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殺風景な工場ほど儲かっている―原価管理と活動基準原価計算

神田のそば屋ブランドの絞込みによる効果はてきめんだった。

婦人服と子供服だけに特化してからは、資金繰りが目に見えて楽になった。

営業部の努力で販売数量も増えてきた。

ところが、売上値引きも多くなったため、純売上金額はあまり増えなかった。

利益も前月と比べて微増にとどまった。

以前からの習性で、営業部員たちは販売数を増やすために、値引きに走ってしまうのだった。

桜庭営業部長は一層の販売価格引き下げを要求した。

だが、これ以上販売価格を引き下げれば、赤字に逆戻りだ。

幹部会の席上で、製造部の林田が「利益を増やすには製品原価を削減する以外ありません」と発言した。

由紀も同感だった。

ブランド力をつけるには時間がかかるが、製品原価の削減は即効性がある。

問題はどのようにして製品原価を削減するかだ。

そんな悩みを抱えて、由紀は安曇が指定した神田のそば屋に向かった。

その店はJR御茶ノ水駅から歩いて10分の場所にあった。

安曇は作務衣のような仕事着を着た男性と親しそうに雑談していた。

男は由紀を見るなり立ち上がって、元気の良い声で挨拶した。

「私は先生の弟子で、大河内といいます」安曇の大学での教え子で、都市銀行を辞めて家業を継いだという。

自ら安曇の弟子と名乗ったのには驚いたが、本気で尊敬しているようだった。

「銀行の仕事より、そばの方が魅力的ですからね」と言って、大河内は微笑んだ。

安曇は、そば掻きと日本酒を注文した。

そば談議が始まった。

美味しいそばは、厳選したそばの実を1日分だけ石臼で挽き、じっくり時間をかけて生地を作る。

注文をうけたら、素早くゆでて、丹念に水洗いする。

作り置きなどはしない。

生地がなくなったら、それで閉店だ。

「一流のそば屋にはムダはない。

これは生産現場の普遍的な真理と言っていい。

君の目で確かめてみなさい」安曇は由紀を厨房に案内した。

すべての道具はぴかぴかに磨かれ整然と並べられていた。

そこには、余分なものは一切置かれていなかった。

「この店は創業以来100年以上続いている。

つまり100年の間、現金が回転し続けている、ということだ。

これは原価管理に優れていることの証でもある。

今日は原価計算について話そう。

そろそろ君も原価に関心を持ち始めただろうしね」どうやら、安曇は由紀の悩みを見抜いているようだった。

「なぜ、今日私が聞こうと思っていたことがわかるのですか?」由紀が不思議そうに聞いた。

「バランスシートと損益計算書とキャッシュフロー計算書だけで経営するには限界がある。

価値の源泉は、つまるところ現場にある。

君の関心が工場で作る製品の原価に向かうのは当然のことだ」製品原価を下げる「製品原価の下げ方がわからないのです」由紀は、安曇にその方法を教えて欲しいと頼んだ。

「原価を下げるには製品原価を決定する要素を知らなくてはならない」安曇はノートにそのポイントを箇条書きにした。

工場の維持費材料費製造スピード工場維持費(固定費)を減らし、材料費(変動費)を削減して、製造スピードを速くすれば製品原価は下がる、ということである。

工場の維持費を減らす「工場維持費の減らし方から見ていこう。

まずは、予算管理で発生費用を抑える方法だ」電気料、消耗品費、残業手当など科目別に予算を設定して、発生費用がその予算以下になるように管理する方法である。

