MENU

第1章 ノート一冊でつくれる「知的生産システム」

この本は縦書きでレイアウトされています。また、ご覧になる機種により、表示の差が認められることがあります。

目次情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]目次序章情報はシンプルでなければ使えない完全版刊行にあたってなぜ「知的生産術」は続かないのか「ノート一冊」なら誰でも情報を活用できる「簡単」「続く」「自由」という三つのメリット第1章ノート一冊でつくれる「知的生産システム」あらゆる情報をノートにためるノートに集めるから素材になるいつでも・どこでも「一冊だけ」記入・参照の迷いはゼロストレスフリーだから発想できる「ごちゃまぜ」だからヒントになるライフスタイルに合わせてサイズを選ぶ用途に合わせてアレンジを楽しむ自分を通過した情報だから活用できる第2章一冊にまとめる「三つのルール」何でもかんでもここに入れるノートは「大きなおもちゃ箱」一元化すれば必ず「ある」「あとで貼る」という解決法「日付ラベル」を入れて時系列で記録満タンになったら「代替わり」容量が無限なら自由に発想できるノートは「長い巻物」入れた情報を「索引化」して取り出す第3章効果的に情報を入れる「書き方・貼り方」書き方のコツ輪郭を崩さずにハッキリ書く略記は「ローマ字母音抜き」でよくメモすることは記号化プライベートの記録もどんどん残す自分を取材する「ねぎま式メモ」日常でのふとした疑問から「発見」する使用ペースがわかる「区切り線」を工夫するタイトルを付けて探しやすくする加筆できるように行間を一行空ける

ペンの使い分けは「シチュエーション別」で気分を変える「超一等地」の使い方背表紙と小口に通し番号を書く貼るコツ「とりあえず貼る」だけでも行動と状況がわかる記念品で会話の内容を残すA4資料をそのまま貼る記事は「くだり」だけを貼る貼った記事が頭に入るマーキング新聞からは「基礎データ」を集める日曜の新聞からは「まとめ」と「書評」を切る読書記録は帯と補充カードで補完写真で記録を補強する梱包テープなら何でも貼れる第4章アイデアの素材を生み出す「ライフログ」ライフログで「そのままの人生」を残すアナログだから「空気」が残る「ログを取ること」を決めておく日常を記録することの三つのメリット記録すれば人生が楽しくなる集めた素材を知的生産のネタにする多様な素材が「意外な組み合わせ」を生むノートが「自分の分身」になる結果より過程を評価しよう第5章素材を活用へとつなげる「知的生産術」アイデアは「既存の要素の新しい組み合わせ」アウトプットの前にインプットが必要ありふれた材料で美味しい料理をステップ(1)素材の「収集」アウトプットはメモから始まる「自分でもつまらない」を乗り越える考えるから書くのではなく、書くから考えるメモは自分の思考への敬意プライベートの記録が取材メモに化けるピンときたものから「良さの本質」を考える課題意識を持って発想を記録し続けるステップ(2)集めた素材の「咀嚼」無目的な読み返しが発見を生む加筆でアイデアまで「ほふく前進」クロスリファレンスで「考えるためのノート」にステップ(3)咀嚼した素材の「発酵」カードで「組み替え法」大判用紙で「植え替え法」コピーで「コラージュ法」ステップ(4)(5)「ユーレカ」から成果物への「具体化」手を動かすことで考えが前進する

目次情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]目次序章情報はシンプルでなければ使えない完全版刊行にあたってなぜ「知的生産術」は続かないのか「ノート一冊」なら誰でも情報を活用できる「簡単」「続く」「自由」という三つのメリット第1章ノート一冊でつくれる「知的生産システム」あらゆる情報をノートにためるノートに集めるから素材になるいつでも・どこでも「一冊だけ」記入・参照の迷いはゼロストレスフリーだから発想できる「ごちゃまぜ」だからヒントになるライフスタイルに合わせてサイズを選ぶ用途に合わせてアレンジを楽しむ自分を通過した情報だから活用できる第2章一冊にまとめる「三つのルール」何でもかんでもここに入れるノートは「大きなおもちゃ箱」一元化すれば必ず「ある」「あとで貼る」という解決法「日付ラベル」を入れて時系列で記録満タンになったら「代替わり」容量が無限なら自由に発想できるノートは「長い巻物」入れた情報を「索引化」して取り出す第3章効果的に情報を入れる「書き方・貼り方」書き方のコツ輪郭を崩さずにハッキリ書く略記は「ローマ字母音抜き」でよくメモすることは記号化プライベートの記録もどんどん残す自分を取材する「ねぎま式メモ」日常でのふとした疑問から「発見」する使用ペースがわかる「区切り線」を工夫するタイトルを付けて探しやすくする加筆できるように行間を一行空ける

この本は縦書きでレイアウトされています。また、ご覧になる機種により、表示の差が認められることがあります。

自分の感性でつくったノートを信じる第6章ノートを自在に参照できる「索引化」九割はアナログでも検索できる一〇年後も探せる「デジタル検索」索引データは抜粋方式で付録ノートを二〇〇%使い倒すアイデア集ノートのカスタマイズ持っておきたい文房具「知的生産」に関するおすすめブックガイドあとがき

完全版刊行にあたってこの本は、二〇〇八年に刊行された『情報は1冊のノートにまとめなさい』を全面改稿・増補したリニューアル版です。早いもので、刊行から五年がたってしまいました。その間、ノートやペン、糊などの文房具だけでなく、スマートフォンなどの情報端末も大幅に進歩しています。結果、三〇万部を超えるベストセラーとなった旧版の「原理」は今も変わらず通用するものの、「ただの新版」では物足りなさが否めません。このような事情から、全面的に手を加えた上で、「完全版」と銘打って刊行することになりました。二〇〇八年の刊行時から現在まで、著作家・ライターとしての仕事から、勉強、人付き合い、家庭、趣味など、さまざまな場面でノートを使い続ける中で、僕の手法にも少しずつですが、新しいものが増えています。そこで、この「完全版」では、最新のノウハウやテクニックを大幅に追加しました。旧版を読んだ人も、はじめて読む人も楽しむことができ、役に立つ内容となっています。なぜ「知的生産術」は続かないのか旧版でのノートを使う主な目的は、入れた情報を自在に参照するということ。つまり「情報整理」でした。今回は、そこからさらに一歩踏み込んで「ノートを使った知的生産」まで解説していきます。では、そもそも「知的生産」とは一体何でしょうか?この言葉を広めた民俗学者・梅棹忠夫氏は、次のように説明しています。「ここで知的生産とよんでいるのは、人間の知的活動が、なにかあたらしい情報の生産にむけられているような場合である、とかんがえていいであろう。この場合、情報というのは、なんでもいい。知恵、思想、かんがえ、報道、叙述、そのほか、十分ひろく解釈しておいていい。つまり、かんたんにいえば、知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ」(『知的生産の技術』梅棹忠夫/岩波新書)知的生産とは、「新しい情報」をつくること。つまり、僕がここに書いている文章も知的生産であり、ビジネスでの報告書やプレゼンテーションも、もちろん知的生産です。またウケを狙って友達に披露する小話も広い意味での知的生産と言えるでしょう。「知的生産」の重要性が叫ばれ始めたのは、いわゆる〝ものづくり〟に陰りが出てきた一九七〇年代のことです。すでに四〇年も前の話になります。このころから現在まで、ビジネスパーソンは知的生産と格闘し続けてきた、と言っても過言ではないでしょう。画期的な新商品、ユニークなサービス、世間に衝撃を与えるコピー、斬新なコンセプト、それまでの常識を覆すような本……。こういったものをどうつくり出せばいいのか。これまで、たくさんの学者やビジネスパーソンがその方法を披露してきました。古くは情報カードやシステム手帳から始まり、ワープロや電子手帳、PDAを経て、最近ではパソコンやスマートフォン、タブレット端末など、ITを使った知的生産の技術が注目を集めています。新しい手法が提案されるたび、人々はすぐに学び使いこなそうと努力してきました。「自分の知的生産に革命をもたらしてくれる」、そんな期待で胸をいっぱいにしながら。ところが、ほとんどの場合、その期待は裏切られます。せっかく集めた情報を使いこなせない。手間がかかって続けられない、と。では、なぜ知的生産術は破綻するのでしょうか。「高度すぎるから」です。多くの分類・整理を基本にしたシステムは複雑すぎます。古くは、図書館のようにメモや資料を何十、何百という項目に分類して棚やキャビネットに整理するやり方が提唱されていました。最近の、デジタルツールを使った知的生産術でも、端末やアプリケーションを細かく設定して、同期設定やタグ付けの設定をしたりと、非常にややこしいものになっています。こういったやり方は一部の人にとっては良くても、ほとんどの人にとっては難しすぎます。また、はじめのうちはできそうでも、情報がたまるほど気軽に扱えないようになり、ますます複雑なものになっていくのは目に見えています。「分類・整理」自体は有意義なことだし、学者やジャーナリストにとっては必要な作業でしょう。しかし、普通の人にはおすすめできません。とてもじゃないけれど、続けられないからです。結果的に、これまでの知的生産術は、「絵に描いた餅」になってしまっていました。理論としては「分類・整理で情報が活用できる」のかもしれませんが、多くの人にとっては「分類・整理のせいで情報が活用できない」ということになっていたのです。「ノート一冊」なら誰でも情報を活用できるでは、「絵に描いた餅」ではない情報活用、「誰でもできる知的生産術」とは、一体どのようなものでしょうか?これこそ、本書が紹介する「ノート一冊方式」です。これのすごいところは、一行で説明できてしまうことです。常に一冊のノートだけに情報を入れ、それを読み返す。はい、説明終わり。たった、これだけのことで、集めた情報を知的生産の素材として活用できるようになります。単純だからこそ「使える」のです。この説明だけだと、常識とかけ離れすぎていて面食らう人も多いでしょうから、これから本編でじっくり説明していきます。

このやり方には、何も特別な用意は要りません。必要なものは、どこにでもあるノートと普通のペン、糊など、基本的な文房具ばかりです。わざわざ買いに行かなくても、オフィスや家の中を探してみれば見つかるでしょう。だから、今この瞬間からでも、始めることができます。子供からお年寄りまで、文字通り誰でもできます。「そんな簡単なやり方では、効果も望めないのでは?」と言う人がいるかもしれません。逆です。簡単だから、効果が望めるのです。「自分の情報を活用できない」という長年の悩みを、誰でも、一発で、半永久的に、解決できる方法としては、これ以上に優れたものはない。こう自信を持って言い切れます。「簡単」「続く」「自由」という三つのメリット本書で紹介する知的生産システム「ノート一冊方式」は、高度すぎる「従来の知的生産術」の問題点を解決するだけではありません。大きく分けて、次の三つのメリットがあります。シンプルで簡単、迷いがない第一に、これ以上ないくらい単純でわかりやすいシステムだということです。「このアイデアをどこにメモしておけばいいのか」「この資料をどこに取っておけばいいのか」「あのとき考えたことはどこに書いてあるのか」このように悩むということがありません。使うのは常に一冊です。むやみな複雑化を招き、「せっかく集めた情報が使えない」原因となる分類・整理は一切しません。会議用や企画用、プロジェクト用といったカテゴリ分けがないだけでなく、仕事とプライベートという使い分けもありません。何も考えず、ただ情報をノートに投げ込むだけでいい。さらに、書いたり貼ったりするページにも、ややこしいルールはありません。ただ前から順に、「時系列」で使っていくだけです。カバンに、ポケットに、常に「使用中の一冊」を入れておけば、他には何も気にすることはありません。大事なことはただ一つです。三六五日、常にノートとペンを持ち歩くこと。これだけで、情報が活用できるようになります。繰り返しになりますが、単純な方法が一番「使える」のです。ストレスなく続けられる自由な発想をするために情報を保存しているつもりが、いつの間にか大きなストレスになっている。分類・整理を前提とした知的生産術を実践している人の中

完全版刊行にあたってこの本は、二〇〇八年に刊行された『情報は1冊のノートにまとめなさい』を全面改稿・増補したリニューアル版です。早いもので、刊行から五年がたってしまいました。その間、ノートやペン、糊などの文房具だけでなく、スマートフォンなどの情報端末も大幅に進歩しています。結果、三〇万部を超えるベストセラーとなった旧版の「原理」は今も変わらず通用するものの、「ただの新版」では物足りなさが否めません。このような事情から、全面的に手を加えた上で、「完全版」と銘打って刊行することになりました。二〇〇八年の刊行時から現在まで、著作家・ライターとしての仕事から、勉強、人付き合い、家庭、趣味など、さまざまな場面でノートを使い続ける中で、僕の手法にも少しずつですが、新しいものが増えています。そこで、この「完全版」では、最新のノウハウやテクニックを大幅に追加しました。旧版を読んだ人も、はじめて読む人も楽しむことができ、役に立つ内容となっています。なぜ「知的生産術」は続かないのか旧版でのノートを使う主な目的は、入れた情報を自在に参照するということ。つまり「情報整理」でした。今回は、そこからさらに一歩踏み込んで「ノートを使った知的生産」まで解説していきます。では、そもそも「知的生産」とは一体何でしょうか?この言葉を広めた民俗学者・梅棹忠夫氏は、次のように説明しています。「ここで知的生産とよんでいるのは、人間の知的活動が、なにかあたらしい情報の生産にむけられているような場合である、とかんがえていいであろう。この場合、情報というのは、なんでもいい。知恵、思想、かんがえ、報道、叙述、そのほか、十分ひろく解釈しておいていい。つまり、かんたんにいえば、知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ」(『知的生産の技術』梅棹忠夫/岩波新書)知的生産とは、「新しい情報」をつくること。つまり、僕がここに書いている文章も知的生産であり、ビジネスでの報告書やプレゼンテーションも、もちろん知的生産です。またウケを狙って友達に披露する小話も広い意味での知的生産と言えるでしょう。「知的生産」の重要性が叫ばれ始めたのは、いわゆる〝ものづくり〟に陰りが出てきた一九七〇年代のことです。すでに四〇年も前の話になります。このころから現在まで、ビジネスパーソンは知的生産と格闘し続けてきた、と言っても過言ではないでしょう。画期的な新商品、ユニークなサービス、世間に衝撃を与えるコピー、斬新なコンセプト、それまでの常識を覆すような本……。こういったものをどうつくり出せばいいのか。これまで、たくさんの学者やビジネスパーソンがその方法を披露してきました。古くは情報カードやシステム手帳から始まり、ワープロや電子手帳、PDAを経て、最近ではパソコンやスマートフォン、タブレット端末など、ITを使った知的生産の技術が注目を集めています。新しい手法が提案されるたび、人々はすぐに学び使いこなそうと努力してきました。「自分の知的生産に革命をもたらしてくれる」、そんな期待で胸をいっぱいにしながら。ところが、ほとんどの場合、その期待は裏切られます。せっかく集めた情報を使いこなせない。手間がかかって続けられない、と。では、なぜ知的生産術は破綻するのでしょうか。「高度すぎるから」です。多くの分類・整理を基本にしたシステムは複雑すぎます。古くは、図書館のようにメモや資料を何十、何百という項目に分類して棚やキャビネットに整理するやり方が提唱されていました。最近の、デジタルツールを使った知的生産術でも、端末やアプリケーションを細かく設定して、同期設定やタグ付けの設定をしたりと、非常にややこしいものになっています。こういったやり方は一部の人にとっては良くても、ほとんどの人にとっては難しすぎます。また、はじめのうちはできそうでも、情報がたまるほど気軽に扱えないようになり、ますます複雑なものになっていくのは目に見えています。「分類・整理」自体は有意義なことだし、学者やジャーナリストにとっては必要な作業でしょう。しかし、普通の人にはおすすめできません。とてもじゃないけれど、続けられないからです。結果的に、これまでの知的生産術は、「絵に描いた餅」になってしまっていました。理論としては「分類・整理で情報が活用できる」のかもしれませんが、多くの人にとっては「分類・整理のせいで情報が活用できない」ということになっていたのです。「ノート一冊」なら誰でも情報を活用できるでは、「絵に描いた餅」ではない情報活用、「誰でもできる知的生産術」とは、一体どのようなものでしょうか?これこそ、本書が紹介する「ノート一冊方式」です。これのすごいところは、一行で説明できてしまうことです。常に一冊のノートだけに情報を入れ、それを読み返す。はい、説明終わり。たった、これだけのことで、集めた情報を知的生産の素材として活用できるようになります。単純だからこそ「使える」のです。この説明だけだと、常識とかけ離れすぎていて面食らう人も多いでしょうから、これから本編でじっくり説明していきます。

この本は縦書きでレイアウトされています。また、ご覧になる機種により、表示の差が認められることがあります。

目次情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]目次序章情報はシンプルでなければ使えない完全版刊行にあたってなぜ「知的生産術」は続かないのか「ノート一冊」なら誰でも情報を活用できる「簡単」「続く」「自由」という三つのメリット第1章ノート一冊でつくれる「知的生産システム」あらゆる情報をノートにためるノートに集めるから素材になるいつでも・どこでも「一冊だけ」記入・参照の迷いはゼロストレスフリーだから発想できる「ごちゃまぜ」だからヒントになるライフスタイルに合わせてサイズを選ぶ用途に合わせてアレンジを楽しむ自分を通過した情報だから活用できる第2章一冊にまとめる「三つのルール」何でもかんでもここに入れるノートは「大きなおもちゃ箱」一元化すれば必ず「ある」「あとで貼る」という解決法「日付ラベル」を入れて時系列で記録満タンになったら「代替わり」容量が無限なら自由に発想できるノートは「長い巻物」入れた情報を「索引化」して取り出す第3章効果的に情報を入れる「書き方・貼り方」書き方のコツ輪郭を崩さずにハッキリ書く略記は「ローマ字母音抜き」でよくメモすることは記号化プライベートの記録もどんどん残す自分を取材する「ねぎま式メモ」日常でのふとした疑問から「発見」する使用ペースがわかる「区切り線」を工夫するタイトルを付けて探しやすくする加筆できるように行間を一行空ける

ペンの使い分けは「シチュエーション別」で気分を変える「超一等地」の使い方背表紙と小口に通し番号を書く貼るコツ「とりあえず貼る」だけでも行動と状況がわかる記念品で会話の内容を残すA4資料をそのまま貼る記事は「くだり」だけを貼る貼った記事が頭に入るマーキング新聞からは「基礎データ」を集める日曜の新聞からは「まとめ」と「書評」を切る読書記録は帯と補充カードで補完写真で記録を補強する梱包テープなら何でも貼れる第4章アイデアの素材を生み出す「ライフログ」ライフログで「そのままの人生」を残すアナログだから「空気」が残る「ログを取ること」を決めておく日常を記録することの三つのメリット記録すれば人生が楽しくなる集めた素材を知的生産のネタにする多様な素材が「意外な組み合わせ」を生むノートが「自分の分身」になる結果より過程を評価しよう第5章素材を活用へとつなげる「知的生産術」アイデアは「既存の要素の新しい組み合わせ」アウトプットの前にインプットが必要ありふれた材料で美味しい料理をステップ(1)素材の「収集」アウトプットはメモから始まる「自分でもつまらない」を乗り越える考えるから書くのではなく、書くから考えるメモは自分の思考への敬意プライベートの記録が取材メモに化けるピンときたものから「良さの本質」を考える課題意識を持って発想を記録し続けるステップ(2)集めた素材の「咀嚼」無目的な読み返しが発見を生む加筆でアイデアまで「ほふく前進」クロスリファレンスで「考えるためのノート」にステップ(3)咀嚼した素材の「発酵」カードで「組み替え法」大判用紙で「植え替え法」コピーで「コラージュ法」ステップ(4)(5)「ユーレカ」から成果物への「具体化」手を動かすことで考えが前進する

自分の感性でつくったノートを信じる第6章ノートを自在に参照できる「索引化」九割はアナログでも検索できる一〇年後も探せる「デジタル検索」索引データは抜粋方式で付録ノートを二〇〇%使い倒すアイデア集ノートのカスタマイズ持っておきたい文房具「知的生産」に関するおすすめブックガイドあとがき

には、このように、続けるために歯を食いしばって我慢しているケースが少なくありません。いつの間にか、手段が目的になってしまうのです。本書のシステムは、このような本末転倒な事態とは無縁です。義務的なメモや資料集めにならず、たまっていく情報を負担に感じることもありません。結果として、ストレスを感じずに継続することができます。僕は、大学時代から新聞記者を経て、現在にいたるまでの約一〇年間、あらゆる知的生産の仕事をこの方式でやってきました。面倒くさがり屋でも続けられるということは身をもってわかっています。続けられる理由は、分類・整理の手間がないことだけではありません。特別な気構えが必要ないことも重要だと思っています。いわゆる「アイデアノート」や「企画ノート」などを持ち歩くことは、ある種の緊張状態をつくり出します。「とっておきの企画のネタをメモしておこう」「自分だけの貴重なアイデアを書き留めていきたい」「ユニークな体験や良書からの学びを書いておくぞ」このように、知的生産のための「とっておきの情報」をノートに書いて集めようとすると疲れます。一カ月や二カ月くらいなら続けられるかもしれませんが、一年二年となると、無理がたたってくるのではないでしょうか。また、このような気負いがあると、「何も特別なことがないから、ノートに書くこともない」となって三日坊主になる可能性も高い。本書では、これとは反対に「何でも書く」「何でも貼る」ことを提案します。たとえば、通勤途中に、昨夜見た映画の感想をメモしたり、会議中にふと思ったことを少し書き留めておいたり、雑誌で見つけたかっこいい服の写真を貼っておいたりと、重要度で区別することなく、どんなことも気軽にノートに収録していきます。アイデアや企画など「特別なことを書かなければならない」という縛りがないので気楽そのもの。頭も使いません仕事の役に立つか、ネタになるか、おもしろいか、ユニークかといったことは考えず、ただ生活の中で触れるピンときたものをどんどんノートに投げ込んでいく。これなら「何も書くことがない」という事態は起こりません。しかし、たとえ無目的に集めた情報でも、本書のやり方なら知的生産の素材として生きてきます。詳しくは本編でも解説しますが、一つひとつは「すごい情報」ではなくても、一カ所にまとまると「使える情報」になってくるのです。長くノートを使っているうちに、このような仕組みが肌で理解できる。このことが「動機づけ」となってさらに続けられるようになります。自由度が高く、自分でアレンジできる三つ目のメリットは、「あそび」のある自由度の高いシステムだということです。自分の仕事スタイルや環境に合わせて、使いやすいようにアレンジすることができます。ノートとは、いわば真っ白な本です。手帳や日記帳のように指定された「記入欄」があるわけではないので、何をどれだけ書こうが自由です。ものを直接、糊で貼り付けたり、活用の当てもない落書きをしたりしてもいい。ノートは手帳のように一年一冊ではありません。使い切ったタイミングで年に何回も「代替わり」していきます。だから、この方式を続けていると、「サイズはもっと大きい方がいいかな」「ハードカバーの方が使いやすいかも」

といった試行錯誤を経て、自動的に自分のスタイルに合った使い方に最適化されていきます。既製の手帳やスクラップブックの場合、途中で規格を変更するのは困難です。また「自分にとって使いやすいもの」が市販されているかどうかもわからないし、それがいつ販売終了になるかもわかりません。ノートなら、そんな心配は無用です。自分の嗜好に合うものを買って、自分のスタイルに合わせて使いながら、アレンジやカスタマイズを楽しみつつ、自分なりに使い方を上達させていくことができます。市販されているアイデア手帳のたぐいは、よくユーザーのことを研究してはいるものの、自由には使えません。自分にとって不都合な点があったとしても、メーカーに要望を伝えることくらいしかできない。対して、ノートは徹底的に自由です。仕事や生活のスタイルの変化があったとしても、臨機応変に対応できます。異動、昇進、転職、結婚、育児など、生活が一変しても、ノートなら問題ありません。実際、僕がそうでした。「ただの紙の束」であるからこそ、ノートは万能の知的生産システムになるのです。「いくら情報を集めてもなかなか使いこなせない」「長い間、考え続けてもいいアイデアにつながらない」「プライベートの体験や勉強を仕事に活かしていきたい」こんな悩みは、これから紹介する「ノート一冊方式」ですぐに解決できます。この方法なら、仕事時間だけでなく、日常のすべてが知的生産につながっていきます。その結果、ますます多種多様なことに興味を持ち、さまざまな角度から考えられるようになり、企画や提案、プレゼンテーション、業務改善、原稿作成などで、これまで以上の成果を出すことができるようになるでしょう。ビジネスパーソンをはじめ、学生、主婦、マメな人、ズボラな人、あらゆる人が活用できる手法です。ぜひ、今すぐノートを持ち歩くことから始めてみてください。

