図ることが理想です。しかし実際には、お互いの立場の違いや利害関係、自分の性格・気性なども手伝って、自分の率直な気持ちを相手に伝えることは、思いのほか難しいものです。相手の前で萎縮して、思ったことを言い出せないという人も少なくないのではないでしょうか。もっとも、自分の意に沿わないことがあると憤慨し、一方的に自分の意見を言い張る、といった態度では、主張の内容がどれほど正しくても、円満な人間関係を築くことはできないでしょう。しかし、こちらが我慢をすれば、この場は丸く収まるだろう、といった考えから、必要以上に自分の気持ちを押し込めてしまうのも考えものです。そこには相手に対する純粋な思いやりではなく、自分の保身のために、表立っては反発しないでおこう、といった下心が潜んでいる場合があるかもしれません。表面的には相手を尊重しているかのように振る舞っていても、内心では別の感情を抱いていたとすれば、それはいつしか相手にも伝わり、人間関係がぎくしゃくしてくるのではないでしょうか。また、どうせ自分が言っても聞く耳を持ってもらえない、という一方的な考えによってはじめからコミュニケーションをあきらめてしまったり、心の中の不平や不満、葛藤や煩悶が募ったりすれば、自分自身を苦しめることにもなります。円満な人間関係を築くためにも、自分自身の率直な気持ちをさわやかに伝えることを心がけたいものです。
「すみません」と「ありがとう」日ごろから「相手を思って言葉を選ぶ」ことを心がけましょう日常生活の中では、時にちょっとした親切に出会うことがあります。自分が落としたものを誰かに拾ってもらったり、道幅の狭い場所を通り抜ける際に道を譲られたり、建物へ出入りするときに一緒になった人がドアを押さえていてくれたり、エレベーターのボタンを代わりに押してくれたり……。そんなとき、私たちは親切にしてもらった相手に対して、どのような言葉を返しているでしょうか。多くの人が「すみません」と言う場合があるかもしれません。「すみません」という言葉は、お礼を言うときにも使われますが、謝罪や恐縮の気持ちを表す言葉です。確かに、他者から受けた親切に対して〝申し訳ない〟という気持ちを持つことも少なくありません。一方、「ありがとう」は漢字で「有り難う」と記されるように、存在するのが難しいこと、めったにないことを意味します。歴史をひもとくと、平安時代の『枕草子』には、「ありがたきもの、舅にほめらるる婿、また、姑に思はるる嫁の君」という例があります。この「ありがたい」とは、もとは神をたたえる言葉であったといいます。そして、室町時代ごろには仏の教えを聞いて感激する意で用いられており、めったにないことを感謝する意味になったのは元禄時代以降であるということです。このように、神仏に対して使われていた言葉が、時を経て、人に対するお礼の言葉として使われるようになってきたのです(参考=堀井令以知編『語源大辞典』東京堂出版ほか)。私たちがふだん何気なく使っている言葉は、ほんのひと言で人を喜ばせたり、励ましたり、あるいは悲しませたり、傷つけたりする力を持っています。私たちの日常には、人に対して自分の気持ちを伝える機会が実に多くあります。見ず知らずの人から思いがけず善意を向けられた際にお礼の言葉を述べることは大切です。「ありがとう」というたったひと言が、身近な人の心やその場の雰囲気を、気持ちのよいものにしてくれるのです。日ごろから「相手を思って言葉を選ぶ」ということを心がけていくと、それぞれの場面や状況に、よりふさわしく、より思いのこもった言葉を、おのずと紡ぎ出せるようになっていくでしょう。
夫婦は「二心異体」だから異なるからこそ敬意を持って相手を理解する努力をしましょう男女が結婚を決意するときは、性格、趣味、考え方など、お互いに何かしら相通じるものを感じているときでしょう。しかし、生活を共にするうちに、思いがけないすれ違いを経験することもあるのではないでしょうか。そんなとき、私たちは、自分の価値観を優先してしまいがちです。その価値観に添わない違いを見つけると、相手を批判したくなったり、自分の思うような行動を相手がしてくれないことに不満を感じたりして、それが夫婦げんかの原因になることもあるでしょう。そこには「夫婦は一心同体である」という思い込みがあるのかもしれません。人間は一人ひとり、生まれ育った環境も考え方も異なり、そもそも性格もぴたりと一致はしません。誰一人として「同じ人」はいないのです。この意味で、夫婦はどんなに近しい存在でも「一心同体」とはいえないのではないでしょうか。それは「二心異体」ともいえます。「二心異体」の夫婦が円満な関係を築くためには、自分と相手の間には多くの違いがあるという事実を、まずは素直に受けとめる必要があります。そのうえで、相手の短所や欠点を探すのではなく、長所や美点を見つめていくことが大切です。はじめは努力も必要ですが、やがて習慣となり、そこから感謝と思いやりの心を自然と発揮できるようになっていけば、その心は家庭の外の人間関係にも生きていくことでしょう。一人ひとり、違った心と体を持って生きている私たちは、夫婦といえども「まったく同じ存在」になることはできません。しかし異なるからこそ、拒否したり距離を置いたりするのではなく、相手に対する敬意を持って、その個性を理解し合う努力をしていけば、不足を補い合って、お互いの力をよりよく生かすことができるのです。
言葉にして確認することも必要自分の視点が届かないところにまで「思いやり」を行き渡らせるために大切な人を思いやって何かを行うことは、相手ばかりでなく自分にとっても気持ちのよいことです。しかし、相手のためにと思って行ったことが、よい結果につながらないこともあります。それは「相手の気持ち」と「こちらの思いやり」がすれ違ってしまうためといえるのではないでしょうか。お互いに相手を思いやっているつもりでも、その「思いやり」にすれ違いを生じては、かえってよくない結果を招くことにもなりかねません。総合人間学モラロジーの創建者・廣池千九郎には、次のようなエピソードがあります。大正の末ごろ、遠方から客人が訪ねて来たときのことです。客人が到着するや、廣池は「よく来たなあ」と歓迎したその玄関先で、同時に「幾日滞在して帰りますか」と尋ねたといいます。客人が帰る日にちを伝えると、廣池は汽車の時間を調べ、当日の起床から出発の時刻、乗り換えや汽車の到着時刻までを紙片に書き出しました。〝まだ来たばかりなのに〟と怪訝な顔をする客人に対して、廣池はこう言いました。「世間の人は、腹の中では迷惑と思いながらも、口先では『まあまあいいじゃありませんか、どうぞごゆっくりお泊まりください』と言う。ところが、お客様のほうは〝都合があって早く帰りたいけれども、ご遠慮申し上げたら、せっかくおっしゃってくださるのに気を悪くするであろう〟と思い、いつ帰ったらいいのか分からず、心の中は不安で困っている。結局、これでは心身共にゆっくりできぬことになる。私のようにすれば、あなたも出立の時間までゆっくり安心していられるのです」そう伝えられた客人は、心うれしく思い、深い信頼と安らぎを得たと語っています(参考=『廣池千九郎エピソード〈第一集〉誠の心を受け継ぐ』モラロジー道徳教育財団刊)。「思いやり」について考えるとき、「相手の立場に立つ」「相手の気持ちになってみる」という言葉をよく耳にします。しかし、相手の立場になり代わってその気持ちをうかがい知ることは、現実には難しいものです。そこには〝こうすれば相手は喜んでくれるはず〟という「思い込み」「思い違い」、時には「思い上がり」が含まれているものです。どれだけ大切に思いやろうとしても、自分の視点からだけでは「すれ違い」が生じてしまいます。自分の視点が届かないところにまで「思いやり」を行き渡らせるためには、お互いの気持ちや状況をきちんと言葉にして確認し合うことも必要だといえます。
他人は自分の鏡頑な心がゆるみ、そこに相手を思いやる「心のゆとり」が生まれます人は誰もが長所と短所を持っているものですし、時に過失や失敗もあるものです。ところが私たちは、他人の失敗に直面すると、自分のことは棚に上げ不満を抱きがちです。「自分は正しい、相手が間違っている」という頑な考えから、「許せない」という思いを募らせ、相手にきつく当たってしまうことがあるかもしれません。しかし、相手の立場を考えるとどうでしょう。失敗を暴かれて喜ぶ人はいません。怒りや憎しみを覚えたり、心に傷を受けたりすることもあるでしょう。それはお互いの人間関係をギスギスさせ、周囲にも不穏な空気を醸し出します。「他人は自分の鏡」といわれるように、他人の落ち度が気になるときは、自分にも同じようなことがなかったかと振り返ってみることも必要です。人を「許せない」と思っている自分もまた不完全であり、誰かに許されているのかもしれない──そう考えたとき、硬くなっていた心が少しゆるみ、そこに相手を思いやる「心のゆとり」が生まれるのではないでしょうか。
「思いあがり」と「思いやり」低いやわらかな広い心で、相手の立場にたった心づかいと行いを中国の『尚書』には「人心これ危うく、道心これ微かなり」とあります。人心つまり利己心を捨てて道徳心を大いに発達させなければ、私たちの人生の末路は危ういというのです。ここでいう道徳心とは、あたたかく、やわらかな、すべてのものをいつくしみ育む心のこと、また利己心とは、自分中心の心です。親と子のコミュニケーションがうまくいかなかったり、また断ち切られてしまっているのは、どうやらこの〝自分中心の心〟が原因のようです。親は子供の心に温かな思いやりを育てたいと願っています。そのためには、この〝利己心〟を徐々に取り除き、慈悲心に基づいた親の愛情を少しでも多く、子供たちに注いでいきたいものです。つまり思いやりとは、道徳心──低いやわらかな広い心で、相手の立場にたった心づかいと行いを言うのであって、利己心に基づいた自分中心の考え方や行動は、「思いあがり」と言えるのではないでしょうか。
思いやりの心で「やる気」を引き出す相手の持ち味や豊かな可能性を認め成長と幸せを心から祈りましょう人は自分のしたことを否定されたり、行動を制限されたりすると、反発心を持つものです。例えば「そんなふうにするからダメなんだ」と高圧的に言われることや、「〇〇しなさい」「〇〇してはいけない」という強制や禁止によって「やる気」を削がれた経験はないでしょうか。そうした心の動きは、まだまだ教え導く必要がある子供であっても同じでしょう。間違いのない正論であっても、それを押し付ければ角が立ちます。すると、相手は「その主張の正しさ」を頭で理解したとしても、心から納得して受け入れることは難しくなります。助言の裏にある〝相手によくなってもらいたい〟という思いを生かすには、どうしたらよいのでしょうか。〝自分は正しいことを言っている〟という思いは、相手の気持ちや周囲の状況を見えにくくします。親が子に、上司が部下に、先輩が後輩に接するときのように「相手を教え導く」という立場に立ったなら、ことさら冷静になり、相手に対する深い「思いやりの心」を実際の言動に表すように心がけたいものです。勉強でも仕事でも〝やらされている〟〝しなければならない〟と思うと疲れます。しかし〝よし、やってみよう〟という気持ちになると、どうでしょう。大切なことは強制ではなく、相手の心に寄り添って、その人なりの「やる気」を引き出すようにはたらきかけることではないでしょうか。相手の持ち味や豊かな可能性を認め、その成長と幸せを心から祈る──そうした心づかいに基づく助言は、相手の心に落ち、お互いの安心と喜びを生むことでしょう。
「補い合う」という心がけ自分自身の物の見方や考え方を広げ人間的に成長していくために人間は誰しも完全ではなく、物事の全体を見通すことは難しいものです。だからこそ、それぞれが「自分の立ち位置から見た物事のあり方」にこだわってしまうのでしょう。しかし、いつまでもそこにとどまっていては、異なる意見を受け入れることはできず、自分自身の視野の狭さに気づくこともできません。そうしたときは、ひと呼吸置いて、視点を少しだけ変えてみましょう。相手の立場に立って物事をとらえ直すと、相手の意図や気持ちがよく理解できることがあります。また、第三者の立場に立って、公平な視点から自分と相手の意見を見つめてみることも大切です。すると、より高く広い視点から、広い視野をもって解決の糸口を見つけることができるのではないでしょうか。何より忘れてはならないのは、相手を尊重し、お互いを補い合おうとする心です。「自分の意見こそが正しい」と思い込み、それを押し通そうとする態度で臨めば、善意に基づく意見であっても相手には押しつけがましく受け取られ、人間関係にひびが入ってしまうことにもなりかねません。しかし「補い合う」という気持ちになれば、「自分自身も相手から教わったり、助けてもらったりする面がある」ということですから、相手の意見にも謙虚に耳を傾けることができるのではないでしょうか。すると信頼と協調の関係が生まれ、自分と相手だけでなく、周囲にも安心が広がっていくことでしょう。これは人間関係を円滑にし、物事を建設的に運ぶためだけではありません。自分自身の物の見方や考え方を広げ、人間的に成長していくためにも大切なことであるのです。
