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テストの見直しをしない子は成績が悪い―経営計画と月次決算のPDCAサイクル

自宅でのレクチャー損益計算書、バランスシート、キャッシュフロー計算書のすべてに、それを読み解く絵(鍵)が隠されていることを知ってから、由紀は決算書を読むことが楽しくなった。

この日も1日中、数年前からの決算書に注意深く目を通した。

こうしてある程度の知識を持って決算書を読んでいくと、父親の羽振りの良さは、決して会社が儲かっていたわけではなく、もとをたどれば借金を流用していたこともわかってきた。

大型のメルセデスベンツも、リゾートクラブの会員権も、北海道工場もすべて借金で買ったものだ。

しかし、借金で支払われたものはそれだけではなかった。

(私のお給料にも、借金を使ったのだわ)由紀は脱力感を覚えた。

社長に就任してから一度も経理部から月次決算書が上がってこないことに気がついた。

手元にあるのは昨年までの年次決算書だった。

月次の幹部会では、斉藤から口頭で業績報告が行われるに過ぎなかった。

父の時代から月次決算書に興味を抱く役員はいなかったようだ。

由紀が斉藤の部下の経理課長に尋ねたところ、月次決算書が締まるのは2カ月後であることがわかった。

そこで斉藤に月次決算書を幹部会までに作成するよう依頼した。

すると斉藤は「なぜ早く作成しなくてはならないのですか?」と逆に聞き返した。

由紀は、懸命にその必要性を説明したものの、斉藤を説得できないどころか、しまいにはしどろもどろになってしまった。

彼女自身、早いタイミングで月次決算を作成することの必要性がわかっていなかったのだ。

「さあ召し上がってください」由紀の母、里美は自慢のイタリア料理を安曇にすすめた。

里美は娘のことが心配でならなかった。

仕事のストレスでふさぎ込みがちな娘の姿を見ると、いつ会社を畳んでもいいと思った。

しかし、今会社を精算したら巨額の借金が娘にのしかかってくることなど、里美には知るよしもなかった。

「イタリアンですか。

ちょうどよかった」と言って、安曇は持参した北イタリアの赤ワイン「バローロ」を紙袋から取り出した。

それから、ソムリエナイフで丁寧にコルク栓を抜き、色、香り、味を確かめてグラスに注いだ。

濃厚で、力強く、複雑で、それでいて上品な味のこの酒は、里美の手料理をより一層引き立てた。

ほのかな酔いと満腹感で良い気持ちになったころ、安曇は、話題を切り替えた。

「ところで、先月の業績はどうだった?」「斉藤部長からは口頭で黒字との報告は受けています。

でも、月次決算書が上がってこないのです」「今日は7月20日だよ。

まだ6月度の月次決算が締まっていないのかな」安曇は不思議そうに聞いた。

「斉藤部長に、もっと早く作成して欲しいとお願いしたのですが、逆に、なぜ早く月次決算結果を知りたいのか、と聞き返されてしまいました」「それで、君はどのように答えたのだね」「何も理由は言わずに、早くしてください、と言っただけです」由紀は恥ずかしそうに下を向いた。