序章では、本書で紹介する知的生産システムが、これまでの難しい知的生産術とはまったく違う画期的なものであることを述べました。複雑で杓子定規なシステム、面倒な分類・整理をやめて、一冊のノートだけを使い続けることで、誰でも簡単に知的生産ができるようになります。本編の始まりとなるこの章では、「ノート一冊方式」の全体像を示した上で、どんな仕組みで、どんなふうに役に立つのか、大まかに説明していきます。ここで基本的なノート活用の流れをイメージしておけば、実際の情報収集から知的生産にいたる作業が、よりスムーズなものになるでしょう。序章で語った通り、このやり方は自由度が高いのも特徴です。全体の流れを見ておくことは、自分の仕事スタイルに合わせたアレンジを考える上でも、きっと有益なはずです。あらゆる情報をノートにためるはじめにノートを使った知的生産の流れを手短に見ておきましょう。前半は、ひたすらノートに時系列で情報をためる段階です。まずは新しいノートに何かを書いたり、貼り付けることから始まります。代表的な例を挙げれば、企画会議での印象的な発言をメモしておいたり、「次の会議では〇〇を提案しよう」とアイデアを書いたり、参考になりそうな新聞記事を切り抜いて貼っておいたり、といったことでしょう。メモしたり貼っておくべき情報は、仕事に関わることだけとは限りませんが(日常生活を通じた情報収集については、第5章で紹介します)、現段階では「仕事に使えそうな情報をとっておく」という理解で大丈夫です。これを何日か続けていると、次第にノートに情報がたまってきます。ページ数や大きさにもよりますが、数週間から数カ月すると情報量は増え、ノートはまるで本のようになっていきます。そこで後半は、この「本のようなノート」をアイデアや発想の素材として活用するわけです。たとえば、ノートを前から順に読んでいくと、一カ月前の会議の議事録↓二週間前の企画アイデア↓一週間前に切り抜いた新聞記事↓三日前に読んだ本の感想↓昨日会った人の名刺と会話のメモこのような自分の生きた時間軸に沿って情報を見ていくことができるし、ノートを逆から読めば、ページをめくるたびにだんだん遠い過去の情報に出会えます。印や付箋を付けておけば「本の感想だけ」「企画のアイデアだけ」をまとめて見ていくこともできます。「アイデアは組み合わせである」という言葉もあるように、一見、つながりのなさそうな情報を結びつけることで新しい視点や発想が生まれることはよくあります。たとえば、ノートをめくっていろいろ見ているうちに、だいぶ前に読んだ、南米アマゾンの未開部族の暮らしについての本の感想を見つける。読み返しているうちに、「そうだ、『ビジネスにおける裸の付き合い』という切り口で、あの原稿を書こう」と、今抱えている仕事のアイデアを思いつく。このようなことは毎日のように起こります。ノートにあるのは、どれも自分が「書いておきたい」と思った考えであり、自分の目で選んで残した記事や資料です。つまり、どれも「お気に入りの情報」なわけです。つまらないものは一つもないから、自信を持って素材にすることができます。メモや資料など、なんでもそのまま収集し、読み返したり、加筆したりしながら温めて、新たな発想を得る手がかりにしていくことは、このノートに何でも入れる方法でしかできないでしょう。自分のノートは、世界に一つだけの「知的生産の素材」になるのです。

ノートに集めるから素材になる知的生産にノートが活かせるのは、先ほどのような「ノートからの思いつき」だけではありません。あいまいになってしまった記憶を振り返ることで、考える足がかりにできることも利点の一つです。よく新聞や本を読む人はわかると思いますが、「〇〇みたいな話を何かで読んだけれど、思い出せない」ということはよくあります。たとえば、文章を書いていて、財政の話になったとき、「確かハイエクが福祉国家の行く末について何か言ってるのを最近読んだなあ。アレを紹介できたらちょうどいいんだけれど……」と思い出したとしましょう。せっかくアイデアが浮かんでも、本で読んだのか、雑誌や新聞で読んだのか、出典がわからないと使うことはできません。ネット検索でも、そう都合よくは出てこない。そんなときでも、本書の方式なら、過去数週間のページをパラパラとさかのぼって見ていくことで、ほぼ確実に該当する読書メモや記事を見つけ出すことができます。「アレを参照したい」というほど印象に残っている情報は、たいていピンときてその場でノートに収録した情報だから、ノートの中にあるわけです。このように記憶とノートとがうまく連携できるのは、おそらくメモしたり切り抜いて貼ったり、線を引いたりする作業を通して、「じっくり読み込んだから」でしょう。ノートに記録した段階で記憶に刻まれているから、原稿を書いているときに「アレが使えるのでは……」と思い出すことができるのです。つまり、ノートにあるから「アレを参照したい」と思うのであって、ノートにないものは、そう思うことすらほぼないわけです。これが、参照したいものが、ほぼ一〇〇%ノートから見つけ出せる理由です。デジタルツールでは、こううまくはいきません。情報をストックするとき、書いたり貼ったりという手間がかからないので、印象も薄くなってしまうからです。結果、「何かで読んだ」「どこかで見た気がする」と思い出したり、引っかかりを感じたりすることも少なくなってしまいます。ちょっとややこしいかもしれませんが、こういうことです。「知的生産の素材をノートに集める」のではなく、「ノートに(ピンときた情報を)集めると知的生産の素材になる」と。このような仕組みになっているから、本書のやり方でノートを使えば、何かの仕事をしているとき、・考えを進めるための足がかりになる・新たな視点、切り口が生まれる・アイデアや発想を思いつく・思いついたことを成果物に活かすといった効果が得られるのです。アイデアが出ない、発想がワンパターンだと感じている人は、ぜひ本書のノウハウを試してみてください。いつでも・どこでも「一冊だけ」

これでノートを使った知的生産の大まかな流れがわかりました。続いて、ノートをどう使うかを大づかみに説明します。この方式の第一歩は、一冊のノートに情報を「入れていく」ことです。まずは、仕事のアイデアから備忘録、本や映画の感想などの「メモ書き」。そして、上司から渡された伝言メモや会議のレジメ、新聞記事の切り抜き、雑誌広告などの「紙もの」。こういったものをすべて一冊に収録していきます。ノートに何か書き込んだり、他の紙に書いたメモや資料を貼り付けて収録することをまとめて、本書では、「ノートに入れる」という言い方をしています。今後、「入っている情報」などの言葉が出てきたら、メモ書きか貼った資料だと思ってください。仕事や日常生活で扱う情報は、何でもこのノートに入れます。具体的に、どんなものを入れるのか、僕が今使っているノートをめくってみると次のような情報が入っていました。・業務日誌や日記としてのメモ・打ち合わせや取材したことを記したメモ・セミナーのレジメや内容メモ・仕事で使った資料の切り抜き・取引先からもらった手紙やハガキ・アイデアを書いたメモ用紙・新聞や雑誌の切り抜き・本をコピーしたもの・映画やテレビの感想メモ・もらった名刺・その他の紙もの……観光パンフレット、切符、半券、本の帯などこれらのものは時系列、つまり日付に沿って並んでいるだけで、カテゴリ分けはされていません。小説のアイデアを記したメモのあとに、育児休暇制度の新聞記事があり、英語の勉強本の抜き書きがあったりする。小説ネタや勉強法についてだけのノートをつくったりはしません。こんなふうに情報を「ごちゃまぜ」に入れておいて大丈夫かと思うかもしれませんが、大丈夫です。いや「ごちゃまぜ」だからこそ、どんなジャンルの本の読書メモでも、どんな内容の仕事でも、何についてのアイデアだろうと、「どこに書けばいいのか」と迷うことなく、すぐさま一冊のノートに入れることができるのです。また、「ごちゃまぜ」でいいと割り切れば、あとで分類する手間も、複数のノートを持ち歩く必要もありません。会議室に「会議用ノート」を持ってくるのを忘れるといったミスもなくなります。仕事だろうと、プライベートだろうと、どんなときでも常に今使っているノート一冊だけを持ってさえいればいいからです。記入・参照の迷いはゼロ情報を分類せず、一冊だけに入れるメリットとして、メモや参照のフットワークが軽くなることがあります。書くのも見るのも、とにかく速い。具体的に説明しましょう。たとえば、職場から帰る電車の中で、明日、取引先でプレゼンテーションをするときに、絶対に忘れないようにしなければならない

持ち物を思い出したとします。これはどこにメモしたらいいのか。「使用中のノートの続き」です。家に帰ってくつろいでいると、奥さんが買った女性誌の中に「節電レシピがブーム」という記事を見つけました。なんとなく興味深かったので、奥さんの許可を取って破り取っておきます。この記事はどこに保管すればいいのか。「さっき書いたメモのあと」です。ノートを出したついでに、パラパラめくって最近のことを振り返っていると、読書メモが出てきました。数日前に読んだ有名な戦略論の本です。その左のページには、ハガキが貼ってあります。取材協力したメディアの人からもらった「高齢の視聴者から多くの反響があった」という礼状です。こういったものを見ているうちに、突然、急に明日のプレゼンで使えそうな言葉を思いつきました。「そうだ、この言葉をキーワードに据えよう!」これをメモするのは「さっき貼った記事のあと」ですね。翌朝、職場で今日のプレゼンの資料を最終チェックしているとき、「そういえば、昨夜、何かいい言葉が見つかったな」と思い出してノートを見れば、そこにしっかり書いてありました。そのとき、同じページに書かれてあるのが、「明日、A社に新製品のサンプルを持っていく!」というメモです。忘れないように、すぐサンプルをカバンの中に入れて、プレゼンの準備を進めます。このように、一冊だけを使うことに決めていると、記入も参照も常に一カ所に当たればいいことになります。どこに書くか、どこを探すか、一秒も考えません。さらに、紙の辞書を引いたときのように、記入するときにまわりにある情報が目に入ってきます。このことによって、仕事で忘れてはいけないことのリマインダーにもなるし、日常生活で見聞きした気になる情報も発想のヒントとして活用できるのです。ストレスフリーだから発想できる一冊だけを使うことの恩恵は、単に便利なだけではありません。「何を思いついてもここに書ける」「どんな情報もこの一冊にある」「この一冊だけ持っていればいい」こういった安心感があると、心に余裕ができます。案件ごとに記入するノートを分けたり、メモを付箋や資料に書き込んだりしていると、「あのメモ、どこにやったっけ?」と不安になることがよくあります。たとえば、今日、面会する人との集合場所や時刻のメモなどが見つからなくて、通勤途中でポケットやカバンをまさぐって探す。このような経験は誰にでもあるでしょう。

こんな事態になるのは、情報を入力する場所がバラバラになっているからです。たとえば、打ち合わせで決まったスケジュールは、スケジュール帳に書いたのか、それとも、打ち合わせの資料に書いたのか、またまた、別のメモに書いたのか。きちんと記憶していないと、何を見て確認すればいいのかすらわかりません。すぐに見つからないと、「間違って捨ててしまったのではないか」と不安になって穏やかではない。ところが、本書のシステムなら、このような不安は、はじめから感じずに済みます。なぜなら、あらゆる情報は、一冊のノートに入っているからです。つまり、打ち合わせ中にノートを開いたなら、・打ち合わせの内容・打ち合わせ中に考えたこと・参加者の発言要旨・決定事項・配布資料などは、すべて同じノートに入っていることになります。だから、この一冊さえ読み返せばいいのです。家を出るときも、ノートを持っていることさえ確認しておけば、チェックしたいことは「必ずある」ことになります。何でもノートに入れておけば、「アレはあのノートに書いた」「あのメモをなくさないようにしておかないと」という緊張から解き放たれます。また、「何を書いてもいい」というのも気楽です。自由にものが考えられます。僕は、考えがまとまらないとき、よくノート一冊だけを持って喫茶店に行きます。そして、思っていることをつらつらと、混乱しているなら混乱したまま書いてみる。無理に整理しようとはしません。それすら難しいときは、最近読んだ本の感想などを書いてみます。書いていると、そのうち結局は何に悩んでいるか、何から手をつければいいかといったことがはっきりしてきたり、進まない仕事の完成型がイメージできるようになったりします。このように新たな発想を得るためには、リラックスして使えることも大切でしょう。「ごちゃまぜ」だからヒントになるプライベートで集めた情報が仕事のヒントになる。こう言い切ってしまうと、疑問に思う人もいるかもしれません。もちろん「ピンときた」「おもしろい」と思った雑誌の記事が、すべて企画になるわけではありません。「何かに使えるのでは」と思ったものの、そのまま遠い過去の情報になってしまうことも多いでしょう。では、「使えそうな情報」だけを集めておけばいいのでしょうか?たとえば、日本経済新聞から自分が働いている業界の記事だけを切り抜いていくといったように。ところが、これは意外と役に立たないのです。まず、似たような情報ばかり集まってしまうという問題があります。

仮に乳製品メーカーの社員が、乳製品の記事を読んでいても、同業者の傾向について詳しくなるだけです。新しい発想につながるような刺激には、なかなかなりません。そうではなくて、もしスポーツ雑誌を読んでいたら、「筋トレ向けのプロテイン入り牛乳って売れるかな?」などと、さまざまに思いを巡らせることができるでしょう。業務知識を深めるなら、業界の記事を集める方がいいかもしれません。しかし、知的生産の上では、このように一見関係のない情報にどんどん触れる方がいいのです。また、「使えそうか」という視点で選んでいると、特におもしろくもない情報、何も琴線に触れない情報をノートに入れることになってしまいます。「おもしろくないが使えそう」という情報も多いからです。こうなると読み返すのが苦痛だし、思い出して頭の中であれこれと考えることもしなくなるので、結局どれだけ集めても使えません。では、どんな情報が知的生産に使えるのでしょうか?一〇年以上ノートを使ってきた経験から言えることは、「使えそうなものほど使えず、使えなさそうなものほど使える」ということです。特に「仕事には何の関係もないが、おもしろい」という切り抜きや考えごとのメモほどアイデアの芽になることが多い。過去のノートを見てみると、まったく仕事に関係のない情報がたくさんあります。しかし、じっくり見てみると、直接的には活かされていなくても、仕事で突き詰めていくテーマや問題意識を孕んでいたり、考える手がかりになるようなものがたくさんありました。だから、「使えるか、使えないか」は、ほとんど考えなくて大丈夫です。自分の感性を信じて、「おもしろい」「かっこいい」「きれい」「かわいい」「ほしい」「やってみたい」「便利だ」「行きたい」というものを、どんどん書き、貼るようにしましょう。大事なのは、幅広い情報の中から「ピンときたもの」を集めることです。すべてはそこから始まります。ライフスタイルに合わせてサイズを選ぶ「いつでもどこでもノート一冊だけ」というのは気楽なものです。ただ、慣れない人は、「常に持ち歩くことなんてできない」と思うかもしれません。確かに、一〇分くらい打ち合わせをしたり、立ち話をする場合にもノートを携えているというのは現実的ではありません。こんなふうに、外回りや出歩くことが多い仕事の場合は、ポケットに入るメモ帳や、小さいサイズのノートを使うことをおすすめします。また「小さいノートでは書きづらい」という人は、持ち運びに難がない程度に大きいノートを使えばいいでしょう。この「サイズ」と「モバイル性」は、トレードオフの関係にあるので、自分の仕事スタイルに応じて決めるしかありません。僕の場合、大学生のころは、シャツの胸ポケットに入るサイズのメモ帳をずっと使っていました。新聞記者になってからは、メモする量が増えたので大きいものがほしくなったこと、しかも、スーツの内ポケットに入る大きさにとどめたかったのでA6サイズ(文庫本サイズ)のノートを愛用していました。そして、フリーランスになった現在は、ポケットに入れるのは諦めて、たっぷり書けて資料を貼ることができるA5サイズのノートを使っています。このように、仕事スタイルの変化に合わせて、サイズも自由に選ぶことができます。幅広い選択肢のあるノートだから、どのような仕事スタイルでも、柔軟に対応することができるのです。

用途に合わせてアレンジを楽しむ知的生産に使えるだけでなく、ノート選びも楽しむことができる。これも「ノート一冊方式」のいいところです。たとえば、今使っているノートが残り少なくなってきたので、新しいノートを買いに行くとします。昨今の文房具ブームもあって、売り場には、さまざまなノートがあることに気がつくでしょう。それらを見ながら、「再来週は海外出張があるから、ハードカバーの高級ノートにしようかな」「これから読む長編小説の感想を書いていくのに、この分厚いノートがいいかもしれない」「いつも横罫のノートを使っているけれど、方眼にしたら発想に変化が出るだろうか」などと考えるのは、洋服やカバンを選ぶのにも似た喜びがあります。ノートを使い切った体験が増えるほど、「今度はアレを買ってみよう」という好奇心や、「こうしたらもっと便利になるのでは」といったカスタマイズのアイデアも出てきます。お店の文房具やDIYグッズを見るのが趣味のようになってくるかもしれません。文房具ファンの中には、「一冊のノートにまとめると、いろんなノートを使って楽しむことができないのではないか、そんなの嫌だ」という人がいるかもしれません。しかし、それは誤解です。たとえば、僕は一年あたり一〇冊前後、A5ノートを使い切っています。A6ノートを使っていたころは、年間三〇冊くらい使っていた時期もありました。それも同じ銘柄のノートをずっと使っているわけではありません。毎回、使いたいノートを選んで、一冊ずつ使い切っているのです。海外旅行のとき、美術館のミュージアムショップで買ったノートなど、まだ家で「温存」してあるものもあります。一冊にまとめず、使い分けをしている人でも、年に一〇冊もノートを使うという人は少ないのではないでしょうか。むしろ一冊にまとめるからこそ、さまざまなノートを楽しめるのです。自分を通過した情報だから活用できる自分の好きなノートに、好きな情報を入れていく。すると、ノートはただの道具ではなくなってきます。何度も読んだ愛読書のように、自分の中での存在感が大きくなってくるのです。一体どういうことでしょうか。たとえば、ノートを取り出し、少しページをめくってみれば、少し前に考えていたアイデアや、気に入った本や映画の感想、休みが取れたらやりたいこと、楽しかった体験、大きな仕事を終えたときの記録などがすべて入っている。それらはすべて、「入れておきたい」と思った情報ばかりです。メモの筆跡にはそのときの気持ちがこもっているし、資料や紙片もすべて〝実物〟なので、風合いや感触なども含めて、そのときの状況を生々しく思い出させてくれます。ちなみに、僕が少し前に使っていた一八七冊目のノートには、次のような情報が連続で入っていました。

・北海道から大阪への夜行列車の乗車体験記…大好きな夜行列車に乗っているときの気持ちなど・子供と遊んで気がついたこと…ユニークな言動、思ったことなど・新聞の書評記事『明治神宮』…「古墳をイメージした森」など、つくり手たちの想いに関心を持ったこと・新聞の社会面記事「東京ディズニーランド三〇周年」…開園からの年表付き。三世代で楽しんでいる家族が記事で紹介されていて「TDLは現代日本の象徴なんだなあ」と興味深かったこと・新聞の書評記事『ワイドレンズ』…イノベーション論の本。「製品自体より取り巻く環境が大事」という視点がおもしろいと感じたこと・駅弁「牡蠣めし」の写真…美味しそうだったので。写真の求心力がスゴイと思った・礼状の下書き…手書きのメモが貼り付けてある。電車で移動中、急に「そうだ、あの人に礼状を書こう」と思いついたことおおざっぱに言えば、このころの僕は、鉄道旅行・育児・寺社・明治時代・テーマパーク・現代史・写真・弁当・イノベーション・手紙といったものに興味があったのでした。さて、われながらあまりに脈絡がなくて驚きますが、実は人間の頭の中というのは、このノートのように混沌としているものではないでしょうか。知的生産の素材になるのは、このような無邪気な関心や思考の記録です。どれも自分が書いたり選んだりした非常におもしろい情報なので、自信を持って使用することができます。このノートに入っていた新聞の書評は二週間ほどあと、ネット連載の原稿を書く内容を考えるときにヒントとして読み返しました。直接引用はしませんでしたが、よく言われるイノベーションについて、どんな論点があるのか、何が課題なのかといったことを理解するのに役立っています。夜行列車の乗車体験は、「出張の楽しみ方」や「国内旅行の魅力」「電車での読書」といった文章を書くときに使えるのではないかと考えていますが、今のところ友達に土産話を披露しているだけです。ただ、いつかまったく想像していなかったような使われ方をするだろうと思います。東京ディズニーランドの歴史は、一九八〇年代以降を論じた社会学の本を読むとき、読み返して理解の助けにしました。今後、東京という土地について書いたりするときにも使えそうです。こんなふうに、ノートに入れた情報は、重要なことから些細なことまで、なんだかんだで活用されています。実際、過去の自分の著書も、このノートを大いに活用して書いてきました。「ここの部分に入れる何かいい事例はないか」と思いながら原稿を書いていたら、なんとなくおもしろいから取っておいたインタビュー記事のことを思い出し、読み返してみたらぴったりはまることがわかった。このような活用例を挙げればキリがありません。それなりに手を動かして記録したせいか、ノートに入れた情報というのは、なかなか忘れません。完全に忘れ去ったようでも、頭の片隅に残っています。だから、しばらくたったときに「アレが使える!」とノートに入れたことを思い出したり、何気なくノートを読み返したときに「あの仕事に使える!」と気がついたりする。このように知的生産の回路を持って、動かし続けることで、日ごろの些細な問題を解決し、いつか大物のアイデアをつかむことができるのです。

第1章では、ノートを使った知的生産システムの全体像と、実際にどんなふうに使っているのかを見ていきました。記録した情報の活用は、スマートフォンやパソコンなどのデジタルツールでもなかなかうまくいきません。まず入れた情報を無目的に見る機会がないからです。僕もウェブで見た記事などはクラウドサービスに保存しているのですが、それらを検索して参照することはあっても「漠然と読み返す」ということはまずありません。また、端末同士の同期トラブルが起きたり、検索用のタグ付けがうまく機能しなかったりと、実際には面倒なことが多い。機械は故障や買い換え、規格の変更がつきものなので、五年後、一〇年後の話となると、まったく見通しがききません。ところが、このような問題が、紙のノートならまったくない。保存した情報を着実に活用することができる。では、このノートを使った知的生産システムを破綻させず、ずっと続けていくためには、どんな約束ごとがあるのでしょうか。なにごとも、多大なメリットや便利さを味わうときは、支払うコストも大きくなるものです。しかし、こと本書のシステムについては、その関係は当てはまりません。次の三つのルールを守ってノートを使っていくだけで、ずっと頭を悩ませてきた知的生産の問題にカタをつけることができるのです。ルール1一元化ルール2時系列ルール3索引化本章では、この三つのルールを軸とした、基本的なノートへの情報の入れ方について説明します。何でもかんでもここに入れる本書のシステムにおいて一番大切なルールは、「一元化」。つまり、「何でもこのノートに入れる」ということです。仕事中に思いついたアイデア、読んだ本の抜き書きや感想、新聞や雑誌の切り抜き、人からもらった伝言メモ、手紙やハガキ、名刺、会議に出たり研修を受けたときに取った記録、印刷したメールや書類、読書や映画の記録、プライベートの日記、使用済みチケットなどの記念の紙片……。こういったノートに入れられるものは、すべて一冊のノートに入れていきます。とにかく、何も考えずノートに投げ込んでいけばいいわけです。分類は一切しません。当然ながら、ノートはごちゃまぜになるし、どんどん文字や資料で埋め尽くされて厚みを増していきます。しかし、細かいことは気にせずとにかくノートの情報に突っ込んでいってください。会議にもこのノートを持ち込んで書く。研修やセミナーにもこのノートを持って行き、資料の切り抜きを貼ってメモする。喫茶店で本を読んでいるときにも、テーブルにノートを広げ、感想や思いついたことを書いておく。休日、家にいるときでも傍らにノートを置いておき、気になった新聞記事を貼ったり、何気なく思ったことをメモする。このように、あらゆる場面で情報を一冊のノートに入れていくのです。考え込まず、淡々と情報を入れていけば、すぐに次の写真のようにノートはいっぱいになっていきます。