春風をもって人に接し、秋霜をもってみずからつつしむよりよい人間関係と自分自身の成長のために大切な教えです私たちは、他の人の利己的な言動には敏感ですが、自分自身のことには案外無頓着なところがあります。よくよく考えてみると、自分も知らず知らずのうちに、他の人に対して迷惑や不快感、不信感を与えていることがあるかもしれません。まずは過ちを犯しやすいという「人間の弱さ」に思いを致し、自分にもそういうところがあるという謙虚な気持ちを持つ必要があります。また、「思いやりの心」を持つためには、自分の中にある「求める心」を少し抑えて、相手の思いを受けとめようとする努力が不可欠でしょう。相手は何を考えているのか、どんな気持ちなのかを、自分の心を無にして聞くことが、その第一歩といえます。「春風をもって人に接し、秋霜をもってみずからつつしむ」。これは江戸時代の儒学者、佐藤一斎(一七七二~一八五九)の言葉です。他の人に対するときは春風のような温かさをもって接し、自分自身に対しては、秋の霜のような厳しさをもって律する。それはよりよい人間関係を築くとともに、自分自身を人間的に成長させていくうえでの、大切な教えではないでしょうか。どのような気持ちで人に接し、どのような心で人とつながっていくか。そうした自分自身の考え方や行動が、人間関係をよくも悪くもします。そして温かい関係を築くことができたなら、自分にとっても周囲の人々にとっても安心と喜びのある生活が生まれ、よりよい社会を建設する原動力となっていくことでしょう。
惻隠の心は仁の端なり温かい思いや優しい気持ちこそが「まごころ」の芽なのです中国古典の『孟子』(※)に、次のような話があります。──人には皆、他人の不幸を平気で見ていられない心がある。例えば幼児が井戸に落ちそうになっているのを目にしたら、誰もがはっと驚いて、助けようとする気持ちが自然とわき起こるはずだ。それは子供を助けることで、その父母とお近づきになりたいと思うからではなく、周囲の人たちに賞賛されたいからでもなく、助けないことで悪評が立つのを恐れるからでもない。つまり、この心は、誰もが生まれながらに持っているものである──『孟子』ではこれを「惻隠の心」という言葉で表現し、「惻隠の心は仁の端なり」と述べられています。仁とは他を慈しむ、深い思いやりの心です。そんな仁の糸口となる温かい「まごころ」の芽は、誰の心の中にもあるというのです。人の悲しみに接したら、胸が締め付けられるような思いがして、なんとか慰めたいという気持ちがわいてくる。困っている人に出会ったら、何か自分にできることはないかと考える。私たち一人ひとりにも、そんな経験があるのではないでしょうか。そんな温かい思いや優しい気持ちこそが「まごころ」の芽なのです。※孟子の言行をまとめたものを『孟子』といいます。儒教では孔子に次ぐ重要な人物とされ、母親が子供の教育のために、三度、引っ越しをしたと伝えられる「孟母三遷」として伝わっています。孟子は人間の本質は善であるとして「性善説」の立場をとりました。
身近な人に「ありがとう」何事にも感謝できる人は、前向きで喜びをつくるのが上手です「ありがとう(有り難う)」とは、「そのように有ることが難しい」という意味です。それは「当たり前ではない」ということでしょう。与えられた状態を「当たり前」と思ってしまうと、そのありがたみが見えにくくなるものです。とりわけ家族のように近しい間柄であればあるほど「相手がこれをやってくれるのは当たり前」「自分も相手にしてあげていることがあるのだから、お互いさま」などと思ってしまいがちではないでしょうか。また、ありがたみが分かっていたとしても、気恥ずかしかったり「今さらそんな他人行儀なことを言う必要はない」と思ったりして、なかなか素直に「ありがとう」を言えないものかもしれません。しかし、世の中に「当たり前のこと」はないはずです。私たちの日常に隠れている「有り難いこと」の一つ一つに目を向け、そのありがたみをしっかりと認識するほどに、喜びを感じる機会が増えていきます。否定的な考えからは「ありがとう」は生まれません。何事にも感謝できる人は、前向きで、喜びをつくるのが上手な人といえるでしょう。そして、心からの「ありがとう」の言葉は、相手に〝あなたのしてくれたことを、私はきちんと認識しています〟〝あなたのことを大切に思っています〟というメッセージを伝えてくれます。そのメッセージこそが、相手の心に喜びをもたらし、私たちの人間関係に潤いを与えてくれるのではないでしょうか。お互いの心に喜びをもたらし、人生を輝かせる「ありがとう」の言葉。まずは一番身近な人に向けて、心からの「ありがとう」を言ってみませんか。
「身勝手」が隠れている?ストレスを抱える「よいこと」は、本当の「よいこと」とはいえません人に親切にすること。物事に熱心に取り組むこと。地域社会を住みよいものにするために行動すること。それらは道徳的な行為といえます。しかし、そのときの自分の心をよくよく見つめると、こんな思いが潜んでいる場合もあるのではないでしょうか。善意の行動でも、心のどこかに「やってあげている」という意識があると、見返りを求めてしまいがちです。相手が感謝の気持ちを示してくれないと、不満がわき起こります。これではせっかくの善意の行動が、自分の心にはマイナスの効果をもたらしたことになるでしょう。また、相手も押しつけがましさを感じて、不快に思うかもしれません。何事にも熱心に、そして真面目に取り組むのは大切なことです。ところが、熱心すぎるために、自分ほど熱心にやらない人を責める。真面目すぎるために、自分から見て不真面目に思える人が許せない。そんなふうに「自分」を基準に物事を測り、歩調の異なる人を受け入れないようでは、相手も心を閉ざしてしまうことになりかねません。奉仕活動というせっかくの「よいこと」をしても、正義感で人を責めていては、何より自分自身の心が穏やかではなくなります。すると、活動の楽しみにも目が向きにくくなるのではないでしょうか。これらの例では、一見すると「よいこと」「正しいこと」に思える行為の中に、自分中心の身勝手さが見え隠れしているようでもあります。結果として、「よいこと」をしながら周囲の人たちと衝突したり、自分自身もストレスを抱えたりするのであれば、それは本当の意味での「よいこと」とはいえなくなる可能性があります。
人を介して伝わる言葉自分の口から発した「よくない話」を一番近くで聞くのは自分の耳です「人を介して伝わる言葉」は、かかわる人が多くなるほどにインパクトが大きくなるものです。「よくない話」を本人のいない場所で第三者に言えば、陰口になります。自分が陰口をたたかれていたことを知って、嬉しく思う人はいないでしょう。たとえ自分に非があり、その事実を指摘されたにすぎないとしても、人を介して自分の耳に入れば、ますます受け入れがたい気持ちになるのではないでしょうか。そして陰口は「たまたま耳にした第三者」にとっても気持ちのよいものではありません。仮に同調しながら聞いた場合は、話題の人物を心の中で見下したり、あざけったりすることになるでしょうから、話し手も聞き手も冷たい心が増幅され、嫌な雰囲気が広がっていくことでしょう。私たちの言葉は、よくも悪くも周囲の人たちに影響を及ぼします。もしかすると、私たちが思う以上に大きな影響が生まれているのかもしれません。「よい影響」であれば、ぜひとも広めていきたいものですが、「悪い影響」は極力抑えるべきでしょう。また、万が一にも陰口に打ち興じているとしたら、自分の口から発した「よくない話」を一番近くで聞くことになるは自分の耳であるという点も、心に留めておかなければなりません。日々口にする言葉が自分や周囲に与える影響を、見つめ直したいものです。
「ありのまま」を受けとめるどんな相手とも心穏やかに向き合うことができるように中国古典の『礼記』(※)に、こんな一節があります。「愛して而も其の悪を知り、憎みて而も其の善を知る」愛する人であっても、欠点は欠点としてきちんと理解しておこう。憎んでいる相手であっても、その長所や美点は正しく認めよう。そう心がけたなら、いつ、どんなときでも、また、どんな相手とも、心穏やかに向き合うことができるのではないでしょうか。どんな人にも必ず「よいところ」があり、同時に「よくないところ」もあるものです。その事実を正しく認識したうえで、相手を尊重しながら接していくことは、その人の「ありのままの姿」を受けとめることにほかなりません。もう一つ、人や物事に対して〝苦手だな〟と感じてしまう自分をありのままに受けとめることも、大切なのかもしれません。そこでひと呼吸を置いたら、今度は「苦手」という感情にとらわれすぎないように心がけつつ、「自分がこの物事と向き合う意味」や「相手の長所や美点」を冷静に見つめてみたいものです。そこから、前向きな一歩を踏み出せることもあるのではないでしょうか。頑になりがちな私たちの心。それをほんの少しだけゆるめてみると、苦手なもの、苦手なこと、苦手な人に向ける目も、穏やかなものに変えることができるかもしれません。いつも穏やかな心で毎日を過ごしたいものです。※儒教の最も基本的な経典である「経書」の一つ。現代に伝わる『礼記』は、周から漢にかけての儒学者がまとめた礼に関する記述を、前漢の戴聖が編纂したもの。その内容は、政治・学術・習俗・倫理などあらゆる分野に及ぶ記録の集成。
挨拶は人間関係の潤滑油みずから胸襟を開き、相手の懐に飛び込んでみましょう人と人とのふれあいは、言葉によって深まっていきます。その最初の一歩が挨拶の言葉でしょう。挨拶とは、もともと禅の言葉でした。「挨」には「押し開く」という意味があり、「拶」は「迫ること」を意味します。師匠が弟子に問答を迫って悟りを試す、あるいは修行をしている人同士が問答を繰り返して切磋琢磨するというのが、本来の意味であったようです。これが転じて、「人に近づき、心を開く際の言葉や動作」を示すようになりました。代表的なものとしては「おはよう」や「こんにちは」をはじめとする言葉の数々、また、動作ではお辞儀や会釈などが挙げられるでしょう。そこには儀礼的な意味もありますが、一般には友好の意思や親愛の情がこもったものと受けとめられます。つまり挨拶とは、みずから胸襟を開き、相手の懐に飛び込んでいくことに通じるのです。初対面の人を前にしたとき、また、気心の知れた人がいない場所では、私たちはつい身構えてしまうものです。そんなときにかけられた挨拶のひと言で緊張が解け、心が温まったというのは、多くの人が経験していることではないでしょうか。挨拶には、固く閉ざされた心の扉をも押し開いていく、不思議な力があるようです。私たちは、家庭や学校、職場、地域社会をはじめとする日常生活の場で、ほかにもさまざまな挨拶の言葉を交わしています。それは日常的なものであるだけに、あまり気に留めることはないかもしれませんが、あらためて考えてみると、人と人との関係の潤滑油的な役割を果たす、とても大切なものです。
境にある物は他人に譲るべし日常生活に即した道徳の実践昔々のお話です。ある日──おそらく実りの秋の出来事だったのでしょう。裏山で遊んでいた少年が、そこに落ちていた栗をいくつか拾いました。やがてお昼時になり、帰宅した少年は、拾った栗を父親に見せます。すると父親はこう問いただしました。「これはどこで拾ったのか」実はこの栗、父親が所有する土地と隣の土地との境界のあたりに落ちていたものです。そのことを正直に話すと、父親は言いました。「すぐに返してきなさい」食事の途中にもかかわらず、父親は少年をせき立てたのです。〝せっかく拾ってきたのに……〟少年は内心、そう思ったのではないでしょうか。しかも問題視された栗は、ほんの数個。〝山中の栗を拾い集めてきたわけでもないのに、これっぽっちのことで……〟という思いもあったかもしれません。それでも少年は父親の言いつけに従って、元あった場所に栗を置いてくることにしました。これは江戸時代の思想家・石田梅岩の幼少期の出来事として伝えられるエピソードです。明治二十一年(一八八八)に出版された『新編小学修身用書』(廣池千九郎著、復刻版はモラロジー道徳教育財団刊)には、この話が次のような表題で紹介されています。「境にある物は他人に譲るべし」。小学校の教師であった一青年が著した『新編小学修身用書』は、修身、つまり今でいう道徳の授業で子供たちに語って聞かせる「話の種」を集めた自作の教材集です。この逸話が、なぜ道徳の教材になるのでしょうか。ここでは次のような説明がなされています。「境にある物は、まだ必ずしもまだ自分の物だという保証がない。こうした場合は、あえて取らないほうがよいのだ」と。このエピソードの当時、十歳ほどだったという石田梅岩は、のちに京都の商家で奉公をしながら神道や儒教、仏教などを学び、「人の生きる道」を追究するようになりました。やがて「石門心学(※)」を打ち立て、庶民の日常生活に即した道徳の実践を説いたのです。※石田梅岩(一六八五~一七四四)を祖とする倫理学の一派で、平易で実践的な道徳を説いた。
