第一章快楽と不安の二項対立
自分はがんだと信じた人が、誤診だったのに本当に死んでしまった。
強すぎる恐怖は人を殺しさえする。
快楽を追う回路と危険を避ける回路のせめぎあいという原理が、人間の脳を理解する鍵になるのだ
「ものごとには良いも悪いもない。
それを決めるのは当人の考えひとつだ」──『ハムレット』第二幕第二場よりウィリアム・シェイクスピア冷たい、雨の日だった。
予定に遅れそうになっていたわたしは、ロンドンのラッシュアワーの地下鉄がどんなに混みあうか、すっかり忘れていた。
足早にどこかに向かう雨に濡れた大勢の人々をかき分け、急いでプラットフォームに降りようとしたとき、アナウンスが聞こえてきた。
「セントラル・ラインはしばらくのあいだ、運転を見合わせます」あたりからいっせいに、うんざりしたようなどよめきがあがった。
それからしばらくして、次のニュースが流れた。
「ボンドストリート駅で、車両の下に人体。
セントラル・ラインは全線で運行を停止」。
それが何を意味するのか、だれもがすぐに理解した。
古きロンドンの地下鉄で、また新たな自殺者──。
イライラしていたことに罪悪感を覚えたのは、おそらくわたしひとりではなかったはずだ。
列車の下に身を投げたのがポール・キャッスルだったことは、あとで知った(1)。
大資産家で、ポロ競技の選手。
そしてチャールズ皇太子の友人でもある男。
貧しい境遇から身を立て、二度財を築いて二度それを失い、現在はロンドンでいちばん高級な一帯に複数の地所を所有している。
スイスのサンモリッツにも豪華な別宅をもち、別宅へ飛ぶための自家用ジェット機まで所有しているはずだ。
そんな人物が、いったいなぜ?彼の友人たちにも、理由はさっぱりわからなかった。
「自殺するような男じゃない」と彼らは訝った。
友人のひとり、ステファン・ブルックの話によれば、ポールは最近健康上の問題を抱え、不況で事業に影響が出ていたともいう。
真実はわからない。
けれど、おそらくは一瞬の悲観と絶望から、彼は「もう生きる意味はない」と決意してしまったのだろう。
ポール・キャッスルが命を絶つ前の日の夜、ロンドンの町の反対側にあるブラックフライアーズ橋から、ひとりの若い女性が暗く凍てつくテムズ川に身を投げた。
彼女はもちろん死ぬつもりでいた。
が、水に落ちた瞬間、眼前に迫る船を見てパニックにおちいり、叫び声をあげはじめた。
数秒後その悲鳴を、船の上にいたアダン・アボベイカーという男が聞きつけた。
彼は救命具をつかみ、暗い水面の遠くをめがけて放った。
だが、「声のあたりには、まるで届かなかったようだった」と、のちにアダンは語った(2)。
彼は躊躇なくセーターとコートを脱ぎ捨て、川に飛び込んだ。
探しあてるまでに二分を超える時間がかかったが、アダンはなんとか女性を岸まで運び、事態を目撃した監視艇の乗組員に助けられた。
二人は低体温症を起こしていたが、近くの病院に運ばれて数時間の治療を受け、ことなきをえた。
「当たり前のことをしただけだよ」。
聖マンゴーのホームレス用施設で暮らす不遇の身のアダンは、自分の勇気を何でもないことのように語った。
「あの女の人に、家族がいるといいのだがね。
人生には生きるだけの価値がある。
投げ出しちゃいけない」。
ポール・キャッスルはなぜ、こんなふうに考えられなかったのか?世の中には、ものごとはかならずうまくいくと強く信じる人がいるいっぽう、希望に満ちた未来をどうしても思い描けない人もいる。
富のあるなしは、ほとんど関係がない。
無一文のアダン・アボベイカーは、それでも「人生を投げ出しちゃいけない」と勇敢な行動に出た。
ポール・キャッスルは、おおかたの人が望んでも得られない巨大な富と成功を手にしていたのに、もう生きる意味はないと命を絶った。
その気持ちは「一時的な状態」か、「気質」かこうした心のもち方の根本的なちがいを数値でとらえようと、心理学者と神経学者は長いあいだ研究を重ねてきた。
その第一歩はまず、「楽観」「悲観」という言葉の意味を問い直すことだ。
日常生活ではともかく、徹底した科学の分析に使うには、言葉の定義をもっと厳密にする必要がある。
言葉の意味があいまいなままでは、それが示す心の傾向を正しく数値化することもできないからだ。
心理学上もうひとつ重要なのは、何かの感情が「一時的な状態」なのか「気質」なのかを区別することだ。
これまでに幸福や絶望を体験したときの記憶を思い起こしてみてほしい。
何かの賞をもらったり、ワクワクするような仕事のオファーを受けたりしたときのこと。
あるいは、だれかが亡くなって悲しい思いをしたときのこと。
そうした経験は幸福や悲しみの「状態」であり、日々の生活の浮き沈みを反映しているだけだ。
いっぽうの「気質」はもっと安定したもので、時間がたっても消え去ったりしない。
人それぞれの感情のスタイルや思考方法が気質であり、それは生涯にわたってほぼ変化しない。
メアリーの「メアリーらしい」気質は年をとってもあまり変わらないし、デイヴの「デイヴらしさ」もまたしかり。
活発でいつもご機嫌な赤ん坊は、冒険心いっぱいの積極的な子どもに成長し、たいてい社交性に富んだ外向的な大人になるものだ。
いくつもの科学的な調査からもこのことは裏づけられている。
ある研究によれば、調査の開始から九年後の幸福度や楽観度をいちばん正確に占っていたのは、調査を始めた時点での幸福度や楽観度だった。
生活環境が大きく変わっても、もともと楽観的な人はほぼいつも楽観的、もともと悲観的な人はほぼいつも悲観的な傾向が認められたという。
気質が違うと、経験することが違う?オーストラリアのメルボルン大学のブルース・ヘディとアレクサンダー・ウェアリングは一九八九年に発表した研究の中で、「人がどんな経験をするかは気質に影響される」ということを示唆した(3)。
二人はヴィクトリア州の住民に数年がかりで聞き取り調査を行い、人が感じる幸福度に「出来事」と「気質」のどちらがどのくらい影響をおよぼすかを解明しようとした。
幸福度の(たとえば)四〇パーセントは気質に、残る六〇パーセントは起きた出来事に起因するかもしれないし、逆にもともとの気質のほうが出来事より重要な可能性もあると、二人は予測していた。
だが二人の研究者はまもなく、「気質と出来事は、それぞれ別個に幸福度に影響する」という前提そのものが誤っていたかもしれないことに気づいた。
調査が進むにつれ、同じような出来事が同じ人の身に繰り返し起きていることがあきらかになったのだ。
幸運な人には何度も幸運が訪れていた。
いっぽうで、別離や失業など不運に何度も見舞われている人もいた。
そして、楽観的な人はポジティブな出来事を、悲観的な人はネガティブな出来事をより多く経験していた。
気質と出来事が別個に幸福度に影響するというのはどうやら誤りで、気質はむしろ、起きる出来事に強い影響を与えているようだった。
その後の研究でも、出来事には個人の性格──わたしのいう「アフェクティブ・マインドセット」──が強く、しかも継続的に影響することがわかった。
いつ
も活発で外向的で、愛想のよい子どもを思い浮かべてみよう。
そういう子に接するとき、まわりはどんなふうにふるまうだろう?引っ込み思案であまり笑わない子どもに対するよりも、おそらくたくさん笑いかけ、たくさんスキンシップをしているはずだ。
子どもがそうしてずっと外向的にふるまっていれば、その子をとりまく世界は自然と、内向的な子をとりまく世界よりもポジティブなものになる。
子どもがどんな社会に生きることになるかは、運や偶然では決まらない。