ノートは「大きなおもちゃ箱」たとえ、ごちゃまぜで見苦しくなったとしても「一元化」は必ず守ってください。なぜかというと、一元化してさえいれば、目的の情報を一〇〇%見つけ出せるからです。このことを説明するためには、子供のおもちゃの片付けをイメージするのがいいでしょう。子供部屋の中に、おもちゃが散らかっているとします。両手で持つような大きいものから、掌の上にのる程度のもの、ドングリのような小さなもの、それにカードやパズルのピースのような平面のもの、球体のものなど、さまざまなサイズと形のものがある。これを、片付けるにはどうすればいいでしょうか。棚や引き出しに整理して入れる?いや、一つの大きなおもちゃ箱に、片っ端から全部突っ込もう!これが「一元化」の発想です。むちゃくちゃだ、と思う人もいるかもしれません。確かに、大きさや用途ごとに分類・整理して棚に片付ける方が見た目も美しく、気分もいいでしょう。しかし「一元化」には、そういった分類や整理の良さをはるかに上回るメリットがあるのです。一つは、片付けに要する時間がケタ違いに短く済むこと。何も考えず箱にポイポイ放り込むわけだから、当たり前ですね。もう一つは、目的のおもちゃを探すとき、「『この箱の中にある』とはっきりしている」ということです。分類・整理した場合、目的のものが分類したはずの場所に見つからないと、他のどこにあるのかわかりません。たとえば、野菜の形をした積み木は、「ままごと道具」なのか「積み木」なのか。それとも「どちらでもない何か」なのか。それを決めて覚えておかないと、「ここにもない」「あそこにもない」という具合に、見つけ出せなくなってしまう。遊んだあとは元の場所にしまうとか、分類を乱さないための努力も常に要ります。これに対して「大きなおもちゃ箱」の場合は、「あらゆるおもちゃがこの中にある」ことがはっきりしています。たとえ、ドングリ一つ、パズルのピース一つといった小さく目立たないものだとしても、必ず箱の中にあるのだから、一つひとつ見ていけば必ず見つけ出せるわけです。日常生活の中で取っておきたい情報も、長いものから一言のものまでさまざまですが、それでもとにかくノートに入れるのです。

一元化すれば必ず「ある」ノートはこのおもちゃ箱と同じです。一元化を守ることで、ノートに入れた情報も、「ごちゃごちゃしてはいるが、この中に必ずある」という信頼が保てるわけです。この信頼感があってノートを探すケースと、「どの紙にメモしたのかわからない」「残っているかどうかすらわからない」というものを探すケースとでは、まるで気分が違うことは、誰でもわかるでしょう。一元化を守っていれば、「あのメモどこに行ったのかな?」というケースは、一〇〇%起きなくなります。何かを探すとき「とにかく一カ所に当たればいい」というのは本当に気が楽です。もちろん、ごちゃまぜになったノートの中から、目的の情報を探すのは、それなりに手間がかかります。分類・整理の方が速く目的のものを見つけ出せることもあるでしょう。ただ、そんなふうに分類・整理が有利になるのは、図書館や博物館で、収蔵品を専門家が管理しているときのように、完璧なかたちで半永久的に続けられるときだけです。個人レベルでやるのは現実的ではありません。ずさんな分類・整理になるくらいなら、「一元化」の方が、・入れる手間のかからなさ・探すときの信頼性・続けていくのにかかる労力という面で、個人で続けていくのに向いているわけです。分類・整理での情報整理を語るとき、多くの人が「はじめはいいが、続けていくうちに破綻する」といった言葉を使います。では、破綻を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。「はじめから破綻させておけばいい」というのが僕の答えです。一元化は、絶対に破綻しません。なぜなら、はじめから破綻しているからです。「あとで貼る」という解決法補足として、「一元化」が守れないときの対処法を書いておきましょう。「何でもここに入れる」のが理想でも、実際にはノートを取り出せないタイミングというのは意外と多いものです。たとえば、僕のノートはA5サイズなので、ポケットに入れて歩くわけにはいきません。だから、手ぶらでコンビニに行くとき、何か思いついたとしてもノートには書けない。また、電車の中など、混雑していたり、ノートを入れたカバンを網棚に乗せてしまったりしているときには、わざわざノートを取り出して書こうという気も起きません。

そういうときはどうすればいいのでしょうか。いったんすぐ取り出せるメモ用紙に書いて、あとでノートに貼ります。僕は「あとで貼る用のメモ」として、名刺大の情報カードを革の名刺ケースに入れたものを、いつもポケットに入れて持ち歩いています。単にメモするだけなら市販のリングメモでも不都合はないのですが、ノートに貼ることが前提なので、バラバラのカードの方が使い勝手がいいのです。革の名刺入れにクリップとペンを付けて、次の写真のような「取り出すと同時に書けるメモツール」にしました。メモ用紙に書くのではなく、スマートフォンに入力してもいいかもしれません。しかし、画面ロックを解除しているうちに何を書こうとしたのか忘れてしまうことも多いので、今のところはこれがベストだと思っています。新聞記者のころは、「メモジョッター」と呼ばれるものをシャツの胸ポケットに入れて使っていました。名刺サイズより一回り大きく、一枚あたり多くのことが書けるので、ノートを取り出す時間もないうちに取材が始まったりしたときに便利でした。このメモは、「資料」として新聞や雑誌の切り抜きやその他の紙片と同じ扱いをします。なるべくその日のうちに使用中のノートに貼ることにしていますが、三日前に書いたメモがポケットから出てきた場合には、「今日手に入れた資料」として、今日のページに貼ります。「収録日ベースの時系列」と考えれば、大きな混乱は起きません。「日付ラベル」を入れて時系列で記録三つのルールのうち、第二のルールは「時系列」。つまり、「ノートは、前から順に使う」ということです。横書きの場合、左ページから右ページへ、リングメモのような縦開き帳面の場合は上から下へと使っていく。ページに空白ができるともったいないので、僕は何かノートに書いたら、次の写真のように「区切り線」を入れて、詰めて使っています。

空白が気にならない人は、何か書いたり貼ったりするごとにページを替えてもいいでしょう。「左から右」「上から下」という時系列さえ乱さなければ、いくら余白をつくるのも自由です。ただ、一つ守ってほしいのは「日付を入れる」ということです。たとえば、ノートに何か書いたり貼ったりするときは、必ず年月日を示す「六桁ラベル」を入れておきます。西暦(下二桁)+月(二桁)+日(二桁)合計で、六桁です。西暦は四桁の方がよりわかりやすいのかもしれませんが、「13」の数字が二〇一三年を示すのか、それとも一九一三年か、二一一三年か、と悩むことは自分の生きている間はありえないので、下二桁で十分でしょう。月と日は、一月〜九月、一日〜九日など、一桁のものも「01」「09」などと二桁で書きます。六桁ラベルはスラッシュ(/)などを挟まないので、五桁や四桁になると混乱を招くからです。つまり、ラベルは常に六桁で、000101=二〇〇〇年一月一日130831=二〇一三年八月三一日となっているわけです。

この方式をもう一〇年近く続けていますが、いつ書いたメモかわからないという事態は、まだ一度も起こっていません。同じ日に、何度もノートに情報を入れる場合は、六桁ラベルを書かなくても、前後関係からわかることもあります。しかし、ノートに入れるときには日付を書く、ということを習慣化させるためにも、必ず書くようにした方がいいでしょう。手書きのメモだけでなく、おもしろい記事や繰り返しじっくり読みたい資料といった「貼りもの」であっても日付ラベルは入れておく。すると、次のように日付付きの資料が並びます。[130708]レストランのショップカード[130709]書評記事「第一回普選と選挙ポスター」[130710]朝日新聞「参院選・各党獲得議席の推計」[130711]出席したパーティーの式次第と名刺[130712]プリントして読んだフランス革命についての論文の切り抜きバラバラの資料では、なぜ切り抜いたのかといった状況がわかりません。しかし、資料を時系列に並べ、日付ラベルを入れることによって、資料同士の関係がわかるようになります。この場合で言えば、「二〇一三年七月の参院選が迫ったころ、選挙や政治思想史の本に興味を持って読んだり、家族でイタリア料理のレストランに行ったり、パーティーに出たりしていた」ということがわかって、当時の「空気」もリアルに思い出すことができるわけです。満タンになったら「代替わり」このように日付ラベルを付けながら時系列でノートを前から使い、最後のページを使い切った段階で新しいノートに「代替わり」します。僕が今使っているノートは一八九冊目なので、これまでの一〇年間で一八八回代替わりをしてきたことになります。冊数が増えてくると混乱するので、ノートの使い始めには、何冊目かわかるよう、次のように「通し番号」と「使用期間」を書いておきます。[188]130513〜130610使い切らないうちにノートの表紙に番号を書くと、こすれて消えてしまったり、ステッカーなどを貼って見えなくなってしまうこともあるので、表紙に書くのは最後まで使い切ってからにした方がいいでしょう。

持ち歩いて使い込んでいると、ノートはだんだん汚れたり、ボロボロになってきます。また、貼られた資料のぶんだけ分厚くなり、重みも増し、持ち歩くのもつらくなる。しかし、この「代替わり」を済ませると、心機一転、新しいノートをゼロから使っていくことができます。新しい手帳を買って使い始めるときというのは、ちょっとワクワクするものですが、「ノート一冊方式」だと、それと同じ「新調する感じ」を年に何度も味わえるわけです。また、同じものを使い続けていると感じる「飽き」も防げます。リフレッシュの機会が何度も巡ってくることは、意外と大きなメリットではないでしょうか。容量が無限なら自由に発想できるこの「代替わり」によって、ノートに入れられる情報の量は無限になります。三年で一冊使おうが、一年で一〇冊使おうが自由。その人の使い方次第です。また、新しいノートはどこの家庭やオフィスにもあるし、コンビニでも売っているので、調達の不安はまったくありません。出先で使い切ってしまっても、コンビニで買えばいいのです。普通の大学ノートは一冊一〇〇円以下と安いので、コストを気にせずガンガン使っていくことができます。アイデアを書き留めるときやインタビュー、議事録のメモを取る場合でも、書けるスペースを気にせず、大きな字で書き殴ったり、大きな図を書くことができる。結果的に、正確に記録できます。さらに、容量は無限なので、「これは書くに値することか」と選別する必要がありません。どんな実現性の低いアイデアでも、資料でも、心惹かれたものがあれば、気軽に入れていけばいいのです。つまり、ノートの「代替わり」方式は、容量や調達の難しさ、コストなどの面でもストレスのない方法だと言えます。お風呂に入ってぼーっとしているとき、突然いいアイデアがひらめいた、という経験は誰にでもあると思います。こんな例からもわかるように、自由に発想するためには、心配ごとやストレスはできるだけ少なくすることが大切なのです。たとえわずかなことでも、気がかりなことはないに越したことはありません。定期的に心機一転できて、ストレスフリーになる「代替わり」は、発想の面でもプラスになるでしょう。ノートは「長い巻物」ノートを時系列で代替わりしながら使っていく。すると、ノートに入ったあらゆる情報は、ノートを使い始めた日→今日という一つのタイムライン上にあることになります。つまり、今僕が使っている一八九冊目のノートから始まって、昨日の記録は、一昨日の記録は、さらにその前の記録は……と、さかのぼっていくと、最終的に一冊目のノートの一ページ目の最初の行に突き当たる、ということです。

その間、これまでにノートに入れたすべての情報を見ることになります。情報を参照するときも、これまでに入れたあらゆる情報は、このタイムラインをさかのぼっていくことで見つけられるわけです。このとき、それぞれの情報は、タイムライン上にそれぞれ固有の「住所」を持つことになります。この「住所」とは何でしょうか。たとえば、過去に僕が観た映画でいうと『カーズ』の感想は「四八冊目の七月二日」のページにあるし、『グラン・トリノ』の感想は「一五九冊目の一月五日」のページにある、ということ。これが情報の住所です。まったく同じ住所を持つ情報は、同日にノートに入れた情報だけ、というわけです。これをイメージしやすいように説明すると、「ノートは『長い巻物』を冊子状にして分冊したものだ」ということです。前から後ろへ、時系列で「代替わり」しながら使っていくのは、巻物に端から順番に文字を書いていくようなものです。とんでもない長さになっても、探している文字は必ず巻物をたどれば見つかります。そして、巻物の上には、ただ一つとして「同じ場所」はない。この特徴が、ノートに入れた情報を参照するときに助けになるのです。入れた情報を「索引化」して取り出すさて、「一元化」「時系列」に続く最後のルールは、ノートの中身を「索引化」して記録しておくことです。たとえば、日本史の事典に、「織田信長(1534─1582)戦国・安土桃山時代の武将。戦国動乱を終結し全国統一の前提をつくった」という記事があります。この情報の索引に当たるのが、事典の巻末の「織田信長……P123参照」という文字列です。「索引」とは、情報そのものではなく情報の手がかりです。「コーヒーの美味しい淹れ方は、〇〇さんに聞けばわかる」という具合に、情報の参照方法、情報のある場所だけを把握しておく、ということです。ノートに入れた情報を探す場合、たとえば次のようなことが、目的のページを探し出す手がかりになります。「〇〇のメモは一八五冊目の六桁ラベル『130227』のページにある」「企画のアイデアにはすべて赤字で『』マークを付けている」「出張の記録は、確かあの『黒い表紙』のノートの真ん中あたりにあったと思う」「さんから手紙をもらったのは、確か『初夏』だったから、去年か一昨年の夏のあたりにあるはずだ」このような「手がかり」によって、ノートに入れた情報は、簡単に参照することができます。僕のノートを見た人は、みんな、「ぐちゃぐちゃですね。この中から見たいものをどうやって探すのですか?」と聞きます。しかし、僕が過去のノートをめくりながら、その人と以前会って話したことや、数年前の出来事に関する質問などに素早く答えるのを実際に見ると、「すごいですね……」と目を丸くする。僕は特に記憶力がいい方でもないし、もちろんノートの中身をそのまま覚えているわけではありません。ただノートの中身についての手がかり、つまり「メタ

情報」をさまざまな形で持っているだけです。ノートに入れた情報の「索引化」には、アナログからデジタルまでいくつかやり方がありますが、詳しくは第6章で説明します。ここでは、「手がかりさえ押さえておけば、ノートに入れた情報はほぼ探し出せる」ということだけ理解しておいてください。

第2章は、あらゆる情報をノートに入れるための三つのルールについて解説しました。文章で説明したのでややこしく感じたかもしれませんが、要するに、「常に一冊のノートを手元に置き、あらゆる情報を分類せず、前から順に入れる。ごちゃまぜのノートになっても『手がかり』さえ押さえておけば、あとで取り出せる」ということです。あまりにもシンプルすぎて逆に戸惑う人が多そうなので、「おもちゃ箱」や「巻物」といったたとえ話で説明しました。さて、これで本システムのベースとなる考え方を押さえてもらったことになります。続くこの章では、よりミクロな話として、「具体的にノートをどのように使うか」という話をしていきます。ノートの書き方、資料の貼り方など、一見すると細かい話に思えるかもしれません。しかし、ここで紹介しているように使い方に凝ってみることは、スピーディーに記録したり、あとで読み返したりする上でも効果的です。また、続けるためのモチベーションを高めることにもつながります。さまざまな方式を試しながら、ノートを使い続けているうちに、自分の仕事や趣味、生活スタイルにぴったりの方法が見つかることでしょう。書き方のコツ輪郭を崩さずにハッキリ書く文字の書き方に、これといったルールはありません。これまで説明してきたように、時系列に区切って自由に書いていくだけです。ただ、きれいな文字を書く必要はありませんが、ハッキリした文字を書いておきましょう。普通の勉強用のノートと違って、数年後に読み返す可能性のあるものだからです。では、ハッキリした文字とは、どのようなものでしょうか。イメージとしては、マス目を最大限に使って原稿用紙に書いていくときのような、一定の文字の大きさです。たとえるならワープロの「等幅フォント」みたいな字ですね。この書き方をすると、文字の輪郭がハッキリするので、時間がたってからも文字を判読しやすくなります。小さな字で「個」と書いたとき、「口」の中は込み入っていてよくわかりません。それでも、「」という輪郭さえわかれば、人間の目は「個」と読める。汚くてもいいから、輪郭の崩れていない文字を書いておくようにしましょう。略記は「ローマ字母音抜き」で速記にはいろいろなやり方がありますが、もっともシンプルで応用のきく略記法をここで紹介しておきましょう。名付けて「ローマ字母音抜き法」です。「ドラゴンクエスト」を「DQ」と書いたり、慶應義塾大学とメモしたいときに「KO大」と書いたりするのと同じようなものです。この方式で略すと、東京は「TK」に、秋葉原は「AHB」になります。記号化のルールは、次の通り、極めてシンプルなものです。

・ローマ字化する(横浜→YOKO・HAMA)・漢字に対応する頭文字だけを残す(YOKO・HAMA→YH)たとえば「飯田橋」は「IDB」、「赤坂見附」は「ASMT」、「両国国技館」は「RGKGK」と略記できます。ただ、パッと見てわかるのは四文字くらいまででしょう。おすすめしたいのは、よく書くことになる地名を、日ごろからこの方式で略記しておくことです。毎日のように使っていれば、「これは何の略だったっけ?」と迷うことはありません。ただし、この略記法が向かない言葉もあります。新潟を「NG」と表記すると、テレビや映画でいうNG(NoGood)みたいで混乱するし、奥野を「ON」、藤井を「FI」と書くのは、「オン?」「ふぃ?」となるのでやめておいた方がいいでしょう。なんでも無理やりにこの方式で略記するのではなく、自分の仕事や生活でよく使う言葉だけ「ローマ字母音抜き」をベースに表記するようにします。たとえば「新大阪」は、普通にローマ字母音抜きにすれば「SOS」です。でも、これだと救難信号みたいなので、僕は「NEW大阪」の略で「NOS」と表記しています。この略記を使うと、画数の多い用語の飛び交う取材や会議の議事録をメモしたりするとき、作業が大幅に楽になります。また万が一、何の略か忘れてしまったときも、ローマ字から推測して思い出すことができます。よくメモすることは記号化略記に加えて、打ち合わせの記録や読書の記録など、よく書くことは記号を使って簡単に書き留めることができるようにしておきましょう。たとえば、次のようなことを記号で表記しておくようにすると、書く手間を省くことができます。読書…読んだ本のタイトル、感想、抜き書きなど映画…観た映画のタイトル、感想、印象的な台詞などテレビ…観たテレビ番組のタイトル、感想などミーティング…打ち合わせ、会議などでのメモ企画…仕事でやってみたい企画、調べたらおもしろそうなこと、イケそうな案などネタ…人に言いたい話、ネットに書きたい話、どこかに使いたいフレーズなどアイデア…やりたいこと、改良・改造案、妄想したこと飲食…食べたもの、飲んだものこのように記号を決めておくと、電車を降りる五分前やコーヒーブレイク、踏切待ちの間など、ちょっとした空き時間で自分の考えをまとめておくことができます。

たとえば、次のように記号を使って「テレビメモ」「読書メモ」「映画メモ」を書いてみる。すると、どこが、なぜおもしろかったのか、そのおもしろさを他の人にどう伝えればいいかということを考えるきっかけになります。世界のドキュメンタリー/電球をめぐる陰謀実は電球に寿命はない。寿命はカルテルで「設定」されているという話。家電製品にも故障タイマーがあるのかもしれない。本当に企業は寿命を設定しないと商売にならないのだろうか?だとすると意外と現代人は技術の恩恵を受けていないのかもしれない。また、記号は目印になるので、次のような企画のメモも、雑多なノートの中でも目的のメモをすぐに見つけることができます。受賞の社会史ノーベル賞はなぜ国民的祝賀行事になったのか?近代オリンピックのようになったのはいつからか?芥川賞の「電話待ちエピソード」はいつから始まったか?記述に「自作記号」を取り入れるメリットは、速く書けることだけはありません。書いている内容を他の人に盗み見された場合も安心です。もしノートの中を人に見られても、記号が多用されていると、何についてのメモなのかよくわからないからです。プライベートの記録もどんどん残す本書で紹介するノートの使い方で、「〇〇を書いてはいけない」といった決まりごとはありません。スペースに限りはないので、仕事の備忘録や会議の議事録だけでなく、落書きでも妄想でも、どんどん書いてみてください。特におすすめしたいのが、本を読んだり休日のお出かけなどの記録を書いておくことです。ノートは、仕事中でなくても常に手元に置いておき、休日も携帯します。せっかく持ち歩いているのだから、何も使わないのはもったいないでしょう。たとえば次のように、読んだ本や観た映画などの感想、旅行や散歩で感じたことなども、すべて同じノートに書いておきます。[130710]アウトサイダー/コリン・ウィルソン/中公文庫「盲人の国では片眼の人間が王である」。名言。こんなふうに考えるのがアウトサイダー。社会に入れないが故に選ばれている。選民思想。メールボックスの自動分類に「大学関係者」を追加しておく。[130710]ランチは重すぎた。夜は軽くしたい。魚にしよう。パーソナルスペースで働き、食事や会議でだけ同僚に会うオフィスというのは?このように、読書メモや食事内容のメモを書くついでに「そのときに思いついたことを書いておく」という癖がついてきます。

この場合は電車で本を読んでメモを書いたときやオフィスビルの食堂でランチを食べたときに頭に浮かんだことをそのまま書いたのでした。この例のように、プライベートの場面でも気軽に使っていくことで、仕事につながるアイデアや発見もすぐに書き付けられる構えができてくるわけです。さらに、参照の面でもいい効果があります。ノートには、仕事に関係することと、無関係なことがごちゃまぜに入っています。その結果、たとえば、以前に書いた議事録のメモを参照するとき、数週間前に読んだ小説の感想や、観光地で食べた料理のことが自然と目に入ったりすることがあります。すると、「あの北海道出張をしたのは、家族で水族館に行った次の日だった。朝が早くて大変だったなあ」「今、行き詰まっている例の企画を思いついたきっかけは、この本だった。もう一度読み返してみよう」「あの会食では、東京から来た〇〇さんと大阪でふぐを食べながら、『夏の参院選の結果はどうなるか』という話をしたっけ」という具合に、一つひとつの記録の「連なり」が意味を持つようになります。僕たちの実際の生活は、仕事や読書など、「そのことばかり」をしているわけではありません。日々の生活の中に、仕事があり、雑談があり、読書があり、考えごとがあり、とモザイク状に散らばっているわけです。だから、時系列でごちゃまぜになっている方が、そのときの意識や考えがリアルに記録されることになり、ノートを見返すことで頭の中が整理されていくのです。自分を取材する「ねぎま式メモ」ノートに書くことには、ほとんどの場合、決まった形式はありません。ただ思い浮かぶままに文章を綴っていくこともあれば、その日の自分の行動などを箇条書きにすることもあります。ただし、会議に参加したり、講義や講演を聴いたり、研修を受けたり、施設を見学したりと、何かを「取材」したときは、いつも決まった型を使って記録しておくことにしています。その方式を、僕は「ねぎま式メモ」と名付けました。やり方は次の通りです。自分以外の人の発言、観察して気づいたことなど「外から入ってきた情報」を「〇」を付けて箇条書きで書くそれに対する感想、自分の声などを「☆」を付けて書く、を繰り返す焼き鳥に「ねぎま焼き」というのがあります。鶏肉と長ネギが交互に刺さった串のことです。「〇」「☆」が交互に出てくるところが似ているとことから「ねぎま式メモ」と呼んでいます。箇条書きの一つひとつは、シンプルに単文で書きます。たとえばこんな具合です。[130609]講義「マーケティングの基本」〇参加者は五〇人くらい?ビジネスマン多い