「察する」だけでは伝わらない電話やオンラインでは、対面以上にしっかり言葉を交わしましょう私たちは家庭や学校、職場などの日常生活の場で、目の前にいる相手に自分の思いや考えを伝えるために言葉を投げかけ、相手からも同じように言葉を受け取っています。一方、言葉は人を傷つけたり怒らせたりたりするなど、トラブルの原因になることもあります。「あんなこと、言わなければよかった」「あの場面では、こう言ったほうがよかった」と後悔することもあるでしょう。また、親しい人との間でも、思いが正確に伝わらないことがあります。慎重に言葉を選んでも、相手には別の意味に受け取られる場合があるものです。こうしたことから誤解が生まれ、人間関係がぎくしゃくしてしまうこともあるのではないでしょうか。「以心伝心」という言葉がありますが、「察すること」や「気を利かせること」が美徳とされてきました。そのためか、私たちはコミュニケーションを取る際も、言葉以上に相手の表情やしぐさから気持ちを読み取ろうとしたり、「きっと相手も分かってくれるだろう」と思ったりするところがあります。「察する」ということも大切ですが、それだけで思いのすべてを理解できるわけではないでしょう。しっかり言葉を交わさないと、分かり合えないこともあるはずです。思いを伝えるうえで、言葉はたいへん重要なのです。特に、表情やしぐさが伝わりづらい電話やオンラインなどのコミュニケーションの場合、自分が発する言葉にも、相手が発する言葉にも、対面で会話をするとき以上に慎重になる必要があるのではないでしょうか。
仁者は必ず勇あり思いやりの心も勇気も、意識してはたらかせるほど大きく強くなります中国古典の『論語』に、次の一節があります。「仁者は必ず勇あり」深い思いやりの心の持ち主には、必ず勇気が備わっている。誰かのためを思い、率先して行動を起こすことができる人こそ、本当の「勇気のある人」といえるのではないでしょうか。よりよい人生を築きたいと願うなら、周囲の人たちや社会も一緒になってよくなっていく必要があります。まずは自分自身が発信源となって、周囲の人たちに対する思いやりの心を表していきたいものです。それは必ずしも難しいことをしなければならないわけではありません。手始めとして、身近な人に安心してもらえるようなことを、相手の立場になって考え、少しの勇気を出して実践していきませんか。「温かい言葉をかけること」でもいいかもしれません。「笑顔一つ」「和やかなまなざし一つ」を相手に向けるだけでもいいかもしれません。日常のちょっとした場面での思いやりの実践は、少し意識することで、いつでも、どこでも、誰にでもできるのではないでしょうか。思いやりの心は、意識してはたらかせるほどに大きくなり、勇気も奮い起こすほどに強くなっていきます。一人ひとりが小さな勇気を奮い起こして、思いやりの実践を積み重ねていったなら、私たちを取り巻く社会はよりよいものになっていくことでしょう。
刎頸(ふんけい)の交わり真の友情とは中国の秦の始皇帝の時代。趙国に藺相如という将軍がおり、趙の王から重く用いられて、ぐんぐん出世しました。この国にはもう一人、廉頗という武将がいましたが、相如の出世を怒って、「戦で手柄をたてたわしより出世するとは、なにごとか。今に見ておれ!」と、ののしるのでした。相如が出世をしたのには、わけがあるのです。ある所で、趙王と秦の始皇帝が出会い、二人の王が論争をはじめましたが、なにしろ始皇帝は飛ぶ鳥も落とす権力の持ち主。とうとう趙王は言い負かされてしまいました。ところが、そばにいた相如が主君のために、機知を働かせて始皇帝を逆に言い負かしてしまったのです。趙王の面目はたちました。これが相如の出世の原因です。しかし、廉頗が怒っているといううわさを聞いた相如は彼に会うことを避けるようになりました。あまりの逃げ腰に家来もあきれ、「あなたは、いくじなしです。いまでは身分が下の廉将軍を、どうして恐れるのですか?」すると、相如は静かな口調で、「私は、趙王のためには始皇帝にもたてつく男だ。廉将軍を恐れるわけがない。だが、現在の将軍は自分を身失っている状態である。将軍が冷静になるときを、私は待っているのだ」と言いました。この話を伝え聞いた廉頗は自分の短慮をおおいに恥じ、みずから相如の家を訪ね、心からあやまりました。それから、二人は「刎頸の交わり」(友人のためには、首をはねられても悔いないほどの深い交わり)を結び、助け合って趙国のために尽くしました。「刎頸の交わり」という言葉は、ここから出たそうです。
五つの心のチェックリスト感謝の心を大きく育んでいくために大切です心の姿勢を振り返り、感謝の心を大きく育んでいくためのチェックリストがあります。それは「心の訓練」として、日々実践できるようなもので、毎日の生活の中で続けていくことに意味があります。①朝の「おはよう」を気持ちよく今朝も無事に目が覚めた──それだけでも、ありがたいことなのかもしれません。その喜びを大切に味わいつつ「おはよう」を言えば、心は晴れ晴れとして、一日を元気がわいてくるのではないでしょうか。②一日一つ「ありがたいこと」を発見する私たちの身の回りには「今までなんとも思わなかったけれど、よくよく考えてみるとありがたいな」と思える物事が隠れています。そんな発見をするたびに、自分自身が明るく温かい気持ちになっていきます。まずは一日一つの感謝の種を見つけてみませんか。③心からの「ありがとう」を伝える「ありがたいこと」を見つけたら、素直に感謝の気持ちを伝えてみましょう。身近な人たちとの間でこそ大切にしたい言葉です。「ありがとう」が飛び交う日常生活の場は、笑顔に満ちていくでしょう。④鏡の前での「笑顔の訓練」「ありがとう」の言葉には、ぜひ笑顔を添えたいもの。朝、顔を洗ったら「とびきりの笑顔」を鏡に映してみましょう。これを習慣づけることで、誰かを和ませることができるような、柔らかな笑顔が身についていくのではないでしょうか。⑤「いただきます」「ごちそうさま」にも感謝を込めてなんといっても健康が第一。その健康に直接結びつくのが食事です。野菜や魚、肉といった食物は、自然の恵みによって得られるもの。食事の際は、そうしたことへの感謝も込めて「いただきます」「ごちそうさま」を言いたいものです。
「縦のつながり」「横のつながり」さまざまな「つながり」の中で生きていることを意識しましょう仏教に「知恩」「感恩」「報恩」という言葉があります。これは、自分が数限りない恩を受けていることを知り、それらの恩に感謝して、恩に報いていくことの大切さを教えています。私たちは、決して自分一人の力で生きているのではありません。自分を支えてくれている身近な人たちや社会との「横のつながり」に対しては、その「支え合い」に参画することで、受けた恩に報いていくことができます。一人ひとりがそれぞれの立場から社会の一員としての務めを果たすことで私たちの社会生活は保たれ、将来にわたって発展していくことでしょう。また、親祖先に代表される先人との間の「縦のつながり」の中で、「過去に生きた人々の苦労や努力の上に今がある」という事実を正しく認識し、その実績の上によりよい社会を築いていくことは、「今を生きる世代」や「これから生まれてくる世代」のためというだけでなく、先人たちの恩恵に報いることにもなるのではないでしょうか。自分自身を支えてくれている、縦と横のさまざまな「つながり」。その「つながり」の中で生かされて生きていることを思うとき、「おかげさまで、ありがたい」という、謙虚な感謝の気持ちがわいてくるのではないでしょうか。これを再認識し、いっそう強い絆を育みながら、一人ひとりの心豊かな人生と住みよい社会を築いていきたいものです。
受け継いだ「いのち」遠い過去からはるかな未来へと続く家族の歴史の中に、今、自分が存在します私たちの「いのち」の始まりには、必ず父母の存在があります。父母にももちろん、それぞれに親があり、その先には無数の祖先が存在します。連綿と続く「つながり」の中、祖先たちはどのように歩み、次世代に何を願い「いのち」をつないできたのか。その点に思いを馳せるとき、自分自身を大切に、よりよく生きようとする力が心に満ちてきます。その中でも父母や祖父母は、私たちにとって最も身近な「ご先祖様」ということができます。その歩みに心を向ける意味でも、直接にふれあい、会話をする機会を大切にしたいものです。また、すでに亡くなっている場合でも、折に触れて人柄を偲ぶなど、感謝の気持ちを思い起こすことはできるでしょう。それは「遠い過去からはるかな未来へと続く家族の歴史の中に、今、自分が存在する」という、自身の位置づけを確認し直すことでもあります。親祖先から受け継いだ「いのち」と「心」を大切に育み、子孫へつなぐという使命を自覚したとき、私たちも力強く生きていくことができるのです。
過去と未来をつなぐもの使命に気づいたとき「生きる意味」「人生の目的」を見いだすことができます親の世代から子の世代へ、また子の世代から孫の世代へと、絶えることなく受け継がれてきた「いのち」と「心」のつながりに支えられて、自分は今を生きている──この事実は、私たち一人ひとりが「かけがえのない存在」であるということを教えてくれています。それは、自分で〝あの人にはお世話になったな〟と顔が思い浮かぶ相手より、はるかに多くの人たちから支えられ、また〝幸せな人生を築いていけるように〟と祈られ、自分が今ここに存在しているという事実を自覚することでもあります。そして、親祖先が今日まで「いのち」と「心」をつないできてくれたように、私たち一人ひとりにも、これらを次の世代へとつないでいく役割があります。そのために、自分の「いのち」を大切にしなければならないことは言うまでもありません。私たちは、過去と未来をつなぐ存在としての自分の使命に気づいたとき「生きる意味」や「人生の目的」を見いだし、力強い一歩を踏み出すことができるのです。
親祖先との「つながり」私たち一人ひとりが「かけがえのない存在」であることを教えてくれます過去を生きた親祖先は、今を生きる私たちに対して、どのようなものを残してくれているのでしょうか。あらためて考えてみると、それは建物としての家のように、必ずしも「形のあるもの」ばかりではないかもしれません。一つには「いのち」というものが挙げられます。私たちは、誰もが父親と母親から「いのち」を与えてもらって、この世に生まれてきました。しかし「生んでもらって、それでおしまい」ということではありません。誕生後もある程度の期間は、家族をはじめ周囲の大人たちの献身的な養育を受けなければ、生き延びることすらできなかったはずです。養育とは「食物を与えられて保護され、体の成長を支えてもらう」ということにとどまるものではありません。周囲の大人たちから躾や教育を受ける中で、言葉や生活習慣、物事の善悪など、社会に順応して生きていくための基本的な能力を身につけてきました。つまり、私たちが今、こうして日常生活を送ることができるのは、父母や家族をはじめとする大勢の大人たちから〝どうかこの子が社会の中でしっかりと生きていくことができるように〟という、温かい「心」を注がれてきた結果といえるのです。そして、私たちをこのように育んでくれた「いのち」と「心」のつながりは、はるかな昔から大勢の祖先や先人たちによって、絶えることなく伝えられてきたものであることも、忘れてはならないでしょう。親から子へ、子から孫へと、遠い昔から伝えられてきた「いのち」と「心」のつながりがあって、自分は今を生きている──この事実は、私たち一人ひとりが「かけがえのない存在」であることを教えてくれるのではないでしょうか。それは、自分で〝あの人にはお世話になったな〟と顔が思い浮かぶ相手より、はるかに多くの人たちから支えられ、また〝幸せになるように〟と祈られて自分が今ここに存在しているということを、自覚することでもあるからです。そして、自分をよりよく生かし、充実感を味わいながら人生を歩んでいくことにもつながるのです。