具体的には、必要のない残業の制限、こまめに電気を切る、消耗品を大事に使う、といったようにムダ遣いを徹底してなくすことである。

だが、「この方法だけでは大した効果は期待できない」と安曇は言った。

そもそも工場維持費は固定費だからだ。

確かにその通りだ、と由紀は思った。

しかし、強引に費用をカットしたらどうだろう。

特に問題は起きないのではないか。

「安易にそれをしたら、思わぬ影響が出る。

今の生産を維持するために、今の人や機械を保有しているのだからね」それでは解決にならない、と安曇は言うのである。

工場の活動を可視化する「上手に、もっと大胆に維持費を減らす方法はありませんか?」由紀が聞いた。

「その前に君に聞きたいことがある。

工場は何をするところだろう?」「納期までに製品を作る場所ではないでしょうか?」由紀は疑いもなく答えた。

工場は注文を受けた製品を納期までに製造する場所だ。

他に答えはあるのだろうか。

「その考えをなくさない限り、製品原価は絶対に下がらない」安曇は由紀を強く戒めた。

工場はモノとしての製品を作る場所ではない、というのだ。

「工場は製品という価値を作り込む場所だ。

ところが、作業者や機械設備はいつも価値ある活動をしているわけではない」安曇は説明を続けた。

「例えば、材料が集まらない、機械が壊れた、といった理由で、従業員が手空きになってしまう時がある。

この時間(手待時間)はムダだ。

不良品の手直しも時間のムダ遣いだ。

ところが、作業者は、手直し作業を、不良品を製品に蘇らせる大事な仕事と錯覚している。

注文がないため、たまにしか稼働しない機械がある。

止まっている時間はムダだ。

これら価値を生まない活動はすべてムダ、と考えなくてはならない。

君はどう思うかね?」由紀は「工場は製品を作る場所」だと思っていた。

しかし、安曇が指摘するように、「工場は価値を作り込む場所」と考えれば、見方はガラリと変わってくる。

会社は作業者や機械に現金を支払っているのだ。

それらが価値を生まない活動をしたのでは、現金をムダに使ったことと変わらない。

ムダな活動がなくなり、価値ある活動だけをするようになれば、作業者や機械は少なくて済むはずだ。

つまり工場の維持費は少なくて済む。

(早くこのことに気づいていれば)由紀は情けなくなった。

工場関係者も営業部も経理部も、納期までに製品を作ることだけを考えていた。

ムダな活動には全く関心が払われてこなかったのだ。

なぜこのことに気づかなかったのだろう。

由紀は安曇にその理由を聞いた。

可視化とは異常点が目に飛び込んでくる状態のこと「ムダが見えないからだよ。

見えないから、その深刻さがわからない」「ムダが見えない、ですか?」由紀には、見えないという言葉の意味がピンとこなかった。

「工場で懸命に働いている従業員の姿は見える。

しかし、その活動がムダかどうかは見えない」「見えるって、どういうことですか?」「一言でいえば、会計的に数値化されて、異常点が目に飛び込んでくる状態のことだ」「それは可能なのですか?」「もちろんだ」安曇は自信を持って言い切った。

由紀は、楽しくなってきた。

あの雑然とした工場の実態が会計数値に置き換えられ、しかもムダな活動が一目でわかるようになる、というのである。

「どのようにすれば、そのムダが見えるようになるのですか?」「新しい会計手法(※23)を使うのだ」「ハンナに当てはめて教えていただけませんか?」なんとしてもこの方法を知りたい。

