熱意があれば相手に伝わるなんて大ウソ
教え方が上手な先生の代表として、「 3年 B組金八先生」のような熱血先生を思い浮かべる人も多いでしょう。
たしかに、熱意は人の心を動かします。しかし、だからといって熱意を込めればうまく教えられるかというと、そうではありません。熱意を込めても、あっさりしていても、教え方のうまい人もいれば、そうでない人もいます。
ときどき、教え方がヘタなことを穴埋めするために、熱意でカバーしようとする人もいますが、これでは教えられる人をかえって混乱させてしまうだけです。
たとえば、「頑張ればできる! 自分を信じろ!」といくら言われても、どう頑張ればいいのかがわからないと空回りしてしまいます。
誰だって頑張りたいし、一生懸命やりたいと思っているのですから、「どう頑張ればいいのか」「どう一生懸命やればいいのか」を具体的に指示してあげることが、教える人の仕事です。
教えられる人が、具体的に指示されたことをやってその結果うまくいけば、教える人と教えられる人の間の信頼関係も徐々にできていきます。
「この人についていけばうまくいく!」と教えられる人が思い、「この人は私を信じてくれて、私の指示した通りにやろうとしてくれている!」と教える人が確信したときに、二人の間に確固たる信頼関係が築かれるのです。
信頼関係はけっして「頑張ればできる!」という熱意だけで、成立するものではありません。
だからこそ、教える技術が必要になるのです。
まとめ
▼熱意だけでは、うまく教えることはできない
「教えたつもり」は自己満足
よく「教えたつもり」になっている人もいます。教科書通りのことをしゃべって、それで満足している人のことです。しかし、それでは「教えたこと」にはなりません。
そもそも、マニュアルの通りに教えるのであれば、教える人は必要ありません。教える相手に教科書やマニュアルを丁寧に読んでもらえば、それで事足りてしまうからです。
では、教科書やマニュアルを読むだけでは、なぜ不十分なのでしょうか?それは、相手のレベルや理解度などに合わせて、教え方や教える内容を変える必要があるからです。
教えるためには常に相手がいるわけですから、その相手に合わせて教え方や教える内容を変えなくてはなりません。そこに教える側の醍醐味もあるのです。
しかし、実際はというと、教える人は相手に合わせることよりも、自分の教えたいことを一方的に伝えるような教え方をすることが多いのです。
教える人は「教えたつもり」になっていますが、これでは、教えられる人は自分の学びたいことが学べず、よく理解できないまま時間を費やしてしまうだけでしょう。
他にも、よくありがちな場面として、「これは前に教えたはずだ。何回言えばわかるんだ?」とつい言ってしまうことがあります。
上司であれば部下に、先生であれば生徒に、親であれば子に、教えたことを理解してくれていないことに対して、相手を責める発言をしてしまいがち。
しかし、相手ができるようになっていなければ、教えた人は「教えたつもり」になっているだけです。ですから、正確には「これは前に教えたつもりだったけれど、学んでいなかったのですね」と言わなければなりません。
そして、自分が「教えたつもり」だったことを反省しなければ、永遠に教え方上手にはなれません。厳しいようですが、すべては、教えられる側が理解できたかどうかにかかっているのです。
まとめ
▼相手が学んでいなければ、教えたことにはならない
「教えた」と言える状態とは?
では、いったいどういう状況であれば、「教えたつもり」ではなく「教えた」と言えるのでしょうか?それには、相手を見る必要があります。教えた結果、相手が今までできなかったことができるようになっていたら、「教えた」と言っていいでしょう。
教える人が、熱意を持っていようがいまいが、丁寧だろうが荒っぽいものであろうが関係ありません。
相手が〝どれだけできるようになったか〟だけが重要なのです。
これを、ちょっと難しい用語で「学習者検証の原則」と呼びます。
相手にきちんと教えられたかどうかを検証するためには学習者を見なさい、という意味です。教えられた人がきちんと理解ができて、できなかったことができるようになっていたら、初めて「教えた!」と宣言していいでしょう。
もし、教えられる人ができるようになっていなかったら、「教えたつもり」になっているだけのことです。
教えたつもりの人が熱意を振りかざすのは、本当に迷惑です。
しかし、教えたつもりの人は、自分はいいことをしていると考えていますから、そう考えている人に「よくわかりません!」と指摘することは、普通の人にはなかなかできないですよね。
それに、教えてもらうほうは立場が弱いと思いがちなので、どちらかというと、教え方が悪いからできなかったと考えるよりは、「できないのは自分のせいだ」と思いこんでしまう傾向があります。
だからこそ教える立場の人は、「教えたつもり」になっていないかどうか自分の教え方を厳しくチェックし、もし教えられる人ができるようになっていなければ「教える側の責任だ」と考えなければなりません。
まとめ
▼相手のできないことができるようになったとき、「教えた」と言える
「教えたのにできない」のは 100%教える人の責任
教えられる人が今までできなかったことができるようになっていなければ「教えた」とは言えないというと、「教えられる側にやる気がなかったら、いくら一生懸命教えてもいい結果は出ないのではないでしょうか?」と反論されることがよくあります。
たしかに、そう思いたくなる気持ちはわかります。これまでは、教えられる人が学ばないのは本人の責任であると考えていたからです。
「まじめにやらなかったから理解できないだけだ」「サボっていたからじゃないか」「そもそもやる気がなかったんじゃない?」など。あれこれ理由をつけて、すべては教えられる人に責任を押しつけてきたのです。その結果、教える人の責任は問われませんでした。
ひょっとしたら、教えられる人はまじめに真剣に学んでいたのに、教える人の技術不足で学べなかったのかもしれません。
それでも、〝教える人に非がある〟という可能性は最初から否定されてきたのです。
ところが、教えられる人が学んでいなければ、教える人は「教えた」とは言えないという「学習者検証の原則」(前節『「教えた」と言える状態とは?』参照)をひとたび受け入れると、まったく新しい世界が開けます。
それは、教えられてもいい結果を出せないのは、教えられる側の責任ではなく教える人の責任である、という新しい見方です。
教えられる人にやる気がないなら、やる気を起こさせるところから教える人の責任範囲になります。つまり、結果が思わしくないのは、教える人の技術不足のせい。教える人の責任は重大です!