祖先の数親から子へ、子から孫へと、絶えることなく受け継がれてきた「いのち」自分自身の「いのち」のもとをたどると、私たちの父親と母親にも、それぞれを生み育てた「父親と母親」が存在します。その人たちにも、それぞれに「父親と母親」がいます。そうと考えていくと、自分にとっての父母は二人、祖父母は四人、曾祖父母は八人。ここまで数えただけで、少なくとも十四人が「私のいのち」を支えてきてくれたことになります。こうして三十代さかのぼると、累計二十一億人を超える人が「私のいのち」をつなぐために存在していた計算になります(※)。仮にひと世代を二十五年として考えると、三十代前とはおよそ七百五十年前、鎌倉時代のころです。もちろんそれ以前から、私たちの先祖は、その時代その時代を力強く生き抜きながら、次の世代を生み育てる努力を重ねてきたと考えられます。親から子へ、子から孫へと、絶えることなく受け継がれてきた「いのち」をいただいて、自分は今を生きている。この事実は「私たち一人ひとりは、誰もがかけがえのない存在である」ということを教えてくれているのではないでしょうか。私たちは、自分の力でこの世に生まれてきたのではなく、また、誰の力も借りずに生きているのでもありません。そう考えたなら「自分の人生なのだから、自分の考え一つでどのようにしても構わない」などということはできないでしょう。そして、受け継がれた「いのち」を自覚するとき、感謝とともに、自分自身を大切にしなければならないという、人生に対する積極的な意味も見いだすことができるでしょう。※祖先の累計数は十代で2046人、二十代で209万7150人、三十代では21億4748万3646人になります。
人生の先輩の恩を思う次の世代によりよい社会を受け継ぐことができるように私たちの祖父母や、その親である曾祖父母、さらにはそのまた親の世代など、「人生の先輩たち」は、日々の暮らしをどのように営んできたのでしょうか。考えてみると、今ほど便利で豊かな生活ではなかったことは言うまでもありませんが、戦争や災害に見舞われたり、物資が不足したりと、その時代、その時代でさまざまな苦労があったことでしょう。先人たちは、苦労と努力を重ねてそれぞれの人生を生き抜くとともに、〝次の世代によりよい社会を受け継ぐことができるように〟という思いを持って歩んできました。私たちが生きる社会には、「血のつながった親祖先」や「直接お世話になった覚えのある近所のおじいさん、おばあさん」だけではない、数多くの「恩人たち」が存在するのです。私たちは、「あの人に親切にしてもらった」「誰かに何かをいただいた」というように、身近なところでお世話になった人たちに対しては「ありがとう」と言いますが、それ以外ではどうでしょうか。「今の生活は無数の先人たちの苦労の上に成り立っている」とか「自分のいのちは大勢のご先祖様に支えられている」といったことについては、そうした恩があるということ自体、案外意識せずに生活しているものかもしれません。「恩」という漢字は、「因」と「心」とでできています。因には「もと」や「原因」という意味がありますから、ここに心が加わると、「原因は何かを考える」「原因を心にとどめる」といった意味になるでしょう。私たちは、時に「現在起こっている出来事の原因や物事の成り立ち」に気づき、その「ありがたさ」を感じる心──つまり「恩を感じる心」を思い起こしたいものです。
恩は原因を心にとどめること私たちは、無数の先人たちが心を傾け大切に養い育ててきた存在です私たちは、他の人から直接的に受けた厚意に対しては、すぐに「ありがとう」という言葉を返すことができるでしょう。しかし、ふだんから当たり前のようにお世話になっている相手や、いつも身の回りにあって、その存在を当然のように感じている物事の恩恵に対しては、つい、その「ありがたさ」を忘れてしまいがちです。「恩を感じること」とは、現在起こっている出来事の原因や物事の成り立ちに気づき、その「ありがたさ」を感じることであるといえます。「今現在の自分の生活」に関して、その成り立ちを考えるとき、忘れてはならないことは、まず、自分に「いのち」を与えてくれた親や祖先の存在があったということです。さらには誕生後も、家族だけでなく、近所の大人や学校の先生など、誰もが多くの人たちのお世話になってきたことでしょう。基本的な生活習慣や人間関係、物事の善悪や社会の決まりごとなどもすべて、そうした身近な「人生の先輩たち」とのふれあいの中で、自然に学び取っていくものです。そして、現代の暮らしに不可欠なライフラインやサービス、社会制度なども、もとをたどれば長い年月の中で、先人たちが「子供や孫たちの世代のため、今より少しでもよい暮らしをできるように」という願いを込めて整備してきたものです。つまり、私たちは「同じ時代に生きる人たちも、前の時代を生きた人たちも含めて、無数の先人たちが心を傾けて築いてきたこの社会の中で、大切に養い育てられてきた」ともいえるでしょう。そうしたことを考えるとき、自分という存在や、今現在の生活が「かけがえのないもの」であることに気づき、心の中に温かい力が湧いてくるのではないでしょうか。
私の「いのち」を支える存在「いのち」と「心」のつながりに支えられて私たちは今を生きています「いのち」の始まりには、必ず親の存在があります。「誰の力も借りずに、一人でこの世に生まれてきた」ということはありえません。そして人間は、誕生後も相当に長い期間「自分を守ってくれる存在」を必要とします。多くは親がその役割を果たしますが、なんらかの事情でそれがかなわない場合も、誰かしらに養い育ててもらわなければ、乳幼児期を生き延びることすらできないでしょう。また、言葉や生活習慣、物事の考え方や善悪の判断基準なども、そうした人たちとふれあう中で身に付いていくものです。つまり、私たちが今、こうして日常生活を送ることができるのは、家族をはじめとする大勢の人たちから〝どうかこの子が社会の中でしっかりと生きていくことができるように〟という、「育てる心」を注いでもらった結果といえるのではないでしょうか。もう一つ、忘れてはならないことがあります。それは、私たちに「いのち」を与えてくれた父母にも、一人ひとりを生み育てた父母があるということです。そのまた親にも、やはり「いのち」を与えた親が存在します。今を生きる私たちの「いのち」は、遠い昔から数限りない祖先たちによって、連綿と受け継がれてきたものであるのです。その間には、どれほど多くの人たちが「育てる心」をはたらかせてきたことでしょうか。私たちの「いのち」を支えているのは、日々生活を共にする家族のように「直接的にお世話をしてくれた人」だけではないのです。親の世代から子の世代へ、また子の世代から孫の世代へと、絶えることなく受け継がれてきた「いのち」と「心」のつながりに支えられて、私たちは今を生きています。それは、〝あの人にはお世話になったな〟と顔が思い浮かぶ相手よりはるかに多くの人たちから支えられ、また〝幸せな人生を築いていけるように〟と祈られて、私たちが今ここに存在しているという事実でもあります。
「母の日」を思う親が安心するような生き方ができているかどうかを自身に問いかけましょう五月の第二日曜日を「母の日」とする習慣は、百年ほど前にアメリカで始まり、日本においては戦後に定着しました。国内では、五月五日の「こどもの日」についても、法律で「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」日と定められています。こうした機会に親へプレゼントを贈ったり、食事や旅行に招待したりする人も多いことでしょう。しかし「親への感謝の気持ち」とは、そうした形でしか表せないものなのでしょうか。私たちは、誰もが親から「いのち」を与えられ、この世に生を受けました。その親にも「親」があり、そのまた親にも「親」があります。私たちの「いのち」は、先祖代々の「いのちのつながり」の中で、脈々と伝えられてきたものです。しかし、人間が生きるということは、そうして与えられた「いのち」だけでは成り立ちません。生育の過程では、必ず「どうかこの子が元気に育ち、社会の中でしっかりと生きていくことができるように」と祈りつつ、養い育ててくれた人がいたはずです。その温かい「親心」を受けた結果、私たちの今があるのです。「身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり」(『孝経』(※))というように、自分自身を大切にすることは、親孝行の第一歩です。何より忘れてはならないことは「親に安心を与える」という心がけです。親の心を思い、報告や相談をこまめにすることも、一つの方法といえますが、親がすでに亡くなっている場合などでも「親が安心するような生き方ができているかどうか」を日々、自分自身に問い、生き方を正していくことはできるのではないでしょうか。私たちは、毎日を「親を思う日」として、感謝の気持ちを忘れずに過ごしたいものです。それは、自分自身がしっかりと人生を歩むうえでも大切なことであるのです。※中国の経書。一巻。中国古代の孝道について孔子と曽子が交わした問答を、曽子の門人が記述したものとされる。「古文孝経」と「今文孝経」の二つのテキストがある。
老年期に発揮される「人間力」年配者ならではの人間力を周囲の喜びのために生かしましょう江戸時代、数多くの荒れた農村や財政危機に陥った藩を立て直した二宮尊徳(一七八七~一八五六)の逸話として、次のような話が伝わっています。ある村で荒れ地を開墾する際、多くの村人が鋤き返しやすい土地を選んで作業をする中で、毎日黙々と木の根を掘っている老人がいました。体力の衰えた老人が行うのですから、一つの根株を掘るだけでも、たいへんな時間を要したことでしょう。しばらくして開墾が一段落したとき、尊徳はこの老人に報奨金を渡しました。もちろん、一人で開いた土地の広さを比べれば、ほかの人が鋤き返した土地のほうが広かったでしょう。しかし尊徳は、人目につきにくい仕事にも根気よく取り組む老人の姿に、価値を見いだしたのです。仕事の量では若者に負けても、老人には価値ある仕事ができる──いわば「老いの仕事」というものが、高く評価されたのでしょう。現代を生きる私たちの周囲にも、長い人生経験を通じて培った力があってこそ成すことのできる仕事があるものです。人の心の痛みを気づかうことができ、また、人を生かし育てようとする──そうした年配者ならではの「人間力」にしっかりと目を向けて、これを周囲の喜びのために生かしていくことが大切なのではないでしょうか。
「敬老の日」の意義先人たちに倣った生き方は、先人に対する「恩返し」の一つの方法です九月第三月曜日の「敬老の日」は、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日」です。今、私たちが身近に接することのできる両親や祖父母、地域のお年寄りたちは、歴史の中に存在する数限りない恩人たちの代表です。こうした人たちとの温かいふれあいを通じて、「いのちの存続と社会の発展のために、私たちに先んじて心を尽くし、努力を積み重ねてきた先輩世代」への尊敬と感謝の念を大きく育んでいくことは、「敬老」の意義の一つです。また、私たちは、多くの先人たちから受け継いだ「いのち」と「心」、さらには「社会」を次の世代へとつないでいくという、大きな使命を帯びた存在でもあります。自分が受けてきた恩恵について考えるとき、そこには「直接的に返すことのできない恩」も「返しきれないほど大きな恩」もあるでしょう。しかし、先人たちの苦労や努力を思い、自分自身もこれに倣った生き方をしていくことは、先人に対する感謝の心の表し方──「恩返し」の一つの方法といえるのではないでしょうか。さらに「自分がいただいた恩を次代に送る」という意味では、「恩送り」ともいうことができます。さまざまな恩人との「つながり」を思い、自分自身もまた、社会や次の世代に対する責任を果たしていくこと──それは、私たち自身が生き生きとして、自分の人生をしっかりと歩んでいくための道でもあるのです。
先人たちへの敬愛先人たちへの敬愛の念を育んでいきましょうそれぞれの家庭に歴史があるのと同じように、日本の国にも長い歴史があります。そして、親祖先から受け継いだ「いのち」をもって、今、私たちがこの時代を生きているように、日本の国の歴史上に存在した無数の先人たちの働きもまた、今の社会につながっているのではないでしょうか。私たちが社会の一員として暮らしていけるようになるまでには、「いのち」を与えてくれた親だけでなく、近所の大人や学校の先生など、誰もが大勢の人たちのお世話になるものでしょう。基本的な生活習慣や社会の決まりごとなどもすべて、そのようにして身近に接する大人たちの間で学び取っていくものです。これを歴史的な視点で考えると、それぞれの時代に生きた人たちが、自分が両親や祖父母の世代から教えられたことを子や孫の世代に伝えるとともに、「次の世代がよりよく暮らせるように」と願って代々努力を積み重ねる中で、この社会が築かれてきたのでしょう。私たちが今、豊かな生活を送っている背景には、親祖先から連綿と続いてきた「いのちのつながり」と同じように、人間としての生き方を受け継ぎ、苦労と努力を重ねて今日を築いてくれた無数の先人たちとの「つながり」があるのです。今、私たちが身近に接することのできる両親や祖父母、地域のお年寄りは、歴史の中に存在する数限りない先人たちの代表です。今を生きる先輩世代とのふれあいを通じて「いのちの存続と社会の発展のために、私たちに先んじて苦労をされた先人たち」への敬愛の念を育んでいくことは、敬老の意義の一つといえるのではないでしょうか。
