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第六の「こころの技法」別れても心の関係を絶たない

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世界で最も実践的な「愛情」の定義とは?

日々の人間関係の中で人間を磨いていく、第六の「こころの技法」は、別れても心の関係を絶たないである。

我々の人生においては、必ず、他人との不和や不信、反目や反発、対立や衝突がある。

例えば、友人との喧嘩、恋人との破局、親戚との反目、家族の離別、同僚との不和、上司への不信、部下の反発、隣人との口論など、人間同士の心が離れるときは、ある。

それは、どれほど避けようとしても、生じてしまう。そうであるならば、我々の人生において大切なことは、他人との間で不和や不信、反目や反発、対立や衝突を決して生じないようにすることではない。それは、避けられない。

本当に大切なことは、生じてしまった不和や不信、反目や反発、対立や衝突の状況から、ときに自らの非を認め、相手に心を開き、自ら謝り、相手を許し、ふたたび「和解」する心の力を持つことであろう。

しかし、現実の人生においては、人間同士、心が離れた後、すぐに「和解」できるとはかぎらない。人生においては、その時期に、どうしても好きになれない人もいる。どうしても心を開けない人もいる。そのため、心がぶつかり、離れ、そのまま別れてしまう人がいる。

では、そのとき、どうするか?そのときの人生の智恵を教えてくれる言葉がある。やはり、河合隼雄氏の言葉である。「愛情」とは、関係を絶たぬことである。

世の中に、「愛情」の定義を語った言葉は、古今東西の書物の言葉を含め、無数にあるが、著者が、永い人生を歩んできて、現実の人間関係に処するとき、最も役に立った「愛情の定義」は、この言葉である。

では、この言葉の意味は、何か?「関係を絶たぬこと」とは、何か?それは、「別れた後も、ときおり会う」ということではない。

「別れた後も、ときおり手紙や電話でのやりとりをする」ということでもない。それは、正確に言えば、別れた後も、「心の中」で、相手との関係を絶たぬことである。

例えば、ある職場の光景。

部下との会話の中で、何年か前に退職したA君の話題が出たとき、B課長は、こう言う。

「A君・・。ああ、そういえば、そういう若手のスタッフ、いたな・・」同じ状況で、C課長は、こう言う。

「おお、A君か・・。彼は、元気でやっているか?いつでも遊びに来いと、よろしく、伝えてくれ」この二人の課長の反応の違いが、「関係を絶たぬこと」の意味を、端的に示している。

B課長の心の中には、すでに「A君との関係」は存在していない。忘れ去っているだけでなく、興味さえ失っている。

これに対して、C課長の心の中には、まだ「A君との関係」がしっかりと続いている。職場での関係を離れても、いまも、心の片隅で、A君のことを気にかけている。

B課長は、「心の中」で、すでにA君との関係を絶ってしまっている。C課長は、「心の中」で、いまもA君との関係を絶っていない。

すなわち、河合隼雄氏の定義によれば、C課長は、いまも、A君への「愛情」を心に抱いている。昔から、しばしば語られる「愛情」についての格言がある。

「愛情」の反意語は、「憎悪」ではない。「愛情」の反意語は、「無関心」である。この格言は、まさに真実であろう。

我々が、誰かに対する「愛情」を失うとき、その相手に対する「関心」を失い、「興味」を失い、その存在そのものも「忘却」してしまう。

その意味では、日本において古くから語られてきた「縁」「袖振り合うも、多生の縁」という言葉は、人生で巡り会った人との「関係」に深い意味を感じ取り、その「関係」を大切にするという精神の宿った言葉であり、最も日本的で深みのある「他者への愛情」の在り方とも言える。

そして、「他者への愛情」を、「関係を絶たぬこと」と捉える思想は、不和や不信、反目や反発、対立や衝突によって、人間同士の心がぶつかり、離れたとき、それでも、そこに、「将来の和解の余地」を残す「しなやかな叡智」でもある。

