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大きな志を持つこと― 気高く、素晴らしい夢を描き、追い続ける

目次

幸せな人生に導いてくれるたった一つの鍵

私はこれまで仕事に追われ、仕事を追いかける人生でした。しかし、そんな人生を 振り返ってみると、「私ほど幸せな人間はいない」としみじみ思います。 一九五九年に二十八名の町工場からスタートした京セラも、 一九八四年に電気通信 事業の自由化に際して設立させていただいた第二電電(現・KDDI)も、順調に成 長発展を遂げることができましたし、晩節を汚すのではないかと心配された日本航空 の再建も、何とかその任を果たすことができました。 もちろん、その過程においては、さまざまな苦労があったことは確かです。しかし、 そんな苦労も含めて、今になって振り返れば、「何と幸せな人生だろう」と思えるの です。 それは、どんな境過にあろうとも、「人間として正しいことを正しいままに貫く」 ということを強く意識し、現在まで変わらずに実践し続けてきたことがもたらしてく

れたことなのではないかと思っています。 私は、どのような「考え方」を選択するかによって、自分の人生を、素晴らしいも のにつくり上げることもできれば、壊すことにもなると考えています。 人は誰でも、人生で、思いもよらぬ障害に遭遇します。そんな困難に直面したとき、 どちらに向いて進むのかは、すべて自分の「考え方」から来る判断です。その一つひ とつの判断が集積されたものが、人生の結果となって現れるのです。 ならば、常日頃より、自らを正しい方向に導く「考え方」に基づいた判断をしてい れば、どんな局面でも迷うことはありません。いつも正しい行動がとれ、結果も素晴 らしいものになつていくはずです。 一方、自分だけよければいいという利己的な心や気まぐれな感情など、自分を悪し き方向へ導く「考え方」がもたらす判断基準しか持っていない人は、常に揺れ動く自 分の心に左右されることになります。 人間とは弱いものです。環境に負け、自分自身の欲望に負け、心が乱れ、人の道に反することを平気でやってしまうのも事実です。だからこそ、何かに迷つたときに判 断の基準となる正しい「考え方」を持つことがたいへん大切です。 自らを正しい方向に導く「考え方」というものは、まさに間を照らす光です。人生 行路を歩いていくときに、素晴らしい人生へと続く道を示してくれる羅針盤となって くれるのです。

「考え方」と「熱意」の大切さに気づく

人間として正しい「考え方」を持つことが、私たちの人生にどれほど大きな影響を 与えるのか。そのことを理解いただくために、まず、人生や仕事の結果を表す方程式 についてお話ししたいと思います。 私は長年、この方程式の値を最大にするよう、日々懸命に仕事に取り組んできまし た。またこの方程式でしか、自分の人生も、京セラやKDDIの発展、そして日本航 空の再生も説明することはできないと思っています。

私の考える人生の方程式

人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力

私は、さして裕福ではない家に生まれ、若いときは中学や大学の入学試験、そして 就職試験にことごとく失敗しました。多くの挫折を経験し、人並み程度の「能力」し か持たない私が、人並み以上のことを成し遂げるにはどうすればいいのだろうか。そ う悩んだ末に見出だしたのが、この方程式です。 この方程式は、「能力」「熱意」「考え方」という三つの要素から成り立っています。 「能力」というのは、頭がいいというだけではなく、運動神経が発達しているとか、 頑健であるといった身体的な能力も含めたもので、多くは生まれつき備わっているも のです。 この「能力」を点数で表せば、個人差がありますから、○点から一〇〇点まである といえるでしょう。ろくに勉強もせず運動能力もないというような人を○点とすると、 運動神経も発達し、健康でもあり、学校の成績も抜群というような人が一〇〇点とな るわけです。 この「能力」に、「熱意」という要素が掛かつてきます。「熱意」とは、「努力」と