月次決算の必要性「なぜ月次決算が必要なのか、今日はこの話をしよう。

ところで」安曇は里美に突然話しかけた。

「お嬢さんは、学生時代、テスト結果を見直していましたか?」「さあどうだったでしょうね」予想もしていなかった質問に里美はとまどった。

今度は、由紀に同じ質問をした。

由紀は学生時代の記憶をたどりながら答えた。

「確か、現役の頃は得点と偏差値だけを見て、答案は捨てました」あまりに悪い成績だったから、採点済みの答案は見直したくなかったのだ。

しかし、浪人してから考え方が変わった。

由紀が通った予備校では、年間のカリキュラムに沿って、講義と試験とが繰り返し行われた。

予備校の指導もあり、答案が返却されると間違った箇所を丹念に見直すようにした。

成績の悪い科目は勉強の仕方も変えてみた。

その結果、成績順位はグングン上昇して、第1志望校に合格できたのだった。

「間違った箇所を丹念にフォローしないと成績が上がらないことに気づいたのです」「わかっているじゃないか。

月次決算書は予備校の採点済み答案と同じだ。

大切な点は、目標を達成するには、自分の弱点から目を背けないことだ」経営サイクル安曇は説明を続けた。

「採点済み答案の見直しは、月次決算で目標(予算)と実績とを比較することと同じだ。

比較することで経営上の弱点が浮き彫りになる。

弱点はその場で是正する。

だからこそ月次決算資料は早く作成しなければならないのだ」ところが、いまのハンナではテストの結果を見直さないどころか、採点すらしていない状態だ。

これでは、業績が良くなるはずがない。

「つまり、経営サイクル(※14)が機能していないのだよ」「経営サイクルですか?」「その通りだ。

PDCAサイクルとも言う。

君が浪人して気づいた試験勉強のサイクルと同じことだ」そういって、安曇は由紀のノートに円を描き、それを4等分するように十字の線を引いた。

それから、PDCAサイクルと受験勉強とを対比させた文言を付け加えた。

「経営も受験勉強も、PDCAサイクルという部分で同じだ。

会計は、このPDCAサイクルを効果的に行うために使われる。

計画Pは、年度の行動計画(事業計画)のことだ。

具体的に何をするか決めるのだ。

これを管理会計の手法で金額に直したものが年度予算だ。

そして、月々の行動計画を金額に置き換えたものが月次予算だ。

月次予算は、年度予算に対する一里塚(マイルストーン)のようなものと考えればよい。

次の実績Dは、現実の業務活動のことだ。

活動結果は月次決算書にまとめられる。

バランスシート、損益計算書、キャッシュフロー計算書だけでなく、原価計算表、利益管理表なども、重要な月次決算書だ。

チェックCは、実績と予算や標準原価(※15)とを照らし合わせて差異を分析し、会社が抱える課題を明確にする作業だ。

最後のアクションAは、明確になった課題に対する是正策の実施であるとともに、次のPDCAサイクルにつながる最初の一歩でもあるのだ」PDCAサイクルを回転させる「そのPDCAサイクルって、うまく回転するのですか?」由紀の隣で、じっと説明を聞いていた里美が突然口を開いた。

「良い質問ですね。

実はそこが問題なのです。

お母さんが言うように、PDCAは教科書に書かれているようには回転しない」「どういうことですか?」由紀はひとり取り残された気持ちになった。

「僕はたった今、月次決算結果と予算や標準原価とを照らし合わせて差異金額を分析し、会社が抱える課題を明確にする、と言った。

ところが、金額の差異からは、その原因となる現場の課題は特定化できない。

だから、改善のアクションにはつながらない、ということだ」差異の原因が分析できず、その結果アクションに繋がらなければPDCAサイクルが回転しない。

そうであれば月次決算をする必要はないのではないか。

由紀はわからなくなってきた。

「もう一度会計とは何かを考えて欲しい。

会計はあくまで会計ルールで表現された要約データであり、近似値に過ぎない。

事業計画や月次計画を会計数値に置きかえたものが年度予算であり月次予算だ。

そして、実際の活動結果を会計数値に置きかえたものが月次決算数値だ。

どちらも要約であり、近似値だ。

これらを比較しても事実には迫れない。

金額を比較するのではなく、その背後にある事実を比較するべきなのだ」「それでも、金額の差を分析することに意味があるのでは」由紀はまだ納得していない。

「いいかね。

会計情報は決められた勘定科目と金額で表されているに過ぎない。

予算金額と決算金額を比較して両者の差異を出しても、その発生原因まではわからない。

もう一度言うが、比較すべきはその金額の後ろにある事実であって、金額の差異ではない。

金額だけを比較したところで、何も分析できないのは当然だ」由紀の頭の中は少しずつ整理されてきた。

つまり、PDCAサイクルが有効に機能するには、予算と実績の背後にある現場レベルでの「計画した作業」と「実際の作業」を比較することが肝心なのだ。

経営ビジョンを持て「PDCAサイクルは1カ月、1年で完結するのではない。

永遠に続くサイクルだ」由紀はまたわからなくなってしまった。

今月のPDCAサイクルの結果が、翌月のPDCAサイクルのP(計画)に影響するのは理解できる。

月々のPDCAサイクルが、年度の目標を目指していることも理解できる。

ところが、安曇は永遠に続くというのだ。

由紀は、永遠という言葉が引っかかった。

「永遠って、どういう意味ですか?」「PDCAサイクルは、会社が存続する限り、より高次の目標を目指して螺旋階段状に繰り返されるということだ。

ちょうど天に向かって建てられたバベルの塔の階段のようにね」「バベルの塔?」「PDCAサイクルは永遠に続くのだ。

1年先の目標は3年先の目標のマイルストーンに過ぎない。

3年先は5年先のマイルストーンといったように。

では、PDCAはどこに向かっているのか。

それは、君が実現したいと考える目標に向かっているのだ。

つまり、経営者である君は、そのずっと先にある明確な経営ビジョン(※16)を持たなくてはならないということだ」

由紀はとまどいを覚えた。

「経営ビジョンって」「北極星と思えばいい」由紀はその意味がわからない。

「北極星はさておき、君はハンナをどのような会社にしたいのかな?」「今はたくさんのブランドで商売していますが、個人的には婦人服に特化したいと思っています。

女性が、この服に出会ってよかった、と感動を覚える服を提供する会社です。

しかも、働く女性に自信を与え、自信をなくしたときは励ましてあげられるような服が作れたらいいな、と思っています」その時、由紀の隣でじっと会話を聞いていた里美が口を挟んだ。