「将来の和解の余地を残す」という「しなやかな叡智」

では、なぜ、「将来の和解の余地」を残すことが大切なのか?人の心は、変わるからである。人間の心というものは、我々自身が思っているよりも、しなやかなものである。

一時は、相手に対する不信、不満、憤り、怒り、嫌悪、憎悪などの感情によって心が離れても、時間が過ぎゆくにつれ、それらの感情が収まり、相手を許す思いや、自分の非を認める思い、過去の出来事を受け容れる思いや、未来に向かって新たな関係を築こうとの思いが浮かんでくるときがある。

そして、人間の「真の賢さ」とは、「決して、人と心が離れない」といった聖人のごとき賢さではなく、「一時、人と心が離れても、どこかに和解する余地を残し、いつか和解していく」という賢さに他ならない。

世の中には、「人間関係が下手」と言われる人がいる。それは、決して「人とぶつかってしまう人」のことではない。

それは、「人とぶつかった後に、和解できない人」のことである。さらに言えば、「人とぶつかった後に、和解の余地を残せない人」のことである。

かつて、評論家の草柳大蔵が、次の主旨の言葉を残している。

「最近の若い人は、なぜ、『顔も見たくない』という別れ方をするのか?なぜ、そうした『無残な別れ方』をするのか?」これは、決して、この言葉が語られた時代の「若い人」だけの傾向ではない。

いつの時代にも、互いの心に深い亀裂を残す、「無残な別れ方」をする人間がいる。

「他人に対する好き嫌いの激しい人」「一時の感情に振り回される人」「心の中の『小さなエゴ』の強い人」そうした人は、多くの場合、人と別れるとき、「無残な別れ方」をする。

別れに際して、「心」を残し、「思い」を残すことのできない別れ方をする。そして、「香り」の無い別れ方をする。

そのため、時間が過ぎゆくにつれ、互いの心が変わり、和解ができる時代を迎えても、和解ができない。それは、「自分の非を認められない」ことや、「相手を許せない」ためではない。

かつての別れ際に「心」や「思い」を残さなかったため、さらには、別れ際が「無残」であったため、和解しようと思っても、互いの心の間の「深い亀裂」のため、もはや、和解に向かって歩を進める余地が無くなっているからである。

例えば、別れ際に、「顔も見たくない」「二度と会いたくない」「もう信用できない」「裏切られた」「こんな人とは思わなかった」「見損なった」といった破壊的な言葉を吐いて、別れる。

こうした別れ方は、将来、互いの心が変わり、互いの心に「和解をしたい」という思いが浮かんでも、過去に吐いた破壊的な言葉が「心の障害」となって、一歩を踏み出せなくなる。

「あんなことを言って別れたのだから、いまさら・・」といった心境が邪魔になって、一歩を進められなくなる。

「人間関係が下手な人」とは、「人とぶつかってしまう人」のことではない。

「人とぶつかった後に、和解できない人」であり、「人とぶつかった後に、和解の余地を残せない人」のことである。

そして、こうした人の中には、歩んだ後を見ると、まさに「死屍累々」と呼ぶべき人間関係を残す人がいる。

喧嘩別れした人、決裂した人、決別した人、・・。

そうした数々の人々の一方で、何年かの歳月を経て、ふたたび心が触れ合った人、理解し合えた人、和解できた人が、ほとんどいない。

そうした「死屍累々」と呼ぶべき人間関係を残す人である。そして、これは、決して「若い人」だけではない。還暦を迎えたような人物でも、そうした人間関係を残す人もいる。

世の中には、「人貧乏」という言葉がある。なぜか、その人の周りから、人が離れていく。傍から見ていると、良き人が離れていく。しかし、本人は、気がつかない。

出世し、財産を築いても、「周りに集まる人」という財産が貧しくなっていく。そうした人物を、「人貧乏」と呼ぶ。その「人貧乏」にならないための大切な心構え。

それが、別れに際して「関係を絶たぬこと」、そして、「和解の余地を残すこと」であろう。

「和解」は、ときに、十年の歳月を超えて起こる

では、なぜ、この「関係を絶たぬこと」と「和解の余地を残すこと」の大切さを語るのか?実は、著者自身、一人の人間としての拙い歩みの中で、そのことの大切さを教えられたからである。