言い換えてもいいのですが、これに関しても、やはり個人差があり、○点から一〇〇 点まであります。人生や仕事に対して燃えるような情熱を抱き、 一生懸命に努力する 人を一〇〇点とすると、やる気や覇気のない、無気力で努力もしない人は○点となり ます。 この「熱意」は、「能力」と異なり、自分の意志で決めることができます。だから 私は、まずは誰にも負けない努力を重ねようと思いました。能力はさほど高くはない かもしれないが、熱意だけは誰にも負けないほど、持とうと思ったのです。頭がいい からと努力をしない人よりは、自分には能力がないということを自覚して、誰よりも 情熱を持って努力した人のほうが、はるかに素晴らしい結果を残すことになるはずだ と考えたわけです。 最後に「考え方」という要素が掛かってきます。「考え方」とは、その人の思想、 哲学という意味でもありますし、理念、信念といっても構わないでしょう。または、 人生観、人間性などと置き換えてもいいでしょうし、人間としての生きる姿勢といっ てもいいかもしれません。そういうものを総称して「考え方」と呼ぶわけです。

この「考え方」こそが、最も大事な要素であり、方程式の結果を大きく左右するこ とになります。なぜなら、先の「能力」や「熱意」が○点から一〇〇点まであるのに 対して、「考え方」には、悪い「考え方」から、良い「考え方」まで、それぞれマイ ナス一〇〇点からプラス一〇〇点までの大きな振れ幅があるからです。 「能力」も「熱意」も、高ければ高いだけいいのは、言うまでもありません。しかし それ以上に、自分の「考え方」がプラスなのか、それともマイナスなのか。さらに、 その数値は高いのか、低いのかということが、人生や仕事の結果を大きく左右するポ イントになります。

人間としてのあるべき姿、原点に立ち返る

なぜなら、どんなにオ能があろうとも、どんなに熱心に仕事をしようとも、つまり 「能力」や「熱意」の点数がいくら高くても、この「考え方」が間違っていたのでは、 マイナスを掛けることになりますから、人生の結果は決してよいものとはなりません。

たとえば、うまくいかない理由を転嫁して、言い訳と不平不満ばかり言う。人を妬 み、世を嫉み、まともな生き方を否定する。そのような「考え方」を持つなら、結果 はマイナスとなってしまいます。「能力」があればあるだけ、「熱意」が強ければ強い だけ、大きな負の結果を人生に残してしまうのです。 一方、たいへんな苦難に遭遇したとしても、それを真正面から受け止める。そし て、いつかきつと自分にも明るい未来が来ると信じ、人生を前向きに明るい心で生き ていこう、 一生懸命さらに努力を重ねていこう、というプラスの「考え方」をすれば、 多少能力が劣っていようと、素晴らしい人生の結果を得ることができます。 おもしろいもので、生まれつきの能力が高いか低いかというのは、長丁場の人生に おける成功にはほとんど関係がありません。能力がさほどなくても、嘆かず、恨まず、 腐らず、妬まず、愚痴をこぼさず、誰にも負けない努力を重ねれば、素晴らしい人生 を送ることができるのです。 このことは、先ほどもお話ししたように、決して個人の幸福のみにあてはまるもの ではありません。会社という集団の幸福を導くにあた っても同様です。

二〇一〇年二月からおよそ三年にわたって携わった日本航空の再建は、まさに私の 言う人生方程式の格好の証明になったのではないかと思います。 着任してすぐに思ったことは、「私が京セラやKDDIの経営で実践してきた『考 え方』を伝え、全社員に意識を変えてもらおう。つまり意識改革をはかろう。そうす れば組織の活性化につながるはずだ」ということでした。また、社員の意識改革を進 めることで、日本航空は単に再生を果たすにとどまらず、社員の意識の高さ、つまり 人間としての「徳」のレベルにおいて、世界を代表する、素晴らしい企業になれるは ずだとも思いました。 そして意識改革をはかるべく、私はまず幹部社員を集め、リーダー教育を徹底的に 実施しました。私が半世紀以上にわたる経営の実践のなかから導き出した、具体的な 経営のあり方とともに、「人間として何が正しいのか」という判断基準、リーダーが 持つべき資質などを、集中的に学んでもらいました。 しかし、私が「利己的な判断ではなく、利他の心で判断をする」「すべての行動に おいて、真面目に一生懸命努力をする」などと言うと、高学歴の幹部社員たちは、明