精神を受け継ぐのちの子孫の奢りを防ぐために日本社会には、代を重ねて物事を受け継いでいくことを尊重する文化があります。その代表的な例が老舗です。日本には、創業から百年以上の企業が十万社以上、二百年以上の企業でも三千社以上あるといわれており、これは世界の各国と比べても、圧倒的に多い数字です。ここで興味深いのは、会社としては続いていても、その事業の中身は時代に応じて変化してきているところが少なくないことです。一例を挙げれば、刀鍛冶から出発し、刃物から洋食器へ、そこから広く生活用品全般を扱うようになった会社があります。金属加工の技術を受け継ぎながら、時代に応じて仕事の内容を変えて、生き残っているわけです。一方で、こうした老舗の多くに共通するのは、代々伝えられてきている家訓の存在です。商売を営んでいくうえで重要な項目を子孫のために書き残し、それを代々の当主が受け継いできたのです。質素倹約や正直な取引、お客様への奉仕、地域への貢献など、内容はさまざまですが、いずれも重要な心構えです。このような家訓を守り続けることで、周囲からの信頼が得られ、それが永続的な事業の基盤となっているのです。事業の形は時代に応じて変化させていきながらも、芯となる精神はしっかりと受け継いでいく。それが老舗の生き残りの重要な鍵と言えるでしょう。代表的な家訓に、近江商人の中井源左衛門(一七一六~一八〇五)「金持商人一枚起請文」があります。「世間では『金を溜める人は、運がいいからで、金が溜まらないのは自分に運がないからだ』と言うが、それは愚かで大きな誤りだ。運などというのはない。金持ちになろうと思うなら、酒宴や遊興、贅沢をやめて長生きを心がけ、始末第一に商いに励むより方法はない。他に欲深いことを考えると、先祖の慈悲にも、天地自然の道理にもはずれることになる。ただし始末とけちとは違う。無知な人は、これを同じように考えているが、けちの光はすぐに消えてしまうが、始末の光は現世の極楽浄土を照らすものだ。これを心得て実行する人が、五万、十万の大金ができることは疑いない。ただし、国の長者と呼ばれるようになるには、運も必要で、一代でなれるものではない。二代、三代と続き、善人が生まれて、はじめて長者と呼ばれる家になる。そのためには、陰徳・善事を積むことより方法はない。のちの子孫の奢りを防ぐために書き記す」
七つ前は神の子地域社会全体で子供を育てる子供たちの健やかな成長は、いつの時代も親の願いです。それも「七つ前は神の子」といわれたように、乳幼児の死亡率が高かった時代には、とりわけ切実だったことでしょう。そのため、先人たちは子供の成長の節目ごとに、さまざまな儀礼を行ってきました。出産前の帯祝いをはじめ、誕生から三十日目や百日目のお宮参り、満一歳のときに行われる「餅かるわせ」、そして七五三のお祝いなどは、子供の無事な成長を願った親の心の表れです。また、こうした機会に産土神に詣でるのは、地域社会の一員として承認を得るためでもありました。儀礼の形は地域によってさまざまでも、小児のお祝いは七歳を最後とする点が共通するといわれます。特に「七つ子参り」といって、七歳の子が親に連れられて氏神参りをした後、近所の家を七軒回って雑炊をごちそうになる地域もあるということです。ここには「地域社会全体で子供を育てる」という思いが感じられます(参考=生方徹夫著『国民の祝日と日本の文化』モラロジー研究所刊)。先人たちが大切にしてきた慣習で、現代まで受け継がれているものは、これ以外にもあることでしょう。それらを「古めかしいもの」「形式だけで意味がないもの」と決めつけることなく、そこに込められた先人たちの「心」を見つめ直し、次の世代へとつないでいきたいものです。
食事に感謝を心からの感謝を込めて「いただきます」「ごちそうさま」を毎年六月は「食育月間」です。この間、国、地方公共団体、関係団体が協力して食育推進運動を実施し、食育のいっそうの浸透を図っています。食とは、体の成長や健康維持だけでなく、心の成長や人と人とのコミュニケーションも含めて、私たちの人生を豊かにするうえで重要な意味を持つものです。私たちの日常の食事をあらためて振り返り、その「ありがたさ」を思い起こしてみましょう。「ありがたい」という言葉は、「無(む)の反対の漢字、有(ユウ)と難(ナン、むずかしい)」を使って「有り難い」と書きます。つまり「そうあることが難しい」「めったにないことである」という意味であり、だからこそ、それがあることに感謝せずにはいられないという気持ちが込められた言葉なのです。毎日の食事に関しても、その背景を考えてみると、さまざまな「ありがたいこと」が潜んでいることに気づきます。例えば、料理をつくってくれた人の存在。食材の生産や流通に携わった人の労力。さらには、すべてのものを育んだ自然の恩恵……。そのうちのどれか一つが欠けたとしても、この食事は私たちの口に入らなかったことになります。また、食卓を共に囲む人の存在の大きさは、いうまでもありません。こうした「あって当たり前」の中にある「ありがたさ」に気づき、感謝する心を大きく育てていくことが、豊かな人間性を培い、よりよい人生を築くことにつながっていくのではないでしょうか。今、私たちが「当たり前」と思っている日常は、本当は「とてもありがたいもの」なのかもしれません。まずは目の前の食事に対して、心からの感謝を込めて「いただきます」「ごちそうさま」を言ってみませんか。
「恩返し」から「恩送り」時代を超えた「つながり」の中にある「ありがたさ」を味わう心を大切にふだんから当たり前のようにお世話になっている相手や、その存在を当然のように感じている物事については、つい「ありがたさ」を忘れてしまいがちではないでしょうか。しかし私たちは、さまざまな「つながり」に支えられて今を生きているのです。「恩を感じること」とは、現在起こっている出来事の原因や物事の成り立ちに気づき、その「ありがたさ」を感じることであるといえます。時代を超えた「つながり」の中にある「ありがたさ」を味わう心を、大切にしたいものです。自分が受けてきた恩恵について考えるとき、そこには「直接的に返すことのできない恩」も「返しきれないほど大きな恩」もあるでしょう。ここに「自分がいただいた恩を次代に送る」という「恩送り」の考え方が生きてきます。先人たちの苦労や努力を思い、自分自身もこれに倣って文化の継承や社会の発展のために尽くしていくことは「恩返し」の一つの方法といえるでしょう。先人の恩恵に感謝しつつ、自分自身もまた、今の社会や次の世代に対する責任を果たしていくこと。それは、自分自身の人生をしっかりと歩んでいくためにも大切なことです。明治大正期の宗教家であり、思想家であった内村鑑三(一八六一~一九三〇)は、「私がこの地球を愛した証拠を置いて逝きたい。私が同胞を愛した記念碑を置いて逝きたい。それゆえに……われわれがこの世の中にある間は、すこしなりともこの世の中を善くしてゆきたい」(『後世への最大遺物』)と述べています。私たちもまた「自分がこの世の中に生きている証として、人に苦しみでなく、無関心でもなく、喜びを与えてゆきたい」ものです。
社会の一員として支え合いや助け合いに対して「ありがたい」という心を向けましょう現代に生きる私たちは、完全な自給自足の生活を送っているわけではありません。一人ひとりが社会の一員として、それぞれの持ち場で役割を果たし、生活に必要な物品やサービスを提供し合うこと、さらにはその報酬を受け取ることで、社会生活を成り立たせています。つまり、私たちは知らず知らずのうちに、実に多くの人たちとの「つながり」に支えられて、今を生きているといえます。「それはギブ・アンド・テイクの関係だから、特別に恩義を感じたり、感謝したりする必要はない」という考え方があるのかもしれません。しかし、この支え合いや助け合いに対して「ありがたい」という心を向けることは、社会という「つながり」の中にある一人ひとりの努力を正しく受けとめ、お互いの存在や人格を尊重し合うことに通じていくのです。感謝の心ほど、周囲とよい関係を保ちながら生きていくうえで大切なものはありません。これは、広く世界の国の人々とのつながりにおいても言えることなのです。
生かされて生きている「いのち」を維持していく重要な「つながり」日常生活の中で「自分は生かされて生きている」と実感するのは、難しいことかもしれません。しかし事実として、私たちの「いのち」は自然のはたらきに支えられています。燦々と降り注ぐ、暖かな太陽の光。もし太陽と地球との間がこの絶妙な距離でなかったとすれば、そもそも生命は誕生していないでしょう。雨は大地を潤して、豊かな実りをもたらすだけでなく、貴重な飲み水にもなります。また、目には見えなくても、空気が私たちを確実に包み込んでくれているおかげで、生きていくことができるのです。この自然環境は、人間だけでなく、多くの動植物の「いのち」を育みます。そこには、他の動植物の「いのち」をいただくことで自分の「いのち」を維持していくという、重要な「つながり」もあります。こうしたことを考えると、私たちが今ここに生きているということは、まさに「有り難いこと」に思えてくるのではないでしょうか。
九十五年後の恩返し日本の先人たちによる献身が「恩」として刻まれていました明治二十三年(一八九〇)、トルコからの初の使節団を乗せた船、エルトゥールル号が日本を訪れました。三か月間の滞在を経て帰国の途に就いた使節団は、折悪しく台風に遭遇し、和歌山県串本沖で沈没してしまい、六百名以上が大荒れの海に投げ出されたのです。その救助に乗り出したのは、和歌山県沖に浮かぶ大島の島民たちでした。現場は約六十メートルの崖下にある海です。しかし島民たちは、一人でも多くの生存者を助けようと、ひるむことなく海に降り立ち、息も絶え絶えな遭難者を背負って絶壁をよじ登りました。そして傷の手当てはもちろんのこと、冷え切った体を抱き寄せて体温を分け与え、さらには非常時の備えとしていた食糧の一切を提供するなど、懸命にその命を救おうとしました。結果として、六十九名のトルコ人が助かったのです。このエルトゥールル号遭難の逸話は、トルコの歴史教科書にも掲載され、トルコでは誰もが知るほどの歴史的な出来事です。エルトゥールル号の遭難から九十五年を経た、昭和六十年(一九八五)の出来事です。イラン・イラク戦争の真っただ中にあった中東から、衝撃のニュースが発信されました。イラク側が「イランの首都・テヘラン上空を航行する航空機は、どこの国のものであろうと撃墜する」という方針を決定したのです。タイムリミットはわずか二日後。日本政府は現地にいた日本人の救出のために手を尽くしますが、限られた時間の中で、もはや万事休すという事態に追い込まれました。このとき、取り残された日本人二百十五名を救出してくれたのがトルコ航空機でした。現地のトルコ大使館から日本大使館へ「日本人に二百席を割り当てるから、利用せよ」との連絡が入ったのです。こうして間一髪、イランを無事に脱出することができました。トルコはなぜ、危険を冒して日本人を助けてくれたのでしょうか。その答えは、駐日トルコ大使であったヤマン・バシュクット氏への取材の中で、次ように語られています。「特別機を派遣した理由の一つがトルコ人の親日感情でした。その原点となったのは、一八九〇年のエルトゥールル号の海難事故です」と(『産経新聞』平成十三年五月六日)。まさに九十五年も前の日本の先人たちによるトルコ人遭難者への献身が、トルコの人たちの胸に「恩」として刻まれ、後世に「送られてきた」といえるのでしょう。
私たちはいのちのリレー・ランナー私たちは誰かを支え「いのち」を次世代へつないでいく使命を帯びています親から子へ、子から孫へと伝えられてきた「いのち」のつながりがあって、自分は生命(いのち)のリレー・ランナーとして今を生きている──この事実は、私たち一人ひとりが「かけがえのない存在」であることを教えてくれるのではないでしょうか。それは、自分で〝あの人にはお世話になったな〟と顔が思い浮かぶ相手よりもはるかに多くの人たちから支えられて自分が今、ここに存在しているという事実を自覚することでもあるからです。また、現在の私たちの生活が、職場や学校、地域社会をはじめとした世の中の多くの人たちのはたらきによって支えられていることも、忘れてはならないでしょう。自分が他の人々から支えられているように、そして親祖先が今日まで「いのち」をつないできてくれたように、私たちもまた誰かを支え、「いのち」を次の世代へつないでいくという使命を帯びた存在です。この「社会を支える一員」「過去と未来をつなぐ存在」としての自分自身の立場に気づいたとき、人はそこに希望と喜びを感じ、社会の繁栄や平和に貢献しようという自覚も生まれるのではないでしょうか。それは自分の持ち味をよりよく生かし、充実感を味わいながら人生を歩んでいくためにも大切なことであるのです。