由紀は一言も聞き漏らさないように神経を集中させた。

「まず可視化のルールを作ることだ。

最初に管理したい活動を決める。

例えば、生地を裁断する、服を縫う、服を検査する、手直しする、ミーティングするといったようにね。

次に、その活動が価値のあるものか、ないものかを定義する。

そして、価値ある活動は青色、価値のない活動は赤色で表示する。

縫製は価値ある活動(青色)だ。

しかし、手直しには価値はない(赤色)。

ここまでが準備作業だ。

それぞれの活動に対して使った実績時間を集計する。

そして、実績時間に単価をかけて原価に置き換えるのだ。

これで、無形の活動が金額に置き換わる。

しかも、その活動の価値の有無は色で判断できる。

グラフで表現すれば、会社がどれだけムダなお金を使ったかが一目でわかるようになる」確かに、こうすれば工場の中の活動は「可視化」できる。

改善すべき活動もわかる。

さらに、ムダを取り除いた効果(原価)も測定できる。

由紀はすぐにでもこの方法を取り入れたくなった。

材料費を減らす「次は、材料費の削減方法を考えてみよう。

製品原価の多くは材料費だ。

君に良いアイデアはあるかな?」デザイナーをしていた由紀には難しい質問ではなかった。

「材料業者との価格交渉だと思います」「それだけかな?」「1メートルの生地から何枚の服の部品がとれるかで、服の材料費は変わってきます」「そうだね。

仕入単価を下げて、生地をムダなく使う。

それ以外に何があるかな」「それだけだと思いますが」安曇は首を横に振った。

「君の会社には、もっと大きなムダ遣いがある。

使いかけの材料在庫だ」由紀は工場の現場を思い浮かべながら考えた。

倉庫も製造現場も生地や付属品が散乱している。

あの在庫は何だろう。

(そうか!)散乱しているのは、裁断や縫製の不良品、余った特別注文の生地や付属品などで、今後、これらを別の製品の材料として使うことはない。

これらはすでに完成した製品が負担すべき材料費なのだ。

では、なぜ誰も指示しないのに、必要のない在庫が増えてしまうのだろうか?この点は由紀に思い当たる節があった。

生地や付属品を購入するとき、たくさん買えば安くなるからだ。

それに頻発する裁断や縫製の不良を見込んで、いつも多めに買ってしまうからである。

由紀は、工場全体の材料費が高い原因がはっきりとわかった。

すべては工場の統制がとれていないことが影響しているのだ。

「材料は必要なだけ買う、不良品を減らす、必要枚数以上に製品は作らない。

これが実現できれば材料費は下がると思います」「その考えでいい。

君も少し進歩したね」安曇は珍しく由紀をほめた。

製造スピードを速くする「最後は製造スピードだ。

工場の維持費は固定費だから1枚作っても、1万枚作ってもかかる費用は変わらない。

多く作れば、製品1枚あたりの維持費は少なくなる」「裁断工程も縫製工程も、それぞれの工程の生産枚数を増やすほど製品原価は下がる、ということですね?」安曇は首を横に振った。

「そこが重要な点だ。

例をあげて説明しよう。

裁断工程の生産能力は、縫製工程の倍だとする。

原価計算上は、それぞれの工程で、可能な限り多く生産するほど製品原価は下がる。

しかし、この計算結果は、経営上は間違っている!」(どういうことなの)由紀はまた混乱した。

費用が一定なら、生産枚数を増やせば1枚あたりの服が負担する費用は少なくなるのではないか。

ところが、安曇は、経営上は間違っているというのだ。

これでは、原価計算の結果を経営の意思決定に使えないのではないか。

ここまで考えたとき、由紀は「大トロ」の話を思い出した。

問題は滞留する資金量だ。

生地をたくさん裁断しても、縫製作業が追いつかなければ裁断済みの工程在庫が貯まるだけだ。

必要資金量はどんどん増えてしまう。

この結果、製品原価は下がるけれど、資金量は増える。

「計算方法に間違いがあるのですか?」「良い質問だ。

君が考えたように、各工程の生産量を増やしても、製品原価は下がらない、と考えるべきなのだ。

なぜ、このような計算結果になってしまうのか。

原因は、製品原価の計算方法が間違っているからだ」安曇は、ハンナの経理部で行っている原価計算を否定した(※24)。

「正解を言おう。

生地を裁断してから製品として完成するまでの通過時間、つまり製造リードタイムを基準に製品原価を計算すべきだ。

製造リードタイムが短いほど(つまり、製造スピードが速くなるほど)製品原価は少なくなり、少ない資金で服を生産できる(コハダと同じ理屈)からだ」由紀の頭は混乱してきた。