その子の感情のスタイルが、その子をとりまく世界を規定する。
世界にどう向きあうかによって環境は変化し、どんなチャンスに巡りあうか、どんな問題に遭遇するかも変化するのだ。
マイケル・J・フォックスの不屈の楽観主義楽観と悲観も他の性格と同じく、「気質」と「一時的な状態」に分けて考えられる。
一時的な状態としてではなく気質として楽観的な人は、総じて陽気で明るく、まわりの人々をも明るく楽しくしてくれる。
だが彼らは、ただ単に陽気でハッピーな人間なわけではない。
楽観的な気質とはいわば、未来に真の希望を抱くことだ。
それは「ものごとはかならず打開できる」という信念であり、「どんなことがあってもかならず対処できる」という揺るがぬ思いだ。
単なる能天気とはまるでちがう。
楽天的な人は、自分の身に悪いことが起こらないと思っているのではない。
悪いことは起きるかもしれないが、起きてもかならず対処できると、彼らは強く信じているのだ。
いっぽう悲観的な気質の人も、いつも悲しみや不安に苛まれているわけではない。
彼らは未来に不安や懸念を抱きがちで、どこかに危険はないかとたえず気を配っている。
そして、うまくいきそうなことよりもいかなさそうなことに、つい多くの注意を向けてしまう。
いってみれば、慎重の度合いが過ぎる人々なのだ。
むろんこうした傾向が非常に強い人も、時には大きな喜びや幸福を感じ、未来に希望も抱く。
それでも、リスクを冒すよりは安全な道を選ぶのが、悲観的な人の特徴だ。
このように根底から異なる思考スタイルにそれぞれ長所と短所があることは、多くの科学的な証拠から示されている。
だがいちばん重大な発見は、楽観がプラスに作用するのは、適度なリアリズムと結びついたときだけだという事実だ。
やみくもな楽観や「悪いことはぜったい起こらない」という思い込みからは、プラスの結果はおそらく生まれてこない。
わたしはこの件について、俳優のマイケル・J・フォックスと話したことがある。
自他ともに認める不屈の楽観主義者の彼は、二九歳のときにパーキンソン病の宣告を受けた。
そして、大きな成功を収めてきた映画やテレビの世界でのキャリアを、この病気特有の運動障害のせいで断念せざるをえなくなった。
わたしが会ったときは病気の診断から一八年が過ぎており、彼はみずからドキュメンタリーを制作していた。
題名はずばり、「マイケル・J・フォックス:救いがたき楽天家の冒険(4)」。
楽観はどこから生まれるのか、たしかな方法で計測できるのか、それについて科学はどう考えているのかにマイケルが興味を示したため、わたしもこのドキュメンタリーの制作にかかわることになった。
撮影後に談笑していたとき、わたしは、楽観主義的な気質の鍵をマイケルがすべてもちあわせていることに気づいた。
たいていの人なら絶望するような病気の患者だというのに、彼の生まれながらの楽天性と、人生を楽しむ前向きな姿勢は変わっていないようだった。
「僕がリスクを自覚していないとか、この先何がどう悪くなっていくのか理解していないとか、そんなふうには考えないでほしい」と彼は話した。
「この先、どんなひどいことが起きるかもしれないって、ちゃんと覚悟はしているよ。
ただ、どんなことが起きても僕はぜったい対処できる自信がある。
これまでの年月で、何が起きてもかならず乗り越えられると学んできたからね。
もちろん、困難を歓迎はしない。
でも、だいたいにおいて僕は〝大丈夫、何とかできるはずだ〟と感じるんだ」最初のころいちばん辛かったのは、世間が彼を見る目が「俳優のマイケル・J・フォックス」から「パーキンソン病の俳優、マイケル・J・フォックス」へ、そして最後には「パーキンソン病の患者、マイケル・J・フォックス」へと変わっていったことだった。
「あれは、本当につらかった」とマイケルは言う。
それでも彼は抑うつ症におちいったりすることはなかった。
彼自身、しばしばそれを不思議に思ったという。
パーキンソン病を発病した以上、華やかなキャリアに終止符が打たれることはごく早い段階から覚悟していた。
それなのになぜ落ち込まないのかは、マイケル本人にも謎だった。
いくどか欲求不満を爆発させたことはあった(無理もないことだ)。
けれど、彼がなんとか未来に希望をもちつづけることができたのは、現実から決して目をそむけない楽観主義のおかげだ。
マイケルのような心の姿勢をもてるかどうかで、その先の人生は変わる。
科学もそれを示唆している。
どんなときでも生まれてくる楽観主義不屈の楽観は、楽観とは一見かけはなれた状況でも、自然に生まれてくるもののようだ。
アウシュヴィッツを体験したイタリアの作家、プリーモ・レーヴィの場合がそうだ。
わたしはまだ一〇代のころ、レーヴィの著作『アウシュヴィッツは終わらない』を読んで、深く感動したのを覚えている。
この本には、トリノの若い科学者だったレーヴィが強制収容所に連行され、そこで体験したことが記されている。
アウシュヴィッツでの出来事を、レーヴィは簡潔な文章で淡々と書き留めている(5)。
収容所での一年は、彼の人生を一変させる苛酷なものだった。
だが、まわりの人々が希望を捨てても、レーヴィは屈しなかった。
レーヴィのこの本は多くの意味において、人類の歴史上最大の闇の中でも人が前に向かって生きられることを示している。
アウシュヴィッツ後を描いた別の本の中でレーヴィは、ポーランドからロシア、そして東欧のあちこちを経てようやく故郷に戻るまでの長く苦しい旅を描いている。
そして旅の途中で出会った「人生への愛にあふれた力強い人々」が、収容所の生活で消えかけていたレーヴィの生きる喜びにふたたび火をともしてくれたと語る。
レーヴィの物語は徐々に、逆境をくぐり抜けた他の多くの人の体験と響きあう希望の物語として展開していく。
この種の楽観主義は、たとえば神のような至高の存在を信じる気持ちや、それにともなう「どこかにより良い生活がかならずある」という思いから生まれることもある。
あるいは、人間の善性を信じる深い思いから生まれることもある。
楽観主義(オプティミズム)という言葉本来の意味は、この善きものを信じる思いにずっと近い(6)。
わたしたちが今日「楽観主義」といって思い浮かべる「バラ色のメガネをかける」とか「明るい面ばかりを見る」などのイメージは、もとの意味からはかなり遠ざかっているのだ。
ラテン語で「可能なかぎりの最善」を意味する「オプティマム」に由来する「オプティミズム」は、ドイツ人の哲学者にして数学者のゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(一六四六~一七一六)が考えた概念だ。
ライプニッツによれば、神は可能なかぎり最善の世界を創造した、だから、それをさらに改善することはできない。
つまり、オプティミズム本来の意味においては、「ものごとの明るい面」だの「グラスに水が半分もある」だのの概念は無縁なのだ。
本来のオプティミズムとはだからむしろ、世界を善悪こみであるがまま受け入れ、なおかつ、そこに潜むネガティブなものに屈しないことだ。
プリーモ・レーヴィとマイケル・J・フォックスはどちらも、未来に問題や障害が待ち受けていることを、そして自分で創造的に問題を解決する必要があることを現実的に受けとめていた。
けれど彼らは「ものごとは最後にはうまくいく」と信じていた。
そして、たしかにものごとはうまくいった。
それは単に幸運だったからではない。
ふたりが、運命の手綱を自分で握っていたからだ。
自身の問題を解決するために行動を起こす人こそが、真の楽観主義者なのだ。
それでは、悲観主義の特徴とは?