☆「いい商品なのに売れない」という悩みはどの業界にもあるなあ〇テーマは「消費者インサイトをつかむには?」☆インサイトって何?英語辞書で引いてみよう〇ある売店でミルクシェイクが売れた理由は「運転中に口寂しかった」からだと発覚☆これは意外だ!世間には考えもつかないニーズがあるのだ〇日本語は意思疎通が簡単なので(空気を読む)、インサイトがわかりにくい☆日本でうまくいった事例はあるのか?〇消費者調査では潜在的テーマがわからない。インサイトは観察して考えるしかない☆なんでも仮説を立てて考える癖を持ちたいこれは実際に僕がマーケティングの専門家の講義を聞きにいったときに書いた「ねぎま式メモ」です。「〇」は、周囲を見てわかった事実や講師の発言。つまりは「客観」です。対する「☆」は、僕の頭に浮かんだ声。つまり「主観」です。出席レポートなどにまとめる場合は「〇」を中心に、感想や質問を書いたり、自分の意見を提出する場合は「☆」を中心にまとめればいいことになります。新聞記者をしていたころは、シンポジウムなどをこの「ねぎま式メモ」で取材し、「〇」は記事に、「☆」は出席者への質問やコラムのネタ、取材テーマに、という使い方をよくしました。セミナーなどに参加した場合、この例でいう客観、つまり「〇」の部分は誰でも少しはメモを書くでしょう。ところが、多くの人は「☆」に当たる「主観」を記録しません。これは非常にもったいないと思います。「主観」と「客観」をセットにしておくことで、互いに「背景」の役割を果たし一つひとつの情報がより立体的になるからです。さまざまなメリットがあるこの「ねぎま式メモ」ですが、一番重要なことは、「自分の声」を記録するということにあります。何かを取材するとき、大切なのは自分が感じたことや考えたことといった「主観」です。人の発言や会場の様子は、あとで他の人から聞くことができますが、「自分の声」だけは、誰にも教えてもらうことができません。知的生産の核になるのは、自分が感銘を受けたこと、問題意識を持ったことといった「主観」だけです。他人から一方的に聞かされたことは、ただの知識にしかなりません。「自分の声」を書き残しておくことは、自分を取材することでもあります。いわば「自分の考えはおもしろい」「自分の発想は価値がある」と認めること。これこそが知的生産に必要な態度なのです。日常でのふとした疑問から「発見」するノートは、仕事中だけでなく、家の中で使ってこそ生きるものです。たとえば、僕は家の中でテレビを見るときにも、雑誌を読んでいるときにも常にノートを広げているか、あとで貼るメモ用紙をそばに置いています。何気なくテレビを観ていても、気になることは出てくる。ニュースに出てきた「ディエゴ・ガルシア島」の場所や概要を知りたくなったり、CMに出ているお笑いコンビの芸歴が知りたくなったり、といった素朴な疑問です。そうやってメモしておいたことは、あとで百科事典やインターネットなどで検索したりします。検索でヒットした書籍をさらにメモしておき、本屋で関連する本を探してみたりすることもあります。こういうことが、仕事に結びつくかは別にして、好奇心を殺さずに広げていくためには大切なことだと思っています。もちろん、ネット検索や辞書引きは、ときに時間の無駄ではあります。しかし、「これは自分の仕事に関係ない」「この人は自分には関係ない」「よその国の話だから関係ない」という具合に切り捨てていると、世界はまったく広がりません。これも一種の「取材」だと考えましょう。何かを体験したり関係者の話を聞いて、何か一つでもおもしろいこと、新聞でいえば見出しになるようなことを見つけるわけです。当たり前のことの中から、おもしろいものを発見する。これがアイデアの原点だと思います。だから「仕事に使えるか使えないか」など気にせず、感情の針がぴくりと動いたらとりあえず書いておくべきでしょう。一見、無関係のものが、意外と仕事につながったりすることも多いのです。ありふれたものの中から発見する。そんな「目」をつくることが肝心です。海外旅行に行ったら、誰でも普通の町並みを食い入るように見るはずです。「こういうところが日本と違う」とか、必ず感想が出てくるでしょう。しかし、それは地元では当たり前の光景で、住民は特に意識していない。観光地に住んでいる人は、地元を観光したりしません。同様に、あなたがつまらないと思う光景は、他の誰かにとっては興味深いものかもしれません。通勤電車も、集合住宅も、夕食のメニューも。家の中でも発見の機会はあります。テレビに限らず、家族との会話、窓から見える風景、隣の家の物音といったものを「当たり前」と切り捨てず、興味を感じ続けることが大切です。使用ペースがわかる「区切り線」を工夫するメモの切れ目を示す「区切り線」も、一工夫することでもっとノートが見やすくなります。たとえば、朝起きてはじめにノートに書くとき、つまり日付をまたいだときは、次の写真のような変則の区切り線「──×──×──」を使うことにしています。

僕の場合、朝起きたときに書くことは、たいてい昨日の夕食と睡眠時間などの記録です。だから、前日の最後に書いたメモの下に区切り線を引いて「×」を付けるか、線をすでに引いてあるときはその上に「×」を加筆します。つまり、[130713]「ゼロ・ダーク・サーティ」テロ場面がリアルでめちゃくちゃ怖い。一方でリアルにすればいいというものでもないという気もする。怪物と戦う者は怪物にならないように気をつけろ、ということか。[130713]さまざまな座り方、姿勢が取れるデスク。何時間も座りっぱなしでも腰や肘の同じ箇所に負担をかけないよう、頻繁に体位を変える。──×──×──×──×──×──×──×──×[130714]昨日はサワラ・もずく・枝豆/sleep21:00〜4:00夏は涼しい朝型生活がいい。冬は寒いので日の出まで起きない方がいい。季節でスタイルは変えるべき。このように区切り線を工夫しておくと、並列的に見えがちな情報が、一日のどのあたりに収録されたものか、だいたいわかるようになります。さらに、これによって当時の時間感覚を直感的につかむことができるのもなかなか便利です。仮に、見開きの中にこの「──×──」の区切り線が二本あれば、足かけ三日間でこのページを使っていることがわかる、といった具合です。これで、どのくらい時間をかけて考えたことか、ということが日付ラベルを見て数えなくても、パラパラめくるだけでだいたいわかります。たった一言のアイデアメモでも、どういう状況で、何を解決しようとして思いついたのか、ということがわかるのです。タイトルを付けて探しやすくする前項に挙げたノートの中のように、日付ラベルの横にタイトルを書いておく。これも、パッと見て何が書いてあるのかわかるようにするための工夫です。仕事の心がけを書いておいたり、チームの仲間に紹介したい記事を貼り付けたりしたときには、「プレゼンの心得だな」「販促ミーティングのネタになる」とわかっているので、メモや貼り付けのタイミングでそのようなタイトルを書き込んでおけばいいでしょう。同じテーマのメモだけをまとめて読み返したい場合は、「プレゼン術」「販促M」などと、特定のタイトルを決めておくと、あとで見つけやすくて便利です。しかし、人間の思考というのは常にはっきりした輪郭を持っているとは限らないので、必ず「タイトル」の付かないものも出てきます。そういうものはどうすればいいのでしょうか。一つは、迷ったら空けておくことです。日付ラベルの横は空白のままにしておき、読み返したタイミングで、しかるべきタイトルを付ける。企画に関係があると思ったら「企画」と書いておく。僕の過去のノートを読み返したら、半分近くのメモにはタイトルが付いていませんでした。どうやら、思いつきを一秒でも早くメモするために、タイトルを後回しにし、そのままになったらしい。しかし、仕事に使えそうなメモや資料は蛍光ペンで囲うなど、読み返したタイミングで目立たせるような工夫はしてありました。目立たせる意味で、タイトルの代わりになっています。もう一つ、よくわからないメモにタイトルを付けるときに便利な方法は、「主語」や「目的語」をタイトルにすることです。雑誌の記事で、冒頭の文字が

大きくなっているようなものです。前の項で紹介した僕のメモでいうと「昨日は」というタイトルですね。目的語なら「〇〇について」に当たるもの、たとえば「キャリア教育」や「中東の民主化」といったことを書いておくといいでしょう。タイトルは、付けておいた方が探しやすくて便利なものの、絶対に必要というわけではありません。タイトルに迷ってしまうくらいなら、いっそ空けておいて、メモを優先するようにしましょう。加筆できるように行間を一行空けるこれも好みによるものの、基本的には一行空きで書いていくことをおすすめします。理由は単純です。まず、書きやすく読みやすいこと。そして、加筆できることです。字が詰まっているより行間がある方が読みやすい。これは説明不要でしょう。では、もう一つの「加筆」とは何でしょうか。メモを読み返していて、言葉足らずなことがあれば、行間を使って言葉を挿入したり、コメントを書き入れることができるという意味です。忙しいときや複雑すぎて考えをまとめきれないときなど、その場で思い浮かぶ言葉で書かれたメモには、読み返したとき何を言っているのかよくわからないものがあります。例を挙げれば、[130715]セミナーは芸能の一種になっていないか。エンターテインメント、見せ物に。「その場の楽しさ」と「その場の役立ち感」というメモがあるとします。これは急に思ったことを書いたメモですが、かゆいところに手が届かないというか、おおざっぱすぎる。読み返したときにこんなメモを見つけたら、行の空白を利用して、意味がわかるように加筆しておきます。たとえば次のような具合です。[130715]ビジネスセミナーについてセミナーは芸能の一種になっていないか。最近多いビジネス系の、授業というより興業エンターテインメント、見せ物に。本当は効力を問われるべきなのに「その場の楽しさ」と「その場の役立ち感」〝場〟を求めるファンの存在で成り立っているのでは?このように加筆しておけば、それなりに深く考えてまとめた発想メモとして残しておけます。これくらいディテールを書き加えておくと、何カ月たっても「何のことかわからない」ということはないでしょう。ペンの使い分けは「シチュエーション別」で手帳テクニックの本には、よく「ペンの色分け」について、「最重要なことは赤で、そこそこ重要なことは青で書く」といったことが書かれています。しかし、僕は明確な色分けをやっていません。理由は、分類、整理をしないのと同じで、気楽に続けるためにルールは増やしたくないからです。三六五日、同じようなペンを持ち歩く必要があるのも、少しうんざりします。書くときの面倒くささを飼い馴らすためにも、もっといろんなペンを使いたい。というわけで、自然と落ち着いた方法が、まず「ペンを場所に帰属させる」という方法です。たとえば、デスクにいるときは万年筆や鉛筆を使い、外出や出張のときは、主に油性のボールペンを使うことにしています。もっとカジュアルな外出のときは、サインペンなどの派手な色のペンをポケットに差して出かけます。こうしておくと、ノートに書かれたメモが、どこで書かれたのか、どんなシチュエーションで書かれたものか、あとで見たときにパッとわかるようになります。手書きや貼りものは、当時の空気が残りますが、さらに筆記具を使い分けることで、より情報量が増えるわけです。

たとえば、先ほど説明した加筆箇所も、サインペンで書かれたものであれば、休日に加筆されたものだとわかる。また、休日にサインペンを持って行くときは、五種類ほどある気に入った色の中から、その日の好みの色を持っていくことにしています。これで、ノートを取り出して、何か書いたり、貼ってある記事に線を引いたりするのが、ほんの少し楽しみになる。色の使い分けは規則にするのではなく、楽しみにする方がいいと思っています。気分を変える「超一等地」の使い方ノートの最初のページと最後のページは、何も書かないで残しておきます。つまり、一ページ目は飛ばして二ページから、見開き単位で使っていくわけです。こうしてノートを使い切ると、最初と最後にまっさらなページが残ります。ここは、ページをパラパラめくらなくても一瞬で開くことができる「超一等地」なので、普通のメモや資料を入れておくのはもったいない。超一等地ならではの使い方を考えましょう(つまり、ここだけ時系列の例外です)。僕の場合、この場所を「リゾート」と呼んで、非常に気分のよくなる「とっておきのもの」が出てきたときに貼っておくことにしています。たとえば、子供の写真や絵をはじめ、いただいた礼状やファンレター、『ナショナル・ジオグラフィック』に載っていた美しい動物の写真、行きたかった土地での記念スタンプ(スタンプの場合はその場で押す)……といった具合です。

この「リゾート」をつくっておくことのメリットは、ノートの心象がよくなることです。ノートの中には、悩み苦しんでいるときのメモもあるし、新聞などの記事は、どちらかと言えば暗かったり、小難しかったりする話が多い。こういった情報でノートが満タンになると、重苦しい感じがしてきます。また、企画を考えたり、文章の構想を練るのも楽ではないので、読み返してみようとするとき、正直、気が滅入ることがあります。そんなときでも、ノートの一ページ目をめくると、子供と遊んだときの写真が出てくる。こういうのが精神衛生上、非常にいいのです。嫌な気持ちを大幅に和らげてくれます。「楽しいことをしている」と脳に錯覚させることができるのかもしれません。リゾートとして使わない場合、この空白のページは、第6章で説明しているように索引をつくったりするのにも使えます。背表紙と小口に通し番号を書くさて、最後まで使い切ったノートは、本棚に保管しておきます。僕の場合、使用済みノートは二〇〇冊近くと非常に多いので、ここ二、三年のノートだけを本棚に並べてあります。本棚に並んだ大量のノートを見ると、「これだけの期間を生きてきたんだなあ……」という不思議な充実感があります。「三年働いた」「一〇〇〇時間勉強した」という数字を見る場合とは少し違います。ノートの束という「目に見える量」として迫ってくるのです。この本棚は、自分のデータベースであり、「自分大事典」なので、通し番号に沿って並べておく必要があります。すでに表紙に通し番号を書いておくことは紹介しましたが、本棚に並べる場合は、背表紙にも通し番号を書いておきましょう。背表紙は、番号を書いたシールを貼ったり、メンディングテープで紙を貼っておいたりします。しかしこれも何年もたつと劣化してくるので、「小口」にも番号を書いておきましょう。小口とは本やノートの裁断面のことです。上下横があります。

背表紙に加えて、上と下の小口にも通し番号を書いておくと、どの角度からでもノートの番号が確認できるので、机の上でぐちゃぐちゃになっても混乱しません。小口に番号を書くペンは、油性マジックや「付録」で紹介している「ポスカ」など、インクがドバドバ出るものがおすすめです。貼るコツ「とりあえず貼る」だけでも行動と状況がわかる書類などの資料は「迷ったら貼る」が原則です。本書のノート方式は、「代替わり」のおかげで容量は無限ですから、多少、不必要な資料を貼り付けてしまってもまったく問題ありません。むしろ「貼るか貼らないか」と悩んでいる時間がもったいない。あまり考えず、パッとその場で貼ってしまいましょう。

たとえば、ランチを食べたお店のショップカード、お土産にもらったお菓子に入っていた説明書き、弁当の値札シールなど、日常生活で手に入るものは、片っ端から貼ってみる。こうすることで、あとで読み返したとき、その日の行動や状況がよくわかります。また、アイデアメモの前後に貼ってあれば、メモを書いたときの状況もよくわかります。さらに、「なんとなく気になるから、一応取っておこう」とノートに貼ったものがあとで役立つということは、これまでに何度か経験しています。このあたりの日常の記録については第4章で詳しく触れますが、将来どの情報が必要になるかなんて、実際、ほとんどわからないのです。難しく考えず「迷ったら貼る」を心がけましょう。書くのは面倒という人ほど、「紙もの」を片っ端から貼ることを試してみてください。日常生活で触れるあらゆる紙ものは「資料」と考えるようにしましょう。レシートやチラシ、ショップカード、パンフレットなども「資料」と考えます。仕事中、おもしろい本がありそうなブックカフェを見つけたら、メモの代わりにショップカードをもらっておく。こうすれば、「〇〇駅前にあるというお店で本を探す」と書く手間が省けるし、メモしようと思ったまま忘れてしまうこともありません。もらったショップカードは、家か会社に戻った段階で、糊でノートに貼り付け、「行った」と書いておけばいい。たったこれだけのことで、店の名前も地図も定休日もノートに記録できるのです。糊で貼るのは面倒くさそうに感じるかもしれませんが、やってみれば意外におもしろいものです。書くとか入力するのとは違う、「工作」的な手の動かし方がいい刺激になります。記念品で会話の内容を残す他にも、給与明細やATMから出てくる取引明細、同僚からもらった伝言メモ、行事ごとの式次第なども、さっさと貼ってしまいます。あとで見たときに、生活ぶりや仕事ぶりがうかがえると、自分が考えてきたことの軌跡がわかるからです。さらに、喫茶店やレストランで人に会ったときも、使い捨てコースターや箸袋をポケットに入れて持って帰ります。こういった「記念品」をノートに貼る。そのことで、・どんな趣旨の会だったのか・どんな人が来ていたのか・どんな話をしたのか・どんな場所だったかといったことが、生々しい印象とともに残せます。たとえば、ある人と喫茶店や居酒屋で雑談をしたとしましょう。もし「興味深い話だなあ」「参考になるから書き残しておきたい」と思ったとしても、取材でもない限り、メモを取りまくることはなかなかできません。また、一人になってから、話を思い出してメモにまとめるのも手間がかかりすぎます。ところが、ノートにコースターや箸袋、お店の名刺などの記念品を貼っておくとどうでしょうか。「あの人おすすめの郷土料理の店で鮒寿司を食べながら、文章の書き方について、こういう話をした」という具合に、ディテールとともに会話内容が残せます。あとは、同席した人の名前とともに、書き残しておきたいことだけを二、三個、メモしておけばいい。これで、話した記憶があいまいになることは、ほぼありません。

人から教えてもらったことや発言を文章にしたり、企画のネタにしたりするのは、なかなか勇気が要ります。記憶違いのリスクがあるからです。しかし、この記念品を貼る方法で記録しておくと、得た情報はただの印象ではありません。どこで誰にどんな文脈で聞いた言葉なのか、しっかりと把握しているので、自信を持って使うことができます。A4資料をそのまま貼るビジネスで一番よく使うA4の書類。この収録方法についても説明しておきましょう。A5ノートに貼る場合は、A5はA4を二等分したサイズなので、縦長の資料の上か下を一センチほどカットして二つ折りにすれば、はみ出さずに貼ることができます。ただ、この方法だと、開かないと中身が見えないし、いちいちハサミで切るのも面倒なので、次のように「変形三つ折り」で貼ることにしています。二つ折りにするとき、二、三センチほどずらしておく用紙の長くなった方を折り目にそろえて折り返す折り返した部分が手前に見えるようにノートに貼り付けるこれだと、ノートをめくるだけで、貼った資料の上から四分の一くらいが目に入ってきます。これでA4資料をそのまま残しておくことができます。

健康診断の結果、給与明細、社内連絡、自分でつくった企画書など、ペラ一枚の資料はこのようなかたちで永久保存しておきます。なお、パワーポイントで作成した配布資料などは、そのまま貼るより、重要だと感じた部分だけを切り抜いて貼る方がいいでしょう。何枚も貼るとほとんど見返しませんが、重要な部分だけ貼れば自然と繰り返し目にするようになるからです。記事は「くだり」だけを貼る知的生産の素材として、新聞や雑誌の記事はフル活用したいところです。紙媒体は、切り抜くためのものなのです。ただし、記事を切り抜くのはやや頭を使います。普通に切り抜くと、A4より大きいサイズになってしまう記事もよくある。では、こうした大きい記事はどう貼ればいいのでしょうか?縮小コピーしたり、折って貼ったりする手もありますが、読み返すときにストレスを感じて、実際はほとんど目にする機会がなくなってしまいます。読み返しの気楽さと活用度で考えれば、「記事の中のいいところだけ切り抜いて貼る」というのがベストでしょう。たとえば、記事の第一段落、つまり「リード」と呼ばれる部分だけをスクラップする。解説記事やコラム前半の現状説明だけ、雑誌の特集のある段落だけを切り抜くという具合です。

最初から最後まで完全に取っておきたいという記事(週に一、二個くらいはあります)以外は、僕はすべてこの方法でノートにスクラップしています。これなら折りたたまなくても貼ることができるし、読み返すときも楽ですね。また、記事を貼ったときは、日付六桁ラベルとともに出典もメモしておきます。・20130711YM(=読売新聞・朝刊)・20130712AE(=朝日新聞・夕刊)などと印を付けておくのがベストですが、紙面欄外の「〇〇新聞月日×曜日」が入るかたちで切り抜けば、出典メモは要りません。考えごとの参考やヒントにするくらいなら、これで十分です。もし、説明資料や原稿に引用したりするときには、図書館に行って、全文を確認しておくといいでしょう。貼った記事が頭に入るマーキングこのように記事の一部だけを切り抜くのは、おもしろいスクラップだけでノートをいっぱいにするためです。もし、記事を全文切り抜いたら、最後の段落のおもしろい部分に当たるまで、最初から記事を読まないといけません。これでは、読み返しなどやらなくなってしまいます。しかし、記事のベスト部分だけを切り抜いていると、ノートは映画の予告編のような、ワクワクするものだけがたまっていくことになります。では、これをどう活用すればいいのでしょうか?まず、貼ってから数日のうちに読み返します。そのとき、ペンでおもしろいと思えるところに次のように線を引いておきます。・──(実線)……興味深い、客観的に重要・〜〜(波線)……非常に興味深い、主観的に重要、名文、名台詞・〇囲い……重要で覚えておきたい固有名詞(人名、地名、法律名、商品名など)、キーワード、キーになる数字などこのように普通のボールペンや鉛筆でもできるやり方を決めておくと、蛍光マーカーなどのペンを選ばずに済むので長続きします。さらに、何か感想を持ったらそれも余白に書いておきましょう。

これを、二、三回繰り返すと、記事の中身はすっかり頭の中に入ります。それも当然で、初見切り貼りマーキングと最低三回は熟読することになるからです。記事を完全に頭に入れておくと、活用度も上がります。企画書や原稿を書いているときにも、「そうだ、ここにあの記事が使える」という具合に、自然に思い出せるようになる。「スクラップを読み返す」というと面倒くさそうですが、それは余計な部分が入った記事を切り抜いているからです。おもしろい部分だけを集めるようにすれば、読み返しは、義務感なしに続けられる密かな愉しみになります。新聞からは「基礎データ」を集める新聞や雑誌から切り抜くおすすめのものに、地図・年表・グラフ・表・用語説明といった「基礎データ」があります。これらはニュースの添え物にすぎませんが、小さなスペースに情報が凝縮されているので、何度読んでも発見があります。

ちなみに今、僕の使用中のノートをめくってみると次のような基礎データが貼られていました。・地図「奈良県、飛鳥・橿原エリアの史跡」・グラフ「世界のGDP成長率と若者の失業率」・用語説明「朝鮮戦争」・年表「朝鮮戦争から現在まで、北朝鮮を巡る動き」・チャート「原子力発電所の廃炉工程フロー」・折れ線グラフ「参院選の投票率の推移(一九八〇〜二〇一〇年)」・円グラフ「男女別・育児休暇の取得率」・表「参院選・政党の主張一覧」つまり、新聞にあった「朝鮮戦争の休戦から六〇周年・平壌で祝賀パレード」の記事は捨てて、用語説明と年表だけ切り抜いているわけです。こうした年表を見ていると、「国連加盟は南北同時で一九九一年のことなのか。意外と遅いんだなあ。冷戦が終わったことと関係があるのかな。当時の日本の首相は……」といったことを考えたりする。頭の中にある現代史の理解が少し補強されます。時事的なニュースはテレビやインターネットからでも入ってきますが、このような基礎知識は自分で能動的に読まない限り、勝手に入ってくるということはありません。歴史や地理、自然科学、現代史、法律、社会統計などの基本的な知識は、言うまでもなく知的生産の基礎として大切なものです。日曜の新聞からは「まとめ」と「書評」を切る特に、日曜の新聞は切り抜きに最適です。なぜかというと、まず「まとめ記事」が多く、「書評」が載っているからです。「まとめ記事」とは、「昨日未明、東名高速で事故がありました」といったストレートニュースと反対のもの。つまり「ここ一年、こういう事故が増えています」といった統計ものや「〇〇新聞の調査でこういう傾向がわかった」といった調査ものなどです。土日は官公庁と企業が休みなので、日曜と月曜の朝刊はこういったまとめ記事が多いのです。当然、グラフや年表などの基礎データも多くなるので、いくつも切り抜いて、じっくり読むことにしています。もう一つ、日曜の新聞がスクラップに向いている理由は、書評が載っているからです。新聞書評の特徴として、雑誌の書評と違って、学術書が取り上げられることがあります。たとえば六〇〇〇円くらいする経済学の本などです。そんな高価で難解な本を取り上げるな、という声もあるようですが、個人的にはうれしい。なぜなら、書評の前半は、たいていその本の要約と背景説明になっているからです。書評の前半部分を読むだけで、その難解な本のポイントが「わかる」。だから、長い記事のときは、前半だけ切り抜きます。書評を読むだけで終わらせてもいいし、その本を買って読んでもいい。読むときも書評を読んでからの方が理解しやすくなります。もちろん、きちんと理解するには本を読むべきですが、学術書をじっくり読んだりする時間のない人にとっては、アカデミックな情報を頭に入れる貴重な機会になるはずです。