「以前、家族旅行でニューヨークに行ったとき、この子はマンハッタンのオフィス街で颯爽と闊歩する女性を見て感動したのです。

『お母さん映画の世界みたい』と興奮してましたもの」「あの感動がデザイナーになりたいと考え始めた原点かもしれません。

それに、服って、身につける以上の何かがある、と思うのです」由紀が目を輝かせて言った。

「君の夢、目指す会社の方向性、挑戦的目標。

それこそが立派な経営ビジョンだ」経営ビジョンとは、いかなる状況に直面しても方向がブレない北極星だ、と安曇は言う。

しかし、どのようにすれば自分の夢を実現できるのか。

そこにたどり着くまでの過程がわからない。

由紀は首をかしげた。

「わかりにくいのなら、昔の武将が抱いた天下統一の夢に置き換えてごらん」安曇は例のノートにいくつかの城の絵を描いた。

「戦国時代の武将が天下統一を果たし、それまでの古い慣習を断ち切った新しい国家の樹立を決意したとする(経営ビジョン)。

この目的を達成するには何年もかかる。

そこで、最初の3年間で、各地に点在する大名を味方陣営に取り込むための行動計画を策定する(中期経営計画)。

次に、最初の1年間で達成する目標を決める(単年度事業計画)。

例えば、敵の要所となる大名を決めて、その城を攻め落とす具体的な行動計画を立てる。

そして、落城に向けた月別の達成目標を決める(月次計画)。

月の目標を達成するための日々の作戦を練る(日程計画)。

そして、この計画にしたがって行動を起こす。

経営も同じだ」

「日々の活動は、常に最終目標の経営ビジョンを目指すものでなくてはならないのですね」由紀は、自分の夢を実現する第一歩が、今この時であることに気づいた。

経営計画における会計の位置づけ由紀はもうひとつわからないことがあった。

この経営計画に会計がどのように関わっているのか、である。

「計画は夢だ。

しかし夢を追うだけでは画餠に終わってしまう。

そこで登場するのが会計だ。

具体的な行動計画を会計に反映させて、その計画が絵に描いた餠かどうか検証するのだ。

本当に利益をもたらす計画なのか、現金は増え続けるか、現金が払底して計画が頓挫しないか、これらを会計の手法で検証してみるのだ。

もし、計画が赤字だったり、現金がショートしたりすると、その計画は画餠ということになる。

シュミレーションを何度も何度も練り直すことで、納得のいく計画ができあがるのだ。

つまり、会計は、キャッシュフローと利益概念を用いて行動計画の実行可能性を検証するツールなのだ」時計の針は10時を指していた。

すべての料理が3人の胃袋に消えた頃、里美は用意した白のフランスワインを安曇にすすめた。

「食後酒をお飲みになりますか?」安曇はワインを持ち上げてラベルをじっと眺めた。

「シャトー・ディケムですか。

甘口貴腐ワインの最高峰ですね。

すばらしい」

安曇は笑みを浮かべて自分のグラスになみなみと注いだ。

解説会計システムを再構築する理由会計システムの再構築には、相当なお金がかかります。

それでも、経営者は会計システムに投資をします。

その理由は次の通りです。

経理コストの削減決算書は税務申告や株主総会のために作る、という意識が強い会社では、月次決算を年次決算の前作業程度にしか考えません。

ですから、月次決算が締まるのが少しくらい遅くても、気にはなりません。

ハンナの経理部に限らず20年ほど前まで、多くの会社はこの考えでした。

このような価値観を持つ会社でも、会計システムの再構築に膨大なお金をかけることがあります。

顧客が増え、工場が増え、支店営業所が増えてくると、決算業務は加速度的に複雑になってきます。

同時に、経理部の仕事量はどんどん増加し、人も残業も増えます。

ところが決算書や税務申告書の作成という仕事は元来価値を生みません。

経理コストが増え続けると、経営を圧迫し始めます。

そこで、経理コストの削減を目的として、会計システムの再構築が行われます。

月次決算の早期化と経営(利益管理)目的経営において、個人の優れた勘と経験にとって代わるものはありません。

しかし、会社の規模が大きくなると、個人の力ではどうにもならなくなります。

そこで、PDCAサイクルのしくみが不可欠になるのです。

つまり、月次の業績をできる限り早く掴み、目標達成のために適切なアクションを実施できる体制が不可欠です。

そのために、会計システムの再構築に踏み切ります。

 

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