苦難
困難や逆境というものをネガティブにとらえ、 悲嘆に暮れるのではなく、 志をより堅固にしてくれる格好の機会ととらえて敢然と立ち向かうことが大切です。
難難辛苦を耐えて、人は成長する
私は子供の頃、両親から「若いときの難儀は買ってでもせよ」とよく諭されました。 そのたびに「売ってでもするな」と反発したものですが、今思い返せば、親の言った ことはやはり正しかったと思います。 苦労とは、自分自身を見つめ直し、成長させてくれるまたとないチャンスです。 「難難汝を玉にす」という言葉にもあるように、苦労というものがあって初めて、人 間は磨かれます。苦労をしなくて人間性が高まるはずはありません。 困難や逆境というものをネガテイブにとらえ、悲嘆に暮れるのではなく、志をより 堅固にしてくれる格好の機会ととらえて敢然と立ち向かうことが大切です。 明治維新の立役者であり、私の郷里鹿児島の偉人である西郷隆盛は、次のような経 験をしています。
ペリーの来航を迎え、日本国内で天皇を尊び、外敵を斥けようとする尊皇攘夷思想 が台頭し、西郷隆盛もその思想に走りました。しかし、幕府は安政の大獄といわれる 大規模な取り締まりを開始します。京都の清水寺にいた、西郷の同志であった僧侶は、 この尊皇攘夷を支援していたため、幕府に追われることになります。二人は日本の将 来について語り合った仲であるだけに、西郷は彼を伴い、薩摩に逃げ帰ります。 ところが、西郷を登用した先代の藩主は亡くなっており、薩摩藩の実権はその腹違 いの弟が握っていました。その意向もあり、薩摩藩は僧侶を匿おうとはしません。西 郷は、僧侶を守れない自分の不甲斐なさを恥じ、彼とともに錦江湾に身投げをしまし た。波間に漂っている二人を漁師が見つけ、救出しましたが、僧侶は息絶え、西郷は 奇跡的に生き返ります。 盟友の僧侶が亡くなり自分だけが生き恥をさらすのは、潔さを大切にする薩摩藩の 武士にとつて、堪えがたい屈辱でした。そのため、親戚をはじめ周囲にいる者はみな、 西郷の自害を恐れて、周辺から刃物を全部隠してしまったそうです。 藩も西郷の処置に困ります。若くして高い人望を得ていた西郷を放つておくわけに もいかず、かといって幕府の手前もあるだけに、苦慮の末、名前を変えて身を隠すことにしました。西郷は錦江湾で身投げをして死んだとして、変名した西郷を奄美大島 に島流しにしました。 当時、奄美大島は薩摩藩の過酷な圧政を強いられ、貧困にあえいでいました。その 貧しい島で二年近く幽閉されることになりました。西郷はその受難の間も、四書五経 など中国の古典や陽明学などについて、独学で勉強を続けていきました。 そして二年後、幕末の騒乱のなかで鹿児島に帰されると、彼が帰ってきたというの で若い者たちが続々と西郷のもとに集まりました。しかし、そのことが藩主の実父の 逆鱗にふれ、若手の急進派をあおったという罪をきせられ、また島流しに遭います。 今度は奄美大島のさらに先にある沖永良部という島にまで流されます。この島での 生活が最も苛烈を極めました。外壁がなく、雨露が横から吹き込んでくる二坪しかな い萱葺きの小屋のような牢のなかで、風呂にも入れてもらえません。そのため西郷は 髪と髭は伸びるにまかせ、垢にまみれ、異臭を放っていました。それでも彼は端然と 座禅を組み続けたのです。 その姿を見ていた薩摩藩の下級武士は、西郷の崇高さに驚き、藩の仕打ちはあまり にもひどいと、家の座敷のなかに牢をつくり、彼を収容しました。藩が命じた「壁もなく雨露さえしのげればいい」という条件は満たしていると拡大解釈をし、救いの手 を差し伸べるわけです。 西郷はその座敷牢で座禅を組み、古典を読み、さらに自分を磨くように努めます。 後から見れば、このことは西郷にとってかえつて好都合であったかもしれません。島 に幽閉されている間に、安政の大獄などで吉田松陰をはじめ多くの志士が殺されて いつたからです。もし西郷が、当時、京や江戸にいれば、幕府に殺されていたかもし れません。時代は、まさに西郷を求めていました。