そのエピソードを語ろう。

著者がシンクタンクの部長をしていた時代、部下の一人、A君が、他の部署への転属を希望してきた。

その理由は、著者のマネジメントの方針に強く反発したからであった。

著者は、組織の運営方針として、チームワークやチームプレイを重んじていたが、そのA君は、才能溢れる人材ではあったが、個人プレイが目につく部下であった。

そのため、A君に対しては、部長として、何度か厳しい処し方をせざるを得なかった。しかし、その著者のマネジメントに対して、納得ができなかったのであろう。A君は、他の部署への転属を求めてきたのである。

その希望を受け容れ、A君の転属を認め、最後に部長室で、「新しい部署でも頑張って」と激励の言葉を送っても、A君の気持ちは冷めていた。

「有り難うございました」の挨拶も無く、会釈をすることもなく部長室を出て行った彼の後ろ姿に、私のマネジメントへの強い反発が表れていた。

その後は、A君と社内の廊下ですれ違っても、言葉を交わすことはおろか、彼は目も合わせてくれなかった。

こう述べると、A君という部下が、わがままで、自分勝手な人物のように聞こえるかもしれないが、決してそうではない。

いま振り返れば、当時の自分のマネジメントは、寛容さの無い、未熟なマネジメントであったと思う。

しかし、そうした一人の未熟なマネジャーながら、一つだけ大切にしていたことがあった。それは、「自分から心を閉ざさない」ということであった。

それは、かつて、著者の恩師、医学部のY教授が教えてくれた「君は、可愛気が無い」という言葉が、マネジメントの道を歩むようになってからも、心の中で鳴り響いていたからである。

それゆえ、A君が、目も合わせない、言葉も交わさない、心を開かないというときでも、廊下やエレベータで会ったときは、必ず、自分から、「元気でやっているかい」「あの記事、読んだよ」「先日のテレビを見たよ」「活躍しているじゃないか」と声をかけた。

そうした形で、こちらから声をかけ続けていると、A君は、「ええ」「まあ」といった短い言葉は返すようになり、彼の心の中で、少し氷が融けてきたようにも感じられたが、やはり、いまだ、心を開く気持ちにはなれないようだった。

それから歳月が流れ、著者も、A君も、このシンクタンクを離れ、それぞれの道を歩み始めた頃、それは、彼が私の部署を離れてから十年近く経った頃であったが、たまたま、東京丸の内のホテルのロビーで、A君と出会った。

そのときの会話が心に残っている。

「おお、A君、久しぶり!」「ああ、田坂さん!久しぶりです!」「元気そうだな。君のメディアでの活躍は、拝見しているよ」「有り難うございます」「良かったら、一度、自分の新しいオフィスに遊びに来ないか?」「ええ、ぜひ、伺います」数日後、彼が、著者のオフィスにやって来た。

応接の椅子に座るなり、彼が語った言葉が、さらに心に残っている。

「田坂さん、私、最近、あるNPOを立ち上げたんですが、そのNPOの代表になってみて、初めて、田坂さんが自分に言おうとしたことが分かったんです。

最近は、リーダーとして壁に突き当たると、いつも田坂さんなら、どう考えるだろうか、と思うんです・・」

このエピソードは、決して、自分のマネジメントを誇るような意味で語っているのではない。自分のマネジメントは、いま振り返っても、恥ずかしくなるほど未熟なマネジメントであったと思っている。

むしろ、誉められるべきは、過去に、あれほど反発した人間に対して、こうしたことを語れる、A君の「しなやかな心」であろう。著者が、このエピソードを紹介した理由は、ただ一つのことを、読者に伝えたいからである。

人生において、出会った人と心が離れたとき、たとえ、自分が、どれほど未熟な人間でも、心の中で「相手との関係を絶たない」ということを大切に歩んでいると、人生というものは、ときおり、「素晴らしい贈り物」を与えてくれる。

