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現金製造機の効率を上げよ―バランスシートを理解する

銀座のレストランエレベータをおりた瞬間、由紀は自分が日本にいることを忘れてしまった。

きらびやかな装飾を施したこの空間はどう見てもフランスだ。

赤い絨毯を敷きつめた階段を下ると、ウェイターがやってきて由紀の耳元でささやいた。

「安曇さまがお待ちです」もじゃもじゃ髪の男は、由紀を見つけると手招きした。

「セットメニューでいいね。

ワインも頼んだから」「すてきなレストランですね」由紀は、こんな豪華なレストランで食事をするのは初めてだった。

周りのテーブルでは、中年の夫婦や若い男女が楽しそうに食事をしていた。

ソムリエが派手なラベルのワインを運んできて、安曇に見せた。

「シャトー・アンジェラス。

サンテミリオンの第一特別級ワインだ」グラスに注がれたビロード色の液体を見るだけで、その味のすばらしさを確信できた。

安曇はテイスティングを済ませると、こぼれんばかりの笑みを浮かべた。

ところが、由紀はこの日も気分が落ち込んでいた。

「高田支店長にさんざん言われてしまいました」文京銀行本駒込支店長の高田五郎がやってきて、唐突に2週間でリストラ計画を作成するようにと言われたのだ。

由紀は、リストラがどういうものか、いまだにわかっていない。

会議に同席した斉藤経理部長は、沈黙したままで助け船を出そうとはしなかった。

それどころか、終始高田の顔色をうかがい、相槌を打っていたというのだ。

「リストラって従業員を辞めさせることですか?」と、ポツリと言った。

会社のために働いてくれる従業員を解雇したくはない、と由紀は思っている。

「そういう側面もある。

しかし、リストラの本質は人員整理ではない。

ところで君は太ったことはあるかな?」突然、安曇は話題を変えた。

「油断するとすぐに太る体質なので、フィットネスジムに通っています」由紀はとまどいながら答えた。

「それは良い心がけだ。

運動もせずに食べてばかりいると、どんどん内臓脂肪がたまり、健康に悪いそうだ。

気をつけないと命を落とすこともあるらしい」フォアグラを食べながら安曇は真剣な表情で言った。

そして、一言付け加えた。

「君の会社と同じだ」「ハンナは太りすぎ、という意味でしょうか?」「不健康な肥満児と言っていい」(この会社のどこに贅肉が付いているというのかしら?)由紀には、その意味がわからなかった。

「ダイエットが必要なのですか?」「そんな生ぬるい方法では間に合わない。

外科的に贅肉を削ぎ落とさないと命が危ない。

少なくとも、高田支店長はそう考えている」(会社の贅肉)由紀は考えた。

贅肉という以上、会社にはムダなものに違いない。

それを取り除け、と高田は言っているのだろうか。

「会社の贅肉って、何のことですか?」由紀は思い切って聞いてみた。

「売れ残りの製品、山積みにされた生地、使われないミシンなど、例を挙げればきりがない」そう言われてみると、確かにハンナは贅肉の固まりだ。

今の今まで、工場倉庫は物置だ、と由紀は思っていた。

ところが、そうではないらしい。

あれは会社の贅肉だったのだ。

「贅肉が詰まっているのは、工場の倉庫だけですか」「倉庫はごく一部に過ぎない。

他にもいっぱいある」「いっぱい?どこについているのか、見つける方法はありますか?」「バランスシート(※12)を使うのだ。

会社のレントゲン写真とかMRI画像と思えばいい」「バランスシートですか?」由紀は、会社のバランスシートを見たことはあるが、それが意味するところが何なのかは、実のところよくわかっていなかった。

「隠し絵の話は覚えているね。

バランスシートにも絵が隠されている。

バランスシートの左側は会社の現金製造機(固定資産)とその中身(在庫と売掛金)だ」といって、安曇はテーブルに置かれた由紀のノートに機械の絵を描いた。

その機械には材料の投入口と生産物である現金の出口があって、ちょうどソフトクリームの製造装置のような形をしていた。

「これは、現金を入れると、それ以上の現金が作り出される不思議な現金製造機だ」初めに現金ありき安曇は、描いた絵を太い万年筆でなぞりながら説明を続けた。

「簡単に言えば、会社の活動は、現金を使って現金を作ることだ。

つまり、手持ちの現金を現金製造機(※13)に投入する。

現金は機械の中のいくつかのプロセスを通過(材料仕掛品製品売掛金)して再び現金になり、外に吐き出される(売掛金現金)」安曇は、現金製造機の脇に、略式のバランスシートを書き加えた。