自然や社会の恵みに感謝物の「いのち」を大切に使わせていただくという謙虚な気持ちが大切です日本人は古来、すべての物を「いのちある存在」として尊重する心を受け継いできました。そのことを象徴するのが、針供養のように、役目を果たした道具を供養するという習慣です。針供養とは、十二月八日または二月八日に縫い針を休ませ、古い針や折れた針を集めて供養する行事です。この日は針を使う仕事を休んで、古い針を豆腐やコンニャクに刺して川や海に流したり、神社に納めたりしました。ほかにも、先人たちは、古くなった道具を供養するための「筆塚」「包丁塚」なども設けてきました。自分の生活を支えてくれてきた物への感謝の気持ちを忘れることなく、どうしても廃棄せざるをえないときは、その物の「いのち」を惜しみながら、供養するということを通じて、「物を大切にする態度」を受け継いできたのです。私たちが口にする食べ物、あるいは日常生活において使う物は、元をたどればすべては自然から与えられたものです。つまり、私たちはさまざまな物質を通じて、自然の恩恵を受けているのです。こうした自然の恵みに感謝し、与えられた物の「いのち」を大切に使わせていただくという謙虚な気持ちが込められているといえるでしょう。また、自然から与えられた物質には、「物づくり」に携わる人たちの手を経て新しい「いのち」が吹き込まれていきます。私たちの身の回りにある物には、必ず時間と手間をかけてその物をつくってくれた「誰か」の存在があります。物を大切にすることは、「つくった人や、その物を大切に受け継いで使い続けてきた人たちの思い」を尊重することにもつながるのです。反対に、物を粗末に扱うことは、自然の恵みやその物が自分の手元に届くまでにかかわった人たちの心を軽く扱う行為でもあります。物の背後にあるさまざまな恩恵に感謝して、物の「いのち」を生かしきることは、日々それらの恩恵を受けている者としての大切な心がけではないでしょうか。
「つながり」を感じる心人間力を高めることは生涯を通じた課題です親元を離れて自活したり、結婚して子供を授かったりしたことを機に、家族のありがたみや親の苦労を強く感じる場合もあるでしょう。それは、自分が今までとは異なる立場に身を置いて、実際の体験をする中で、初めて気づくことがあるからではないでしょうか。そんな気づきを得ることも「成長した」「大人になった」ということなのでしょう。親に対する思いは人によってさまざまかもしれませんが、紛れもない事実があります。それは両親が存在しなければ、私たちはこの世に生まれていないということです。父母の先には祖父母が、さらに大勢の祖先が存在します。それらの人たちがお互いに助け合い、支え合いながらいのちをつないできてくれたからこそ、今の自分があるのです。そうしたことを考えるとき、私たちは一人きりで生きているのではなく、過去から未来へと続いていく「いのちのつながり」に支えられていることに気づきます。また、今の暮らしが世の中の多くの人たちとの「つながり」に支えられているということも、忘れてはならない事実です。こうしたことにしっかりと目を向け、感謝の心を育んでいくこと。そして自分自身も誰かを支える側に立ち、先人たちから受け継いだものをよりよい形で次の世代へバトンタッチしていくという志を持つことも、この社会に生きる大人としての大切な「務め」につながっていくのではないでしょうか。また「体の成長」とは違って、「心の成長」には限りがありません。「自分自身の心を育てる」ということ、つまり人間力を高めることは、私たちの生涯を通じた課題でもあるのです。
玉川上水建設の苦労途中困難最後必勝水を守り、水を確保するための努力は、古くから続けられています。例えば、羽村市から新宿区四谷間、約五〇キロの玉川上水は、江戸百万人のノドを潤したことで知られています。人口増加にともない飲料水が不足し始めた承応二年(一六五三)、幕府は多摩川の水を引く計画を立てます。その工事の中心人物が玉川庄右衛門と清右衛門の兄弟でした。承応二年春、幕府から五千両の大金がおり、上水工事が始まりました。しかし天候不順で、工事は思うようにはかどりません。資金もまたたく間に底をつき、やがて労働者に払う賃金も滞り始めます。そこで玉川兄弟は田畑を切り売りし賃金に当てました。そして、とうとう最後の田畑までも手放すことになりました。しかし、人間にとって水がいかに大切であるかを知っていた玉川兄弟は、この工事を放棄することはしません。ある晩、庄右衛門と清右衛門は金の工面のために江戸に出かけました。その間、労働者たちは給金がもらえないのならと工事をやめ、中には上水堀をたたき壊せという者まで現れました。金の工面ができず、がっかりして工事現場にもどった庄右衛門は、労働者たちの前で深々と頭を下げ、必死の声をふり絞りました。「私はお前たちを裏切った。だから何をされても恨まない。しかし、あの上水堀は江戸何十万の人の生命につながっている。あれを壊されたら江戸の町民たちが永久に水に苦しまなければならない。だから、上水堀には手を触れないでくれ。上水堀さえ無事ならば、私がいなくても、何十年か先にはだれかが私の遺志を継いでくれるだろう。だから、私は死んでもかまわない、ただ上水堀だけは……」あたりは一瞬シーンと静まり返り、いつしか庄右衛門の目にも涙があふれていました。さっきまであんなにいきり立っていた労働者たちも、庄右衛門の熱意に打たれ、一番前に立っていた労働者が、鋤をもったままスタスタと工事現場へ向かい、黙々と上水堀を堀り始めたのです。一人、二人、三人……やがて全員が目に涙を浮かべながら仕事にとりかかりました。庄右衛門と一足違いで清右衛門が戻ってきたとき、真夜中の仕事場には恐ろしいほどの活気がみなぎっていました。翌承応三年(一六五四)四月、工事はついに完成し、多摩川の清い水が江戸の町へ滔々と流れこみました。以後約二百四十年間、明治二十三年に東京市上水道ができるまで、玉川上水は市民たちの貴重な飲料水の供給源としてその役割を果たしたのでした。
新渡戸稲造の追善供養の真似事感謝と報恩の気持ちから出たものは、より大きな感化を与えます明治、大正、昭和にかけて、国際平和のために貢献した新渡戸稲造(一八六二~一九三三)は、明治二十年、二十五歳のとき、ドイツのボン大学に留学していました。そこでの新渡戸は、毎日午後三時ごろ、近くの公園を散歩することを日課としていました。ある日、公園のお店でコーヒーを飲んでいると、保育士に連れられた四十人の孤児たちが、公園に遊びに来ていました。ちょうどその日は、新渡戸のお母さんの命日でした。そこで、追善供養の真似事でもと思い立ち、お店のおばあさんに、「あの子たちにミルクを一杯ずつ飲ませてやってください。勘定は私が支払いますが、保育士にはそのことを言わないで、この好意を受けてくれるかどうか聞いてください」と頼みました。おばあさんが保育士にその旨を伝えると、快く了承してくれました。みんながミルクを飲み終わると、保育士は「歌をうたってお礼を申し上げましょう」と言い、四十人のかわいらしい子供たちが、声を張り上げ賛美歌を歌いました。それを聞いて彼は、親孝行をしたような気持ちになりました。そして、子供たちが帰ったあと、支払いをしようとすると、おばあさんは半額でいいと言います。そのわけをたずねると、「私もあの子供たちに、ミルクぐらい飲ませたいと思っていたのですが、思うようにできませんでした。今日は、あなたのおかげで子供たちをたいそう喜ばすことができまして、ありがとうございました。あなたの志をたいへんうれしく思いました。実費だけいただければ、私の志もかなうわけですから……」と言うのでした。新渡戸稲造は、「私は、年に一度の母の命日だからと思ってしたのに……」と礼を述べて下宿に帰り、お母さんの写真の前で、このおばあさんの心尽くしにも感謝したといいます(佐藤俊明著『禅語百話』講談社刊より要約)。おばあさんの心を動かしたのは、新渡戸稲造の温かい思いやりの心です。思いやりの心は、他人を感化する力があるのです。それは、彼の感謝と報恩の気持ちから出たものだけに、より大きな感化を与えたといえましょう。
江戸の暮らしに学ぶ「気働き」互いに思い合うことが円満な地域社会を生み出す潤滑油江戸時代、大勢の人たちが狭い都市の中で暮らしていました。そこで暮らす者同士は、お互いの困りごとに対して気を働かせながら、皆が心地よく暮らせる社会をつくるためにさまざまな工夫をしていました。その「江戸しぐさ」と呼ばれる工夫は、よりよい社会づくりの鍵として、現代においても見直されつつあります。「働く」ということに対する考え方も、その特徴の一つとして挙げることができます。江戸の町では「はた(傍)を楽にする」ということ、いわば気働きこそが高く評価されていたといわれます。例えば、職種による違いはあったようですが、江戸の町での一日は、まず朝飯前の「働き」から始まったといわれます。向こう三軒両隣に声をかけながら近所を歩き、何か困ったことはないかと見て回るのです。その後、朝食を済ませると、生活の糧を得るために仕事をします。しかし、その仕事も昼までです。午後に江戸の町の人々がしたこと、それは自分の生活のための仕事ではなく、近所の人々のため、町のため、つまり「はた(傍)を楽にする」ために働くことでした。朝飯前に歩いて気づいた地域の困りごとを解決するために、一役買って出る。こうした無報酬の「傍らを楽にすると書いた傍楽(はたらく)」に、多くの時間を割いていたのです。江戸の町での人間としての評価は、午後の「はた(傍)を楽にする」働きで決まったといいます。そこには「どれだけ他の人のために思いをめぐらせたか」に価値を置く社会があったといえるでしょう。狭い都市の中で大勢の人たちと共に暮らすとき、周囲に無関心なままでは円滑な社会生活は営めません。そして人のために働くことは、周囲との温かい心の絆を結ぶことにも役立ち、自分の暮らす地域を安心で住みよいものにして、めぐりめぐって自分の喜びも形づくられていくのでしょう。現代の生活は、江戸時代よりも格段に便利になり、各地域では、一人ひとりが快適に暮らすためのルールが設けられています。しかし、どんなに世の中が便利になっても、安心のある生活を送るためには、何よりそこに暮らす人たちがお互いを思い合う「気働き」が必要ではないでしょうか。ルールによって秩序を保つことも大切ですが、「気働き」は豊かな人間関係、ひいては円満な地域社会を生み出す潤滑油になるものでしょう。
恩恵の自覚先人の苦労の上に私たちの生活が保たれています私たちの社会生活は、職業上の役割だけでなく、町内会やPTA、子供会のお世話など、一人ひとりのボランティア意識によって支えられている部分も多くあります。また、もともと「誰の役割」と明確には決まっていなかったことでも、「誰かが率先してやらなければ物事が進まない」ということは、さまざまな場面で出てくるものです。そうした役割が回ってきたとき、〝面倒なことを引き受けてしまった〟〝どうして自分が……〟と思うことがあるかもしれません。そんなとき、どのように考えたらよいのでしょうか。私たちは日々、さまざまな支えを受けて生活しています。〝自分の力で成し遂げた〟と思えるようなことでも、そのほとんどは、周囲の人や社会の支えがあって成り立っているのです。例えば、日常当たり前のように使っている電気・水道・交通・通信などのサービスも、その技術を開発した多くの先人の苦労の上に、現在の供給を支えてくれる人たちの努力があってこそ、私たちの便利で快適な生活が保たれているといえます。そうしたことを一つ一つ考えていくと、私たちは日ごろからたくさんの物事を「先にいただいている」といえるのではないでしょうか。私たちは自分自身がいただいている「恩恵」を自覚して、感謝の心とともに〝自分も何かのお役に立てるように〟という気持ちを率先して持ちたいものです。そうすることで、お互いがお互いを思いやれる、安心で活力ある社会が築かれていくのではないでしょうか。
安心な町の、安心な人間関係づくり自分自身が思いやりの発信源になりましょう「住みよい町」「安心して暮らせる町」とは、生活環境が整っていたり、行政サービスが充実していたりという「外的な条件に恵まれていること」だけが重要なのではないでしょう。そこには、自分自身も地域の一員として「安心な町の、安心な人間関係づくり」に携わっていく立場であるという自覚が不可欠ではないでしょうか。私たちは、「持ちつ持たれつ」の社会に暮らしています。自分自身のよりよい人生を築いていくためには、自分を取り巻く社会もまた、よくなっていく必要があるのです。そのためには、まずみずからが発信源となって、思いやりの心で周囲にはたらきかけていくことです。自治会の活動をはじめ、福祉・環境美化・防犯等を目的とした有志の活動に参画することも大切でしょうが、「自分自身が思いやりの発信源になる」という視点で考えると、実践のヒントは日常生活の至るところに隠れています。例えば「明るい挨拶」「近所の子供たちの成長を温かい目で見守ること」「お年寄りへの声かけ」「誰かから親切にしてもらったときに返す、心からの感謝の言葉」など。まずは身近な人たちに対して「安心や喜びを与えるはたらきかけ」を実践してみましょう。そうした実践を重ねていくことで、心が通い合い、お互いに助け合うことのできる温かい人間関係の輪が地域全体に広がっていったなら、どんなにすばらしいことでしょうか。安心な暮らしを送りたいと願うのなら、まずは自分から「安心な人間関係づくり」のための一歩を踏み出したいものです。