「製造スピードを速くすると、なぜ製品原価が下がるかがわかりません」「簡単なことだ」と言って、安曇はたとえ話を始めた。

「今大雨が降ってきたとする。

しかし傘がない。

君は、自宅まで歩いて帰るか、走って帰るか、あるいは雨の中で動かないでいるか」「もちろん、走ります」「雨に濡れたくないのなら、走るのが一番だ。

原価計算に置き換えれば、工場の中には維持費という雨が降っている、と考えればいいのだ」雨の中では、人が速く駆け抜けるほど濡れは少ない。

同様に、材料が工場を通過するスピードが速い(通過時間が短い)ほど維持費はかからない。

安曇はノートに絵を描いて説明を続けた。

「別の観点で説明しよう。

裁断工程でたくさん作れても、それが縫製工程の手前で滞留すれば原価がドンドン追加されるような原価計算方式にすべきなのだ。

製品検査で異常が見つかり、完成処理が遅れた場合でも、製品原価は高く計算しなければならない。

それだけ工場の維持費を使っているという理由だけではない。

経営者は製品原価の多寡を突破口にして、工場の内部で起きている異常事態の発生を察知できるからだ。

だから、工場維持費は製造スピード(製造リードタイム)を基準にして製品原価に負担させる必要があるのだ」

安曇の説明を聞き終えて、由紀はこれまでハンナの経営者たちが製品原価を下げる努力をしてこなかったことを思い知らされた。

同時に、少しだけだが改善すべきことが整理できたようだ。

「どこから手をつけるべきか、何となくわかりました。

明日、林田と検討してみます」店主が自慢の十割そばを運んできた。

新鮮な香りと歯ごたえは、100年の歴史を感じさせる絶品だった。

「効率の良い工場は、この店と同じで、殺風景なものだ。

何もかもが、風のごとく吹き抜けて、長く留まるものがない」

その時、由紀は安曇がこの店を選んだ理由を理解した。

解説新しい管理会計の手法が求められているパーキンソンの法則と活動基準原価計算『ひまつぶしは一番忙しい仕事である』というイギリスの古いことわざがあります。

有閑老婦人が遠方の姪に手紙を出すのに、まる1日を費やすという話です。

このおばあさんは、はがきを書き終えるのたっぷりと時間をかけます。

以前、姪から届いたはがきを探すのに1時間、めがねを見つけるのにさらに1時間、宛名を探すのに1時間、文句を書き上げるのに1時間と30分、郵便局まで傘を持っていくかどうかの思索に30分、といった具合です。

私たちなら、手紙を書いて投函するのには30分もあれば十分です。

彼女は5時間もかけるのですが、いつでも忙しいと感じているのです。

手紙を書くという目的からすれば、4〜5時間はムダといえますが、おばあさんを笑ってはいけません。

会社では同様なムダがいつも繰り返されているからです。

パーキンソンは彼の著書で次のように言っています。

「企業が拡大するのは、業務量の増大のためではない。

むしろ、組織が拡大するがゆえに業務も増大するのである」つまり、人が仕事を作り、仕事が人を要求する。

その結果、組織は拡大の一途をたどる、ということです。

時間があるから仕事を作り、仕事があるから忙しくなって、もっと人が必要になる、という悪循環を繰り返すことになります。

ムダがたくさんあるため組織は非効率的になってしまうのですが、伝統的な会計(原価計算)は、そのムダが見えないのです。

もし見えるようになれば、そのムダにメスを入れて取り除くことができます。

活動基準原価計算は、こうした要請から登場しました。

伝統的管理会計の欠陥管理会計が、経営管理の情報としてはすでに限界に達している、という点について簡単に説明します。

伝統的な管理会計理論は、19世紀の終わりから20世紀中頃までにアメリカのデュポン社、シアーズ(小売)、GM、フォード(自動車産業)などが開発した手法を体系化して、世界中に広まったものです。

つまり、管理会計ルールの手本となった当時の会社の共通項は、大規模組織で、需要は無限にあり、少品種の製品を大量に生産し、作った物はすべて売れ、従業員は(チャップリンのモダン・タイムスのように)マニュアル通りに反復作業を行う会社でした。

会社組織は個人単位まで細分化され、ひとりひとりの作業はマニュアルで管理されていました。

経営トップは作業現場を見なくても、そこで何が行われているかわかっている、との前提で管理会計理論は作られたのです。

ところが、この前提は明らかに崩れています。

顧客は自分が欲しいと思う製品だけを買います。

会社はますます複雑になり、製品種類は増え続けています。

こうした中で、会社の競争力を決定する要素は、経営トップの明確なビジョンと戦略、そして、現場における課題を自律的に解決できる「現場力」です。

ところが、組織が自律的になれば、経営トップからは会社の内部が見えなくなります。

逆に、現場サイドからすれば、自分たちの活動が組織全体にどのように貢献したのか、わからなくなります。

つまり、会社の損益が悪化した原因を作業現場まで遡ることもできないし、現場で改善をしても、その結果が会社の損益に直接反映されない、ということです。

このような現実に対応するために、新しい管理会計はさまざまな会社で模索されています。

 

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