読書記録は帯と補充カードで補完感想などの読書記録も「貼る」ことで補強するのがおすすめです。たとえば、自宅にコピー機があれば、読んだ本の一番いいところだけをコピーして貼っておくのもいいでしょう。何枚も貼ると冗長になるので、一枚に絞るのがコツです。「どのページをコピーするか」と真剣に考えることで、本の理解が深まり頭に入ります。もっと楽な方法としては、本の帯や補充カード(書店のレジで上から引き抜かれる、しおり状の紙。ネット書店で買うとよく付いたままで届く)を使います。本の帯は、売り文句だけでなくその本の目次構成やピカイチの名言(だと編集者が判断した文章)が載っていることが多いので、適当な大きさに切って貼っておくことで、「こういう本を読んだなあ」と思い出すことにつながります。その本を再読したり、類書を読んだり、そのテーマについて考えを巡らせたりするきっかけにもなるし、「この本が今の仕事に使える」と発見することもあります。つまり、本棚を眺めるのに似た効果があるのです。もし本を手放したとしても、ノートに本の帯があることで、その本を読んだ体験は、目に見えるかたちで残る。そのことによって、記憶も補強されるのです。こんな理由で、僕は帯をノートに貼ってしまうことにしています。帯を本に付けたままにしておきたい人は、補充カードを貼っておくといいでしょう。

写真で記録を補強する写真も素材としてストックしておきましょう。本書のやり方なら大量の写真をメモや資料とともに知的生産の素材として残しておくことができます。もらった写真や自分でプリントした写真は、そのままノートに貼っておけばいいからです。一般的にサービス版と呼ばれているL版の写真は、A6より一回り小さいので、A6ノートにもA5ノートにも、切らずにそのまま貼ることができます。どこかに出かけて記念写真を撮ったときは、帰りのコンビニでプリントし、ノートに貼る。このようなことを習慣づけていれば、ノートを読み返すのはもっと楽しくなります。もっとたくさん写真を貼りたい人は、コンビニでプリントするときに、「割り付けプリント」を選ぶといいでしょう。これは、通常の写真用紙を分割して複数の写真をプリントすることができるサービスです。一つひとつの写真は小さくなるものの、一日の流れなどを、写真で表すことができて、なかなか壮観です。日付入りプリントを選べば、いつの写真なのかわからなくなることもありません。

たとえば、シンポジウムを取材したなら、会場風景や演壇でディスカッションしている写真を撮っておき、取材メモに続けて貼る。講演者の名前と顔写真をわかるように残しておく。このようにしておけば、そのときの状況がよくわかる取材記録になるでしょう。梱包テープなら何でも貼れる糊で貼るのが難しいものを、ノートに収録するのに便利な道具に「梱包テープ」があります。これを使うと、落ち葉や花、貝殻、コイン、木片などもノートに貼り付けることができます。凸凹になるので少々書きにくくなりますが、やはりモノ自体をノートに入れられるというのは大きなメリットです。「ある国の硬貨を握るとどんな感触がするのか」といったことはネット検索で見つけるのは難しい。実物をさわるしかありません。では、どんなふうに梱包テープを使うのかというと、収録したいものを次のように「真空パック」にします。切った梱包テープを粘着面を上にして広げる貼りたいものを静かに置き、気泡ができないように指で押しつけるゆっくりとテープごとノートに貼るこうすることで、紙に限らずちょっとしたモノでも、ノートに一元化して入れておくことができます。デジカメで撮ったりスキャンしたデータより、実物の方がはるかに多くを物語ることは間違いありません。メモや写真、現物を総動員して残した取材や旅の記録は、レポートや旅行記などを書くとき、最高の資料となるでしょう。

ここまで、知的生産の素材にするため、ノートに情報を入れていく方法について説明してきました。紹介してきたテクニックを使って一冊のノートにまとめていけば、必要に応じて見たい情報を参照したり、コツコツと知識を補強したり、理解を深めていったりすることができます。続く本章では、さらにノートを素材として深みのあるものにするために、「ライフログ」の技術を語ります。ライフログによって、ノートは知的生産の素材として、より「使える」ものになるからです。ライフログで「そのままの人生」を残すまずは、ライフログという言葉について説明しましょう。ライフログ(lifelog)とは、文字通り、日常や人生を記録することです。「ログ」には、航海日誌や測定記録といった意味があるので、ライフログとは、「自分という船の航海記録」だと考えればわかりやすいかもしれません。人間は、船のように遠くの土地を目指して旅をしているわけではありませんが、誰でも時間の流れの中を進んでいます。三〇歳の人は三〇年間の旅をしてきたことになるし、六〇歳の人は六〇年の歩みがある。そんな「時間の旅」の記録がライフログだと考えてください。たとえば、僕のノートには、アイデアを書いたメモや新聞の切り抜き、打ち合わせのメモといった仕事に直接関係のあるものだけでなく、・食事内容や睡眠時間のメモ・その日にした仕事の内容メモ・ランチを食べたレストランの箸袋・散歩中に撮ったスナップ写真・もらったお土産の説明書き・歩いた経路を書き込んだガイドマップなどが混在しています。こういったものが代表的なライフログです。ライフログと一般的な日記や日誌との違いは、次の三点です。スペースや量の「決まり」がない日記は毎日、朝か夜に書くもので、量も「このスペース内」とか「三行」とか、だいたい決まっています。対して、ライフログには、いつ書くか、どれだけ書くかといった決まりがありません。時間があればいつでも書くし、何ページ書いても、一言でもいい。気が向かないときは、数日間何も書かないこともありますが、「挫折」というわけではありません。感情より記録が中心日記という言葉には、心の動きを書くというか、どこか「内省的なことを書く」というニュアンスがあります。反対に、ライフログは「記録」が中心です。感じ入るところがあったときには感情を書くこともありますが、だいたいは「〇〇をした」「を食べた」といった事実の記録です。資料を貼って済ませるショップカードや弁当の値札シール、写真など、使えるものは何でも貼って、直感的な記録にします。時間をかけて練った表現で書き綴るのではなく、資料を貼って、ノートに入れたものに語らせます。書く代わりに資料を貼って済ませる理由は、「楽だから」だけではありません。いろいろ貼ってある方が多くの情報を記録できるので、知的生産のプラスになるからです。あまり難しく考えず、スナップ写真を撮るように、日常をそのまま記録してください。アナログだから「空気」が残る「手書きする」「資料を糊で貼る」というアナログの手法だと、そのときの気分や雰囲気を、そのままの形で残すことができます。たとえば、基本的に大きな字でのびのび書かれているノートの中に、ところどころ細かい字でびっしり書かれているところがあります。この字の様子を見るだけでも、「あのときはトラブル続きで気が滅入っていたなあ」と、当時の感覚がつかめる。また、クシャクシャになった展示会のチケットが貼ってあるのを見れば、「この展示会は大人気で一時間半も待った。炎天下で汗をダラダラ流しながら!」と当時の記憶がリアルによみがえってきます。このような当時の生活や気分がうかがえる記録が残っていれば、アイデアや考えたことのメモも、「どういう状況で考えついたことなのか」「何のために書いて(貼って)おいたのか」「どんな気分のときに書いたことなのか」といったことが、だいたいわかる。これは大きなメリットです。体験したことや、そのときの状況をすべて文字で書こうとするのは膨大な労力がかかります。まず続けられません。上司と飲みに行って、仕事のヒントや励ましの言葉をもらったとき、どんな状況でどんな言葉をかけられたのか、忘れないように書いておこうとすると、かなり骨が折れるでしょう。ライフログの手法を使えば、お店のショップカードをノートに貼って、印象に残った言葉を書いておくだけでいいのです。カードにお店の情報が書いてあれば、読み返したときに、「あの通りの小さなバーで、中堅になってからの勉強の大切さを教えられたなあ」といったことを思い出すことができる。つまり、アナログだからこそ、言語化されていない情報を手軽に、大量に残すことができるのです。

「ログを取ること」を決めておくでは、具体的にどのようにライフログを始めればいいのでしょうか?手書きや資料の貼り付けなら、どんなやり方でも「空気」が残るので、特に「毎晩三行書こう」などと、ルールにこだわる必要はありません。ただ「一日の記録を寝る前にまとめて書く」といったやり方だと、日記と同じで面倒に感じてしまうことが多い。だから、移動時間や休憩時間など、ちょっとした空き時間に、それまでの行動を書いたり、記憶のカギになる何かを貼っておくのがいいでしょう。おすすめの方法は、自分の生活の中で「常にログを取る行動」を決めておくことです。たとえば僕の「常にログを取る」行動には次の三つのことがあります。・睡眠時間・食べたもの・読んだ本昼間、電車に乗っているときや仕事に飽きてきたとき、とりあえずノートを開いて、これらのことをメモします。といっても文章で書くわけではなく、[130725]朝sleep22〜5納豆オムレツ・ごはん・味噌汁学問のすすめ・これから大阪駅へと、記号を使って略記します。これが基本です。一分もかかりません。同時に、昨夜観たテレビ番組の感想、朝食での家族との会話、朝起きたときの体調や気分なども、興が乗れば書いておきます。書いているうちに、昨夜の布団の中での考えごとや突然の思いつきなどが出てきたら、さらに続けて書く。この「ついでに書く」という行為が意外と大切です。ライフログを始めると、日常生活の中でたくさんの発想を得ているにもかかわらず、これまでメモせずに霧散させてきたことに気がつきます。日常を記録することの三つのメリットこんなふうに、日常の合い間にノートに記録するようになると、ノートがこれまで以上に活用できるようになります。特に、食事や睡眠など、「常にログを取ること」を決めておくことは、次のような三つのメリットがあるのです。「何を書くか」というプレッシャーがなくなる

「何かいいことを思いついたらメモしよう」と思っていると、意外と書くことは出てきません。メモに値することか、メモしないでいいかというふるい分けを無意識にしてしまうからでしょう。そこで、メモしなくてもいい食事や睡眠をただ記録していると「何を書いてもいいんだ」という気分がつくられ、気負いがなくなる。要は「書き癖」がつくわけです。結果、頭に浮かんだことを躊躇せずどんどんメモできるようになります。ついでに考えを巡らせられる単純な話ですが、行動を記録するためにノートを使うようになると、一日のうちでノートにさわる回数が増え、ついでに思いついたことなどをメモする機会も増えます。先ほど説明したように、朝に睡眠時間を書いていると、夜中に浮かんだアイデアを思い出すとか、見た夢のことを書いておきたくなるといった具合です。また、メモするときには、前日に書いたアイデアが目に入ってきたり、書き込むページを開くときに、ページをパラパラめくっていると、貼り付けた記事を再読したくなる。わずかな時間に思いを巡らせることも、積み重なるとバカにできません。たまには考えや思いをじっくり書くようになる書くことを決めておくと、そのうち「ついで書き」のようなタイミングで、じっくり書いておきたいことが出てきます。積もり積もった感情だったり、考えに考えた決意だったり、とにかく「これは書いておかなくちゃ」ということが堰を切ったように出てくる。これはアイデアや発想とは少し違いますが、問題への考えを一段深めたり、悩みを断ち切ったり、自分を見つめ直したりできるという点で大切なことです。「何かを強く思ったから書く」ということは、あまりありません。実際は、「何か書いているうちに何かを強く思う」という順なのだということがわかってきます。ライフログによって、ノートはより知的生産のための「多様な素材」が集まるようになるのです。記録すれば人生が楽しくなる体験したことをそのまま残していく。こんなことを言うと「毎日、仕事ばかりで、記録するようなおもしろいことはないよ」と言う人がいるかもしれません。そんな場合は、やった仕事の内容を箇条書きでメモしたり、買った本の帯や服の値札をノートに貼ることから始めてみてください。これだけでも、あとから見ることで、「あのときは、春からの販促キャンペーンの企画会議を何度もした。英語を身につけようと勉強法の本を読んだり、プレゼンのために赤いネクタイを買ったりした。リーマンショックの直後で、先行きがすごい不安だった」という具合に、当時の空気がよみがえってくるのがわかるはずです。長い旅をする人は、よく旅日記を書いています。書くことによって、体験が整理され、記憶に定着する。旅の体験が、より密度の濃い充実したものに感じられるからです。「旅日記」ができるのは旅に出ている人だけですが、時間の旅の記録、つまりライフログなら、誰でも今からでも始めることができます。金持ちにも貧乏人にも平等に与えられているのが時間です。ライフログは、知的生産に役立つだけでなく、人生をより楽しいものにしてくれます。集めた素材を知的生産のネタにするこうして集めたライフログとしてのプライベートの行動記録や感想は、きちんと知的生産に使うことができます。素材を成果物につなげる方法については第5章で詳しく書きますが、ここでは簡単に一例を挙げてみましょう。先日、ノートをめくっていて、次のようなメモが貼ってあるのを見つけました。電車の中で新聞を読む。北陸新幹線の年表を見る。スマホでも見られるはず。でもまず見ないだろう。これは、休日、遊びに行ったときに電車の中で書いたメモです。意味がわかるように言葉を補うと、次のようになります。電車の中で、暇だったので新聞記事にある北陸新幹線の整備計画をめぐる年表(一九六七〜二〇二五年)をじっくり読んでいた。たぶんスマートフォンでも同じものが見られるに違いないが、こんな退屈なものを読むだろうか。自分なら絶対に見ない。メモなので考えがまとまっていませんが、たまたま電車でスマートフォンではなく新聞を読んでいるとき、「よく考えてみれば、自分はなんでこんな退屈な記事を読んでるんだろう?」と思って、行動記録のついでに、なんとなくメモしておいたのでした。改めて読み返したとき、ピンときました。これは「紙かネットか」の話に使えるな、と。よく言われていることに「ニュースはネットで見ればOK」という説があります。確かに、速報はネットに出るし、スマートフォンでも快適にニュースを読むことができる。しかし、なんとなくもの足りない感じがするとずっと思っていたのですが、その理由を説明するのに、このメモの視点が使えると発見したわけです。つまり、こういうことです。紙媒体は、ネットと違って「枠」がある。その枠の中で興味を感じるものを読むので、ネットで見かけたら、まず読まないような関心の低い記事を読む機会ができる。つまり、「ネットでは読めないが、紙媒体なら読める」というものがあるはずだ。こういった発想というのは、机に向かっていてもなかなか出てくるものではありません。日常生活で「ふと思った」ときに捕まえておく必要があります。また、個人的な発見は、原稿のネタとして一番使いやすいのもいいところです。ネタ元が他人ではなく自分なので「その話、書いていいですか?」と了承を得る必要もなければ、有名なエピソードのように「もう知ってるよ」と言われる危険性もない。もちろん、このケースのように、アイデアがそのまま使えるというのはまれです。しかし、そのままは難しくても、着眼点や問題意識は、トピックを立てるのに使えたりする。たとえば、四〇〇〇字のエッセイなら五つくらい新しい発想があ

れば「書ける」という見通しが立ちます。こういった発想は、原稿の執筆にかかわらず、企画に盛り込んだり、プレゼンの小話で使ったり、人と雑談したりするときにも使える素材となります。多様な素材が「意外な組み合わせ」を生むノートにライフログを含めて一元化していくと、入っている情報のバリエーションがどんどん豊かになっていきます。はじめのうちは、仕事に関係のあることしか入っていなかったノートに、だんだん関係のないことが増えてくる。たとえば、ある日の僕のノートには、次のようなものがごっちゃに入っていました。・日曜日に古墳を見に行ったときの行動記録・自転車で散歩したときの記録とこれから行きたい場所・ミュージシャンがエッセイ本で書いていた言葉・子供が言った印象的な言葉・ウナギの養殖についての記事・「何のために仕事をするのか」考えたメモ・『ゴルゴ13』を読んで思ったこと・文化としての「巡礼」について考えたこと仕事に関係があるかといえば、どれも直接的には関係がありません。しかし、個人的な知的生産に役立つかといえば、「非常に役立つ」と言えます。さまざまな情報がごちゃまぜになっているのを見て、発想が刺激される。この感覚を文字で説明するのは難しいのですが、これらの資料やメモを見ると、毎回、違ったことを考えることができるのです。たとえば、今の気分で見れば「仕事とは何か」といった漠然としたテーマが思い浮かんんできました。「有意義な仕事って何だろうか。先祖は古墳をつくっていたわけだが」「働くことが人間の価値なら、子供や老人には価値がないのだろうか」「ゴルゴがすごいのは、他人のためではなく自己満足のために仕事をしているからでは」と、答えの出ない疑問や整理されていない気持ちが、胸に去来します。こういうことを考えてしまうのは、今の自分が仕事について複雑な感情を抱えているからかもしれません。そんな気分だからこういう情報を入れるのか、こういう情報を入れるからそんな気分になるのか。ハッキリとは言えませんが、何気ないメモや資料集めが、実は自覚していない潜在的なニーズに突き動かされての行為なのではないか、という気もしています。ただ、一つ言えるのは、このようなとっちらかったライフログによって、「思いも寄らないことを考えることができる」ということです。そうして考えた「どうでもいいこと」が、積もり積もって、企画のテーマになったり、原稿を書いているときに、思い出して書くとちょうどよかったりする。知的生産には「ひねり」がなければなりません。誰でも言っているようなことや、誰でも知っているようなことではなく、変わった見方やユニークな考え、独自の言葉が要る。そうした要素をひねり出すためには、日ごろからの〝ストレッチ〟が欠かせません。このライフログによって一時的に常識や定説を取り払って、子供のように柔軟に考える回路を身につけられるのです。そして、この〝ストレッチ〟をするときに触れる情報は、自然科学や歴史など、なるべく目に見える現代社会と縁が遠いものの方がいい。仕事に関係のある情報よりこういったものに思いを馳せる方が脳の可動領域が広がります。情報同士がどうつながって何が生まれるか。これはまったく予測がつきません。神のみぞ知る、です。だから、意外な組み合わせが起きるように、とにかく琴線に触れるものであればノートにどんどん放り込んでみるということが重要なのです。ライフログでノートの中身を多様化させておくことは、知的生産に適した「肥沃な土壌」を用意しておくという意味があります。ノートが「自分の分身」になる知的生産の土壌とするために、仕事のメモや資料だけでなく、日常生活や休日の行動記録も加えていく。すると、ノートにもっと愛着を感じられるようになります。ノートの一つひとつのページは、自分の過ごしてきた時間であり、さまざまな紙ものを貼った結果、分厚くなったノートは過ごしてきた月日そのものと言ってもいいからです。・どんな仕事をしてきたのか・どんな家庭生活を送ってきたのか・どんな本を読んできたのか・どんな場所に行ってきたのか・どんなことを考えてきたのかこういった自分のすべてがノートに入っている。もともとは何も書いていない薄いノートだったものがこうなっている。ここまで文字を書いて分厚くしたのは、自分の体験や思考に他なりません。本棚に並んだ満タンになったノートを見ていると、まるで自分の年表を見ているような気がしてきます。

三年前の今ごろ、何をしていたか。子供が生まれたとき、何を思ったか。これまでどんな生活をしてきたのか。特定の時期の記録を調べてみると、思わぬ役に立つことがあるし、表紙を見て、何が書いてあるのか気になったノートを読み返してみるのもおもしろい。おすすめしたいのは、なるべく古いノートを、目的もなくただ漠然とめくってみることです。憧れていたことや好きだったことなどを見ていると、さまざまなことを思います。「負けず嫌いなのは昔から変わってないな」「今でもまったく同じことを言ってるよ」「やっている仕事は全然違うけれど根本は同じだ」といった発見を重ねていくと、これからの人生でやりたいことや本当に好きなことが見つかる。読みたい本、勉強したい分野、発信したいことがだんだんと明らかになってきます。こういったことも広い意味での知的生産と言えるでしょう。結果より過程を評価しようさらに、ライフログは、発想だけでなくメンタル面の支えにもなります。たとえば、記録を残しておくことが、仕事のモチベーションを保つことに役立つケースは多い。よくあるのが「頑張ったのに結果が出ない」というケースです。頑張って書いた原稿が書き直しになったり、企画書が通らなかったりすると「もうやってられないな」という気分になります。しかし、そんなときは結果のことはひとまずどこかにやって、これまでの過程を見るようにします。ライフログで自分の頑張りを振り返ってみるわけです。ノートを見てみると、血がにじむほどの努力……というわけではないものの、自分なりに一応、頑張っていたことはわかります。「外はいい天気なのに、仕事部屋にこもって朝から晩までキーボードを叩いてたなあ」こんな感想も湧いてくる。では、あの労力と時間は無駄だったのか?そう考えてみると、「何かの意味はあったはずだ」という考えに行き着きます。意味とは、「書き手としての腕が上がった」とか、「机に向かい続ける忍耐力がついた」といったことでもいい。すると、自分の行いが有意義に感じられるようになります。もちろんビジネスには「結果がすべてだ」という考え方が根強いことは確かです。しかし、「結果がすべて」は行きすぎではないでしょうか?考えてみてください。まったく勉強せずに試験に落ちるケースと、必死で勉強したのに試験に落ちるケース。「試験に落ちた」という結果は同じでも、この両ケースは一八〇度違っています。仕事は、結果が出なくてもへこたれずに続けなければなりません。特に、景気が悪いときは、何をやっても結果につながりにくい。それでも仕事のモチベーションは維持しなくてはならないわけです。たとえ何連敗しても。もしライフログがなかったら、残るのは「よくない結果」と、「おぼろげな記憶」しかないかもしれません。ところが、ライフログなら、自分の頑張りや苦労を目で見てさわることができる。結果が出ないときでも、自分の心の支えになってくれるのです。