らかに浮かぬ顔をしました。「そんなことは言われなくても知っている。子供を諭す ような道徳観を押しつけて……」と顔に書いてあるのです。 日本航空は「日本を代表する航空会社」として、ちやほやされてきた長い歴史があ るものですから、幹部社員たちは知らず知らずのうちに傲慢になっていました。です から私は、生意気で不遜な態度をとる幹部社員には、厳しく叱責をしました。「リー ダーには謙虚さが必要であり、こういう事態になったことを自分自身の責任として反 省しなければならない」と説きました。 当初は、そのように来る日も来る日も、私は幹部社員の意識を改めることに努めま した。何の縁もゆかりもない年寄りが報酬を受け取ることもなく、朝から晩まで必死 で人間のあるべき姿を説いている姿が胸を打ったのでしょうか。「なるほど」と、私 の説く「考え方」に心動かされる人が次第に出てきました。すると、その波紋が幹部 社員のなかに一気に広がっていったのです。 次に、こうした「考え方」は、幹部社員だけでなく、現場の最前線でお客様と接す る全社員にも浸透させなければならないと考え、私自身が現場に出かけるようにしま

した。 受付カウンターの人たち、キャビン・アテンダント、機長・副操縦士、整備の人た ち、また手荷物のハンドリングをする人たちが働く現場をまわり、「どういう考え方 を持ち、どのように仕事をしなければならないか」ということについて、直接語りか けていきました。 そして現場の社員たちの間に、「人間として何が正しいのか」を基準に判断するこ とが規範として浸透するにつれ、その行動は見違えるように素晴らしいものへと変 わっていきました。 こうした意識改革により、全社員の「考え方」が立派なものになるのに伴い、業績 が飛躍的に向上していったのです。

良い「考え方」と悪い「考え方」

よく「オに使われるな」と言います。才能のある人はつい自分のオ能を鼻にかけ、傲慢に振る舞ってしまいます。それは、先ほども述べた日本航空の例をみても明らか です。 以前の日本航空は、「親方日の丸」の組織体質のなか、官僚的な経営幹部が頭だけ で会社を引っ張っていました。幹部社員は皆、高い能力を持つ非常にエリート意識の 高い人たちばかりです。学歴も高く、礼儀正しく見えるけれども、実は慇懃無礼で、 努力の大切さや人間として正しい「考え方」など気にも留めません。 そんな才覚だけを備えた人間が大きな権力を握り、企業内を牛耳るようになり、組 織全体が「人として大事なこと」をないがしろにしてしまった。そのような組織がお 客様を大切にするはずがありません。そのために、日本航空は二兆三千億円もの巨額 の負債を抱えて経営破綻しました。 オ能を使うのは「心」だと言われるように、「考え方」が自分の能力を動かしてい かなければなりません。心を失い、能力だけがあるという人は、「才に溺れる」と言 われるように、必ず失敗します。人間として正しい、つまリプラスの「考え方」を 持って「心を高める」ことに努めるのがたいへん大事なのです。では、私の考えるプラスの「考え方」、マイナスの「考え方」とは、どのようなも のなのでしょうか。 プラスの「考え方」とは、端的に言えば、正義、公正、公平、努力、謙虚、正直、 博愛などの言葉で表現される、プリミティブな倫理観そのものであり、世界のどこで も通用する普遍的なものばかりです。 そして、その反対に、マイナスの「考え方」とは、プラスの「考え方」の対極にく るものであると私は考えています。 それらを対比させて列挙するならば、左に挙げるような項目として示すことができ ます。

プラスの「考え方」

  • 常に前向きで、肯定的、建設的である。
  • 皆と一緒に仕事をしようと考える協調性を持っている。
  • 真面日で、正直で、謙虚で、努力家である。
  • 利己的ではなく、「足る」を知り、感謝の心を持っている。
  • 善意に満ち、思いやりがあって優しい。

マイナスの「考え方」

  • 後ろ向きで、否定的、非協力的である。
  • おもい 暗く、悪意に満ちて、意地が悪く、他人を陥れようとする。
  • 不真面日で、嘘つきで、傲慢で、怠け者。
  • 利己的で強欲、不平不満ばかり。 自分の非を棚にあげて、人を恨み、人を妬む。