「固定資産は現金製造機のことだ。

在庫や売掛金などの流動資産は、投入した現金が新たな現金に変換される前の状態だ」バランスシートの左側は、現金と現金製造機そのもの(固定資産)と、現金製造機の内側(流動資産)が描かれているのである。

「現金製造機を動かすにも現金が必要だ。

従業員給与、電気代、修理代、工具代金などだ。

注意すべきは、現金製造機が大きいほど、その性能が悪いほど、多くの維持費用がかかるということだ」ここで安曇は由紀に質問した。

「ハンナはなぜ儲からないのかな?」「現金製造機に問題があるからですか?」由紀は自信なさげに答えた。

「その通り。

現金製造機がうまく動いていないからだ」由紀は、安曇が描いたバランスシートと現金製造機の絵を見比べながら、工場の現場を思い浮かべた。

機械好きだった源蔵は、新しいミシンが出るとすぐに購入した。

しかし、その多くは使われずに倉庫に放置されたままだ。

ミシンだけではない。

北海道と富山にある工場のうち、北海道工場のラインは止まっていることが多い。

社宅や保養施設の会員権も数カ所持っているが、これも現金を生んではいない。

(そうか)その時、由紀はリストラの意味を理解した。

「リストラって、現金を生まない資産を処分することですね?」「良い答えだ。

固定資産の中には、それ自体の維持に必要な現金すら作り出せないものがある。

こうした固定資産は保有しているだけで現金を浪費するから、真っ先に処分して現金に換えるべきだ」由紀は大きく頷いた。

「次に、現金製造機の内側(つまり現金になる前の資産)に注目してみよう。

通常、この中の資産は留まることなく流れている。

しかし長期間滞留している在庫や売掛金も混じっている。

これらはいつまで経っても現金にならないから、強制的に処分する。

つまり、最初の姿である現金に戻すのだ」安曇は、シャトー・アンジェラスの入ったワイングラスを右手に持ったまま説明を続けた。

「稼働していない工場の建物や機械、倉庫にうず高く積まれたまま動かない生地やジッパーなどの付属部品、あるいは売れ残りの製品などを処分して現金に換える。

滞留している売掛金を回収する。

こうして手にした現金を銀行借入金の返済に充てるのだ。

換言すれば、現金を生まない資産を処分して、元の姿である現金に戻すことがリストラの第一歩なのだ」由紀はリストラの意味がやっとつかめた。

「スリムになったハンナを想像したまえ。

今とは全く別の姿がイメージできるはずだ」由紀は安曇の言葉をしっかりとノートに書きとめた。

バランスシートの右側と左側の関係メインディッシュの鹿肉のステーキが運ばれてきた。

さっぱりした鹿肉と濃厚なソースが絶妙にとけ合った味に2人は満足した。

安曇は瞬く間に平らげると、口直しにペリエを一口飲んで由紀のノートに絵を描いた。

「今まではバランスシートの左側の話だった。

次は、右側を見ていこう。

こちらは資金(元手となる現金)をどこから調達したかを表している。

調達源泉は、取引業者、銀行、株主、会社の儲けの4つだ。

取引業者から調達した資金は買掛金、銀行からの資金は借入金だ。

どちらも、いずれ返さなくてはならないから『他人資本』という。

株主から払い込まれた資金の源泉は資本金と資本剰余金、会社の儲けが利益剰余金だ。

これらは会社のものだから『自己資本』と呼ぶ」

由紀は、ハンナのバランスシートを思い浮かべた。

資金のほとんどは銀行借入だ。

借入金には返済義務があるし、利息もかかる。

だから、借金で投資した場合、その固定資産(現金製造機)が新たな現金を生まなければ、経営は成り立たない。

ハンナの経営がおかしくなった原因が、少し見えてきた。

成果測定器(パフォーマンスメーター)「もうひとつ重要な『隠し絵』を教えよう。

バランスシートの右側の一番下には、現金製造機の成果を表示する『パフォーマンスメーター』が隠されている。

利益のことだ」その時、由紀は意外なことに気づいた。

バランスシートをよく見ると、現金は左側に、利益は右側に表示されている。

つまり、現金と利益とは別物なのだ。

由紀の頭の中は混乱してきた。

「利益が出たからといって、現金が同じ額だけ増加するわけではない。

君が真の経営者になるには、その違いをしっかりと理解する必要がある。

詳しい話は次回に寿司屋でしよう」

そう言って、安曇はデザートのコーヒーを美味しそうにすすった。

解説バランスシート(BalanceSheetB/S)の構造B/Sは、一時点の資産と負債・純資産を左右に並べただけの表ではありません。

この中には、多くの情報が隠されています。

本文にも出てきましたが、B/Sは現金(預金も含んで現金と言います)をどこから調達して、何に使っている(運用している)かを表しています。