前章まで、仕事からプライベートまでメモを書き付けたり、資料を貼り付けたりといった「ノートに情報を入れる方法」の説明をしてきました。続くこの章では、情報で満タンになったノートから知的生産をする具体的な方法についてお話しします。これまで説明した通りにノートに情報を入れていると、あらゆる情報が一元化されてノートの中身はごちゃごちゃになっているはずです。・仕事用のアイデアメモや資料の切り抜き・ライフログとしての行動記録や紙もの・ついでに何気なく書いたメモや切り抜きこれらのもので、ぎっしりと埋め尽くされ、二倍くらいの厚さになっている。頭に入れておきたいと思って切り抜いた経済紙のグラフの右隣に、大事な打ち合わせのメモがあり、その下に本の帯が貼ってあったりする。これらは一見、ごちゃごちゃに見えるものの、「時系列」という面では正確です。後ろからめくっていけば、昨日、一昨日、三日前……というふうに、書いたメモや手に入れた資料、自分の行動、読んだ本などをたどっていくことができるのはすでに書いた通りです。だから、情報を参照するときには、「あの商談は先々週の週末くらいだった」といった手がかりさえあれば、すぐに記録を見つけ出すことができる。しかし、過去の記録を参照するだけならパソコンやスマートフォンの方が速くて簡単でしょう。また、半年前の会議の内容をノートで参照できるからといって、会議でいい提案ができるわけではありません。やはり、単にノートに入った情報を参照するだけでなく、ノートを仕事の成果につなげたい。本章で語るのは、そんな声に応えるための知的生産術です。「知的生産」と聞くと、難しそうな感じがしますが、構える必要はありません。これまで説明してきたように、仕事の情報、日常生活で触れる情報、ライフログなどを片っ端からノートに入れていれば、自然と新しい情報をつくり出すことにつながっていくからです。体験したことや考えたことの記録が、段階的に知的生産へとつながる。いわば、メモやスクラップと知的生産は地続きになっているのです。アイデアは「既存の要素の新しい組み合わせ」アイデアについて考えるとき、まず前提として押さえておきたいことは、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである」ということです。これはアイデア論の名著『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング/阪急コミュニケーションズ/TBSブリタニカ)のメッセージとして、よく知られています。アイデアとは、まったく新しい創造物のことではないのです。試しに、身の回りの発明を考えてみてください。自動車は車輪とエンジンを組み合わせたものです。カメラ付き携帯電話はカメラと携帯電話を組み合わせたものですね。今売れているマンガや評判の映画も、神話や聖書、過去の名作の世界設定やストーリー、キャラクターの組み合わせでできているケースは珍しくありません。このように、アイデアとは「すでに世の中にあるものを、はじめて出会わせること」です。つまり、・意外な組み合わせにする・意外な場所に転用する・意外な状況で活用するといったやり方で生まれるわけです。ただ、「意外なら何でもいい」というわけではありません。ボールペンに耳かきを付けたり、漬け物をパンで挟んだりしたところで、首をかしげざるをえません。そうではなく、「その手があったか」「これは思いのほか便利だ」「予想外に美味しい」という具合に、感動を呼ぶものでなければならない。では、どうすればそんな「意外だけどうまくいく新しい組み合わせ」が見つかるのでしょうか?アウトプットの前にインプットが必要『アイデアのつくり方』に書かれているアイデアのつくられる過程を僕なりにまとめ直すと、次の五つのステップになります。ステップ【収集】……一般知識と課題のための知識を蓄えるステップ【咀嚼】……蓄えた情報を読み込み、思い出し、考え抜くステップ【発酵】……課題から離れ、無意識下で考えるステップ【ユーレカ】……アイデアの誕生。突然「わかった!」「見つけた!」と叫ぶ

ステップ【具体化】……アイデアを成果物として形にするたとえば、情報誌の編集者として、夏休みの特集を考えるとしましょう。こんなときは、新聞やネットの記事を読んだり、取引先と雑談したりといった日ごろからの情報収集に加えて、「+α」の情報を仕入れようとするはずです。最近できた大きな商業施設を見に行って、どんなお店が流行っているかをチェックしたり、若者が集まる街で最新の流行を調べたり、といったことですね。そこで、「さあ特集として、読者にどんなことを提案しようか?」と考える。いくつかは出てくるものの、どうもパッとしません。デスクに紙を広げ、五〇個ほど箇条書きにしてみるけれど、どれもピンとこない。既視感がある。うーん、困った。どうしようか……。本棚にある雑誌のバックナンバーを見たり、友達に「何かレジャーの提案をしたいんだけど……」と電話してみたりしても、新しい発想が出てこない。しかたがないので、仕事のことを考えるのは一旦やめてみます。すると、夕食のカレーを食べて皿を洗っているとき、スプーンに当たった水がぶわっと飛び散って床を塗らした。そのとき、「そうだ!夏休みは、混雑した海より涼を求めて滝を見に行こうという企画はどうだろう?」と思いつく。アイデアがつくられる〜までの段階をストーリー仕立てにするとこんな感じでしょうか。そして、最終的に企画書を作成する作業、つまりの段階へと進むわけです。ここでポイントになるのは、大きなアイデアを出すためには、「+α」のインプットが必要だということです。「今書いている原稿の冒頭はあのニュースでいこう」こういった小さなアイデアなら、日常のインプットからでも出てくるでしょう。ところが、大きなアイデアは「アイデアを出す」という目的のもとに、「+α」のインプットをしなければいけません。言い換えれば、「取材」が要るわけです。ありふれた材料で美味しい料理を知的生産を料理にたとえるなら、インプットは食材の仕入れです。当然ながら、特別な料理をつくるなら特別な材料がなければできません。肉がなければステーキはつくれないわけです。しかし、特別な材料がなければ美味しい料理ができないということはありません。ありふれた材料でも、つくり手が腕を振るえば、美味しい料理になる。同時に、特別な材料でも、焦がしてしまったり味付けに失敗すれば食べられない。素晴らしい材料なら、ただ切って並べるだけでも美味しく食べられます。テレビの旅番組で見る漁師料理のように、材料が極上なら塩を振ってかぶりつくだけで絶品、というわけです。文章でいうと、戦争や探検などの手記や体験談は、ただそれだけでおもしろいものになります。体験したことを素材に、凝った構成に組み替えたり、あえてフィクションにつくり替えたりする必要はありません。ところが、現代ではそのような「極上の素材」はなかなかない。たとえば「ユーラシア大陸横断旅行をした」という経験は、個人としては「すごいなあ」と思うけれど、日本全体で見ると、よくある体験にすぎません。だから、たとえば海外旅行なら「自転車だけで移動した」とか「名物のワインを全部飲んだ」といった切り口が要る。それがないと、ただ「行ってきました」という話にしかなりません。知人くらいしか聞いてくれないでしょう。このように、材料で勝負しようとすると、キリがありません。さらに前人未踏の地で、さらに極限の体験をしなくてはいけなくなってきます。ほとんどの人はそんな体力もお金もありません。だから、普通の人は、特別な材料に期待するのではなく、日常で手に入るありふれた材料を美味しく調理することを考えるべきです。そのためにノートを使うのです。たとえば、僕はアメリカに行ったことがないので、「僕が出会ったアメリカの人々」や「僕のアメリカ旅行記」といった文章は、逆立ちしても書けません。しかし、新聞の国際面はよく読んでいるし、アメリカを題材にした文学や映画、コミックについては人並み以上に詳しい。そのあたりの知識と経験を組み合わせてアイデアをひねり出せば、アメリカについて書くという課題はクリアできるでしょう。一例を挙げれば、「同時多発テロから現在まで、映画の中のテロの描かれ方はどう変わったか」といった切り口が考えられます。このような「切り口」こそがアイデアなのです。ステップ素材の「収集」アウトプットはメモから始まる普通の材料で美味しい料理をつくる。そのために使えるのが、満タンになったノートです。先ほど紹介した『アイデアのつくり方』のフローでいう、「収集」「咀嚼」「発酵」までは、ノートを使うと非常にやりやすくなります。『アイデアのつくり方』では、からの段階に進めるのは、前段階を完全にやりきってからだと強調されています。「収集」を十分にせずに「咀嚼」に進むことはできない。「咀嚼」を適当にやっていては「発酵」の段階は訪れないのです。収集や咀嚼といっても、楽なものではありません。インターネットのおかげで一〇〇個や一〇〇〇個の情報はすぐに並べられるようになりました。しかし、それらを読んで理解し、自分の抱えている課題に応用できるように抽象化して頭に入れておくには、目玉と脳みそを使ってコツコツやるしかないのです。つまり、毎日、外部から情報を集めつつ、自分の思考を残していく。さらに、それらにさまざまな角度から光を当てながら観察し、考察し、他の情報との関連を探すということです。こう書くとかなり大変そうな感じがします。しかし、心配は要りません。これまでに説明してきたように、日常的にノートを使い続ければ、こういった知的生産の段階を少しずつ、たゆまずに続けることができるからです。ノートを持っていれば、どんな場所や状況でも「取材」ができます。会議中に、夏休みの計画を思いついたり、休日、読んでいたマンガに仕事のヒントがあったりした場合でも、しっかりメモや資料を収集する。その情報をしばらくしてからもう一度見たり、考え直したり、といったことが自然体でできます。

「さあ、情報収集するぞ」と本を開いたり、街に出かけていくのはいい心がけですが、本当にできるかといえば、あまり現実的ではありません。それより、日ごろ新聞や本を読んだり、街に出たときに、・発見したこと・疑問に感じたこと・気になったこと・考えたことといったことをノートにコツコツ入れていく方が、負担にならずに続けられます。ノートを持っていれば一〇〇%の情報収集ができるかといえば、それはわかりません。ただ「何を書いてもいい」という思考の受け皿になるノートが常に手元にあることで、外部情報や自分の思考の「取りこぼし」は大幅に少なくできます。つまり、日常生活をすべてネタにできる。僕はこのことを「日常の取材化」と読んでいます。どんな一言であれ、つまらない思いつきであれ、メモをしなければ成果物を得るための行程は始まりません。最初の一歩がなければ、いつまでたっても目的地に着くことはできない。メモを取ることはアウトプットにいたる最初の一歩なのです。「自分でもつまらない」を乗り越えるノートには何を書いても構いません。仕事に関係があるかなどはじめから考えず、とにかく、心に湧いたことは何でも書いておきます。この癖はライフログを続けることで身につくと前に書きました。ところが、このようなことを言っても「何を書けばいいのかわからない」という人は少なくありません。ただ僕には、こういう人の気持ちもよくわかります。実際に自分の思ったこと、想像したことを紙に書いてみると、大半はつまらないと感じるからです。「これっておもしろいな」「何かに使えそうだ」と昂揚を感じたことでも、実際にメモして文字にしてみると、すごくどうでもいいことに思えてくる。「何やってんだろ……」という冷めた気分が襲ってくる。しかし、そんな評価はぐっとこらえて、僕は淡々と機械的に書き留めることにしています。理由はいくつかあります。一つは、「どうでもいい発想」や「取るに足らない疑問」であっても、いつか本を書くときの大きなテーマになったり、何年も考え続ける問題意識に育っていったりすることがよくあるからです。もう一つは、書いた当初はつまらなく思えることでも、一〇日ほど空けて読み返してみると、「あのときこんなことを考えていたのか」というふうに、意外に思うこともしばしばあるからです。一〇年以上、この方式でノートを使ってきた経験からも、「つまらない」と思っても一応は書いておくことが必要だと断言できます。そこに書いてあることの価値を判断するのは、「現在の自分」ではなく、まったく想像できない「未来の自分」だからです。考えるから書くのではなく、書くから考えるまた、書いたときに「つまらないな」と思ってしまうのも、まんざら悪いことではありません。例としてこんなことがありました。新聞で、沖縄の米軍基地問題の記事を読んで思うことがあったので、ノートに記事を貼って、「沖縄にばかり基地を押しつけるのはひどい話だなあ」と素直に感想を書いておく。と、書いたそばから、「つ……つまらない。こういうこと言っている人、テレビでもネットでも掃いて捨てるほどいるよな……」という思いに襲われます。同時に思うのは、「では、一体どうすれば解決できるのだろうか?」ということです。「これほど万人が認める不公平が、なぜ放置されているのか?」「公平負担の観点から、もし自分の街に基地ができるとしたら、受け入れられるか?」「そもそも、いつまで他国の軍隊が日本にいるのか?一〇〇年後もいるのか?」「歴史上、極東の軍事バランスはどう保たれてきたのか?」と、どんどん疑問が湧いてくるので、それも簡単に書いておく。このように、つまらなくても書いてみることは、考えを深めていくためのきっかけになるわけです。こうした複雑な問題に、「〇〇すればすべてうまくいく」という解決策はないでしょう。しかし、「誰もが納得する答えは出ないのだから考えるのは無駄」というわけでもないと思うのです。歴史上、一人の人間の優れたアイデアが世の中を変えた例はいくらでもあります。書くことは考えることです。考えるから書くのではなく、書くから考える。そして、考えを一歩一歩進めていった先に、アイデアがあるのです。メモは自分の思考への敬意ここまで言ってきたように、「つまらないことでも書いておく」というルールを守っていると、自然と湧いてくる感情があります。「自分は、いつもすごいことを思いつくわけではないが、たまには頭が切れる。まんざら捨てたものではない」という感覚です。毎日、少しずつ書いたことを読み返してみると、ひと月に数個は、「そこそこイケるもの」があり、過去一年くらいで見れば、「われながらすごいと感じるもの」がいくつかあります。すべてのメモの中で「いい!」というものの割合は、一〇〇分の一以下かもしれません。率としては全然よくない。

しかし、つまらないことをたくさん書いておいたから、すごいことをいくつか得ることができた、と考えれば、「面倒くさがらずに書いてよかったな」と感じるのです。そうしているうちに、「つまらないことでもきちんと書いて、たくさんメモを残すことで、いつかきっとすごいことが書けるのだ」と信じることができるようになります。たとえば、実際に、次のようなメモから単行本の原稿ができました。[111010]発想「対岸の火事」だと思うのは悪いことだろうか。不幸なことしかニュースにならないのだから、いちいち共感していては身が持たない。「よそはよそ、うちはうち」という言葉。これは、東日本大震災から半年ほどたったときに、何気なく書いたメモです。直前には「スティーブ・ジョブズ死去」の記事が貼ってあります。そんな死を惜しむコメントが世の中にあふれたときに感じたことらしい。この発想は、そのままの言葉で使うことはありませんでしたが、後に『「処方せん」的読書術』(角川書店)という読書についての本を書くときのヒントになりました。このメモを読み返したときに、悲劇や不幸な事件の本を読んで、元気が出てきたり、はげまされたりすることについてうまく説明できるのではと考えたからです。このメモ自体に本の話はまったく出てきません。しかし、読み返すとき、状況によっては、抱えている仕事の思わぬ手がかりが得られたりすることがあるのです。大事なことは、発想の量を増やし、ストックすることです。写真を数枚撮っただけでは、印象通りの写りは得られない。しかし、何百枚も撮れば、中には納得できるものが出てきます。発想も写真と同じで「量が質をつくる」のです。僕は著作家なので、「まだ誰も書いていないようなことを書きたい」という気持ちが常に頭のどこかにあります。だから、毎日、考えたことや思ったことを書いているわけです。「自分はいつかすごいアイデアを出せる」と信じているから、たとえつまらないと思っても自分の思考に敬意を払って書き留めることができる。誰でも「すごいヒット商品を開発したい」「画期的なデザインを世に出してみたい」「〇〇問題の解決法を考え出したい」という思いはあると思います。そんなアイデアを出せる可能性は誰にでもあります。このことを信じてノートを持ち歩くのは非常にワクワクするものです。プライベートの記録が取材メモに化ける休日に出かけたときの「旅ノート」や「散歩ノート」も、取材記録と考えれば、知的生産のための素材になります。イベントや行楽のために遠出したときは、ぜひ一日の行動や見聞きしたもの、考えたことなどをすべて盛り込んだ「旅ノート」をつくってみてください。大切なことは、仕事に関係のありそうな場所だけでなく、関係なさそうなところでもノートをつくることです。パンフレットや写真とメモを組み合わせて、見聞きしたもの、思ったことなどがわかるように記録を残しておきます。また、興味のある講演やシンポジウムに行ったときも、同じように、仕事に関係なくても、必ず聴きながら詳細なメモを取っておきます。すると、不思議なもので、そのうち何か書いているときに、「そうだ、あのときのメモが使える」ということが出てくる。たとえば、あるテーマについて何か書こうと思って考えているときに、「あの経営者の講演で聴いた話を冒頭に持ってこよう」「だいぶ前に記念館を見に行った、あの偉人を紹介したらどうか」という具合に、プライベートで行った講演メモや旅ノートが、取材記録に化けることはよくあります。以前、イノベーションについての書評原稿を書こうとしたとき、数年前にある大学の講座でイノベーションの話を聞いたことを思い出しました。そのときのノートを開いてみると、有名なイノベーション論をわかりやすく説明したパワーポイント資料の切り抜きと、次のような講師の発言要旨と感想を書いた「ねぎま式メモ」が出てきました。〇新技術は既存技術より劣るが故に受け入れられ、普及していく☆高スペックすぎて良さがわからないという現象それを見ているうちに、さらに思い出したのが、同じ講座で、幕末から明治の企業家についての話を聞いたことです。「確か日本でイノベーションを起こした人物の話がたくさんあったな」と思ってノートを探すと、同じように講座の資料とメモが出てきました。〇財をなした企業家や老舗で経営手腕を発揮した名番頭は、他の地域からフラリとやってきた謎の人物が多い。☆自力の人材育成より、外様に任せることが大事なのか。高性能を求めるとイノベーションから遠ざかり、人材を育てようとするとスゴイ人が出てこなくなる。どちらも一般的な考え方とは逆なのがおもしろいと思ったのです。こういった考えを組み合わせて、「組織や経営を合理的にしようとするとイノベーションから遠ざかっていく」という趣旨で原稿をつくりましたこのように体験したことを素材にできると、知的生産は有利です。新聞や本に書いてあることは、それを読んだ人なら誰でも紹介できます。対して、こういった体験の記録は、経験した人にしか書けないものです。いわば、書くために現場を取材したり、人に話を聞きに行ったりした場合と同じ「オリジナルの素材」になる。読者にとっても、聞いたことのない話である可

能性が高いので、僕は積極的に使うことにしています。それにしても、なぜ過去に特に目的もなく取っておいた記録が、あとで取材メモとして活かせることがしばしば起こるのでしょうか。僕の考えは「おそらく、一人の人間が関心を持っていることというのは、互いに何かの関連があるのではないか」というものです。趣味と仕事のように、まったく関係のないもの同士であっても、一人の人間が「行きたい」「聞きたい」と思ったことという点では共通項があります。別個体に見える竹が地下茎でつながっているように、関心を掘り下げていくと、無意識下でつながっているのかもしれません。アウトプットしようとしてから取材するのではなく、アウトプットしようと思ったときに、すでに取材メモがあることに気がつく。不思議な感覚ですが、無意識な課題意識を持って取材していたのだと考えれば、納得がいきます。だから、プライベートでも、「ここに行きたいと思ったからには、自分にとって大事な何かがあるはず」と考えて、記録を取っておきましょう。ピンときたものから「良さの本質」を考えるノートに入れていくのは、自筆のメモや新聞記事の切り抜き、本のコピーといった「読める情報」とは限りません。たとえば、僕が今使っているノートには、よく動物や風景の写真が貼ってあります。貼った理由は、「美しい」「かっこいい」「好きだ」と思ったから。それだけです。好きな写真を貼っても、ノートを見たときにいい気持ちになるだけで、知的生産には何の役にも立たなさそうに思える。ところが、そうとも限らないのが、このノートを使った方法のおもしろいところです。ピンときた写真を貼ること。その最大のメリットは、「良さ」の本質を考えられる点です。たとえば人が踊っているかっこいい写真をノートに貼っておく。それから、ノートを使うタイミングで何度か見ていると、「そうか、この躍動感がいいんだな」ということに気がついたりする。そしてまたしばらく、見ているうちに、「なるほど、このやや低いところから見たアングルがダイナミックな感じを出しているのか」という具合に、漠然とした「良さ」がどんどん具体的なものとしてわかってきます。このようなことがわかってくると、自分が写真を撮るとき、「あの写真と同じように撮ってみよう」と試してみたり、建築などを見るときにも、自分でアングルを変えて観察するようになる。さらに視点や発想が広がることにつながるわけです。他にも、かっこいいなと思った広告デザインを貼っておけば、商品を魅力的に見せる方法や、キャッチコピーが与える印象などについて、じわじわ考えが深まっていくことが期待できるでしょう。このように「収集」の過程では、「これは素材になるから」と意識的に取っておきたいと思う情報だけでなく、「なんとなくいい」「なぜか気になる」というものも取っておくことが大切です。無意識が「これは使える!」と言っている可能性が高いからです。課題意識を持って発想を記録し続ける日ごろの情報収集を知的生産に活かせることはわかったと思います。ここからは、企画会議などのためにゼロからアイデアを出す場合、どのようにノートで素材集めをするかという流れを見てみましょう。仮に、一カ月後までに本の企画を提出しなければいけないとします。まず考えなければいけないことは、温めていた発想、またはずっとやりたかったアイデアはないかということです。

ところが、そう都合よく「すぐに使える」というネタが用意されていることは、なかなかありません。だから、こんなときは時間の猶予を活かして考えることになります。「〇日後に提出する企画、どうしようかな……」という思いを抱えながら生活するわけです。すると、少しずつ企画につながる発想が出てきます。たとえば、通勤電車に乗っているときに、本になりそうなアイデアを思いついたら、すぐメモに残し、あとでノートに貼っておく。[130720]発想仕事に集中する技術というのはありえるか?また、他の仕事をしているときも、家で風呂に入っているときも、頭のどこかに企画のことがあると、思いつくことがある。それも一応、書いておきます。[130723]集中する技術風呂で考えが進むのは、余計なものがないから?何もない和室にこもるのは?滝に打たれる=シャワー同時に、できるだけ幅広い情報に触れて、ヒントになりそうな新聞記事や統計、広告写真、いいデザインなどがあれば、何でもノートに貼っておく。本を読んでいてたまたま参考になる情報を得たら、メモしておく。ブレスト神話、オープンオフィス神話「みんなで揉むと考えが進む」は嘘ウォズニアック「仕事は一人でした方がいい」(『内向型人間の時代』より)さらに、朝にライフログとして、昨夜食べたものや睡眠時間を記録しているとき、「アイデアはおもしろいけれど、なかなか企画にまとまらない。本当にそんなニーズがあるのか確信が持てない。悩むなあ」と素直なボヤキを書いておいたりする。という具合に生活していると、ノートの中に、・企画のアイデア・企画のヒント・企画の課題意識や悩みといったものが、バラバラにいくつも入っていることになります。ノートの中にこういうものを集めるために重要なことは、「寝ても覚めても、企画のことを気にし続ける」ということです。そして、自分の考えやヒントになりそうな資料などを取りこぼさず、ノートにストックし続ける。こういった地道な作業を進めつつ、鉛筆で殴り書きをしたり、頭を掻きむしったり、眠れない夜を過ごしたり、気晴らしに散歩したりしているうちに、「よし『スマホ時代を生き抜くための「一人で考え抜く技術」』という企画を提案しよう」と考えがまとまったりする。これは一例にすぎませんが、本の企画の成り立ちは本当にこんな感じです。繰り返し書いているように、大切なことは、自分を信じて発想を記録し続けることです。ステップ集めた素材の「咀嚼」無目的な読み返しが発見を生むさて、もっと余裕があるとき、たとえば「すでにある程度たまったノートがあるので、それを使って知的生産していきたい」といった場合には、まず無目的に読み返してみるのがおすすめです。「無目的に」といきなり言われても難しいかもしれません。要は、病院などの待合室に置いてある(それほど興味のない)雑誌を眺める感覚で、パラパラめくって、ぼんやり眺めるのです。日ごろ、ノートに入れた情報を参照するときは、後ろから過去へさかのぼって探すことが多いけれど、このときは、前(過去)から順に読んでいきます。この方が、今の関心と遠い情報から始まって意外性があるからです。だんだん最近の記述や資料になっていくことで、見覚えのあるものが増えてくるという感覚になります。で、何か気になるものがあればじっくり読んでみる。やってみるとわかるのですが、自分の書いたメモ書きだけをただ読んでいくのは、あまりおもしろいことではありません。対して、記事や資料の切り抜きやライフログとしての写真、旅の記録などがあると、雑誌のように目で楽しむことができます。無目的な読み返しがはかどるわけです。このときに第3章で紹介したように、「」「」「」のようなアイキャッチとしての記号が付いているとすぐに見つけられます。今後のために、この段階で記号を書き込んでおいてもいいでしょう。読み返すときは、書いてあることをそのまま受け取るのではなく、「今抱えている仕事にどう使えるか」という感覚で見ていきます。たとえば、次のようなアイデアメモがあります。[121028]アイデア一度、書き上げた荒い原稿をプリントアウトし、その紙を見ながらパソコンに再入力していく。