悲観主義の特徴は楽観主義とほぼ正反対だ。
悲観的な気質の人はネガティブな考えに染まりやすく、何か障害に出会うたび、「自分は世界から拒絶されている」と受けとめてしまう。
ラテン語の「ペシマム」から生まれた「ペシミズム」は哲学的観点からいえば、あらゆる可能性の中で「最悪な」世界を意味しており、「ものごとは究極的にはすべて悪に引き寄せられる」という考え方だ。
だが、心理学の世界では「ペシミズム」は「オプティミズム」と同様、気質的な傾向や感情のスタイル──つまり、世界と向きあうときの、人それぞれの姿勢──としてとらえられている。
ペシミストつまり悲観主義者は「問題とは個人の力ではどうにもできないもので、けっして消えてなくなったりしない」と信じている。
わたしが以前インタビューしたある悲観主義者も、こう言っていた。
「悪いものごとは、どうやっても起こる。
人にはどうすることもできない。
自分でそれをコントロールするなんてできっこない」良いことは自分を素通りして他人にばかり起こると考えるのも、彼らの特徴のひとつだ。
この「自分には、良いことは起こらない」という無力感はしばしば、何に対しても消極的な態度や意欲の欠如につながっていく。
そして単なる悲観主義が抑うつ症へと発展する原因にもなる。
対照的に楽観主義者は、起きた出来事に自分がある程度影響を与えられると思っている。
そして問題が起きても、それを継続的な困難としてではなく一時的な障害としてとらえ、敢然と立ち向かおうとする。
世界をあるがまま受け入れる傾向をもともともっている彼らは、自分の未来とは結局、自分がものごとにどう対処するかで決まるとも信じている。
たとえばレーヴィが収容所での経験に押しつぶされなかったのは、まわりの人々の人間性や善良さに目を向けていたからだ。
マイケル・J・フォックスは病気の宣告を受けても絶望せず、病と闘うために立ち上がった。
そして、自ら基金を設立して、パーキンソン病の研究のための資金を年間何百万ドルも集めるようにまでなった。
楽観と悲観を計測するこのように、ものごとを悲観的に見るか楽観的に見るかで、出来事をどう経験するかは大きく変わる。
そしてその影響は、生涯にわたってつづく。
この悲観と楽観という心の姿勢を計測しようと、心理学者は巧妙な手段をいくつも考えてきた。
ひとつの手段は、たとえば「あなたは楽観主義者ですか、悲観主義者ですか?」と単純に質問してみることだ。
性格の特徴を調べたり評価したりするこの種の尺度や質問票は、今や世界中の心理学部にあふれかえっている。
「あなたは賢いですか?」「あなたは幸福ですか?」「あなたは強い心の持ち主ですか?」。
答えに差のあるところ、かならず質問票はつくられるということだ。
この種の尺度のうち、もっともシンプルで信頼性の高いのは、マイアミ大学のチャールズ・カーヴァーとカーネギー・メロン大学のマイケル・シャイアが開発した〝楽観性尺度(LifeOrientationTask:以下LOT)〟と呼ばれる測定法だ。
これを改訂したものは〝改訂版楽観性尺度(LifeOrientationTaskRevised:以下LOT‐R)〟と呼ばれる。
このLOT‐Rは長年、心理学の代表的な調査として研究に使われ、その結果をもとにして個人間の楽観度や悲観度の相違が論じられてきた(7)。
ここで、あなたの楽観と悲観の度合いを知るため、次のページの質問に回答してほしい。
重要なのは、それぞれの質問に正直に答えること。
個々の質問に対する答えが他の質問に影響されないようにすること。
他人がどう思うかではなく、自分がほんとうにどう感じるかに従って、それぞれの質問に回答することだ。
回答し終えたら、章末の採点方法をもとに自分の点数を算出してみよう。
ごく一般的な人の合計点数は一五点前後で、「ゆるやかな楽観主義」と判定される。
点数が極端に低ければその人は悲観的なものの見方をしているということになり、合計点数が二〇点近いか、二〇点を超える場合は、人生を非常に前向きに見ていることになる。
このLOT‐Rという尺度を使えば、個々の人生観の核を数値的にとらえることができる。
もちろん、人生をどんなふうに見るかは、時により多少は変化する。
だがいちばん奥深いレベルでは、時間がたってもほとんど変わることがない。
単純な話、今から一年後にもう一度同じ質問票に回答しても、点数はほとんど変わらないはずだ。
だが、この種の方法にはリスクもある。
人が質問にどう回答するかは、さまざまな要因に影響されるからだ。
たとえば、自分の回答をキュートな心理学者が採点しているところを空想したら、つい、ほんとうに感じているよりもポジティブな自分を演じてしまうかもしれない。
回答者が単にウソをつくこともありうるだろう。
中でもいちばん厄介なのは、人が自分の心の動きを理解していない場合だ──というより、たいていの人は自分の心の動きを理解などしていないのだ。
人間の心の中では、思いもよらない動きが起きている。
そして多くの人はそれを自覚していない。
これは調査の結果からもあきらかだ。
たとえば「新聞を開いたときあなたは、ネガティブな記事よりポジティブな記事に目がいくほうですか?」と質問されたら、たいていの人ははっきり答えることができない。
自分はポジティブなニュースに目がいくと考えている人も、もちろんいるかもしれない。
だが、脳がどんなタイプの情報を瞬時にキャッチするかを実験で調べた結果、情報の選択は意識のレーダーのずっと下で作用することがわかっている。
だから、楽観と悲観のちがいを徹底的に数量化するためには、「人生をどう見ているか」を正面から質問するだけでは不十分で、それ以上の何かが不可欠なのだ。
脳の活動を機械で調べるひとつの方法は、ポジティブもしくはネガティブな事柄に脳がどう反応するか、そのパターン自体を調べることだ。
人間の関心がネガティブなものやポジティブなものにどう引きつけられるかという、認識の複雑な仕組みがわかれば、「アフェクティブ・マインドセット」の根底にあるものについても重要な手がかりが得られるはずだ。
今日では、脳内を映像化する技術のめざましい進歩により、楽観や悲観をつかさどる回路を詳しく測定することが可能になっている。
こうした技術を使えば、人々が質問票にどう回答するかよりも、さらに深い分析ができる。
とくに刺激的で新しい洞察をもたらしたのは、機能的磁気共鳴画像法(以下、fMRI)を使った実験だ。
脳をスキャンするこの機械は平たくいえば巨大な磁石のようなもので、脳をめぐる血流を視覚化することができる。
これを使えば、人が何かポジティブなことを考えたり楽しい画像を見つめたりしているとき、脳のどの部分が活性化するかが一目でわかる。
活性化した部分には血液が集まり、充血した状態になるからだ。
脳のどこか一部が特別な仕事を要求されると、そこは一気にスパークして活動状態になり、大量のエネルギーを使い果たす。
結果的にエネルギーが足りなくなり、「もっと酸素をたくさん、できるだけ早くこっちに送れ」というシグナルが脳の他の部分に発せられる。
そうして酸素が、血流を通じて必要な部分へと大急ぎで輸送される。
この血中酸素の急増を、fMRIは探知するのだ。
活動中の脳がどんな状態にあるかは謎に包まれていたが、fMRIを使って脳の襞やくぼみをめぐる酸素の流れを追うことで、大きく解明が進んだ。
楽観的もしくは悲観的な心の動きに脳のどの部分が関連しているのかも、ピンポイントでわかるようになった。
さらにあきらかになったのは、こうした脳内の活動パターンに一定の安定性があることだ。
もしも今あなたが何かの賞をとり、その喜びの瞬間に脳のどこが活性化するかを調べたら、半年後に何か別の良いことが起きたときにも、だいたい同じあたりが明るくなる。
悪い知らせを聞いたときには脳内の別の場所が活性化するが、それから一年後に何かで失望を味わったら、やはり同じ場所に反応があらわれるはずだ。
先のLOT‐Rと同様、脳の活動パターンの研究からも、「アフェクティブ・マインドセット」が安定性をもつことが示された。
fMRIなどの方法を使えば被験者は、自分を偽ることも、実験者が聞きたがっている(と被験者が思っている)回答を故意に選ぶこともできない。
これが、脳の反応を直接計測する方法の大きな利点だ。
だからこそ、これらの技術は、ものの見方のちがいを探る手段の要として使われている。
楽観と悲観の度合いをより正確に数値化するさいにも、被験者に質問するという主観レベルと、異なる心の動きにどの脳内回路が関連しているかを調べる神経レベルと、ふたつの方向からの調査が可能なのだ。