このように「考え方」には、プラスの「考え方」とマイナスの「考え方」がありま す。自分の人生を素晴らしいものとしたいなら、幸運であれ、災難であれ、人生で直 面するさまざまなことに対し、プラスの「考え方」に基づいて行動することです。 ところが、たったそれだけのことなのに、いざそのような機会に直面すると、人は この人生の鉄則をつい見失いがちです。 災難と思えるような困難、苦難に遭遇すると、その苦しさに負けて、世を恨み、人 を妬み、不遇を嘆き悲しんで不平不満を漏らしてしまう。そうすることで人生をさら に暗くつらいものにしてしまう人を、私たちは数多く見ています。 一方、人も羨むほ どの幸運に恵まれ、有頂天になり、それが当たり前だと思ってしまう。そして、欲望 をさらに肥大化させ、謙虚さを忘れて傲岸不遜になってしまう。周囲にいる人たちに たいへんな迷惑をかけているにもかかわらず、そのことに気づきもせずに、利己的な 行動を重ねていく。その結果、せっかくの幸運に恵まれていながら、没落していく様 を見聞します。 自分の道をこれから切り開いていく若い人たちは、同じ轍を踏んではなりません。 幸運に恵まれようと、災難に遭遇しようと、常にプラスの「考え方」を養い、実践していくことに努める。人生の鉄則はそれに尽きると言ってもよいと思います。

ほればれするような人になれ

本書は、素晴らしい人生を送るために、正しく、清らかで、強く、純粋な「考え 方」を持つこと、すなわち美しく高邁な人格を築き上げることがいかに大切であるか ということを、私の体験を交えて述べたものです。 本書を構成している九つの章は「大きな志を持つこと」「常に前向きであること」 「努力を惜しまないこと」「誠実であること」「創意を凝らすこと」「挫折にへこたれな いこと」「心が純粋であること」「謙虚であること」「世のため、人のために行動する こと」から構成されており、それぞれが独立したテーマとなっています。しかし「人 生は考え方によって形づくられる」という本質の部分では互いにしっかりと結びつき、 一体となって、人生に幸福をもたらす「人間のあり方」を指し示しています。

たった一回しかない人生を、生きがいに満ちた、素晴らしい人生だったと言えるも のにしていこうと願うなら、自らの「考え方」を美しく、気高いものに磨き上げるこ とに努めていかなければなりません。つまり、全人格的に優れているという意味での 「全き人」を目指す努力をしなければなりません。 私が理想とする「全き人」とは、善き思いに根ざし、人間として正しいことを貫く 姿勢を持つ人であり、誰もが「ああ、あの人は素晴らしい人だ」とほればれするよう な人柄の人物です。また、単に能力に長けているだけではなく、自然と皆から「あの 人と一緒に人生を歩みたい」「共に仕事をしたい」「あの人がいてよかった」と思われ るような人物のことです。 しかし、「言うは易く行うは難し」です。実行していくのは容易なことではありま せん。自分はこうありたいと強く願い、反省を重ねつつ、 一日わずかなりとも進歩で きるように努め続けなければなりません。 大切なのは、「こうありたい」と思い続けることです。「こういう自分でありたい」 と思って一生懸命努力し続ければ、必ず人間は成長するものです

もともと、生まれながらに立派な人格を持った人はいません。人間は一生を生きて いくなかで、自らの意志と努力で高邁な「考え方」を持った人格を身につけていきま す。 本書が、そのように絶えず自分自身を磨き、素晴らしい人生を歩んでいこうとする 皆さんにとって、少しでも役立つことを願ってやみません。

大きな志を持つこと― 気高く、素晴らしい夢を描き、追い続ける

明朗

人生とは素晴らしい希望に 満ちているものです。 常に夢を描くことを忘れない、 ロマンティックで 明るい「考え方」を持ち続けていれば、 未来は開けるのです。

未来に対して限りないロマンテイストであれ

京セラを創業した頃、私は自分のことを「夢見る夢夫」と呼び、よく社員たちに自 らの夢を語ったものです。いつまでも夢を追いかけることを忘れない、青年のような 心を持ち続けたいと考えて、今日まで生きてきました。 振り返ってみれば、明るい夢を描くことの大切さに気づき始めたのは、高校一年生 のときだったように思います。 敗戦から三年ほどしか経っていない頃でしたので、私が住んでいた鹿児島市内はま だ焼け野原でした。通っていた高校は、掘っ立て小屋のような貧弱な建物で、海岸近 くにあったため、桜島が噴煙を上げているのが真正面に見えました。 その高校の国語の先生はたいへんなロマンテイストでした。普段の授業では有名な 作家の小説などを題材に講義をしてくださいましたが、あるとき、「私は毎日恋をし ています」と発言されたのです。