沖永良部から帰還した後、西郷は 明治維新に向け、東奔西走の活躍をしていくことになります。 私は若かりし頃から、苦しいときに、この西郷の体験をよく思い返すようにしてき ました。すでにお話ししたように、子供の頃、当時は死の病といわれた結核を患いま した。旧制中学の受験には三度失敗し、終戦を迎える直前の空襲で生家は焼かれてし まいました。兄や妹たちが進学をあきらめてまで応援してくれた、大学受験にも失敗 しました。コネがないことから就職試験にも失敗します。自分の不運を嘆き、世をす ねて、インテリヤクザにでもなろうかと思い詰めたことさえありました。しかし振り返ると、西郷ほどでないにせよ、数々の苦難を乗り越えてきたからこそ 志も少しは堅くなり、今の私があると思います。もし、私が生まれも育ちも良い、い わゆる昔労知らずで、志望の学校に楽々と入るなど順調な人生を歩んできたとしたら、 全く違った人生の結果になっていたはずです。 中学校の入学試験を受けてすべり、大学の入試を受けてもすべり、会社の入社試験 を受けてもすべりというように、屈辱に満ちた灰色の少年時代、青年時代を過ごしま した。それをとらえて他人はたいへん不幸だと言うかもしれません。私自身もそのと きは「なんと不幸な運命だろう」と何度も思いました。 しかし、今考えてみれば、苦しい少年時代、また青年時代があつたればこそ、現在 の私があります。 私が苦労もせずに人生を過ごしてきたなら、人間性を高めることなどできず、会社 をつくってからも、部下の信望や信頼を集めることはできなかったでしょう。子供の 頃から苦労を重ねてきたことによって、少しでも人間が練られ、私という人間がつく られていったから、経営者として務まったのかもしれません。 つまり、私の少年時代の苦労、不幸は、後に幸福を得るために、天が与えてくれた素晴らしい贈り物だったのです。 逆境に置かれながらも、むしろ与えられた逆境を天に感謝するかのような気持ちで 健気に生きていく。そのように生きてきた人は、その経験が必ず、後々の素晴らしい 幸運につながっていくと私は信じています。
忍耐
自分が過ちを犯したと気づいたのなら、 いたずらに悩まず、今度は失敗しないようにと 改めて新しい思いを胸に抱き、 新しい行動に移っていくことが大切です。
困難に遭えば、過去の業が消える
人生では心配事や失敗など、心を煩わせるようなことがしばしば起こります。しか し、 一度こぼれた水が元に戻ることがないように、起こしてしまった失敗をいつまで も悔やみ、思い悩んでいても意味はありません。 そのことがよくわかっていても、なお「あれがうまくいっていれば」などと思い悩 み続けることは、心の病を引き起こし、ひいては肉体の病につながり、人生を不幸な ものにしてしまいます。感性的な悩みをして心労を重ねることは絶対にやめるべきで す。 起きてしまったことはしようがありません。自分が過ちを犯したと気づいたのなら、 いたずらに悩まず、今度は失敗しないようにと改めて新しい思いを胸に抱き、新しい 行動に移つていくことが大切です。 済んでしまったことに対して、深い反省はしても、感情や感性のレベルで心労を重ねてはなりません。理性で物事を考え、新たな思いと新たな行動に、直ちに移るべき です。そうすることが人生を素晴らしいものにしていきます。 私も大きな困難に遭過した経験があります。骨や関節が欠損した患者さんのために なると考え、セラミックスの人工骨を開発したときの話です。 従来は金属製の人工骨が使われていました。ところが、金属は人体に入ると溶け出 してしまい、悪影響を及ぼします。より不活性な物質を求めて実験をした結果、セラ ミックスが適していることがわかりました。そこで股関節が悪くなって歩けない患者 さん、高齢のため腰の骨が摩耗して歩けない患者さん向けに、セラミック製の人工股 関節を開発したわけです。 動物実験など必要な実験はすべて行い、厚生省(現・厚生労働省)の認可を受けて 売り出しました。