心の根底にある微妙なクセ、「認知バイアス」「アフェクティブ・マインドセット」の作用を調べるには、もうひとつ方法がある。
わたしたちが世界を見るときの癖──いうなれば、それぞれの性格の根底にある想像力の偏り──を検証するのだ。
こうした認知的なプロセスは、「質問票に人がどう答えるか」と「脳内の神経細胞(ニューロン)がどう活動するか」のいわば中間に位置している。
ポジティブなことやネガティブなことへの反応の偏りはごくわずかで、単に被験者に質問をするだけでは計測ができない。
そもそもわたしたちは、心の奥で起きているこうした動きを自分では認識していないのだ。
いっぽう、脳内を映像化する技術を駆使しても、神経の活動から生じる記憶や想像や解釈の微細な振れを、十分に解明することはできない。
こうした心の状態を「認知バイアス」と呼ぶ。
これをとらえるのに最適なのは、認知心理学の伝統的な手法だ。
次のような状況を想像してほしい。
あなたが道を歩いているとき、久しく会っていなかった知り合いがこちらにやってくるのが見えた。
けれど相手は、挨拶するつもりでいたあなたのすぐ横を、こちらを一瞥もせずに通り過ぎてしまう。
あなたは相手のことを無礼なやつだと思うかもしれない。
自分は好かれていないのではないか、話をしたくなくて、巧妙に無視されたのではないかと思ってしまうかもしれない。
あるいはそうではなく、相手は忙しくて何かに気をとられていたから、単にあなたが見えなかったり気がつかなかったりしたのだと、解釈するかもしれない。
こちらの名前を思い出せず、ばつの悪い思いをするのが嫌だったのだろうと考えるかもしれない。
状況を「どう解釈するか」が、「どう感じるか」に大きく影響することを、この例はわかりやすく示している。
同じ状況を「相手は何かに気をとられていたのだ」とポジティブに解釈すれば、それは楽観的な心の傾向を助長するが、「自分は嫌われているのだ」とネガティブに解釈すれば、ネガティブな思考のスパイラルが起こり、悲観的な心の傾向にさらに拍車がかかる。
「アフェクティブ・マインドセット」のおおもとにあるのは、この、ものごとをどう解釈するかという偏りだ。
脳はそうした認知のバイアスを幾層も含んでおり、それらが無意識下で作用する結果、人間はそれぞれ偏った視点でものごとを見るようになる。
人間の心にはこのように、良いことや悪いことをすばやく察知したり、どちらともとれるような社会的状況を自分の良いように、あるいは悪いほうに解釈したりする癖がある。
それこそが、人が自分をとりまく世界をどうとらえるかの土台になっている。
何に注目すべきかを一瞬で選ぶ力、「選択的注意」では、認知の偏りはそもそもどのようにして生じるのだろうか?この問題に答えるには、瞬間ごとに目と耳を襲う情報の嵐から「何に注目すべきか」を人間がどのように選びとるかを考えてみるといい。
現代社会の情報の洪水の中で何に注目するかは非常に重要で、この選択を行う能力は、心の安定のためにも非常に重い意味をもつ。
認知心理学者は、この「何に注目するか」を選ぶ力を「選択的注意」と呼ぶ。
そしてこの能力こそが、わたしのいう「アフェクティブ・マインドセット」の根本にある。
この「選択的注意」がどうはたらくかを理解するために、すこしのあいだ読むのをやめて、耳に聞こえてくるものに心を集中させてみよう。
きっと、今まで気づいていなかったたくさんのことを、はっきりと意識できるはずだ。
エアコンの唸る音や、遠くを飛ぶ飛行機の音。
窓の外で鳥が歌う声。
通りで子どもたちがはしゃぐ声。
どこかから聞こえるラジオの音。
手の中にあるこの本(あるいはこの電子本)の重みや、座っている椅子の背もたれの感触を今さらのように感じるかもしれない。
あとでしなければならないことが、突然脳裏に浮かんでくるかもしれない。
これらすべての感覚や思考はいつもそこにあった。
ただ、それに注意を払っていなかったから、後ろに引っこんでいただけだ。
緊急度の高いものに注意を集中させ、残りは認識から遮断する脳の習性は、きわめて重要だ。
それがなかったら、人はあふれる情報に押しつぶされ、身動きがとれなくなってしまう。
だがこの選択的注意はいっぽうで、脳が重要でないと判断したものをすべて認識からふるい落とす作用ももつ。
「アフェクティブ・マインドセット」のいちばん土台の部分にはこの選択的注意が存在し、人が何に注目し、何を無視するかに影響を与えている。
認知心理学者としてわたしは、脳のこの能力に強い関心をもってきた。
脳には、あるものごとに注意を集中し、特定の事実や経験だけを選びとって記憶する能力がある。
個々の性格や経験によって色づけされた一貫したストーリーの中に、取捨選択した記憶を織り込んでいく能力もある。
これは現代の科学における、たいへん魅力的なテーマだ。
人の心はそれぞれ無数のバイアスに満ちている。
人がどんなふうに世界を見つめるか、どんなふうに過去を思い出すかは、そうしたバイアスに影響されるのだ。
この世に生まれた瞬間から人間は、嗅覚や視覚、聴覚や触覚に訴える情報に四方から襲われる。
だから赤ん坊の心はまさに情報の嵐の中にある。
アメリカの科学的心理学の祖ウィリアム・ジェームズは、これを「花ざかりの騒音と混乱」と呼んだ(8)。
この情報の嵐を整理するのが脳の役目だ。
無数の情報の中から重要なものだけを認識し、重要度が低いものにはあまり注意を払わないよう調整する複雑な仕事を、脳は確実にこなさなくてはならない。
こうした脳のはたらきが心に作用し、心の中で起きるあらゆるプロセスを導いていく。
ものの見方次第で世界は善なるものになるわたしがまだ少女のころ、近所にミスター・グラハムというお年寄りが住んでおり、わたしは定期的に彼の手伝いをしていた。
ミスター・グラハムは当時おそらく八〇代だったはずで、背が高く壮健な体つきではあったが、老いは隠しようもなかった。
若いころはトリニティ・カレッジのクロスカントリーチームで鳴らしていたというが、戦争で足に大きなけがを負い、さらには寄る年波も加わって、体の動きは緩慢で弱々しかった。
奥さんは何年か前に亡くなっており、丹精込めた庭を足を引きずりながら歩くことはなんとかできるものの、自分で店まで買い物に出ることはもはや困難になっていた。
わたしはときどき買い物を頼まれ、ときには昼食を作ってあげたりもしていたが、あくまで自主独立にこだわるこの老人は、あまり多くの援助を受けるのをよしとしなかった。
わたしたちが暮らしていたのはダブリンから二〇キロの風光明媚な一帯で、息をのむほど美しい入り江や浜辺や海岸特有の景色に囲まれていた。
晴れた夏の日曜日には、ダブリン北部から人々が大挙して海岸や散歩道に押し寄せてきたものだ。
残念ながら、アイルランドの空が晴れているのはごくまれだ。
一年の多くの月は、立ち込める暗い雲や湿った霧、そして海からごうごうと吹き寄せる強風が、日々をさらにもっと過酷なものにする。
けれどそんないちばん暗い日々の中でさえ、ミスター・グラハムは見事なほどに楽天的だった。
凍てつくように寒い朝、彼はよくわたしに、堅い土を破って植物が新しい芽を出そうとする最初のしるしを指し示してくれた。
「ラッパスイセンが顔を出すのも、もうまもなくだよ」というように。
戦争の話も聞かせてくれた。
そこにはむろん悲しい出来事や暗い瞬間がちりばめられていたが、それでもミスター・グラハムは戦地での仲間や彼らとの深い友情について幸福な思い出をもち、そこから活力を得ているように見えた。
彼は、悲しい出来事に鈍感だったわけではない。
悲嘆にくれていることも時おりあったし、五〇年以上連れ添った奥さんに先立たれたことを、深く悲しんでいた。
けれど、ミスター・グラハムはいつでも、ものごとの明るい面に視線を向けていた。
彼は何につけ良いことに目をとめ、悪いことがあっても手ひどく打ちのめされたりはしないようだった。
今もまだ覚えている出来事がある。
ある寒い朝、ミスター・グラハムの家の前にあるバス停で学校に行くバスを待っていたわたしは、彼がゴミを出すために道路に出ようと、急な斜面をふうふう言いながら登ってくるのを目にした。
手を貸そうと申し出ても無駄なことは、経験からわかっていた。
ゴミ箱をようやく門のところまで引きずってくると、ミスター・グラハムは深く息を吐きながら外を見やった。
灰色の靄のあいまから、猛り狂う冷たい海がかろうじて見えている。
「こんなに美しい場所で生きられるなんて、われわれは何と幸運なのだろうね」と彼はつぶやいた。
どんな「アフェクティブ・マインドセット」をもつか次第で、実生活がどんなふうに展開するかが変わる。