そのことを伝えたいからである。

このエピソードにおける「素晴らしい贈り物」とは、十年の歳月を超えて、A君と和解できたことである。

そして、A君から、こうした温かい言葉をかけてもらったことである。そして、著者は、この体験を通じて、人生から、一つ、大切なことを教えられた。

十年の歳月を超えて、人間は和解できる。そのことを教えられた。

どれほどこじれた人間関係でも、我々が「心の姿勢」を誤ることなく歩むならば、十年の歳月を超えても、その相手との和解の機会が与えられるときがある。

そして、ここで語る「心の姿勢」とは、どのような不和や不信、反目や反発、対立や衝突の後でも、必ず、「相手との将来の和解の余地を残す」という心の姿勢である。

なぜなら、いかなる経緯があろうとも、時の経過とともに、人間の心境は変わることがあるからである。あれほど激しくぶつかった相手でも、相手を許す気持ちになれるときが、やってくる。自分の非を認める気持ちになれるときが、やってくる。相手に感謝する気持ちになるときさえ、やってくる。

そうであるならば、将来、自分と相手の心境が変わったとき、「和解」できる余地を残すこと。それは、まさに、人間として「より良き人生を生きる」ための叡智であろう。

先ほど紹介した、十年の歳月を超えてのA君との和解のエピソードは、著者にとって、そのことの大切さを教えられた体験であった。

そして、有り難いことに、拙い歩みながら、著者の人生において、こうした「十年の歳月を超えての和解」という体験は、他に、いくつも与えられた。

それらの体験を通じて、著者が教えられたことは、「将来の和解の余地を残す」という叡智とともに、「人間の心のしなやかさを信じる」という姿勢の大切さであった。

その意味で、我々は、誰かとの間で、心の不和や不信、反目や反発、対立や衝突によって、離反や離別という形での「別れ」を迎えたとき、たとえ、その瞬間には、心が動かなくとも良い、言葉だけでも、将来の和解の余地を残す言葉を語るべきであろう。

「また、いつか、お会いしましょう」「いつか、笑って、お会いできると良いですね」「また、お会いするときがあるかもしれません」どのような言葉でも良い、決して「無残な別れ」にならない言葉を語り、「香り」のある別れをすることができるならば、人生においては、我々が思っている以上に、不思議なことが起こる。

「しなやかな心」とは、その人生の不思議を信じる心のことでもある。

すでに他界した人との和解はできるのか?

さて、ここまで、過去に、不和や不信、反目や反発、対立や衝突によって心が離れた人との「和解」について述べてきた。しかし、ここで読者から、一つ、疑問の声が挙がるかもしれない。

「いくら過去に別れた人と和解できると言っても、すでに他界した人との和解は、できないのではないか?」たしかに、その通り。すでに他界した人と、直接会い、和解することはできないだろう。

しかし、我々の人生において、出会った相手が、心が離れ、和解することなく、他界してしまうことは、ある。

では、そのとき、我々は、その形を迎えた人間関係に、どう処すれば良いのだろうか?そのためには、我々は、「和解」ということの意味を、深く考えてみなければならない。

そもそも、「和解」とは、「誰」と和解するのだろうか?もとより、「和解」とは、「心が離れた相手」と和解することであると理解されている。しかし、実は、我々が「和解」する相手、「和解」を求める相手は、それだけではない。

一つのエピソードを語ろう。

著者の大学時代、友人の一人、A君が、自殺をした。

彼の遺書には、誰かを責める言葉は書いていなかったが、友人たちは、A君が自殺をしたのは、B君と女性のCさんとの三角関係に悩んでの自殺ではなかったかと感じていた。そして、そのことを誰よりも辛い思いで感じていたのは、やはり、B君であった。

しかし、友人たちの誰も、A君の自殺について、B君を責めることはしなかったし、B君が、責められる立場にあるとも考えていなかった。

そして、何年かの歳月が経ち、友人たちの間でも、A君の記憶が薄れていった時期のことである。著者は、たまたま、ある用事で、A君の墓のある寺の前を、車で通った。もう辺りは薄暗くなっている夕方のことである。