と、ちまちま考えながら修正していくより速いことがある。これは、そのまま受け取れば、「個人的な業務の心得」みたいなことですが、見方によっては、「文章作成法」としても使えるし、前項で考えた企画「一人で考え抜く技術」として紹介することもできます。このように、メモを書いたときの意図をそのまま受け取るのではなく、自由に読み替えていきます。こうして見ていくと、過去のメモや資料ほど、ノートに情報を入れたときの感覚と現在の感覚とが離れていることに気がつきます。過去に「素晴らしい」と思ったアイデアの良さがわからなかったり、逆に、なんとなく取っておいた資料が妙におもしろかったりする。しかし、この「ズレ」はまんざら悪いことではありません。考えを深めるきっかけになります。先日ノートを読み返していたら、「民主化されたエジプトで若者が暴力的なデモをしている」という新聞記事が出てきました。黒ずくめの服で暴れる若者の写真に迫力があるので、切り抜いたスクラップです。添えたメモに「革命で民主化されたのになんで?」「なぜ日本ではこういうデモが起きないのか?」とある。これを数カ月ぶりに読み返したとき、「あ、これはクーデタの予兆だったんだな」と発見しました。暴れている反体制派の若者のような人々の民意が、モルシ政権が打倒されたクーデタの背景としてあることが理解できたのです。記事中で悪者として描かれているデモ勢力は、当時は反体制派ですが、今や体制派なのかもしれない。「正しさ」なんてわずかな期間でころっと変わってしまうものなんだな……。と、これは一例にすぎませんが、つまり、ノートで過去の自分の考えに触れるのは、今の自分の世界観を揺さぶり、「考えもしないことを考えることができる」という効果があるのです。ノートを読み返すことで過去の自分と対話すれば、ずっと持ち続けている問題意識が浮き彫りになり、さらに考えを深めていくことができます。加筆でアイデアまで「ほふく前進」ノートを読み返したときは、なるべく痕跡を残すようにします。気になったページに付箋を貼ったりするのも一つの手ですが、僕は第3章で紹介したペンでのマーキング(下線・波線・〇囲い)を繰り返すことにしています。付箋だと手元にないことがあるけれど、ペンはたいてい持っているからです。ペンは場所や気分によって替えるので、だいたい違うペンでそのときの関心に応じたマーキングをします。すると、「このシンポジウムの記録は、もう三回以上も読んでいるな」「これだけマーキングされている記事なら何かに使えないだろうか」「このアイデアは大事だから、最新のノートにも転記しておこう」といったことを考えることができます。アイデアの補足や記事のスクラップを読んだ上での新たな発見など、過去の情報に加筆するときには、すでに書かれているメモとは違うペンを使います。こうすることで後日、加筆されたものだとわかるからです。加筆するスペースがないときは、ちょっと面倒ですが、トレーシングペーパーやトレーシングペーパー付箋にメモを書いて貼っておきます。普通の付箋を貼るとノートが隠れてしまうからです。ダイレクトメールなどに使われている紙の窓付き封筒の「窓」だけを切り取ってためておき、トレーシングペーパーの代わりに使っても便利です。ノートに入れた素材を読み返して、さらに考えたことを書く。これは、同じものをさまざまな角度から観察するようなものです。書いたときとはまったく違う見え方になることもあります。

以前、『カラマーゾフの兄弟』を翻訳した亀山郁夫氏のエッセイを雑誌から切り抜いたことがあります。その理由は単純にすごいと思ったからでした。「二〇代後半で国家反逆罪を問われて死刑宣告を受け、極寒の地シベリアへ送還される」というドストエフスキーの波瀾万丈の人生と彼のド根性に感動しました。しかし、この切り抜きを再読したとき、また違った発見が出てきます。彼は、逆境に負けず大作家になったのではなく、逆境があったから大作家になったのではないか。こんなことをふと思ったので、次のように加筆しておきました大作家は独房から生まれる。不条理な状況に追い込まれたときに、その人間の本当の力が発揮される。通過儀礼的な「冬の時代」が必要か。これで「ドストエフスキー、すげえ!」というただの感想が、ちょっとした「論」になりました。この発想はいろいろなところでヒントになりました。たとえば、キャリア論だったり、人生論だったり。むやみに苦しみを是とするわけではありませんが、とんでもない逆境が何かを生み出す面はあると言えるかもしれない、と。この例のように、ノートに入れてから月日がたって読み返すと、咀嚼が進んでアイデアにたどり着くことがあります。同じメモや資料でも、読むたびに感じ方が変わる。その違いをそのまま書いたり、資料の別の部分に線を引くことによって、じりじりと考えを「ほふく前進」させていくわけです。この加筆で、満タンのノートから使えるアイデアを少しずつ得ていくことができます。クロスリファレンスで「考えるためのノート」にさらにノートに入った情報の咀嚼を進めましょう。次は、情報同士の関連を見つけていきます。先ほど例に挙げた夏の特集を考えるようなケースでは、読み返していると、同じ課題(特集企画)についての情報がノートの中に散らばっていくことになります。ただ、第一のメモから四ページ先に第二のメモ、そして七ページ後に新聞記事、さらに五ページ後に第三のメモ……と、散らばっていると少々不便です。そこで、ノートの小口(横)の同じ高さの場所に同色のフィルム付箋や折り曲げたマスキングテープを貼って、同一テーマでのメモがあることを示しておくようにします。これでノートがかなり整理されます。同じノートの中に複数のテーマのメモが混ざっていても、関係のないページを飛ばして、それぞれのテーマごとにまとめて情報を見ていくことができます。また、読み込んでいるうちに、あるページとあるページにひときわ強い関連性があると気がつく場合もあります。たとえば、・出張のついでに北海道観光したときの旅ノート・ノモンハン事件(一九三九年に起きた日ソの局地戦)についての本の読書メモという二つはまったく別ジャンルのようで、関連がある。北海道の旅ノートの中に、戦争記念館で樺太でのソ連軍との戦闘について学んだメモや資料があるからです。

そんなときは上の小口を使って、ノートを綴じたときに同じ位置になるように付箋を貼っておきます。これで、互いに参照し合うことを示す「クロスリファレンス」が設置できました。ここまでやれば、次のように、満タンになったノートの中にある情報をさまざまな角度から読み返し、眺め、比較検討することができます。・線を引いた部分などをパラパラ眺める↓・マーキングや加筆を重ねていく↓・小口(横)に貼った付箋でテーマごとに読み返す↓・見つけた関連性を小口(上)に残していくこのように満タンのノートで遊んでいると、情報にさまざまな触れ方をすることになり、内容はじわじわと印象に入り込んできます。中に詰め込んだ情報を何度も耕すことで、頭の中で行われる情報同士の関連づけを、ノートに落とし込んでいくことができるのです。こういった作業を続けるうちに、「ノートをいじり回して遊ぶ=考えが進む」という状態になっていきます。ここまで来て、いよいよ、アイデアを生み出す準備ができました。ステップ咀嚼した素材の「発酵」カードで「組み替え法」ここからは、さらに情報同士の新しい組み合わせを考えるために、ノート以外のものを使っていきます。まずは、カードを使う方式です。「京大カード」や「情報カード」と呼ばれている名刺サイズのカードを使って、アイデアの発酵を促すやり方です。僕は過去に考えたことを活用したいとき、または原稿やプレゼン資料などに考えをまとめたいとき、この方法を使って次のような作業をすることにしています。まず満タンになったノートを読み返す。そして、「今取り組んでいる課題のヒントになりそう」「今すぐにはわからないけれど何かに使えるかも」「ユニークだからどこかに書きたいなあ」といった情報の要点だけを紙片に短くメモしていきます。カードは一つの情報に対して一枚を使います。裏面は使いません。文字数にすると最大で八〇文字くらいでしょうか。たとえば、ノートを読み返していて、「就業構造調査──非正規、初の二〇〇〇万人突破/男女とも比率最大/ニートは二・三%に上昇」という新聞記事のスクラップが「使えそうだ」と思った場合、次のようなカードを書きます。

2013年就業構造調査。ニートの数は減ったが割合が増えたというのは、どういうこと?就職したのか?(189/130713)2013年就業構造調査。非正規の割合は四割近い。正社員と非正規は昔の上士と下士みたい(189/130713)一情報一カードの原則に従って「非正規の話」「ニートの話」で二枚に分けました。文末のカッコ内は「出典」です。この記事を読み返したいときは、一八九冊目の該当日付のページを見ればいいことを意味します。このとき、カードを書きながら新たに思いついたことも、ついでに一枚ずつカードに書いておきます。こうして大量のカードをつくったら、食卓テーブルなど、広い場所にトランプの神経衰弱のように並べて、一望しながら目についたものを改めて読んだりしてみます。すると、これまでには気がつかなかった意外な組み合わせを発見することができます。「このメッセージの根拠として、この記事が使える」「スポーツチームの話だが、会社組織と比較しながら説明するのにぴったりだ」「あの大好きな名言をここなら引用できる」このように、カード同士のつながりを見つけたら、トピックごとに縦や横の列に並べながら考えを練っていきます。ページが動かせないノートと違って、自由自在に組み替えられることがカードのメリットです。「このカードはやっぱりあっちの話題の中かな?」「話の流れとして逆の方がいいな!」といったときでもすぐに操作できるので、ストレスがありません。この「組み替え法」は、頭の中だけでは処理できないような長い文章の構想を練ったりするときに適しています。雑誌やウェブの連載の数千字の原稿を書く場合なら、ここまでやる必要はないでしょう。僕は、本一冊分の構想を練ったりするときに、この方法をよく使います。大判用紙で「植え替え法」こちらは、カードではなく、大きめの紙を使う方法です。僕は、仕事場やカバンの中に常備してあるA4コピー用紙を使っています。花の苗を花壇に植え替えるように、ノートにある情報を、別の用紙に「植え替える」ことで、新たな意味を持たせることを狙います。「組み替え法」より、手軽で簡単にできる方法です。ただ、「まとまるかわからないもの」には使えず、どちらかと言えば「うまくやればまとまりそう」という目星がつくものにしか使えません。一万字以内の文

章を書く場合や、あるテーマについて、数カ月も考えていることをまとめるような場合に適しています。たとえば、「就職活動中の若者や若手ビジネスパーソンにとって、仕事選びやキャリア形成の参考になるような文章」をブログに書きたい、もしくは雑誌に寄稿してくれと頼まれたとしましょう。こんなとき、「若い人は〇〇ということを忘れずに。僕の経験を振り返ってみると……」と、書き出して最後まで書けるなら、それでOKのような気もします。しかし、自分の体験だけをベースにした話はやや一般性が乏しい。読んでいる側も自慢話を聞かされているような気がして敬遠されがちです。そこで、「若者キャリア」などとネット検索し、出てきた情報を引き合いに出したりして、「就活では〇〇という言葉が話題になっていますが……」などと、一般論から展開させることもできます。ただこれも、検索すれば誰でも書けることであって、読み手が頭を突っ込んでのぞき込みたくなるような、その人ならではの「深み」がありません。それよりは、これまで時間をかけて集めてきた情報や考えの蓄積を活用して、自分にしか書けないオリジナリティのある原稿にした方がいい。そこで、この「植え替え法」を使うわけです。まず、大きめの用紙(A4以上)を机に広げます。クリップボードにはさんでおくと、ノートだらけの机の上でも書けるので便利です。用紙の一番上には、情報抽出のテーマをわかりやすく書いて、タイトルを示す下線を引いておきます。若者が頭に入れておくべきキャリア戦略とは?このタイトルは、これから何百回と頭の中で繰り返す言葉なので、短く引き締まった「クリティカルな問い」でなくてはなりません。「若者のためのキャリア論」とか「キャリア形成について」とかいった焦点の定まらないふぬけたタイトルを書くと、あとの情報抽出もうまくいきません。納得いくタイトルが書けたら、それを頭の中で繰り返し唱えながら、満タンのノートを読み返していきます。そして、タイトルに関係がある(ありそう)と思った情報を要約し、次のように箇条書きで転記していきます。同時に転記しながら思いついたことも書いておきます。すると、次のようになります。・就活と婚活を同時進行する女子大生の記事(186/130129)・著作でキャリアに箔をつける人々・ポストにあぶれる若者が世界でデモを起こすという説・チャペック「生きるために仕事をする。だが仕事をしているときも生きている」(186/130205)・業績を「生産性」で量れるか?(186/130210)「組み替え法」のカードと同じように、カッコ内は出典を示します。このように箇条書きで抽出作業をすると「書くネタ」を目に見える形でコレクションすることができます。用紙が箇条書きで埋め尽くされたら、一旦やめて、これらのネタを駆使して原稿が書けそうか考えてみます。自信がなければ、二枚目に突入することもありますが、僕の場合、記者時代に、ネタが完全にそろわなくても書くという修業をしたせいか、たいてい一枚で「ものになる」という見通しが立ちます。この方法は、カードと違って、紙に書いた箇条書きの並びは動かせません。だから、並べ替えたり、組み合わせたり、概念図を描いたりしながら構想を練るには、情報を取捨選択して新しい紙に書き直さなくてはなりません。

この方法を別のノートやパソコン上でやっている人も多いかもしれませんが、ポイントは別のフォーマットに植え替えるということです。手間はかかるものの、書き写したりしているうちに新たな視点を得たりすることも多いので、植え替え法は決して無駄な手間ではありません。ネタ同士の意外なつながりを発見したり、新しい視点を得るためには大事なことなのです。コピーで「コラージュ法」以上のような手間のかかる方法が、どうしても面倒だというときもあります。そんなときは、とりあえず要約して書く代わりにコピーを取っておきます。「植え替え法」と同じように、今抱えている課題に関係のある(ありそうな)情報だけコピーを取っておきます。ノートをパラパラとめくって気になるものを見つけたら、コピー機のガラス面に伏せてボタンを押し、またパラパラとめくってはガラス面に……と繰り返す。家庭用コピー機があれば便利ですね。ちなみにA5サイズのノートには、見開きにしてA4用紙にコピーするときに余計な余白ができない、というメリットもあります。出力されたコピーの束は、机に並べて順番に読み返してみます。たとえば、読書について考えていたとき、[130715]発想本というのは、みんなで読むと宗教っぽくなる。一人でこっそり読むから救われるのでは?しかし、昔はみんなで音読していた。プライベートな読書というのは実はそれほどの歴史はない。というメモがノートにあるのを見つけました。まだまとまっていないあやふやな考えですが、「読書論」を書く上での問題意識として重要なものがありそうなので、コピーしておきます。さらにノートを読み返していると、アボリジニ(オーストラリアの先住民)の生活をルポした雑誌の切り抜きが載っていました。そこに、「本が何の役に立つ?腹が減ったら本を食うのか?」というアボリジニの若者の言葉があったので、これもコピーする。こんな作業をしていると、ほぼ確実に「あ、あの本は使えるな」などと、本棚にある本のことを思い出したりするので、その本の該当箇所もコピーしておく。と、このような作業を繰り返していると、あっという間にコピーの束ができます。さて、あとは少し手の込んだ作業が必要です。コピーを読み返しマーキングした上で、必要な部分だけを切り抜く。その切り抜きを使ってカードの「組み替え法」のように組み合わせを考え、糊で台紙にコラージュするように貼っていく。手を動かしながら、考えをまとめるわけです。ただ、この「コラージュ法」ははじめは楽ですが、最後は膨大な手作業になってしまいます。広い作業スペースも必要なので、やっているとはじめからカードに書いた方がよかったような気もしてきます。ただ、何から手をつけていいかわからないとき、「とにかく参考になるメモや資料を片っ端からコピーしていけばいい」と一応の方針が立つことは、見通しの利かない知的生産を進める上では、心理的な「救い」になります。ステップ「ユーレカ」から成果物への「具体化」

手を動かすことで考えが前進する以上のような作業を通じて得たひらめきを使って、成果物にしていきます。文字にすると簡単なことのようですが、実際にやると胃痛になり血尿が出るほど苦労をすることもあります。考え抜くのに「常にこれがいい」というやり方はありません。本の構成を考えるときはカードがよかったり、コンセプトを考えるときは、コピー用紙に概念図や文字を書き殴るのがよかったりといった傾向はありますが、この先にある「ユーレカ」の段階を、一〇〇%方法論に落とすことはできません。ただ、一つ言えることは、「常に手を動かしていることで、考えはじわじわ前に進んでいくものだ」ということです。腕組みしていたり、テレビを観たりしていては考えは進みません。行き詰まってしまったら、ナイフで鉛筆を削ったり、万年筆のインクを入れ直したり、ハサミと糊で旅ノートの作成をしたりと、とにかく手を何もしていない状態にさせないことが大事です。しかも、できるだけ複雑な動きや力加減が求められる作業が向いています。仮に、ボールペンで書いていて何も浮かばなくなったら、鉛筆や万年筆、筆ペンで何か書いてみるといいでしょう。机に向かうときでも、複数の手段を持っておくと、じたばたと悪あがきをすることで、膠着状態を抜け出すきっかけがつくれます。うまくいかないときに立ち止まってしまわないように、さまざまなやり方を持っておくと有利なのです。太宰治の本に「自分はへとへとになってからなお粘ることができます」という言葉があります。僕は、最終的には、こういう心境で臨まないと、アイデアというものは出てきてくれないものだと思います。その点、本章で紹介したノートを使ったアイデアのつくり方は「合理的に神だのみする技術」とでも言えばいいでしょうか。知的生産は、「こうすればこうなる」だけでは割り切れない非合理な面がどうしても残ります。自分の感性でつくったノートを信じる知的生産のために、ノートに情報を入れ、読み返したり、カードに書き出したりする。その作業は無駄だらけかもしれません。しかし、それでもやらないと成果物はできない。「何気なく歩いていたら富士山の山頂に登っていた」ということは絶対にないのです。ちょっとした発想は不意に得られることがあっても、アイデアや成果物は意思なくして得られません。このことについて書かれたちょうどいい文章があります。「ひらめきというのは、ひらめこうと思って生まれるものじゃない。計算機を使う作業からはひらめきは得られない。とはいえ計算作業も、いつかひらめきを得るためには絶対必要な作業である。だから、たとえばある社会学者が、いい年をして、何万問もの、まったく些末な計算問題に頭を使っていたとしても、彼にとって損はありません。ただし、彼が計算を機械任せにしようとしたら、彼は罰を受ける。何か大した結果を出したいと思っても、結果は出ません。出るとしてもつまらないものでしょう」(『現代訳職業としての学問』マックス・ウェーバー著・三浦展訳/プレジデント社)ひらめきにおいて「こうすれば確実に起こる」という理論はありません。しかし、それでも起こるのを信じて作業を続けるしかない。まるで「信じるものは救われる」という説法のようですね。知的生産の素材として、他人が書いた本や資料に一〇〇%の信頼を置くのは難しいかもしれません。それでも、自分が「おもしろい」と思った情報だけを入れたノートなら、信じるに値するものになっているはずです。自分のつくったノートを信じて手を動かし続けましょう。

最終章となる本章では、満タンになった何冊ものノートを自在に参照するための方法を紹介します。発想するとき、何年も前のメモや資料を参照しなければいけなくなることは、ほとんどありません。しかし、原稿作成などの知的生産の終盤になると、引用するために大昔に読んだ新聞記事が必要になったり、数年前の読書ノートを参照したくなったりすることがあります。最近でいえば、数年前に読んだ作家のエッセイや新聞記事をどうしても参照したいということがありました。単行本に収録されていないかと調べてみたけれど、出ていない。新聞に当たるしかないけれど、どの新聞のいつの号かわからない。しかも、その記事がノートに貼ったのかどうかもはっきりしない。と、ないないづくしです。ところが最終的に、目的の記事を見つけて読むことができました。このときに使ったのが第2章で紹介した「索引化」の方法です。手間のかからない「アナログ索引」から上級者向けの「デジタル索引」まで、古いノートでも、すぐに目的の情報を探し出せる検索法をマスターしましょう。九割はアナログでも検索できる最近は、手書きのノートをスマートフォンで取り込んで、デジタルデータ化することも普通になってきました。中には名刺などの文字を自動認識するものもあるので、簡単に目的の情報を探し出すことができます。しかし、スキャンするにしろ、カメラで撮影するにしろ、デジタルデータ化するのはなかなか面倒です。裁断機みたいなものでノートをバラバラの紙の束にして、自動的にスキャンするような装置に突っ込むという手もありますが、それではノートが破壊されてしまいます。それ以前に、厚紙の資料や葉っぱなどが貼ってあるノートでは、うまくスキャンできず、できても「空気」は伝わらないでしょう。書く、貼るという点では、デジタルより紙のノートの方が圧倒的に便利です。また、入れた情報を引っ張り出す場合でも、ノートにちょっとした工夫をするだけで、九割方は問題ありません。ノートを読み返していつも驚くことは、手を動かして記録したことは、なかなか忘れないという事実です。たとえば打ち合わせの記録の場合、ノートに書かれてあるメモなどは、[130720]S社K氏・リーダー向けに書く・わかっているけどできないという悩み・意識づけるための具体的技術を語るといった断片的な情報にすぎないし、お店のショップカードなども、ただ貼ってあるだけです。それでも、そのとき見聞きしたことや状況などは正確に思い出すことができる。僕はよく、手書きした電車の乗り換えメモを家に忘れて外出することがあるのですが、たいていの場合、複雑な乗り換えでもすんなり思い出すことができて自分でも驚きます。一度手を動かして書いたことは簡単には忘れない。この性質を利用して、次のページような工夫をすれば、目的の情報を感覚的に探すことができます。アナログの索引化については、これまで部分的に紹介していますが、ここでまとめておきましょう。

一〇年後も探せる「デジタル検索」過去一、二年分のノートは、ここに書いたようなアナログ検索で探し出すことができます。しかし、数年前の読書ノートや新聞記事といったものは、さすがに探せません。そこで、上級者編として、ノートの情報を完全に検索できる「索引データ」のつくり方を紹介しておきましょう。これで何年前のノートだろうが、古すぎて探せないということはありません。子供の成長記録や、いつだったか思い出せない旅行の記録なども、この「索引データ」をキーワード検索すれば、すぐに見つけることができるようになります。たとえば、僕がやっている実際の索引データは次のようになっています。001030410取材松下幸之助記念館001030414発想頭の良さとは001030416読書動物農場/ジョージ・オーウェル/岩波(中略)189130616取材邪馬台国シンポジウム189130630読書アウトサイダー/コリン・ウィルソン/中央公論新社一行に入っている情報は、「ノート番号+日付ラベル+検索タグ+項目タイトル」です。見ての通り、手書きしていた目次がデータになっただけのシンプルなもの。ノート番号などを繰り返し入力するのが面倒なので、僕はエクセルを使っていますが、普通のテキストデータでもかまいません。

行数は一〇年間の蓄積があるので、七〇〇〇行以上になっています。スクロールすれば、大変な長さです。しかし、そんなことはしません。このデータを使うのは「検索するとき」だけです。たとえば、過去にスクラップした『国家の罠』の書評記事を探す場合には、「国家」という文字列を検索する。すると次のように該当文字列を含む行が出てきます。074071219書評国家の罠/佐藤優/日経新聞あとは七四冊目のノートを取り出し、一二月半ばあたりを見るだけです。このように、文字列検索をパソコンに任せると、一瞬で、「目的の情報が、何冊目の何日の場所にあるか」がわかります。

索引データは抜粋方式ででは、索引データはどのようにつくればいいのでしょうか?使用済みのノートには、何十ものメモや資料が入っているので、すべてに対応する項目を立てると、何十行も入力しなければならなくなります。いくらなんでも、これは面倒ですね。そこで、索引データに項目を立てるのは、あとで検索する可能性の高いものだけにしておきます。たとえば、次のようなものです。・しっかり書いた読書ノート・読み返したい書評・年初などの節目にじっくり考えたこと・長めのアイデアや構想メモ・旅行や行楽の記録・講演やシンポジウムを聞いたときの記録僕はかつて、名刺や外食したときのショップカードも索引に盛り込んでいましたが、数年前からやめてしまいました。名刺は、探せなくてもメールやフェイスブックの検索で代用がきくし、食べ歩きすることにも以前ほど興味がなくなってきたからです。完璧なデータベースをつくろうとすると苦労するので、取り出せなくなると困る情報だけ、索引の項目を立てるようにすればいいでしょう。たとえば、一八九冊目のノートを使い切ったら、次のように索引ファイルに書いていくわけです。189130630企画考える技術(仮)189130705旅掛川城・大日本報徳社189130709読書第四の消費/三浦展/朝日新聞出版項目名は、あとで参照できるように表記を統一するように心がけます。たとえば、「イオン」を「EON」と書かないとか、「難波」は「なんば」とひらがなで書くとか、〝自分ルール〟をきちんと確立しておきましょう。更新したファイルは、すぐにバックアップを取るかクラウドに保存しておきます。はじめのうちは、この「索引データ」が無意味に感じるかもしれません。というのも、人間の記憶というのはなかなかすごいもので、五冊くらいまでなら、「このノートのこのあたりに書いてあったはず」という感覚だけで、ほぼ目的の情報を探し出せるからです。ところが三年ほど本書の方式を続けて、使用済みノートが本棚に並ぶようになってくると、さすがに探すのが難しくなってきます。ノートがたまってくると索引データのおかげで情報が引き出すことができ、助かることが出てくるでしょう。はじめのうちは一冊あたり数行でもいいので、とりあえず索引データを持つことから始めてみてください。