何を言うのかと思いながら聞いていると、「私は桜島を見ながら自転車で学校に 通っています。その桜島に毎日恋をするのです。あの雄大な島影、そしてもくもくと 噴き上げる噴煙。そのあふれんばかりの情熱に憧れています」と言われました。 食べることもままならないほど貧しい敗戦直後にあつて、先生は素晴らしい夢を描 き、私たち生徒に希望を与えてくれました。その影響を受け、私も楽しく、明るく、 希望あふれる夢を描くべきだと考えながら、毎日を過ごしてきました。 もちろん現実は決して順風満帆だったわけではありません。私は小学校高学年に結 核を患い、死にかけています。旧制中学校受験には三度も失敗し、大学受験も失敗し ています。大学卒業後は、希望する会社に就職できませんでした。まさに挫折に次ぐ 挫折の青春時代を経験してきました。にもかかわらず、充実した人生を送ることがで きたのは、この国語の先生の教えがあったからです。 本来、人生とは素晴らしい希望に満ちているものです。常に夢を描くことを忘れな い、ロマンテイツクで明るい「考え方」を持ち続けていれば、未来は開けていきます。 私は不遇の青少年時代においても、夢見ることを忘れず、希望を抱き続けてきまし

た。今日の自分があるのは、そのように努めて明るい考え方をしてきたおかげだと信 じています。 私はよく、「たとえどんなに苦しい状況にあっても、自分の人生や会社の将来を絶 対に悲観的に見てはならない」と言っています。今はつらく苦しい状況にある。しか し、「これからの人生は、きっと明るく開けていくはずだ」「会社はこれから必ず発展 するのだ」と信じる。そのような、明るい考え方を持つべきです。 決して不平不満を言ったり、暗く憂うつな感情を抱いたり、ましてや人を恨んだり、 憎んだり、妬んだりしてはいけません。そのようなネガテイブな考えは、人生を暗く してしまいます。 素晴らしい人生を歩んでいる人は、必ず明るい考え方をしています。他の人であれ ば、災いだと感じるような境遇にあっても、それを前向きにとらえ、自分を成長させ てくれる好機として感謝することができます。そして、そのように明るくとらえるこ とで、実際に人生も好転していきます。 世の現象はすべて、自分の心、考え方が招いたものです。心の有り様、つまり考え 方次第で、人生も仕事も結果は一八〇度違ったものになります。とても単純なことですが、未来に希望を抱き、明るく積極的に行動していくことが、仕事や人生をより良 くするための第一条件です。

願望

自分の可能性をひたすら信じ、 実現することのみを強く思いながら 努力を続ければ、 いかなる困難があっても、 思いは必ず実現します。

「できると信じる」ことで人生は開けていく

まず「こんな人生を歩みたい」「将来こんな人間になりたい」「会社をこのように成 長させたい」という願望を持つことが必要です。あらゆる難難辛苦にも挫けず、岩を も通すような一念でやり遂げてみせる。そのような、強く気高い思いを抱くことが、 成功の源です。 自分の可能性をひたすら信じ、実現することのみを強く思いながら努力を続ければ、 いかなる困難があっても、思いは必ず実現します。人間の思いは、私たちの想像を超 えた、凄まじいパワーを秘めています。 ここで言う「強い思い」とは、潜在意識にまで浸透していった「願望」のことです。 そうした強烈な願望にまで高められた思いを持ってほしいと思います。 願望を潜在意識に浸透させるには、寝ても覚めても、繰り返し考え抜くことが必要です。常にその願望のことだけを、凄まじい気迫で考え続ける。すると、潜在意識 は、たとえ寝ているときですら働き続け、願望を実現する方向へ自分を向かわせてく れます。 積極思考を説いた思想家、中村天風さんは、そのように思い続ける様を、次のよう に端的に表現しています。 「新しき計画の成就はただ不屈不撓の一心にあり。さらばひたむきにただ想え、気高 く、強く、 一筋に」 これは、私がかつて京セラの経営スローガンに取り上げ、また、日本航空再建にあ たつても社員一人ひとりの意識改革に向け、各職場に貼り出した言葉です。新しい計 画の成就は「ただ不屈不撓の一心にあり」。つまり、どんな困難が立ちはだかってい ようと、 一心不乱に思い続けることが重要だと説いています。また、その思いは強く 揺るぎないものでなければならないということが、「さらばひたむきにただ想え、気 高く、強く、 一筋に」という言葉に表現されています。 天風さんは、この言葉の後に、次のように続けています。 「よしや、かりに人生行路の中途、活々たる運命の濁流に投げ込まるるとも、また不