ふと、車の窓から、その寺の門の方を見ると、B君が、その門から出てきたところであった。その瞬間に、彼の表情を見て、理解した。命日でも、法要の時期でもない、その日、彼は、A君の墓参りに来たのであった。

そして、彼の表情を見たとき、あれから何年経っても、彼は、A君の自殺について、自らを責める思いでいることを感じた。

おそらく、彼は、そのことで、心が苦しくなったとき、一人、A君の墓参りに来ていたのだろう。そして、そのとき、「墓参り」ということが、なぜ、我々の人生において、深い意味を持っているのかを理解した。

古い時代の人々にとって、「墓参り」とは、ある意味で、すでに他界した人との「和解」の場でもあった。

他界した人が、極楽浄土や天国と呼ばれるような場所で生きていると信じられた時代。「墓参り」を通して、他界した人と、語り合うことができると信じられた時代。

それは、すでに他界した人に、語りかけ、声に耳を傾け、感謝し、祈り、願い、ときに、謝り、詫び、許しを請うことのできる場であった。

そして、科学の発達したこの時代においても、多くの人々の心の中には、「墓参り」を通じて、他界した人と語り合うことができるという感覚が、ある。

では、本当に、我々は、「墓参り」を通じて、他界した人と語り合うことができるのか?おそらく、それは、これから、どれほど科学が発達しても、「永遠の謎」であろう。

しかし、この時代においても、「墓参り」を通じて、たしかに我々の心の中に生まれる「和解」がある。それは、自分自身との和解である。

B君は、なぜ、A君の墓参りに行くのか?もとより、彼は、その墓参りを通じて、すでに他界したA君との和解を求めているのであろう。

もし、我々の声が、墓参りによって、他界した人に伝わるのであれば・・。

しかし、一方、彼の心の奥深くで、和解を求めている相手は、もう一人いる。それは、「もう一人の自分」。

A君を自殺に追いやった自分自身を責め続ける「もう一人の自分」であろう。彼は、その「自分を許せない自分」との和解を、心の奥深くで求めている。

そして、その彼の心の奥深くの思いが、ときおり、彼を、A君の墓参りへと向かわせるのであろう。いや、これは、B君だけの姿ではない。

実は、我々は、誰もが、すでに他界した人に対して、何がしかの自責の念を、心の奥深くに抱いている。

生前、良き関係を結べなかったことへの自責。支えてあげ、楽にしてあげられなかったことへの自責。苦しみや悲しみを与えてしまったことへの自責。

苦しみや悲しみを理解してあげられなかったことへの自責。親孝行をしてあげられなかったことへの自責。長生きをさせてあげられなかったことへの自責。

我々は、心の奥深くに、すでに他界した人に対する、こうした自責の念を抱いている。だから、我々は、墓参りに行くのではないか。

人生においては、心の奥深く、深い自責の念を抱いて行く墓参りが、ある。そのとき、我々が求めるのは、もし、叶うものであれば、他界した人との和解。

しかし、それが叶わないとしても、我々が、心の奥深くで願っている、もう一つの和解がある。それが、自分自身との和解心の奥深くにいる、自分を責める思いの「もう一人の自分」。

その自分との和解を求め、その自分との対話を求め、我々は、墓参りに行くときが、ある。

そして、その墓参りにおいて、「もう一人の自分」との対話が、深く、静かな対話になるとき、我々の心には、ある「癒された感覚」が訪れる。

そして、その感覚の中で、墓を後にするとき、生前、和解することのできなかったあの人が、静かに微笑んでくれているような気がする。

それは、たとえ、他界した人と和解できた瞬間ではなくとも、心の奥深くの自分が、癒される瞬間ではないだろうか。

なぜ、我々は、墓参りに行くのか?それは、すでに他界した人と、心の関係を絶たぬため。その人と、そして、自分自身と、深く、静かな対話を続けるため。それは、我々の心を成長させ、我々の人生に深みを与えてくれるかけがえのない時間に他ならない。

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