たいへん素晴らしい性能だと高い評価をいただき、全国の有名な大 学病院で使われ始めました。 その病院の一つから、今度は人工膝関節の依頼がありました。膝関節を悪くして歩 けなくなつた人がたくさんいるので、セラミック製の膝関節を早急につくつてほしいとのことでした。股関節とは別に、臨床実験を十分に行い、厚生省の認可を受けたう えでなければ、膝関節を供給することは薬事法違反になります。ですから京セラは、 一度その話を断りました。それでも先方は強くお願いしてこられました。 「患者さんが非常に困っています。これは人助けなのです。セラミック製の人工骨は 毒性もなく、腰に入れた結果、非常にうまくいくことが実証されています。ですから、 膝に使って悪いはずがありません。決して迷惑をかけないから、ぜひつくってくださ い」 このように言われ、我々は仕方なく試作品をつくって納めました。すると、「よい 結果が得られたので、もっとつくってください」といわれるので、その後も納品を続 けました。 それから数年後に、国会である代議士の方が質問に立ちました。 「最近、頭角を現している京セラという会社は、認可を取つていない人工膝関節を患 者さんの弱みにつけ込んで売り、あくどく儲けている」 たいへんな騒ぎになりました。新聞や雑誌にも「悪徳商法の京セラ」と書き立てら れました。動機はともかく、手続きとして不備があったのは間違いありませんから、大いに反省し、会社としても謝罪しました。また、 一カ月の操業停止処分を受けると ともに、関係する患者さんの治療費についても、会社として自主的に返納することを 決めました。さらに、再発防止をはかるために社内に特別監査対策本部を設置し、管 理体制も見直しました。それでも悪徳商法だと連日のように新聞、雑誌に載るわけで すから、耐えきれないほど苦しい毎日でした。 そのとき私は、ご指導をいただいていた、京都にある円福寺の西片槍雪老師を訪ね ました。 「新聞でご存じかもしれませんが、たいへんな困難に遭過してしまい、困惑していま す」 私の話を聞き終わったあと、指雪老師はお笑いになっておつしやいました。 「それは稲盛さん、生きている証拠です」 こちらは生きるか死ぬかの心地でいるのに、生きている証拠だといわれる。意味が よく理解できず、思わず槍雪老師の顔をみつめました。 「生きているから、そういう困難に遭遇するのです。死んでしま ったら、そんな困難にも遭遇しません。生きている証拠ですよ」 当たり前ではないかと思いました。しかし、続けておつしやった言葉に、はっとさ せられました。 「前世か現世か知らないけれども、それは過去にあなたが積んできた業が、今結果と なって出てきたものです。たしかに今は災難に遭われ、たいへんかもしれません。し かし、あなたがつくった業が結果となって出てきたということは、その業が消えたこ とになります。業が消えたのだから、考えようによっては嬉しいことではありません か。命がなくなるようなことであれば困りますが、新聞雑誌に悪く書かれた程度で済 むなら、嬉しいことではありませんか。むしろお祝いすべきです」 筋を通して経営をしてきたなかで直面した困難でした。前世か現世か、どこでつ くつたかもわからない業が、結果となって現れた。そのとき、「業が消えたと思い、 お祝いをするべきだ」といわれて、私は一瞬にして苦しみが解けました。 正しいことを行つたにもかかわらず、耐えがたい困難に遭遇してしまえば、どうし ても落ち込んで、先に進むことはできなくなります。しかし、そのようなときこそ、 くよくよと悩むのではなく、深く反省をしたうえで未来を見つめ、新しい一歩を力強く踏み出すことが大切です。そうすることでこそ、現在の困難を無駄にすることなく、 将来につながる糧とすることができます。
積極
一見非情に見えるほどの 災難に遭遇しているとすれば、 それはその人の将来にとって プラスになると思わなければなりません。 それは天が与えてくれた 「ごほうび」なのかもしれません。