たとえば、あなたが会議にほんの少し遅刻したとき、上司の顔に浮かんだ中途半端な笑顔をどう解釈するか、考えてみよう。
上司はあなたが到着したことを喜んでいるのだろうか、それとも遅刻したことに苛立っているのだろうか?その微笑みをどう解釈するかによって、あとで仕事を追加されたときの心境は変わる。
「わたしが来たので上司は安心したのだ」と状況をポジティブにとらえる人は、追加で与えられた業務を「これは重要な仕事で、上司はわたしならそれができると信頼しているのだ」というふうに考えるだろう。
いっぽう「わたしが遅刻したので上司は怒っている」と状況をネガティブにとらえる人は、追加の業務を「退屈で嫌な仕事」と考えがちだし、場合によっては懲罰として受け止めさえする。
わずかな危険やネガティブな要素につい目をとめてしまう人は、結果的に「世界は危険と失望に満ちている」という悲観を抱く。
いっぽう、喜びやポジティブな要素に自然と目がいく人は、「世界には善と成功があふれている」という楽観を抱く。
先のミスター・グラハムはその良い例だ。
何に目をとめるかで世界観ぜんたいが変わるというこの芸当を、わたしたちの脳はどんなふうに行っているのだろう?個々の人格や世界観は、人が世界の何にどれだけ着目し、何をどれだけ記憶するかにどう反映されているのだろう?いや、さらに重要なのは逆の問いだ。
人が世界をどう見るかによって、その人の感情のありようや人生観はどう影響されるのだろう?快楽は人を引き寄せ、不安は人を追い払うという単純な原理この疑問に答えるにはまず、複雑な要素をいったんぜんぶ取り払い、行動のいちばん原始的な面に立ち返ることだ。
人間の行動のいちばんの基本にあるのはもちろん、「ポジティブなものごとを求め、厄介なものごとを遠ざける」という習性だ。
良いものごとは人間を引き寄せ、悪いものごとは人間を追い払う、とも言える。
この単純な原理はあらゆる種に共通すると主張したのが、動物と人間を生涯観察しつづけたアメリカの心理学者、T・C・シュネイルラだ(9)。
あらゆる生物
にとって生き残る可能性を最大化する手段は、食物や性交などの〈良きもの〉に接近すること、そして捕食者や毒などの〈危険なもの〉を避けることだ。
人間のさまざまな行動や複雑な生態はすべて、これらふたつの習性から生まれていると言ってもいい。
一九二七年にニューヨーク大学心理学部の研究陣に加わったシュネイルラは、一九六八年に亡くなるまで同学部と米国自然史博物館に籍を置き続けた。
「心理学者は実験室の外に出て、野生の環境で生きる動物を観察するべきだ」という信条のもと、シュネイルラは野外調査の重要性を当時の心理学界で強く訴えた。
そのため彼は、「動物の行動は実験室の管理下でこそ、いちばんよく理解できる」と信じる同僚らとしばしば対立した。
今日においてもまだ、この問題については心理学者のあいだで意見が分かれている。
心理学者は、さまざまな複雑さをひっくるめたあるがままの世界を追求すべきなのか?それとも、実験室の中の厳密さをこそめざすべきなのか?シュネイルラの時代には、ヒトを含むあらゆる動物の行動を説明できる一般的かつ包括的な理論を展開しようという流れが中心だった。
当時は壮大な〈万物の理論〉の時代で、すべての種にまたがるスケールの大きな解釈だけが真剣に受け止められていた。
こうした時代性ゆえ、当時の心理学者らは、種と種の相違よりも類似性ばかりを追究するという愚を犯した。
実験用のシロネズミを使ってあらゆる種の行動を説明しようとしたのがその例だ。
科学者が種と種の類似性にとらわれすぎていたからこそ、ヒトを含むあらゆる生物の行動や記憶や感覚や感情まですべてを、一介のネズミをモデルとして説明しようというおかしなことが起きた。
壮大な理論にとらわれすぎれば科学者でさえ自明のことを見失う。
自明のこととはつまり、シュネイルラが指摘したように、「種と種はたがいに深く異なる」ことだ。
ハトとネズミを例にとって話をしよう。
ハトは目に見えたものをくちばしでつつく習性があり、ネズミは嗅覚に訴えるものに強く動かされる習性がある。
それぞれの習性を利用し、ハトを青い四角ではなく赤い丸に反応させたりネズミに迷路の抜け道を探させたりする訓練は、心理学では一般的に行われている。
だが、たとえばネズミにハトと同じ視覚的な訓練をしても、効果は出ない。
私の大学院時代の指導教官は何年か前にじっさいにその実験を試みたが、ネズミ(と学生)にトラウマを与える結果にしかならなかったという。
ネズミとハトにはたしかに類似する点もあるが、実験からも明らかなように、はっきりした相違があるのもまた事実なのだ。
こうしたことを、シュネイルラは一九二〇年代からすでに理解していた。
彼は実験室で行う研究の価値を否定はしなかったが、一九三二年にグンタイアリの研究のためパナマで最初の野外調査を行って以降、動物の不思議な行動や驚くべき行動は、自然界で普通の出来事として起きるのを観察しないかぎり、ほんとうに正しくは理解できないと確信した。
当時主流だった壮大な理論の提唱者からシュネイルラは目のかたきにされたが、結局、今日広く受け入れられている一般原則を作りだしたのは、皮肉にもシュネイルラのほうだった。
シュネイルラは実験室と野外の双方で行ったすべての観察と実験の結果から、あらゆる生物を結ぶ原理は、食物と安全な場所を見つけようという衝動(=報奨への接近)と、何かに食われないようにする衝動(=危険の回避)の二つに尽きると結論した。
ハトであろうとネズミであろうと馬であろうと、はたまたヒトであろうと、報奨に「接近する」ことと脅威を「避ける」ことは、行動の最大の動機づけだといえる。
報奨と脅威を見つけ出し、反応する能力が人生観を決める報奨と脅威を選択的に認識する能力は、生まれ落ちた瞬間からもう人間になくてはならない根源的な資質だ。
だからこそ、人間にはサニーブレインとレイニーブレインがどちらもそなわっている。
この能力は生来のものもあるし、生きる過程で獲得されるものもある。
一例を示そう。
多くの親の心配とは裏腹に、ハイハイができる乳児が何かの台の縁から転げ落ちることはごくまれだ。
それは生後わずか二カ月でもう、深さを識別する能力が芽生えるからだ。
このことは、次の古典的な実験でもあきらかだ。
まず硬いガラス板をいちばん上にのせた〈視覚的な崖〉の装置をつくり、その上に乳児をのせる(10)。
ガラス板の向こう半分の下は何もなく、そのまま下に落ちてしまいそうに見える。
手前半分のガラスの下には何かが置かれ、深さはごく浅く見える。
台にのせられた赤ん坊は、自分の下に硬いガラス板があるのを体で感じることはできる。
だが、彼らはどれだけうながされても絶対、向こう側の一見危険な領域には踏み出さなかった。
母親が台の向こうはしに立って手招きしても、結果は変わらなかった。
生まれながらの恐怖心があるからこそ、赤ん坊は落下の危険を回避する能力を獲得した。
母親の保護とぬくもりに向かいたいという欲望も、恐怖に打ち勝つことはできないのだ。
〈報奨への接近〉と〈危険の回避〉がせめぎあう不穏な感じを理解するには、川の水を落ち着かなげに飲みながら、すぐ近くで休んでいるライオンにちらちら目を配っているアンテロープの姿を想像してみるといい。
この「行くべきか・とどまるべきか」という典型的な状況下では、快楽に向かう力と危険を避ける力のふたつが綱引きをしている。
勝つのはたいがい、危険を避けようとする力だ。
だが、危険に直面しつつなお快楽に向かう度合いは、人によりちがう。
先の実験でも、何人かの赤ん坊は視覚的な崖の上を途中まで果敢に踏み出したが、何人かの赤ん坊は崖のふちに近寄ろうともしなかった。
快楽の引力に強く反応する人もいれば、危険が醸す不安に人一倍反応し、危険からできるだけ遠ざかろうとする人もいる。
この相違はたいていごくわずかなものだが、生きるうちに何百回も何千回も繰り返されれば、個々の人生観に深く影響する可能性がある。
快楽に向かうこと。
そして不安を遠ざけること。
このふたつの巨大な動機づけこそが、長い進化の過程を通じて人間の脳内にさまざまな回路を発達させ、それらの集積が、恐怖と快楽をそれぞれつかさどる回路を形成した。
恐怖の回路はたえず危険に目を光らせ、予測不能な世界の中で身の安全を守る役目を果たす。
快楽の回路は、生存上良いものごとを確実に人間に捜し求めさせる役目を果たす。
生きるうえで欠かせないこれらふたつの作用は、わたしが「レイニーブレイン」「サニーブレイン」と呼ぶもっと大きな脳内のプロセスの推進力でもある。