「ひと声」の力行きずりの間柄であっても、温かい心で、温かい言葉を心がけましょう昨今は町へ買い物に出かけても、場合によってはひと言も発することなく用を済ますことができる時代です。スーパーやコンビニに入るときに「ごめんください」と挨拶する人は、ほとんどいないでしょう。売り場に並んだ商品を手に取り、レジまで持って行きお金を渡せば、買い物は成立します。コロナ禍にともない、セルフレジも現れました。しかし、利便性が向上したとはいえ、人とふれあいながら声をかけ合うことのない状況には、どこか物足りなさも感じます。「たったひと声」を惜しんだがために、気まずい思いをすることもあるでしょう。先を急ぐときの「すみません、通してください」のひと声。ちょっとした迷惑をかけてしまったときの「失礼しました」のひと声など、声をかけ合うことで、お互いに、より気持ちよく行動できる場面もあるのではないでしょうか。人と言葉を交わすことは、相手に心を向ける行為でもあります。行きずりの間柄であっても、温かい心で、温かい言葉を交わすことを心がけたいものです。
社会の中の「誰かの力」「誰の役割でもない物事」に目を向けてみましょう私たちは、よりよい社会があってこそ安心して暮らすことができます。私たちは、社会に支えられていると同時に、社会を支えている存在でもあります。一人ひとりが「誰かを支える側に立つ」という意識を持つことにより、はじめて社会がうまく機能するのです。社会を支えていく手段としては、まず一人ひとりが自分の役割や仕事にしっかりと取り組むことが挙げられます。それとともに、よりよい社会を築いていくためには「誰の役割でもない物事」に目を向け、積極的にそれを担っていく必要があるのです。そんな「誰の役割でもない物事」に目を向けることは、日ごろからそうした役割を買って出て、私たちの日常を支えてくれている「誰かの力」に気づくことにもつながります。私たちは、自分自身の日常を支えてくれている「誰かの力」に感謝するとともに、「お互いさま」「おかげさま」の思いで、よりよい社会づくりのために進んで尽くしていきたいものです。
「傍観者」にならないために最初の一歩を踏み出すために必要なのは少しの勇気です朝の混雑する駅などで人が倒れた際、多くの人が見て見ぬふりをして通り過ぎていったという出来事が、インターネット上などで話題になることがあります。気づいた人はたくさんいたはずなのに、どうしてそうなったのでしょうか。それは逆説的ですが、「人がたくさんいたからこそ、声をかけなかった」ということも考えられます。もちろん「先を急いでいた」とか「面倒に巻き込まれたくない」といった理由で見て見ぬふりをした人もいたかもしれません。しかし、もしそれが人通りの少ない場所で起こった出来事であり、その場に居合わせたのが自分一人だったとしたら、そのままにして通り過ぎたでしょうか。おそらく、なんらかの行動を取ったはずです。つまり、多くの人がその場にいたことによって、「自分がやらなくても、ほかの誰かが声をかけるだろう」とか「ほかの人も知らん顔をしているのだから、自分だけが悪いわけではない」といった意識がはたらいたのではないでしょうか。こうした心のはたらきを、心理学では「傍観者効果(※)」と呼んでいます。そうした心理を克服して行動を起こすためにも、やはり勇気は必要です。手助けの必要を感じたときには、「傍観者」になることなく、みずから率先して手を差し伸べることを心がけたいものです。最初に行動を起こすときにはハードルが高く感じられても、小さな実践を積み重ねていくうちに、それほど構えることなく、自然な形で行動に移すことができるようになります。最初の一歩を踏み出すために必要なのは、ほんの少しの勇気です。勇気を出して行動を起こした結果が思わしくなかった場合も、ことさらに自分の好意を押しつけようとしたり、相手を責めたり恨んだりする必要はありません。次の機会に向けて「思いやりの心」の表し方を前向きに考え続けていったなら、自分自身をより大きく成長させることができるでしょう。※集団心理の一つ。ある事件に対して、自分以外に傍観者がいる時に率先して行動を起こさない心理である。傍観者が多いほど、その効果は高い。
ボランティア「他人や社会の役に立つ」という気持ちを大切にしましょう私たちは社会の中で、大勢の人たちと支え合って生きています。それは、単に「人は弱い存在だから、支えられないと生きていけない」ということではありません。お互いの違いを認め合い、理解し合うことから得られる「共に生きる喜び」を味わうために、そうしているのではないでしょうか。ボランティアの場合でも、決して「誰かに何かをしてあげる」ということではありません。活動の中で関わった人たちから学ぶことがあったり、「自分自身もこうして支えられている」ということに気づいたり、自分の中に眠っていた能力や新たな可能性を見いだしたりと、最初の一歩を踏み出せば、自分自身も必ず得るものがあるでしょう。さらに、相手の喜びに触れて「自分も役に立つことができた」という実感が得られたなら、それは何よりの喜びとなるはずです。全国の二十歳から六十九歳までを対象に平成二十五年度から実施されている「市民の社会貢献に関する実態調査(令和元年度(※))」によると、五割を超える人たちが「ボランティアに興味がある」と答える一方で、実際にボランティア活動をしたことがある人は二割弱と低く、その割合は年々減少している結果となっています。「ボランティアに関心はあっても、実際の活動につながらない」という点です。その要因の一つには、「きっかけがない」「方法が分からない」ということが挙げられます。もちろん、時間的な制約や経済的な理由も高い割合で見られますが、活動への参加方法や内容、場所、時間等に関する情報不足も参加の妨げとなっているようです。どんな小さなことでもいいのです。みずからの可能性を信じ、「他人や社会の役に立つ」という気持ちを大切にして、まずはできることから始めてみてはいかがでしょうか。その一歩が、社会と自分自身の人生を潤いのあるものにしていくのです。※令和元年度市民の社会貢献に関する実態調査。平成二十五年度から毎年実施され、平成二十八年度からは三年に一回実施されている。
働く喜び私たちは働くことによってお互いに支え合っています私たちは人生の中で、働くことに多くの時間を費やしています。だからこそ、働くということを喜びととらえるか、それとも苦しみととらえるかによって、人生の味わいはまったく変わることでしょう。一般的に、仕事には次の三つの要素が不可欠であるといわれます。①自分の能力を発揮できる(自己の成長を実感できる)②他人や社会の役に立つことができる(社会に貢献している)③報酬を得ることができる(生活のための十分な収入がある)これらの要素が重なり合ったとき、喜びが生まれます。そこでは物質的な満足だけでなく、「一生懸命仕事に取り組んだ達成感」などの精神的な満足も大きな部分を占めることは、多くの人が実感しているのではないでしょうか。職場とは、そこで働く人にとっての生活の基盤であり、生きがいを得る場でもあるのです。また、仕事の目標に向かってひたむきに努力する中で、自分の新しい可能性を見いだすこともあるでしょう。そうして自己実現していくこともまた、仕事から得られる大きな喜びとなります。働くということは、「周囲の人々を喜ばせ、人々を支え、社会の役に立つこと」です。見方を変えれば、私たち自身は他の人々の働きによって支えられているのです。このように考えると、私たちは「働くことによって、お互いに支え合っている」とも言えるでしょう。そうした中での「働く喜び」は、感謝の心があってこそ、味わうことができるものなのではないでしょうか。
「おかげさま」「お互いさま」は社会の潤滑油周囲への感謝を忘れない謙虚な心の持ち主のもとではいさかいは起こりません私たちは生きている限り、さまざまな人の支えや助けを受けるものです。例えば、日常生活を営むうえでは電気・ガス・水道などを利用しないわけにはいきません。そうしたライフラインの背後には、仕事という形でサービスを支えている大勢の人たちの力があります。ところがその労力に対して、私たちはふだん、取り立てて「おかげさま」といった意識は持たないものかもしれません。そこには「サービスを利用する側はお金を支払っているし、提供する側はそれで報酬を得ているのだから当然」という見方もあります。しかし、この社会を構成する一員として大切なことは、まず「持ちつ持たれつの関係の中にいる」と自覚することではないでしょうか。それは、「迷惑をかけたり、かけられたりすることもある関係」ということができます。自分では気がつかないうちに、他人に迷惑をかけていることもあるはずです。その自覚があってこそ、私たちの心に「おかげさま」「お互いさま」という気持ちが生まれるのです。「おかげさま」とは、自分を支えてくれているすべてのものへの感謝を表す言葉です。また、私たちが「お互いさま」という言葉を使うとき、そこには「自分も皆さんのお世話になっていますから」「自分も誰かしらに迷惑をかけることはありますから」といった謙虚な気持ちが込められています。周囲への感謝を忘れない謙虚な心の持ち主のもとでは、いさかいは起こらず、温かく親しみやすい空気が醸し出されることでしょう。「おかげさま」「お互いさま」という心がけは、社会の潤滑油といえそうです。
社会の一員としての務め先人たちへの感謝を胸に次世代のために貢献していきましょう私たちは多くの人に支えられ、今を生きています。それは「私という人間は大勢の人たちから大切にされている、かけがえのない存在である」ということでもあります。その事実を認識したとき、心の中に安心が生まれ、人生を生き抜くための力がわいてくるのではないでしょうか。そして自分が「かけがえのない存在」であるとすれば、自分以外の一人ひとりもまた「かけがえのない存在」であるということでしょう。その意味で、自分が受けている恩恵(おかげ)を知り、これに感謝する心を育むことは、周囲の人たちへ「思いやりの心」を広げていく第一歩です。また、「自分自身が受けている恩恵」について考えるとき、そこには「今は亡き親の恩」や「行きずりの人から受けた恩」のように、もはやその相手には直接返すことができない恩もあるでしょう。あるいは、返しきれないと感じるほど大きな恩もあるはずです。しかし、その恩恵を「次の誰か」に送り、送られた人もまた「次の誰か」に送るということを繰り返せば、思いやりの心が時代も国境も越えて社会の中をめぐっていきます。誰かの「思いやりあるひと言」に触れてありがたく思ったなら、自分も周囲の人に温かい言葉をかける。誰かの手助けを受けて救われた気持ちになったなら、自分も「困っている人の力になれたら」という目で周囲を見渡してみる。「子供や孫の時代には、今より少しでもよい暮らしを」と願って努力を重ねてきた先人たちへの感謝を胸に、自分も次の世代のために「よりよい社会づくり」に貢献していく。それは支え合いによって成り立つこの社会の一員としての、大切な務めといえるのではないでしょうか。
一人ひとりが思いやりの心を広げる笑顔から生まれた温かい空気は周囲に波及していきます私たちは、誰もが「思いやりは大切である」と知っています。しかし重要なことは、現実の人と人とのかかわりの中で、思いやりの心をどのように生かしていくかということではないでしょうか。日常生活の中の、ほんの些細なことでもよいのです。まずは穏やかな気持ちで周囲を見渡して、和やかなまなざしを注ぐことから始めてみましょう。「直接的に相手の役に立つことをする」というわけではなくても、相手の幸せを願って向けた笑顔は、相手の心に温かい思いを届けてくれることでしょう。それは相手に喜びをもたらす「贈り物」といえます。そのとき、自分自身の心の中にも穏やかで温かい気持ちが広がっていくことに気づくのではないでしょうか。反対に、ほかの誰かから思いやりを受けたときは、ほほえみをもって「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたいものです。その笑顔に触れただけでも、相手の心の喜びは増していくのではないでしょうか。これもまた、思いやりの実行の一つです。そんな「思いやりの贈り合い」は、相手との関係を円満にするだけでなく、そこで生まれた温かい空気は周囲にも波及していくことでしょう。一人ひとりが周囲の人に対して温かい心を寄せていく。その力はわずかなものかもしれません。しかし、多くの人の温かい心が集まれば、大きな力になるはずです。一滴の水が集まって小川となり、やがて大河となって大地を潤すように、私たちの家庭や学校、職場、隣近所などの身近なところから思いやりの心が広がっていき、広い社会を潤す力となれば、どんなにすばらしいことでしょうか。