幸病魔の拾となることありとも、夢にも悶ゆることなかれ、怖るることなかれ」 道半ばにして、運命に翻弄され、不幸に見舞われたとしても、成功することをただ 一途に思い続けなさい。思い悩むこと、悶え苦しむこと、怖れることがあっては絶対 にならないと説いています。 多くの人は「こうしたい」と思っても、「実現するには難しい条件がある」などと、 すぐに後ろ向きに考えてしまいがちです。しかし、「こうしたい」という思いに、「で も」「かも」といつた濁りがあると、思いの持つ力はゼロになってしまいます。 一切 の疑念を捨て、その実現を信じて強く思い続けることが大切です。 そうして強い「思い」を抱き続けることで、実現するための努力も自然とできるよ うになります。 京セラは創業時、資本金わずか三百万円、従業員二十八名で、景気やマーケットが 少し変動するだけで潰れかねない零細企業でした。しかし、私はこのような、設備や 資金もなく、明日をも知れないなかにあつて、社員たちに「日本一になろう」「世界 一になろう」と大きな夢を語り続けていました。

雲をつかむような話ではありましたが、ことあるごとに社員たちに説き続けました。 京都のなかでさえ、当時の京セラにはとても追い抜くことなど不可能と思われる大企 業がたくさんあり、「わずか百人にも満たない中小零細企業が世界一になるなど冗談 にもほどがある」と言われたこともありました。それでも、私は真剣に自分の思いを 語り続けました。 すると社員たちも、いつしか私の掲げた夢を心の底から信じるようになり、実現に 向けて力を合わせ、夜を日に継いで、ひたむきな努力を重ねてくれるようになりまし た。 現在京セラは、フアインセラミックスの分野では世界一になり、売上は一兆五千億 円規模にまで成長しています。「日本一になろう、世界一になろう」と思い続け、言 い続けたことが、会社としての「夢」を実現に導いてくれました。

信念

先が見えないなか、 日標を追い続けるには、 や間 み を照らす「光」が必要です。 信念という光があるからこそ、 その道を歩み続け、 成功にたどり着くことができます。

強く一途な「信念」が勇気を奮い起こす

ビジネスの世界では、挑戦的で独創的なことをしようとするとき、必ずたくさんの 障害が出てきます。しかし、今までに例を見ないような、素晴らしい仕事をした人は、 一途な「信念」によって、自らを勇気づけ、その障害を克服していった人たちです。 創造的な領域で仕事をするのは、真っ暗闇のなかを手探りで進むようなものです。 そのように先が見えないなか、目標を追い続けるには、間を照らす「光」が必要です。 信念とは、その光のようなものです。 創造的な世界になればなるほど、心のなかに確固たる信念を持つていなければなり ません。信念という光があるからこそ、その道をひたすら歩み続け、成功にたどり着 くことができます。 それでは、「確固たる信念」とは、どのようなものでしょうか。それは「他に善か れかし」という美しい思いのことです。このことを、第二電電(現・KDDI)設立の経験からお話ししたいと思います。 一九八四年、日本は電気通信事業の自由化という大きな転換期を迎えていました。 それまで国策会社として運営されていた電電公社が民営化され、NTTとなると同時 に、通信業界に新規参入が認められることになりました。 当時、国内の長距離電話料金がたいへん高いということは多くの国民が認めるとこ ろでした。私は、日本の通信料金の水準が世界的にみてもあまりに高く、国民に大き な負担を強いているばかりか、日本の情報化社会の発展を妨げているという思いを強 く抱いていました。 そのようななか、新規参入が認められるにあたり、当初、経団連あたりを中心に大 企業がコンソーシアム(連合体)を組んで参入してくれるものと考えていました。し かし、当時四兆円もの売上を誇り、明治以来、日本の津々浦々に電話回線を引き、膨 大なインフラを持つNTTに対抗できるはずがないということからか、誰もが二の足 を踏んでいました。 そのうちに、たとえ大企業がコンソーシアムを組んで挑戦したとしても、おそらく