レイニーブレインとサニーブレインはつねに世界を監視し、日常に潜む危険や快楽を人間が確実にキャッチできるようにしている。
そしてレイニーブレインとサニーブレインの反応のせめぎあいが、ものごとの認識にバイアスや偏りをもたらし、その結果、人それぞれの「アフェクティブ・マインドセット」が形成されていく。
これが、わたしが長年の研究から引き出した結論だ。
何に注目するか、という心のクセ「注意バイアス」他をさしおいて何かに注目する心の傾向を心理学者は「注意バイアス」と呼ぶ。
新聞を読んでいるとき、ひいきのスポーツチームの記事につい目が吸い寄せられた経験はないだろうか。
そういうとき人の心は、自分に関心がある部分を拾い上げるために、それほど関心を引かないその他たくさんの細かな情報を苦もなく無視している。
そうしたバイアスを通じて人はみな、自分にとっていちばん重要な事柄に自然に目を向けているのだ。
注意バイアスがどのように作用しているかは、イギリスの心理学者エドワード・チェリーが一九五三年に発見した有名な〈カクテルパーティー効果〉を考えて
みるとよくわかる(11)。
チェリーが発見したのは、たくさんの会話が同時に行われている混雑した部屋の中でも、自分の名前をだれかが口にすれば人はそれを聞きとれるという現象だ。
脳はすべての喧騒をどうにかして締め出し、自分の名前を口にしただれかの声にピントを合わせることができる。
この仕組みを解明するためにチェリーは、左右の耳にそれぞれ異なるメッセージを同時に送ることのできる特殊なヘッドフォンを設計した。
被験者は両耳から聞こえる別々のメッセージのうち、どちらかひとつに従うように指示される。
背景の雑音を排除し、ただひとつの音声に耳を傾けるのは人間にとって造作もないことだ。
実験でもたしかに被験者は、注意を向けていないほうの耳に入る音声を認識していなかった──が、自分の名前が発声されたとたん、彼らはその音声を認識し、そちらに注意を向けた。
ちなみに、危険と快楽にまつわる言葉が発せられたときも、人々の注意は瞬時にそちらに向かった。
興味深いことに、わたしたち人間はこうしたバイアスをまったく自覚していないようだ。
日々の生活を送るなかで、身のまわりで起こるものごとを、脳は旋回するレーダーのように絶えず分析かつ調査し、自分にいちばん関心のあるものごとを決して見逃さないようにしている。
チョコレートに目のない女性がダイエットを始め、甘いものを断とうとしている図を思い浮かべてみよう。
彼女の目はおそらく、チョコレートやキャンディの宣伝や広告ばかりに向かってしまうはずだ。
あなたもダイエットをしているときには、あらゆる街角のあらゆるカフェで人々が見せつけるようにケーキを食べ、全世界が結託してあなたの意志をくじこうとしているように感じるだろう。
もちろん現実にそんなわけはないのだが、これは人間の心のバイアスがもつすさまじい力を物語っている。
現実がどうであれ、わたしたちの目にはバイアスでゆがんだ現実が見えてしまうのだ。
感情にまつわる情報を認識するときにこうしたバイアスが生じると、人の世界観に大きな影響が出る。
楽観的な人はものごとの明るい面に、悲観的な人は暗い面に向かうバイアスがある。
だが、こうしたバイアスは一瞬のうちに、意識のはるか下で発生するため、計測が非常にむずかしい。
そのため、認知心理学者はいくつかの巧妙なテクニックを開発し、被験者が視線を動かしたときに脳が何を認識しているのか、正確に細かく計測できるようにした。
前述のチェリーが行った左右の耳に異なる音声を聞かせる実験は、どちらかの耳に入ってくる音に人が選択的に注意を合わせられることをあきらかにした。
認知心理学者はこの原則を、視覚に応用したのだ。
視覚の実験でもわかった注意バイアス視覚のバイアスを調べるのにいちばんよく使われる方法は、注意プローブ課題と呼ばれる手法だ(12)。
被験者の前に置かれたコンピュータの画面に、楽しげな写真と嫌な感じの写真、もしくは中立的な写真をペアにして左右に映し出し、どちらがより被験者の注意をとらえるかを調べるものだ。
一対の写真──たとえば歯をむき出して唸っている犬の写真と、愛くるしい子犬の写真──は画面にうかんですぐ、たいていは一秒の半分もしないうちに消え、そのあと画面の左右どちらかに小さな三角形(プローブ)があらわれる。
その三角形を見つけたら、手元のボタンをできるだけ急いで押すように被験者は指示される。
ボタンを押すまでにかかった時間はコンピュータに記録される。
心に強く訴える画像や注意を引く画像があった場所に三角形があらわれれば、人はそれをより素早く探知できることがわかっている。
この特性を利用すれば、被験者の認識がどんなふうに偏っているか、計測することができる。
たとえば、コンピュータの画面においしそうなアップルパイの写真と、あまりおいしくなさそうなサンドウィッチの写真が同時に一瞬映し出され、そのあと、アップルパイがあった場所に小さな三角形があらわれたとしよう。
もしもあなたの脳がアップルパイの場所にピントを合わせていたら(おそらく合わせているはずだ)、正しいボタンを素早く押すことができる。
三角形が、アップルパイではなくサンドウィッチのあった場所にあらわれていたら、おそらくそんなに速く反応することはできない。
注意プローブ課題をはじめとする多くの洗練された手法は、脳の中で起きている複雑な作用をあきらかにする。
こうした手法から、「心配性の人や悲観的な人はネガティブなものごとに引き寄せられるいっぽう、ポジティブなものごとを避けている」という興味深い事実が、もう二〇年も前にあきらかになった。
テレビや新聞では毎日、大量の良いニュースと悪いニュースが報道されているが、不安を感じやすい人はおそらくポジティブなニュースには見向きもせず(彼らはそんなニュースがあったことを認識すらしないかもしれない)、ネガティブなニュースにまるでミサイルのように突き進んでいくのだ。
ネガティブな情報はなぜ、どのように、不安症の人の心を強く引きつけるのだろう?この疑問を解明しようとする研究のごく早い段階で、わたしはあることに気づいた。
対照群として実験に参加した人々は、あまり不安を感じず、どちらかといえば楽観的だからこそ対照群に選ばれたはずだ。
わたしは当初、対照群の被験者はポジティブなものごととネガティブなものごとの両方に同程度の注意を向ける、非常にバランスのとれた人々なのだと予測していた。
けれど実際には、対照群の人々にも認識の偏りがあった。
これは当時としては驚きだった。
当時の理論では、不安症の人は良いニュースを認識のフィルターからはじき、悪いニュースばかりを感知しているからこそ不安におちいるのだと、そして不安をあまり感じない人は、良いニュースと悪いニュースの両方に同じほど重きを置いているのだと考えられていたのだ。
だが、不安症でない人にはネガティブな情報を避ける方向に強い偏りがあることが研究を重ねるうちにわかってきた(13)。
嫌な感じの画像や言葉が画面に浮かぶと、彼らはすぐにそこから注意を逸らしてしまう。
不安症の人が悪いニュースについ引き寄せられるのと同じように、不安症でない人にはそうしたニュースを避けようとする偏りがある。
けれど、被験者はだれひとり、自分のそうしたバイアスに気づいていなかった。
おおかたの被験者は「たくさんの写真が画面に出てきたのはわかった。
けれど、三角形に反応することばかりに気をとられていて、どんな写真のときにどうだったかということには気づかなかった」と語った。
三角形が、ポジティブな画像とネガティブな画像のどちらの側にあらわれるかで、発見にかかる時間が変化していたこと、そこに一貫性があったことを説明しても、被験者たちはなかなかそれを信じようとしなかった。
同じテストをマイケル・J・フォックスに試みたとき、彼もまったく同じことを言った。
「つぎつぎ画像が浮かんでは消えていったのはわかった。
でも、まちがえずにボタンを押すことばかりに必死になっていたよ」。
予想していたとおり、マイケルの視線はポジティブな画像に強く引き寄せられていた。
ポジティブな画像のあとに三角形があらわれたとき、探知にかかった時間は平均で約〇・四九秒(つまり一秒の半分以下)。
いっぽうネガティブな画像のあとに三角形があらわれたときは、探知までに約〇・五六秒の時間がかかった。
おおかたの楽観主義者と同じように、マイケルの注意は無意識のうちに、楽しげな画像のほうに向かっていた。
わずか〇・〇七秒の差は、日々の生活の中ではとるに足らないものに見えるかもしれない。
けれど、脳の中で起きることとしては十分長い時間だ。