「共有地の悲劇」を乗り越えるお互いや全体に配慮する「譲る」という心がけを持ちましょうアメリカの生物学者のギャレット・ハーディン(一九一五~二〇〇三)が学術誌『サイエンス』に発表した「共有地の悲劇(※)」という論文があります。村のみんなで共有する牧草地があったとします。そこでは、村人たちがそれぞれに飼っている牛を放牧しており、牛は共有地に生える牧草を食べて成長していきます。ここで村人のうちの一人が、飼う牛の数を増やしたとします。共有地の牧草をおなかいっぱいに食べて成長した牛を売ったり、牛乳を生産したりすることで、その村人は多くの利益を得るようになります。それを見たほかの村人たちも、利益を求めて次々に牛の数を増やし始めます。しかし限られた牧草地で、みんなが際限なく牛を増やしていけば、結果はどうなるでしょうか。やがて牧草は食べ尽くされ、荒れ地となって、誰も牛を飼えなくなってしまいます。「自分の権利」を主張し合ったがために、全体に不利益がもたらされます。ここで村人たちに「譲る」という心がけがあったなら、結果はどうなっていたでしょうか。「譲る」ということを「あの人が牛を増やしたいのなら、自分は譲って、その分だけ牛を減らそう」というふうに解釈したなら、確かにその対応は現実的ではないでしょう。大切なことは、最初の一人も含めた全員が、お互いや全体に配慮する「譲る」という心がけを平素から持っていてこそ、お互いの利益が守られるのではないか、ということです。※経済学で、多くの人の利己的な行動によって共有資源が枯渇すること。山林や漁場などの共有地において、各自が適量を採取すれば存続できる資源も、自己利益のために濫伐・乱獲する者が増えれば枯渇し、共有地全体の荒廃を招くこと。
「植福」のすすめ将来的に多くの福を生じることになります作家の幸田露伴(一八六七~一九四七)は、その著書『努力論』の中で幸福というものをめぐって「惜福・分福・植福」という生き方を説いています。惜福とは、文字どおり福を惜しむことで、後々のことも考えて、福を使い尽くしてしまわないことです。分福とは、惜福よりも一歩進んで、自分の得た福を他人に分かち与えることです。そして植福とは、自分の持っている福、つまり自分の力や知識・経験などを用いて、世の中の福利を増進するために貢献することです。このことを、露伴はリンゴの木にたとえ、次のように説明しています。家の庭に、大きなリンゴの木があったとします。その木が毎年おいしい実をつけたなら、幸せが感じられることでしょう。その木をよく管理し、将来にわたって実が得られるように保つことが惜福です。また、立派な実ができたとき、独り占めすることなく、身近な人たちに分けることが分福です。そして植福とは、リンゴの種をまいたり苗木を植えたりすることで、新しい木を育てることです。また、虫害で枯れかかっている木があるとしたら、適切な手当てをすることも植福といえます。一株の木であっても、それは多くの実を結ぶものです。また、そうした果実の一つから複数の木々が育つなら、将来的にはどれほどの福を生じることになるでしょうか。その実を味わうのが自分自身であったにせよ、ほかの誰かであったにせよ、そこに大きな幸せが生まれることは間違いないでしょう。
自分だけの考えや価値観で判断していませんか「こうでなければならない」というとらわれは、自分自身の心も苦しめます私たちは、物事がうまく運ばなくなったとき、その原因を他人に求める心がはたらきやすいものです。特に自分自身が真剣に取り組んでいるときほど、他人が自分ほど熱心ではないように見えて、その人を責めたり、とがめたくなるのではないでしょうか。たとえ口に出して責めることはなかったとしても、言動の端々からそうした気持ちが伝わったら、相手も不快な思いをしなければならないでしょう。人間関係の不和は、こうしたことからも起こります。物事に一生懸命になればなるほど、視野が狭まってくることは多いものです。自分が真面目に努力をすることは大切ですが、それを他の人にも求めたとして、相手が同じように努力できるとは限りません。また「こうでなければならない」というとらわれは、相手の立場を思いやる心の余裕を失わせるばかりでなく、自分自身の心をも苦しめるものになるのではないでしょうか。家庭や学校、職場などで、周囲の人たちとの間にトラブルが生じたときのことを思い起こしてみましょう。学校で、始業のチャイムが鳴ったのに着席しなかった人に注意をして、反発を受けた。職場の中で、相手のやった仕事の不十分な点について指摘をしたら、しばらく口をきいてもらえなかった。家庭の中で、手伝いをきちんとしない子供を叱ったら、次からは何度言っても手伝ってくれなくなった。そのときの心の中には、「自分は正しい」という、頑な思いはなかったでしょうか。相手を非難するばかりで、心を傷つけるようなことをしていなかったでしょうか。済んだことについて、いつまでも恨みがましく言ってしまうことはないでしょうか。私たちは自分で「よいこと」「正しいこと」をしていると信じているとき、自分一人の考えや価値観だけで判断し、相手や全体への配慮を忘れてしまっていることがあります。周囲の人たちとよりよい人間関係を築いていくうえでは、他人の短所や欠点を気にかけてそれを正すことを求めるより、他人の長所や美点に目を向けていくべきなのかもしれません。
「MOTTAINAI(もったいない)」もう一度見直したい「日本人の美しい心」日本には昔から「もったいない(勿体無い)」という言葉があります。『広辞苑』(岩波書店)によると、「神仏・貴人などに対して不都合である」「畏れ多く、ありがたい」といった意味で使われてきた言葉です。今日では、一般的に「その物の値打ちが生かされず無駄になることを惜しむ気持ち」を表す言葉として使われることが多いでしょう。この「もったいない」に注目したのが、ケニア出身の環境保護活動家でノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさん(一九四〇~二〇一一)です。来日時にこの言葉と出会って感銘を受けた彼女は、地球環境を守るため、「MOTTAINAI」を世界共通語として広めることを提唱しました。リデュース(ゴミの発生抑制)、リユース(再利用)、リサイクル(再生利用)という、環境保護のための「3R」を一語で表せ、しかも物に対するリスペクト(尊敬)の気持ちまで含んだ言葉は、ほかの言語には見当たらないようです。「もったいない」は、常に大切にしたい「日本人の美しい心」といえるでしょう。
引き継ぐ者としての使命この世界は、いま生きている私たちだけのものではありませんいま、私たちが生きているこの世界は、私たちだけのものではありません。私たちの次に来る人、私たちのあとに来る未来の人類のものでもあります。つまり、私たちが親、祖先など前の世代からこの世界を受け継いだのと同じように、私たちはあとにつづく世代へ、この世界を譲り渡していく役割をもった存在なのです。世界の大きな危機も、国内の問題も、どれひとつとして、いますぐ解決できる問題ではないかもしれません。けれども、少なくとも問題がこれ以上大きくならないように努める必要があります。イギリスの天文学者ハーシェル(一七三八~一八二二)は、「友よ、われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくしていこうじゃないか」という言葉を残しています。私たちも、次にくる人々のために、少しでも住みよくなった世界を用意しておこうではありませんか。
ニッポンの道徳力日本社会で守られてきた道徳を好ましく思う気持ちは、全世界に共通します日本で約三十年暮らしているハワイ出身のアメリカ人、ルース・マリー・ジャーマンさんは、その著書『世界に輝くヤマトナデシコの底力』(モラロジー道徳教育財団刊)の中で、次のような体験を語っています。ある朝、ルースさんは勤務先の事務所が入っているビルのエレベーターホールで「現金の落とし物があります。心当たりのある方は管理人室まで」という貼り紙を見て目を見張り、そして考えました。──「現金」というのがどれくらいの額なのかは分かりません。とにかく前の晩、誰かがエレベーターのボタンを押そうとしてポケットから手を出したとき、お金がこぼれ落ちたのでしょう。次にその場へやってきた人は、周囲に人影もなく、監視カメラもなかったとしても、落ちているお金を自分の懐に入れたりはせず、ビルの管理人室に持っていきます。お金を預かることになる管理人も同様です。さらには「現金の落とし物」という貼り紙を見た人も、「これは私が落としたものです」などと嘘の申し出をすることはありません。落とし主の手元へ無事に戻るまで、お金はきちんと管理人室で保管されるのでしょう──。ルースさんは、これを「海外で紹介すると、いつも驚かれる日本でのエピソード」であるとして、こう述べます。「日本だと当たり前のこの『常識』は、海外ではほとんどあり得ないことです。こうした日本のすばらしいところは、不思議なことに、今、これだけ国際化が進んでいる中でも守られているのです。(略)つまり、ここまで徹底して実践できる国はなかなかないとしても、『日本社会で守られてきたような道徳を好ましく思う気持ちは、全世界に共通する』ということではないでしょうか」と。「日本らしさ」を形づくるものとは、私たち日本人にとっては「当たり前」と感じられるほど小さな物事の一つ一つです。さまざまな文化が共生する国際社会において、日本人の美点である道徳力をしっかりと発揮していくことは、世界の安心と平和にもつながるのではないでしょうか。
外国人が見た「明治の日本」外国人にとって驚くべき日本人にとって当たり前の習慣日本の歴史をさかのぼると、現代のように海外の文化が急激に押し寄せてきた時代は、いくつも見受けられます。その一つが明治時代です。およそ二百六十年続いた江戸時代は、外国との交流を制限する鎖国政策が取られました。外国船に対して各地の港が開かれたのは、幕末のことです。そして明治時代を迎えると、西洋の文化を積極的に吸収する方針が取られ、同時に多くの外国人が日本を訪れるようになりました。その目に当時の日本はどう映ったのでしょうか。イギリスの詩人アーノルド(一八三二~一九〇四)は、町を行き交う人々の姿について次のように記しています。「これ以上幸せそうな人びとはどこを探しても見つからない。喋り笑いながら彼らは行く。(略)遠くでも近くでも、『おはよう』『おはようございます』とか、『さよなら、さよなら』というきれいな挨拶が空気をみたす。夜なら『おやすみなさい』という挨拶が。この小さい人びとが街頭でおたがいに交わす深いお辞儀は、優雅さと明白な善意を示していて魅力的だ」(渡辺京二『逝きし世の面影』平凡社)これが田舎町でも変わらないことを実感した彼は「よき立ち振る舞いを愛するものにとって、この〝日出る国〟ほど、やすらぎに満ち、命をよみがえらせてくれ、古風な優雅があふれ、和やかで美しい礼儀が守られている国は、どこにもほかにありはしない」(前掲書)と述べます。彼が出会った明治の日本人は、はるばる外国からやってきた客人に対する「おもてなし」を意識して、そのように振る舞ったのでしょうか。おそらくそうではないでしょう。彼が目にしたのは、日本人にとっては当たり前の暮らしの中のひとコマでした。その何げない習慣の中に、彼は日本の魅力を見いだしたのです。また、アメリカの動物学者モース(一八三八~一九二五)は、自室に鍵をかけていなくても、家人は机の上に置いたままの小銭には決して手を触れず、買い物に行った先でも、無人の店から品物を持ち逃げする客がいないという事実を書き留めています(前掲書)。異なる文化の中で生活してきた外国人にとって、驚くべき光景だったということでしょう。
読むだけで人間力が高まる100話令和4年3月10日電子書籍版発行編者「ニューモラル」仕事と生き方研究会カバー&本文デザイン滝口博子(ホリデイ計画)発行公益財団法人モラロジー道徳教育財団〒277-8654千葉県柏市光ヶ丘2-1-1TEL.04-7173-3155(出版部)https://www.moralogy.jp発売学校法人廣池学園事業部〒277-8686千葉県柏市光ヶ丘2-1-1TEL.04-7173-3158©TheMoralogyFoundation2022
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