若干の値下げをする程度で、NTTと新電電がすみ分けをすることになってしまうの ではないか。国民が安い電話料金を期待しているのに、利権を分け合うだけで、真の 競争が行われないのではないかと思うようになりました。私は失も盾もたまらず、自 分が長距離通信事業に進出し、通信料金を安くしなければならないと思い始めました。 通信のつの字も知らない私が通信事業に乗り出すのは、まさに無謀な話でした。そ れでも、国民のために長距離電話料金を安くしなければならないという一心から、正 義感に燃えた若い男が敢然とNTTにチヤレンジすることが必要ではないかと強く思 うようになったわけです。 しかし、すぐには参入の決断を下しませんでした。私は自問自答を繰り返しました。 通信事業に乗り出そうとするのは、本当に国民のために通話料金を安くしたいという 純粋な動機からだけなのか。そこに、自分が儲けたいとか、自分を世間によく見せた い、スタンドプレーをしたいという私心はないのか。その問いを「動機善なりや、私 心なかりしか」という言葉に込めて、毎晩どんなに遅くても、寝る前に自分に問いか けました。 何か事業を起こすとき、動機が善、つまり美しい心から発したものであれば、結果は必ず良くなる。逆に動機が不純では絶対にうまくいくはずがないと私は信じていま した。 私は半年ぐらい自問自答し、ようやく動機は善であり、そこに一切の私心はないと 確信できました。そうであれば、いかに困難な事業であろうと実行しようという勇気 と熱意が湧き起こり、第二電電の創業を決意し、発表しました。 その後、第二電電に続いて旧国鉄を母体にした日本テレコム、日本道路公団・建設 省(現。国土交通省)にトヨタが加わった日本高速通信も名乗りをあげ、新電電三社 競合でスタートしました。 通信網をはじめとするインフラはもちろん、技術、資金、信用、営業力など、いず れの面を見ても、何もかも不足している第二電電に対し、他の二社はすべての条件が そろっていました。 そのような状況でスタートしたわけですが、サービス開始直後から、最も不利であ るはずの第二電電が新電電のなかでは圧倒的に市場をリードしていったのです。第二 電電はその後も快進撃を続け、現在もKDDIとして隆々と成長発展し続けています。 その要因はどこにあつたのでしょうか。第二電電が持っていたものはただひとつ、「世のため人のため」という思いだけでした。その純粋で美しい思いのもと、 一意専 心、努力を続けたことこそが、成功の最大要因だと考えています。事業を始めたとき には、さまざまな中傷もありました。困難な悪条件ばかりが、眼前に立ちふさがって いました。しかし、世のため人のために絶対に必要なことだという信念があったから こそ、そうしたあらゆる困難を乗り越えることができたのです。 このことを見事に表現している言葉があります。二十世紀初頭にイギリスで活躍し た啓蒙思想家のジェームズ・アレンは、著書『「原因」と「結果」の法則』(サンマー ク出版)のなかで次のように述べています。 「清らかな人間ほど、(中略)目の前の目標も、人生の目的も、けがれた人間よりも はるかに容易に達成できる傾向にあります。けがれた人間が敗北を恐れて踏み込もう としない場所にも、清らかな人間は平気で足を踏み入れ、いとも簡単に勝利を手にし てしまうことが少なくありません」 この言葉に触れたとき、私は人生の真理を見事に表現しているように感じられまし た。周囲を見わたすと、際だって賢そうには見えない人が、信念に基づいてリスクをあ えてとり、誰よりも努力を重ねた末に成功を収める様を見聞します。逆に、頭がよく、 オに長けた人が、知恵を働かせて、用心深く進めたにもかかわらず、失敗する様にも 遭遇します。その差を生んでいるものは何なのか。それは、純粋で強い思いであり、 その思いがもたらす信念こそが、どんな戦略。戦術に長けた知恵にも優る力を持って いるのです。 これからの日本を担う若い人たちには、ぜひ信念の持つ力を信じてほしいと思いま す。限りなく純粋で強烈な信念を胸に、ひたむきに努力を重ねる。そのような「考え 方」のもと、懸命に生きることで、人生はより実り多きものになるのみならず、この 社会も豊かで美しいものになるに違いありません。

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