B/Sの右側は、資金の調達源泉です。

商売の元手となる現金を資金といい、自己資本と他人資本の2つに分けられます。

取引先(買掛金・未払金)や金融機関(銀行借入)などから調達した資金が、他人資本です。

また、会社のオーナーである株主から払い込まれた資金(資本金、資本剰余金)、会社が商売をして稼いだ資金(利益剰余金)が自己資本です。

B/Sの左側は調達した現金の使途を表しています。

現金勘定は、さまざまな源泉から調達した現金が入り交じった残高です。

流動資産は、現金が一時的に形を変えた姿です。

つまり、現金が材料製品売掛金と形を変えて、再びより大きな現金として戻ってくるまでの姿です(このサイクルを営業循環過程といい、次章で詳しく説明します)。

現金がいったん固定資産(建物、機械など)に形を変えると、元の現金に戻るには長い期間(耐用年数)を要します。

固定資産の購入に使われた現金は減価償却を通して耐用年数を経て回収されます。

バランスシートの左右の関係資金の調達と使途は、以下のように、その性質に応じて合理的にバランスをとることが大切です。

機械設備の購入には自己資本を充てる。

足りなければ長期借入金を充てる。

機械設備は長期間にわたって現金を稼ぐために購入しますから、自己資金を使うのがベストです。

もし、資金が足りない場合は、長期借入金を充当するのが基本です。

この場合、機械装置の使用期間と借入の期間を一致させることが大切です。

もし、短期借入金で機械装置を購入したらどうなるでしょうか。

翌年には借入金を返済しなくてはなりません。

ところが、この機械装置はいまだ十分な現金を稼いでいませんから、再び資金が不足して、借入金が必要になります。

「売掛金在庫」を買掛金以下にする。

B/Sを分析するとき、教科書などでは流動比率(流動資産流動負債)は200%以上必要と書かれています。

この理由は、おおむね1年以内に回収される現金(流動資産)が、1年以内に出て行く現金(流動負債)より多いから、1年以内にはその差額だけ現金が増える、と考えるからです。

この考え方は間違いです。

理想的には営業循環過程(つまり現金製造機の内側)に注目して、「売掛金在庫買掛金」の形を目指すべきです。

理由は、現金の流れの視点でみると明らかです。

売掛金と在庫は現金が形を変えた状態のことです。

これらが再び現金になって始めて買掛金の支払いに充てることができます。

一方、買掛金は業者から現金の支払いを一定期間猶予してもらっている状態のことですから、現金が在庫と売掛金に形を変えても、仕入代金が猶予されている間は、資金繰りは何ら支障をきたしません。

ところが(売掛金在庫)が買掛金より多いとその差額だけ運転資金(現金)が足りなくなります。

逆に、買掛金が(売掛金在庫)より多い時は、他人のお金を使って商売をしている状態と言うことができます。

つまり、運転資本(売掛金在庫買掛金)はゼロ以下を目指すべきであり、それが、キャッシュフロー経営を目指す会社の基本スタンスです。

決算書分析とは?以上の知識があれば、容易に決算書を分析できます。

総資産利益率(ROA)と呼ばれる経営指標をご存知でしょうか?これは一定期間の成果である経常利益を総資産(流動資産固定資産)合計で割った値のことで、現金の効率的運用をチェックする上で大切な指標です。

ROAが高いほど、会社は効率的に現金を運用している、と言えます。

流動資産も固定資産も現金が形を変えた姿です。

もし銀行預金の金利程度しか利益を獲得できないのなら、銀行に預けておけばいいわけで、リスクをとってビジネスをする必要はない、と言うこともできます。

本文のハンナに話を戻しますと、リストラを進めるということは、現金の増加に貢献しない資産の処分を意味します。

目指すところは、総資産利益率(ROA)の向上です。

そこで、最初のステップとして、不要資産をバランスシートから切り離し、分母の総資産を小さくしたのです。

もうひとつの重要な指標に、自己資本利益率(ROE)があります(経常利益自己資本)。

会社の自己資本がどれだけの利益を上げているか、言い換えれば、会社は固有の資金(自己資本)をどれだけ有効に使っているか、を表す指標です。

バブルがはじける前、多くの日本の会社は、自己資本は少なく、資金の大半を銀行借入金(他人資本)に頼っていました。

自己資本が少ないと、ROEは高めに計算されます。

失われた10年間を振り返れば明白であるように、自己資本が少なすぎる会社は業績変動のリスクが大きくなります。

 

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