記憶にも気質が作用する「アフェクティブ・マインドセット」は、人間が「何を認識するか」だけでなく「何を記憶するか」にも影響する。
これを調べるために、だれか陽気で明るい性質の友人に、一二歳になるまでに起きた出来事をなんでもいいから五つ話してほしいと頼んでみよう。
いつだか出席したパーティーのことでも、大好きだったペットのことでも、両親の離婚のことでも学校生活のことでも、とにかく話題は何でもかまわない。
そして今度は同じことを、暗い気性の友人に試みてほしい。
相手を誘導したりせず、心に浮かんできたことをそのまま話してもらうこと。
結果は賭けてもいい──楽観的な人の頭に浮かんできたのはおもに、幸せで心が浮き立つような記憶だろうし、悲観的な人が思い出したのはもっと悲しくて暗い出来事のはずだ。
気持ちの持ちようの差が、人が何を記憶するかにどう影響するかを初めて研究したのは、スタンフォード大学の心理学者、ゴードン・バウアーだ。
バウアーは一九八〇年代にこの問題を調べるために一連の実験を行った(14)。
彼は催眠術を使って被験者を幸福な気分と悲しい気分のどちらかに誘導し、そのあとで、過去一年で起きた出来事をいくつか思い出してほしいと指示した。
すると、幸福な気分になっていた被験者がたくさんのポジティブな出来事を思い出したのに対し、悲しい気分の被験者は概してネガティブなものごとや悲痛な体験を思い出した。
だが、こうした自叙伝的な記憶の研究にはあきらかな難点がある。
被験者が「こんなことを思い出した」と非常に興味深い話を口にしたとしても、それがほんとうにその人に起きたことなのかどうか、実験者には確かめることができないからだ。
うつ病の患者が心理学者に向かって、「ものごとはいつも悪いほうにばかり向かう」「わたしがだれかと会話を始めようとするたび、相手は『今忙しいから』とそそくさと席を立ってしまう」などと言うとき、その発言が真実かどうか、心理学者には知るすべがない。
自叙伝的な記憶が絶対に正確だとは言いきれないからこそ、管理下で行われる実験の重要性が増すわけだ。
この理由から、バウアーはふたたび催眠術を用いて次のような実験をした(15)。
被験者を催眠で幸せな(もしくは悲しい)気分にさせ、そのうえで今度は彼らにたくさんの言葉が書かれたリストを見せたのだ。
リストの中には、「パーティー」「幸せ」「喜び」などポジティブな気持ちをかきたてる言葉もあれば、「がん」「死」「失敗」などネガティブな言葉もある。
実験の結果は明白だった。
幸せな気分のときにリストを提示された被験者はよりポジティブな単語を記憶し、悲しい気分だった被験者はネガティブな単語を記憶していた。
バウアーの実験が示しているのは、記憶とは単に過去に起きた出来事を正直に、正確に報告するのではないということ、そして記憶がわたしたちに提示するのは各自の世界観や利益に合うように、起きた出来事を高度に選択しなおしたものだということだ。
これは、きわめて重要なことだ。
記憶はそれぞれの世界観によっていわば濾過されたものだ。
だから、記憶が過去の出来事を正確によみがえらせると過信するのは禁物だ。
この記憶の選択という作用は、なぜ世の中にはいつも楽観的な人と、悲しみや憂うつに陥りがちな人がいるのかを解き明かす重要な鍵になる。
ネガティブで暗い記憶は悲観的なものの見方を助長し、ポジティブで幸せな記憶は楽観的なものの見方をはぐくむ。
ただ、忘れてはいけないのは、ものの見方と記憶との関係は一方通行ではなく、双方向通行道路のような相互的なものである点だ。
良い気分はたしかに、幸せな記憶をもたらす。
だが逆に、幸せな記憶もまた、良い気分をもたらすことができる。
これを実感するために、自分がとても幸せだったときの記憶を思い起こしてみてほしい。
たとえば、重要な試験に合格したときのこと。
結婚したときのこと。
就職が決まったときのこと。
長いあいだ憧れていた誰かと初めてデートをしたときのこと。
自分がそのときどんな気持ちだったかまで含めて、できるだけすべてを細かく生き生きと頭の中に描き出してみよう。
数分後、幸福な思い出を追体験しているかのように、気分が上向きに変化していることに気がつくはずだ。
多くの心理学的な実験からも、同様の結果が出ている。
何を思い出すかによって今現在の気持ちは影響されるし、今現在の気持ちは心に浮かぶものごとに影響する。
心の状態と記憶との関係は「卵が先かニワトリが先か」のジレンマと同じで、いったいどちらが先なのか、判別することができないのだ。
無意識のバイアスが「信念」にも作用する無意識のうちに作用するこうした注意や記憶のバイアスは、次のふたつの観点から重要だといえる。
心の偏りによって、人が出来事をどう受けとめるかが大きく左右される点がひとつ。
もちろん楽天家が万事をバラ色に見ているわけではないし、悲観主義者が万事を暗く受けとめているわけでもない。
どんな受けとめ方
をより多くするかで、人生観の相違が徐々に形成されていくのだ。
もうひとつは、何に注目し何を思い出すかによって、人がどんな「信念」をもつかが大きく左右されることだ。
「信念」は、「アフェクティブ・マインドセット」の根底にあるわずかな認識の偏りから形成される。
心理学の世界で「確証バイアス」と呼ばれる次のような現象は、このことを如実に示している(16)。
たとえば「女性は車の運転が下手だ」という信念をもっている人はその信念を、女性ドライバーの悪例を数多く目に留めることで確認しようとする。
運転が下手な男性や運転が上手な女性を目にしても、それは認識をすり抜けてしまう。
つまり、その人の核にある信念に合致しないものごとは、目の前にあっても認識されないのだ。
信念のシステムはわたしたちが何を認識し、何を認識しないかを決定する。
その信念自体はしかし、わたしたちがまず何を認識したかにかなりの度合いで左右されている。
ミネソタ大学の心理学者マーク・スナイダーは多くの実験から、信念が自己充足的な予言になることを確認した。
たとえば、初対面の人に会うときに、その相手が神経質だという情報を事前に聞かされていたら、その人物の行動の中でいかにも心配性に見えるところばかりが目についてしまうものだ。
これを証明するためにスナイダーは被験者を二人ひと組でペアにし、何人かには「ペアを組んだ相手が外向的な性格かどうか」を判断するように指示し、何人かには「相手が内向的かどうか」を判断するように指示した。
相手が外向的な性格かどうか見極めなければならず、しかも質問はわずかしかしてはいけないとしたら、何をたずねるべきだろうか?もしもあなたがスナイダーの被験者と大差ないとしたら、おそらくこんな質問を口にするはずだ。
「パーティーを盛り上げるためにあなたなら何をしますか?」「大勢の初対面の人々と会うのは楽しいですか?」。
だがよく考えてほしい。
これで肝心の情報が集まるものだろうか?これらの質問は、単に疑問を確認する役目しか果たしていない。
だが、被験者同士のやりとりをスナイダーがビデオテープで検証したところ、質問者がこの種の質問に頼りがちなのはあきらかだった。
〈内向型〉グループの質問者の大半は、「もっと社交的になりたいと思うときはありますか?」などの質問を相手に投げかけていた。
スナイダーいわく、このときほんとうに必要なのは反証的な証拠なのに、「人々は確認的な証拠ばかり探そうとする傾向がある」のだ。
健康までも、バイアスに影響される心のバイアスや癖は信念を強めるうえで重要な役割を果たすが、それだけでなく、幸福度や健康をも左右すると言われる。
何を信じるかによってほんとうに肉体には物理的な変化が生じるのだろうか?そして場合によっては、病気をさえ引き起こすのだろうか?心理学と神経科学の研究結果から言えば、答えはあきらかに「イエス」だ。
そのほかに医療の現場からも、人間の思考や思い込みが病につながることを示す説得力ある事例はいくつも報告されている。
そのひとつが、クリフトン・メドア博士が報告した次の症例だ。
メドア博士は一九五五年に医学学校を卒業し、その後長年アラバマを中心に医療の現場に携わった。
若いころの博士は、当時主流だった〈生物医学的〉な論理を疑問の余地なく受け入れていた。
つまり、肉体的な症状は肉体的な問題によって引き起こされ、肉体的な問題の原因を解決すれば症状は癒えると考えていたわけだ。
だが、多くの患者と接するうち博士は次第に、医学はもっと大きな視野をもつべきだと確信するようになった。
彼は現場で幾度となく、体はどこも悪くないのに「自分は病気だ」と信じたためにほんとうに病気になった人に出会った。