いいことも悪いことも、すべてが試練
人生には必ず浮き沈みがあります。幸運に恵まれるときもあれば、苦難に遭うとき もある。苦難に遭ったときであっても、耐え忍ぶことが必要です。ひどい目に遭って も、それを恨むのではなく、ひたすら耐えるのです。その「耐える」ということを通 じて、人間ができていきます。 苦難に遭って、それに耐えた人と、そうでない人とでは、将来は全く違ってくると 私は思います。苦難に直面したときに、打ち負かされて断念したり、妥協してしまう のか、それとも苦難を克服しようとして、さらに努力を重ねることができるのか。こ こに人間的な成長ができるかどうかという、分岐点があると思うのです。 天は、けっして私たちに安定した人生を与えてはくれません。さまざまな試練を与 えて、それと向き合いながら人生を歩むことを命じます。 その試練をどのように受けとめていくのか。ある人は、明るく、素直に善意に受けとめ、前向きに粘り強く努力をします。ある人は暗く、悲観的に屈折して受けとめま す。どちらの受けとめ方をするかで、人生は全く異なったものになります。 試練に前向きにあたる人の人生は、大きく開け、発展していきます。 一方、後ろ向 きに試練に対処する人の人生は、まさに悲惨なものになっていきます。その悲惨な人 生がその人の魂をすり減らし、さらに疲弊させていくことになるだろうと思います。 大切なことは、試練をどのように受けとめるのかということです。若いときの挫折 ぐらいで、人生を台無しにして、朽ち果ててしまうようなことがあってはいけません。 今がいかにあろうとも、長い人生は心がけ次第で、素晴らしいものとすることができ るのです。 今、不幸の渦中にある人は、「若いときに、こんな苦労をし、こんな苦しい目に遭 う人は、日本のなかでそう多くはいない。不幸だと思うのではなく、誰も経験できな いことを経験させてもらっている」 このように思うべきです。 人生ではいいことも悪いことも、すべてが試練です。人間をつくるために、天が与 えてくれた試練です。生きていくなかで、自分の人生はもう駄目かもしれないと暗い気持ちに陥ることがあるかもしれません。しかし、そのような失敗も、すべて天に よって仕組まれたものです。我々がさらに飛躍するために与えてくださったものです。 人生で起こることは、人間の浅はかな知恵をもって、日先の幸不幸だけで判断して はいけません。天という高い視点から見るべきです。そうすれば、全く異なる様子が 見えてくるはずです。今、 一見非情に見えるほどの災難に遭遇しているとすれば、そ れはその人の将来にとってプラスになると思わなければなりません。それは天が与え てくれた「ごほうび」なのかもしれません。 天は、人が善きことを思い、善きことを為した結果として、非情なこと、厳しいこ とを与えることさえあります。その苦難を真正面から受けとめ、どのように対処して いくか。そのことによって、自分の人生の航路が決まっていきます。 自然界を見てください。植物は傷めつけられると、それに反発して、よりたくまし く成長していきます。たとえば、自然に生えている木に比べて、剪定した庭木のほう が、さらに早く伸びていきます。剪定で木は枝を切られて傷めつけられますが、その 傷みをバネにするかのように成長していくのです。麦も、冬の間に麦踏みをしてあえて傷つけることで、立派に育ちます。また薩摩芋は、地面をはうように蔓が伸びます が、そのままにしておいても立派に実りません。夏の一番成長するときに葉をひっく り返し、根を取り除きます。かわいそうですが、そうしなければ、大きな薩摩芋はで きません。 自然界は、みな試練を肥やしにして成長していくようにできています。我々人間も、 仕事で苦しんだり、健康を害したりしたときには、「この逆境は自分をもつと強く立 派にするために天が与えてくれたものだ」と積極的に受けとめることが絶対に必要で す。
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