ノートのカスタマイズ1「窓付き封筒」でポケットをつくる金融機関や役所からの郵便などに使われている「窓付き封筒」は、ノートの見返し(表紙をめくったところ)に取り付けてポケットとしても活用できます。「あとで貼るメモ」や手に入れた紙片などのとりあえずの保管場所として便利です。封筒に手を突っ込まないと中身が取り出せない場合は、「字」の切り込みを入れておきましょう。ここから中身を指で押し出せばスムーズに取り出せます。

2封筒でアコーディオンポケット定型封筒を短く切ったものを六つくらい糊で貼り合わせれば、名刺やレシート、各種カードなどを分別して入れられる「アコーディオンポケット」をつくることができます。引っ張ると、口が大きく開くので中身もチェックしやすく、また取り出しやすいポケットです。レシートを日付別に整理しておいたり、アイデアを書いたメモを分類して一時保管しておいたりするのに使えます。

3ページ貼り合わせ式ポケットノートのページ同士をマスキングテープで貼り合わせてしまえば、外出先でもその場で簡単にポケットをつくることができます。やや不格好な気もしますが、これで普通のノートが収納ポケット付きのノートになるわけです。A6サイズのノートを使っていたころは、よくこの方法で作業中の資料や名刺を管理していました。ここに会議の議題などの資料を入れてノートを持ち歩けば、どこでも参照しながら案を出してメモしておくことができます。

4表紙のアイコンで中身を示す何冊も満タンのノートができると、同じような見た目のノートが増えて紛らわしくなってきます。そうならないために、使っているときからカバーに「キャラ付け」をしていきましょう。たとえば、北海道出張に行ったなら、駅のスタンプをノートの表紙にポンと押しておく。このスタンプが、「北海道に行ったときのノート」であることを示すアイコンになり、あとで検索しやすくなります。

5本の名言を表紙に貼る表紙はノートの中で一番よく目にするところなので、さまざまな面で活用します。たとえば本を読んで、「これは絶対に忘れたくない名言だ」と思った文章があるときは、その数行を表紙に梱包テープで貼っておきましょう。こうしておくと何度も目にすることになるので、内容を思い出してみたり、再読したりといった機会も増える。その本とより深い付き合いができるようになります。

6中身がわかる自作カバーを付けるノートには、市販のノートカバーやブックカバーを取り付けることができますが、カバーを自作するのもアリです。左の写真では駅弁の箱を利用しています。つくり方は、ノートを見開きにしたサイズより一回り大きいサイズの紙を用意し、書店で付けてくれるブックカバーと同じ要領で折っていくだけ。これで、どんな形やサイズ、厚みのノートにもぴったり装着できるノートカバーができます。雑誌の付録のポスターや、高級感のある包装紙など、気に入ったものは何でもカバーにしましょう。

7参照したい資料はクリアファイルカバーに書類を入れるクリアファイルもノートカバーになります。つくり方は、基本的に紙の場合と同じですが、錐などの先の尖ったもので折り目を付ける作業が要ります。完成したカバーには、年表や地図などの参考資料を入れておくと便利です。忘れないように、課題リストや返事を書く予定のハガキなどをここで一時保管しておいてもいいでしょう。

8パンチとハトメでゴムバンドを付けるノートを使いやすくカスタマイズするとき、あると便利なのが、パンチとハトメです。分厚いノートにも穴を開けることができるドリルパンチがあれば、ノートにヒモを通すことができます。さらにハトメパンチがあれば、「モレスキン」などの海外製ノートにあるような、ノートが開かないように固定するゴムバンドを取り付けることもできます。

9ノートを裁断してマイサイズに文具店に行くと、新書のように細長いサイズのノートや、正方形のノートなども売られていますが、自分の使いやすいサイズにノートを裁断する手もあります。薄いノートならオフィスにある紙の裁断機で切り落とすことができるし、裁断機がない場合は、キンコーズなどの印刷・製本店舗で裁断してもらうこともできます。以前、使わなくなったA4ノートを裁断機で二等分したことがあります。キーボードで手狭になったデスクで使うと意外と便利でした。

10書き込み式シート「探書リスト」ノートの中身のカスタマイズとして使えるのが書き込み式のシートです。プリンターで出力したものをノートに貼ったり、ノートのポケットに入れておくことで一体的に使うことができます。本をよく読む人なら、新聞や雑誌で気になった本をメモする専用用紙として「探書リスト」をノートに挟んでおくといいでしょう。これがあれば、新聞や雑誌の広告を見て気になった本、さらに読んでいる本の中で引用されていた本、新聞広告で見た本、人から教えてもらった本のことなどを忘れずにメモしておき、書店で探すことができます。

11書き込み式シート「スケジュールシート」ノートには、手帳のようなスケジュール欄がないので、予定管理に使うのには向いていません。しかし、書き込み式のシートを使えば簡単なスケジュール管理ができるようになります。たとえば、パソコンで写真のようなスケジュールシートをつくっておくと便利です。日付は入力せず、使いはじめに自分で書き込むようにしておくと、一つのデータを半永久的に使うことができます。

12書き込みシート「ノルマ達成表」勉強や運動、カロリー制限など、何かのノルマ達成の自己管理をしたいときに使えるのが、書き込み式の「達成表」です。達成できたか、できなかったかだけの管理なら、カレンダーをコピーしたものに〇や×を付けていくだけでもいいでしょう。エクセルを使うと「九〇日で五キロ痩せる」「三〇日で世界史事典を読む」といった達成表が、一〇分ほどでつくれます。僕はこの表を使って世界史や政治経済の参考書、哲学事典、国語事典などを通読しました。

持っておきたい文房具1パワータンク加圧式の油性ボールペン。日常使いでもアウトドアでもベランダに何カ月か放っておいても何のトラブルもなく書ける信頼性が気に入っています。うっかり洗濯機にかけてしまったときも問題なく書けました。耐水メモ帳とセットで風呂場に置いておけば、入浴中に思いついたアイデアも逃しません。出張や旅行に持って行くペンを一本だけ選ぶならこれでしょう。

2トラディオ・プラマンプラスティックのペン先ですが、万年筆のような書き心地があり、味のある文字を書くことができます。「とめ・はね」や太字から細字まで、一本で書き分けられるので便利。力加減によって表情豊かな線が書けるので宛名やイラストにも向いています。ボールペンに飽きたときのためにカバンに入れておくと重宝するでしょう。使い捨ての通常モデルと中身を入れ替えられる「トラディオ・プラマン」の二タイプがあります。

3ボールPentelサインペンのような書き味の水性ボールペン。黒・青・赤の三種類があり、青色はブルーブラック気味で美しい。筆圧によって細字から太字まで書けるし、筆ペンのようなくさび形の線も引けます。万年筆から油性ボールペンまで、いろいろなペンを使っていても、なぜか定期的に使いたくなるという、他にはない魅力のあるロングセラーのペンです。

4タイムライン「ダブルアクション繰り出し方式」という男心をくすぐるギミックを持つボールペン。尖った部分がなく服を傷めないので、スーツを着ていくときはこれを携帯することが多い。ペン先そのものは普通の油性ボールペンのようですが、軸の重量感のせいか書きやすさを感じます。将棋の棋士が扇子を開いたり閉じたりしながら考えるように、考えごとをするときなど、繰り出しをくりくりと回していると落ち着きます。

5筆touchサインペンぺんてるのロングセラー「サインペン」のペン先が筆のような形状になったもの。筆タッチのペンはいろんなメーカーから出ているけれど、この製品が一番「筆のようでもサインペンのようでもある」という微妙な感じを実現しています。立てて書けば極細字、寝かせて書けば太字が書けます。メモ以外に資料にマーキングするときにも便利。どの色もきれいなので、休日には気分に応じた色を持って出かけています。

6筆ボール一・五ミリの極太ペン先のおかげで、筆のような文字を書くことができるボールペン。万年筆のようなヌルヌルの書き心地が快感ですが、当然、字も太くなるので好みが分かれるかもしれません。一行空きでノートに書くぶんには問題はありません。使い心地は筆や極太の万年筆のようでもあり、軟らかい鉛筆のようでもあります。アイデアのメモなどは、このペンでノートに書いておくと目立ちます。

7パーフェクトペンシル「鉛筆削り一体型キャップ」の付いた鉛筆。数年前から発売されていたモデルの廉価バージョンで、これさえ持っていれば大丈夫というのがウリです。専用のものだけでなく、普通の鉛筆でも使用可能。鉛筆はクリップがないせいで携帯しにくく、軟らかい芯だとすぐに丸くなってしまうのが問題でしたが、これなら解決できます。家やオフィス以外に、外出先や旅先でも鉛筆を使う可能性が広がる一品です。

8ポスカテカテカの光沢紙にカラー印刷された資料に書き込むときに使っています。顔料インクは不透明なので、黒っぽい資料に書き込んでも目立つし、写真や地図にマーキングするのにも便利です。黄色や水色など淡い色のポスカで塗った上に、普通のペンで文字を書くこともできます。ペン先をプッシュしてインクを多めに出せば、ノートの小口に番号を書くのにも使えます。

9フィットカットカーブハサミで厚紙を切るとき、誰でも刃の奥を使います。その理由は、刃先の方で切るより、「てこの原理」で押し切る力がかかることに加えて、刃と刃が急角度で交わるから。フィットカットカーブは、刃が扇形に曲がっているので刃の奥で切るときと同じように、先端まで軽い力で切ることができるという進化したハサミです。印象に残った商品のパッケージを切り抜いたりするのに便利だし、普通の紙を切るのにも疲れにくくなるのでおすすめです。

10ステンレスはさみ無印良品のロングセラーとして知られる鞘入りハサミ。もっと小型の折りたたみ式ハサミやスティック型のハサミなど、いろいろと使ってみたものの、チマチマしていてストレスを感じるので、結局これを外出時専用のハサミとして持ち歩くようになりました。あまり凝った道具はかえって使いづらい。シンプル・イズ・ベストという好例です。

11ステンレス定規新聞や雑誌を切り抜くときに使っています。切りたいラインにものさしを当てて破るとハサミで切るよりずっと速い。ちなみに新聞紙は紙の「目」が縦に流れているので、縦に破るぶんにはものさしがなくてもフリーハンドでほぼまっすぐに破り取ることができます。新聞スクラップはたいてい、じっくり読みたい記事を縦に裂いて取り置きしておき、再読して保管しておきたい記事だけ、ものさしで縦横をきれいに破り取ってノートに貼る、という行程を踏んでいます。

12アラビックヤマトさかだち接着力が強く、コストパフォーマンスもいいので、ほとんどの「紙もの」の貼り付けに液体糊を使っています。厚いものでも糊をたっぷり付けておけば、はがれ落ちません。旅ノートの作成など、切り抜きしながらたくさんの資料を貼るときはアラビックヤマトの「さかだち」をよく使います。残り少なくなっても糊がよく出るし、作業を少し中断するときでも、本体をふたに立てておけばスポンジ面が乾きません。

13TAPEGLUE普通の紙やメモ用紙、レシートなどを貼っておくときにはテープ糊を使います。手も机も汚れないのでストレスを感じません。一方で、残量がわかりにくく、厚紙や新聞紙を接着するのには少し向いていないとも感じますが、気軽に貼ることができるという点でこのタイプの糊にかなうものはないでしょう。ちょっとかさばるものの出張や旅行に持って行くと、ホテルや列車の中で、その日のメモや手に入れた資料、名刺などをノートに貼り付けておく作業がはかどります。

14消えいろPiTほそみ写真は携帯用の細いタイプ。名刺サイズくらいのメモを貼り付けるのにはこれくらいがちょうどいいと思います。新幹線や飛行機の中で、テープ糊を出して作業していると、カリカリカリ……という音がして「あの人、何してるんだろう?」という好奇の視線を感じますが、これなら音も出ず、普通のペンのように見えるので目立ちません。

15おやっとのり新聞や雑誌など、薄い紙を貼るときによくマーカー糊を使っています。テープ糊やスティック糊だと糊に紙が貼り付くことがあって面倒くさく、液体糊だと糊が出すぎてしわになってしまうことがあるためです。接着力は弱いけれど、新聞のようなペラペラの紙を貼る分には十分です。スティック糊よりペン先が細いので、紙の端ギリギリまで塗っても机を汚してしまうこともありません。ペンタイプなので携帯にも便利です。

16マスキングテープノートに資料や写真を貼るのにも使いますが、ノートをカスタマイズしたり、書いたメモや取っておきたい資料を失くさないように壁に貼っておくのに使うケースも多い。このテープなら手で破ることができるし、壁紙も傷めません。携帯用のテープとしてカバンに入れておくと、糊付けの作業がやりにくいときなどに便利です。糊付けの位置を決める「仮留めテープ」としても使えます。

17透明梱包テープ糊で貼り付けられない素材をノートに入れる場合は、このテープを上からかぶせて貼っておきます。落ち葉や花びら、鳥の羽といったものを標本化して収録しておくのにも便利。また、ノートの中身を示す「アイコン」として表紙に何かを貼ったり、本で見つけた名文をカバーに貼るときなどにも使っています。その他、はがれてきた資料にかぶせたり、ボロくなってきたノートを補強したりと、何かと使えます。

18ラピーミニフィルム付箋やマスキングテープは使い勝手がいいですが、貼りまくっているとどこが重要なページなのかわからなくなってきます。そこで、マーキングの最終兵器として、装飾用のキラキラテープを使うことにしました。ページの端に付箋のように飛び出すかたちで貼っておくと非常に目立ちます。使用頻度は多くないので、ミニサイズのセットを買っておくとしばらく使えるでしょう。

「知的生産」に関するおすすめブックガイド『知的生産の技術』梅棹忠夫(岩波新書)第5章で紹介したカードを使った発想法「組み替え法」は、本書に出てくる「こざね法」をヒントにしました。いつ読み返しても発見があって、ずっと時代遅れにならない知的生産の本はこれくらいでしょう。分類するのではなく、カードを繰り返し「くる」ことでいろいろな組み合わせを探っていくという方法論は、人間の生理が一筋縄ではいかないことをよく知っている民俗学者ならではの考え方だと思います。『考える技術・書く技術』板坂元(講談社現代新書)オーソドックスな知的生産の作業を、文房具の使い方なども具体的に示しながら説明した本。発想や読書のコツも示唆に満ちており、後半の文章術も読ませる内容です。考え出したことをかたちにするところまで、丁寧に書き切っているところが非常に親切です。著者は文房具好きなので、カタチから入る人にとってもマネしやすいかもしれません。続編もあります。『メモの技術』中野不二男(新潮選書)取材記録やアイデアの走り書きといった「メモ」をいかに無駄にせず、財産として活用するかを研究した一冊。著者はノンフィクションライターなので、研究者や学者の知的生産術より「アウトプットに活かそう」という志向性が強い。パソコンを使ったメモ管理の話は、IT技術がはるかに進んだ現代でも参考になることが多いでしょう。続編『デスクトップの技術』は、パソコンや文房具、本棚、机など、知的生産のためのツールについての話が中心となっています。『思考の整理学』外山滋比古(ちくま文庫)ノートに書きためたアイデアのうち「脈のあるもの」を別のノートに移す。これによって違うコンテクスト(脈絡、文脈)が生まれ、アイデアの意味も時間とともに変化していく。このようなメタ・ノートの方法から学ぶところは多いでしょう。頭の中で起きている「考える」という作業のコツを、文章で書き表したという点で、この本にかなう本はないと思います。近年でもベストセラーになっているのも納得です。『知的生活の方法』渡部昇一(講談社現代新書)知的生産のノウハウというより「態度」「姿勢」の話。著者がどのように本を読み、勉強し、研究や著述で旺盛に活動してきたか、若いころからの体験談をもとに語られます。特に読書法については、本を味わい尽くし、使いこなすという実用主義が色濃く出ています。大学生のころに読んで「古い本だけどずいぶん先鋭的だな」と驚いた記憶があります。通勤時間の使い方、書斎のつくり方の他、食事や散歩など、弛緩する時間のつくり方の話も豊富。これにも続編があります。『「知」のソフトウェア』立花隆(講談社現代新書)「個人的情報整理で常に心がけておくべきことは、他人が利用する場合の便など一切考えずに、これは百パーセント自分専用であるという大前提をたてて、可能な限り手間をはぶき、可能な限り自分に利用しやすい工夫をこらすことである」。この言葉はいくらIT技術が進歩しようと変わらないでしょう。知的生産システムは自分の記憶や感覚にそった、いわばオーダーメイドのものでしかありえません。自分の都合を押し通すことが大切なのです。

あとがき旧版を改訂するつもりが、ほぼすべてを書き直すことになってしまいました。そのせいで、やや印象が変わったかもしれませんが、「ノートに一元化しよう」「ノートを活用しよう」という趣旨はまったく変わっていません。旧版を読んだ人も、読んでいない人も同じように楽しんでいただけたと思います。原稿を書いていて思ったのは、旧版を刊行してからの五年という月日は、短いようでも、大きな変化が起こるのに十分だったということです。二〇〇八年当時は、スマートフォンは一部のマニアのものでした。インターネットを使ったクラウドサービスはあったものの、メモやスケジュール管理は紙に書く、つまり「アナログ」が圧倒的に多数派でした。それが今やデジタルだらけです。ネット検索からメモのクラウド保存、新聞記事のスクラップ……、小さな端末で何でもできる時代です。僕もiPadやアンドロイド携帯をフル活用しています。使い始めた当初は、「これほど便利なら、そのうちノートも使わなくなるかも……」といった思いが頭をかすめたものですが、結局、今の方が昔よりずっとノートを活用しています。なぜだろう?と自分でも考えてみました。単純に「手を動かして書いたり貼ったりするのが好き」という理由が大きいことは間違いありません。もう一つ、それに次ぐ理由が「アナログの方が、発想したり考えたりするのに都合がいい」と感じること。つまり、本書のテーマである知的生産です。「ノートに誰にも見せないことを自由に書く」というプライベート性に加えて、感覚的な要素もあります。紙に書くときのペンの重みやインクの匂い、ペン先から伝わる接触感、さまざまな「紙もの」の風合い、書き込んだページの厚みやさわり心地……こういったものが、さまざまなことを考えるのにプラスに働くのでしょう。ノートや文房具を味わいつつ、楽しむことが知的生産につながるのです。これだけデジタルツールで「何でもできる」ようになっているのに、いまだに文房具売り場に行くと多種多様なペンやノートがあふれているのは、同じように感じている人が多いからではないでしょうか。一見、時代遅れに見えますが、アナログのツールや手法はまだまだ私たちの仕事や暮らしに欠かせないものなのです。ノートは、どこにでもある単純な道具です。使うのに特別な知識や訓練も要りません。しかし、だからこそ「どう使うか」に、さまざまな考え方が出てくる。シンプルであるが故に深い、というわけです。特におもしろいのは、本書のやり方なら「誰でもノートを自分らしく使える」ということだと思います。自分のノートには、原稿や企画のアイデアの他、古代史の新聞記事、社会学の本の読書記録、子供と出かけた観光施設の訪問記などが詰まっている。このノートを眺めていると「自分はここにある」という不思議な感覚を持ちます。旧版を刊行してから、講演会やサイン会などで、たくさんの人に愛用のノートの中身を(ちらっと)見せてもらいましたが、一つとして同じように感じるノートはありませんでした。どのノートも持ち主の個性や人格が色濃く表れているのです。〇〇会社の社員、〇〇業界の人などの肩書きや、「系」といったキャラクターに自分を当てはめることが求められる今の世の中において、感情や興味、体験を詰め込んだノートほど、一人ひとりの違いが際立つものはないでしょう。何を書(描)いても、何を貼ってもいいノートを持ち歩くだけで、心がのびのびと自由になる感覚が味わえると思います。話を知的生産に移すと、何十年も前から、いろいろな方法が考案されてきました。梅棹忠夫氏の「京大カード」や野口悠紀雄氏の「押出しファイリング」をはじめ、パソコンやPDAの活用、高性能なスキャナやスマートフォン、タブレット端末を使ったデジタル化、その上のクラウド情報管理まで、挙げていけばキリがありません。そういった先人たちの方法と比較して、「これがベストだ」と言うつもりは毛頭ありません。ただ「ノート術」「ノートを使った知的生産」のジャンルでは、決定版と呼べるものができたのではないかと自負しています。また、本書で紹介したノートを使った手法が広まることで、知的生産がもっと身近なものにできるのではないか、とも期待しています。これまでの知的生産術の本が、フランス料理や日本料理のレシピだとしたら、本書は「晩ごはんのおかず」や「子供のお弁当」といった家庭料理のレシピです。料亭の「椀もの」のように、食通の舌を愉しませる料理は難しくても、自分の家族、身近な人を満足させる料理をつくることは十分できるでしょう。さらに、本書の手法は、何年たっても時代遅れになることはありません。流行りのITサービスやOA機器、スマートフォンなどの端末を使うようなやり方ではないからです。特定の商品ではなく、普通のノートがあればいいので一生続けることができます。ビジネスパーソンだけでなく、学生、主婦、お年寄りにもおすすめできます。持ち歩いているノートには、仕事のアイデアを書くかもしれないし、卒業論文のテーマをメモするかもしれない。子育て中の発見を記録するかもしれないし、小説やエッセイのネタになる発想を書き留めるかもしれません。ノートが一冊あれば、何でもできるのです。本書の執筆には、ダイヤモンド社の市川有人さん、アップルシード・エージェンシーの宮原陽介さんをはじめ、たくさんの方のお世話になりました。また、この完全版が世に出ることになったのは、旧版を多くの方に読んでいただいたからです。当時からの読者のみなさんにも、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。平成二五年一一月奥野宣之

本電子書籍は2013年11月28日にダイヤモンド社より刊行された『情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]』(第1刷)を、一部加筆、修正の上、電子書籍化したものです。

[著者]奥野宣之(おくののぶゆき)1981年大阪府生まれ。同志社大学文学部でジャーナリズムを学んだあと、出版社、新聞社の記者を経て『情報は1冊のノートにまとめなさい』で著作デビュー。独自の情報整理術や知的生産術がビジネスパーソンを中心に支持を集め、第2弾『読書は1冊のノートにまとめなさい』、第3弾『人生は1冊のノートにまとめなさい』と合わせたシリーズは累計50万部を超えるベストセラーとなった。ジャーナリストの経験を活かし、ウェブや雑誌のライターとして活動するかたわら〝ノート本作家〟として、メディア出演・講演などでも活躍中。仕事に活かせるノートや文具の活用法、本とより深く付き合うための読書法、人生を充実させるライフログの技術、旅行や行楽を楽しむための旅ノート・散歩ノートの技術など、発信の幅は広い。趣味は古墳めぐりと自然観察。ついでに写真撮影。仕事だけでなく家庭や趣味でもノートを使いこなすライフスタイルは、NHKやTBSでも放送され反響を集めた。その他著書は『旅ノート・散歩ノートのつくりかた』『知的生産ワークアウト』『「処方せん」的読書術』『新書3冊でできる「自分の考え」のつくり方』など多数。著者エージェント:アップルシード・エージェンシーhttp://www.appleseed.co.jp情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]2013年11月28日プリント版第1刷発行2013年12月2日電子版発行著者——奥野宣之発行所——ダイヤモンド社〒150‐8409東京都渋谷区神宮前6‐12‐17http://www.diamond.co.jp/電話/03・5778・7232(編集)03・5778・7263(製作)装丁—————渡民人(TYPEFACE)本文デザイン——ホリウチミホ(nixinc)イラスト————須山奈津希(ぽるか)写真撮影————京嶋良太製作進行————ダイヤモンド・グラフィック社編集担当————市川有人

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次