末期の肝臓がんと診断され余命数カ月と宣告されたある患者の例を引こう。
余命わずかと告げられたその患者はがっくり気落ちし、みるみる体力を失い、宣告された余命すらまっとうせずに命を落とした──が、その死後、医師の診断が誤っていたという事実が判明した。
患者はがんにかかってなどいなかった。
彼は「自分はがんで死ぬ」と信じたせいで亡くなった。
死ぬという思い込みがあまりにも強かったために、それはほんとうに死を引き起こしてしまったのだ。
メドア博士はもうひとつの、さらに劇的な例を詳述している。
彼の医学の師であったドレイトン・ドハーティ博士の患者、ヴァンス・ヴァンダースの症例だ(17)。
一九三八年の春、アラバマ州セルマの町外れにある、当時は完全に黒人専用だったある病院に六〇歳の黒人男性が担ぎ込まれてきた。
その男性患者はヴァンス・ヴァンダースといい、数週間前から病気でろくに食事をとれず、体重が激しく減少していた。
医者はがんの可能性を疑ったが、検査はどれも空振りで、問題を突きとめることはできなかった。
衰弱がさらに進み、死は避けがたいと思われたころ、彼の妻がドハーティ博士に夫ヴァンスが数週間前の夜中、地元の呪医から墓地に呼び出されたという話を打ち明けた。
当時のアラバマの黒人社会では、ヴードゥーや黒魔術はごく一般的に行われていた。
いきさつは不明だがどうやらその場で口論が始まり、呪医は何か嫌な臭いのする液体をヴァンスにふりかけ、「今呪いをかけた。
お前はまもなく死ぬ」と言ったという。
「お前はもう死ぬと決まった。
医者にかかっても無駄だ」と声高に告げられ、衝撃を受けたヴァンスはふらふらした足取りで家に帰りつくと、その後、食事をすることができなくなってしまった。
この話を聞いた博士は、どんな策をとるべきか必死に知恵を絞った。
そして次の日の晩、ヴァンスの家族を患者の枕元に呼び寄せた。
死にかけているヴァンスを一〇人余りの人々が取り囲むと、博士は渾身の演技で、このうえなく威厳に満ちた声で話をはじめた──。
件の呪医を墓地に呼び出し、ヴァンスにかけた呪いを解くよう迫ってみた。
呪医は最初鼻で笑っていたが、博士が「相手の襟首をつかんで」脅すと、ヴァンスに何をしたかをようやく白状した。
「奴が吐いたところでは」博士はヴァンスに語った。
「トカゲの卵をあなたの皮膚にこすりつけたのだそうだ。
いくつかは皮膚から胃の中までもぐりこみ、そこで卵から孵った。
大半はもう死んでしまっているが、一匹だけ、大きなトカゲがそのまま生き残り、口から胃に入ってきた食べ物はもちろん、臓腑までをも食い尽くそうとしている」ここで博士は看護婦を呼んだ。
看護婦は茫然としている人々をかき分け、何か液体の入った瓶をささげもってあらわれた。
「そのトカゲを追い出さなければならない」。
博士は厳かに述べると、ヴァンスの腕にその液体(じつは強力な吐剤)を注射した。
数分後、ヴァンスは激しく嘔吐しはじめた。
そしてその瞬間、ドハーティ博士は──部屋の中にいるだれにも気づかれないように──カバンの中に隠していた緑色の大きなトカゲを放った。
「ヴァンス、ほらごらん!今あれが、体の中から出てきた!もう大丈夫。
呪いはこれでもう解けた!」ヴァンスは目を丸くし、ベッドの後ろに飛びのいた。
そして親戚の人々がどよめく中、深く眠りこんだ。
それから半日以上眠りつづけたヴァンスは、すっかりお腹を空かせて目を覚ますと、山ほどのパンと牛乳と肉をぺろりとたいらげた。
彼はその後一〇年間生きながらえ、結局、ごくふつうの老衰で亡くなった。
「ヴァンスが意識の奥のほうで、自分は呪いのせいで死ぬと信じていたのはあきらかだ」とメドア博士は書いている。
単なる言葉にすぎないものが現実に死を引き起こすほどの力をもち、そしてまた単なる言葉にすぎないものが死の淵から彼を呼び戻したのだ。
プラシーボ効果とノーシーボ効果ラテン語で「Iwillplease」にあたる言葉からきた有名な「プラシーボ効果」とは、「これを飲めば絶対自分は良くなる」と信じて薬を飲んだり治療を受けたりすれば、たとえその〝薬〟が砂糖を丸めたものにすぎなくても、じっさいに具合が良くなったり症状が改善したりするという現象だ。
ところでこのプラシーボ効果には、それほど有名でない双子のかたわれがいる。
それはラテン語の「Iwillharm」にあたる「ノーシーボ効果」で、プラシーボのいわば影の存在だ(18)。
このノーシーボ効果こそがまさに、ヴァンス・ヴァンダースの命を奪いかけた犯人なのだ。
単純に言うと、人間は自分の具合が悪くなると信じれば、ほんとうに具合が悪くなるということだ。
ハーバード大学医学部の精神医学教授、アーサー・バースキーは過去の科学的文献や医学的文献を再検
証し、ノーシーボ効果とは「何かが害をもたらす」という暗示や思い込みが原因で起きる、たいていはごく軽い症状だと結論した。
実験室で初めてノーシーボ効果の研究を行った大学のひとつがカリフォルニア大学で、一九八一年に次のような実験が行われている。
被験者の頭にいくつかの電極を貼り付け、「これから弱い電流を流し、脳の機能にどんな影響が生じるか調べます」と告げる。
電流を流すことでひどい頭痛が起きる可能性があるが、そのほかには悪い影響はないと被験者は説明を受ける。
実験の結果、三四人の被験者の三分の二以上が「ひどい頭痛を感じた」と報告した。
だが、じっさいには電流はほんのわずかも流されていなかったことを、あとで実験者はあきらかにした。
思い込みの力はそれだけで、健康な人々を病気にしたのだ。
ミシガン大学アナーバー校の分子神経科学・行動神経科学科のジョン・カー・ズビエタたちは、思い込みが脳に直接的な影響を与えるというあきらかな証拠を、ある実験から見つけた(19)。
彼らは二〇人の健康な被験者を説得し、二〇分間痛みを我慢する実験に参加することを了解させた。
一部の被験者は、「強い鎮痛薬」を与えられた。
だが、実験の一週間後、その薬がじつは砂糖をかためたもので、鎮痛効果はゼロだったことが明かされた。
つまり、彼らも残りの被験者も、鎮痛薬は与えられていなかったのだ。
それなのに、「鎮痛薬を飲んだ」と思いこんだ人々の脳でははっきりした変化が起きていた。
強力なプラシーボ効果のおかげで「痛みが減少した」と語った被験者たちの脳内には、「ハッピー・ケミカル」と呼ばれるドーパミンやオピオイドが急増しているのが確認された。
これとは対照的に、強いノーシーボ効果で被験者が「痛みが増した」と報告した事例では、ドーパミンとオピオイドの減少が確認された。
これは、予測や思い込みによって、脳の快楽の領域に神経化学的な変化が起きることを示した、驚くべき証拠だ。
思い込みひとつで頭痛が引き起こされたという事実はそれとして、わたしたちが何を信じるかによってほんとうに、肉体的健康は良いほうにも悪いほうにも左右されるのだろうか?心が人間の生き死ににまで影響するというのは真実だろうか?ヴァンス・ヴァンダースの例のように、〝恐怖のあまり死にかける〟ということがほんとうにわたしたちの身に起こりうるのだろうか?フラミンガム心臓研究での大規模調査から得られた証拠によれば、その答えは「イエス」だ(20)。
一九四八年に開始されたこの大がかりな調査は、二八七三人の女性と二三三六人の男性の運命を長年にわたって追いかけ続けた。
一九九六年にレベッカ・フェルカーが『ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション』誌に発表した報告書によれば、肥満や高いコレステロール値や高血圧など、心臓病の危険因子として知られるあらゆる要素を考慮したうえで、「自分は心臓病にかかりやすい」と信じている女性の死亡率は、そう信じていない女性の四倍にのぼったという。
■「改訂版楽観性尺度(LOTR)」の採点方法採点は次のように行う。
表の質問にすべて回答したうえで、以下の方法に従って点数を合計する。
まず質問2、5、6、8のスコアは無視する。
これらは、いわばつなぎの質問なのだ。
質問1、4、10については、A=4点、B=3点、C=2点、D=1点、E=0点。
質問3、7、9についてはA=0点、B=1点、C=2点、D=3点、E=4点とする。
以上六つの質問のスコアを合計すると、点数は0点から24点のどこかになるはずだ。
おおかたの人々の点数は15点前後で、〝ゆるやかな楽観主義〟とされる。
合計点数が0点の人は〝極度の悲観主義〟、24点の人は〝極度の楽観主義〟である。
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