まとめ
▼教えられる人にやる気がないなら、やる気を起こさせるのも教える人の仕事
教えることはコミュニケーションのひとつ
前にも話したとおり、「教える」という作業は一人では成り立ちません。必ず教える相手が存在します。つまり、二人以上の間で行われるやりとりですから、コミュニケーションのひとつと言えるでしょう。
普段から、誰かとコミュニケーションをとるのが苦手……という人は、きっと教えることも苦手なはずです。
では、コミュニケーションが上手な人は、どんな方法で相手の心をつかんでいるのでしょうか? じつは、次にあげる 1 2 3の順で会話の流れを作っています。
1 相手の話をよく聞いて、話の流れをつかむ
コミュニケーションがうまい人は、相手の話に耳を傾けてよく聞ける人です。
相手の関心がどの方向に向いているかを理解して、話の流れをつかみます。
2 話の流れに沿って自分の話題を提供する
最初から自分の話をするのではなく、相手の話の流れをつかんだ上で、自分の話題をタイミングよく提供します。
3 自分のことばかり話さず、相手にも話の順番を回す
自分の話題を提供したら、相手にも話す機会を与えます。
自分ばかり時間を独り占めするのではなく、会話のキャッチボールをすることで、より豊かなコミュニケーションを築いていきます。
このコミュニケーション上手な人が実践している 1 2 3の循環は、教えることと密接な関係があることを、次に紹介します。
まとめ ▼コミュニケーションをとるのが上手な人は、教えることも上手
教え方が上手になるとコミュニケーション力が上がる
前項であげた 1 2 3の循環は、教え方が上手な人が実践していることと見事に対応しています。では、どう対応しているのかを見ていきましょう。
1 教える相手をよく観察して相手の状況をつかむ
教え方が上手な人は、教える内容について相手はどれくらい知っているのか、どれくらい重要だと思っているのかなどを観察して事前に把握し、何をどう教えればいいのかイメージを持つことができます。観察するだけでなく、直接話ができれば、より詳しい状況を知ることができます。
2 相手の状況に沿って、ちょうど良い知識を提供できる
相手の状況をつかんだら、それに沿ってちょうど良い知識を提供します。あまりにも難しい知識を提供すると、相手はあきらめて投げ出してしまいますし、やさしすぎる知識では退屈して飽きてしまうので、相手が持っている知識よりも、あと少し詳しい知識を提供するようにします。
3 相手に実践の機会を与えて、結果をフィードバックする
教え方が上手な人は、知識を提供したら、教えた相手が知識を使って実際に活かせるように、相手に練習してもらう時間を設けます。うまくできたらもう少し難しいことを、うまくできなかったらなぜできなかったのかを分析して、わかりやすく伝えます。
このように、良好なコミュニケーションを築く方法と、上手な教え方をする人が実践していることは対応しています。
ということは、教え方が上手になると、自然とコミュニケーションのとり方も上手になるということです。
まとめ ▼教えることを学ぶと、人間関係も良好になる
教えたいことは明確になっているか?
教えるためには、何を教えるのかがハッキリとわかっていることが必要です。これは当たり前のように思えますが、実際には教える本人もあいまいでよくわかっていないことがあります。教える人がクリアになっていないのですから、教えられる人がわかるはずがありません。
たとえば、上司が部下に「この企画書じゃ、ダメだよ」と言うことがあります。しかし、部下には、その企画書のどこがダメなのかがわかりません。
企画そのものが良くないのか、企画書の書式が整っていないことが悪いのか、それとも、企画は良いけれども、その説明の仕方がダメなのか……。
企画書のどこを直せば良くなるのかが伝わっていないのです。
教えるということはコミュニケーションのひとつですから、いったい何をどうすればいいのかが伝わらなければ、うまく教えることもできません。
そこでまず、あなたが教えること、すなわち、相手にできるようになってほしい具体的なことをハッキリ決めましょう。これを「ゴール」と言います。
あなたが教えたいゴールはどのようなことですか?そのゴールを教える相手に具体的に伝え、教えられる人がそのゴールを誰の助けもなく一人でできるようになったときに、あなたは初めて「教えた」と、胸を張って言うことができるのです。
まとめ
▼教える前に、できるようになってほしい具体的なゴールを決める
変えるのは相手の心ではなく「行動」
教えるためにはゴールを決めることが大切ということはおわかりいただけたと思いますが、どんなゴールでもかまわないのでしょうか?たとえば、「もっと素直な人になってほしい」「人を思いやる気持ちを持ってほしい」「ポジティブ思考を身につけてほしい」などといった相手への願望も、教えるためのゴールになるのでしょうか?答えは「 ×」です。
「もっと素直な人になってほしい」といった相手への願望は持っていてもかまいませんが、教える技術では、他人の心まで変えることはできません。だからダメなのです。
気持ちを変えられるのは自分だけです。自分が変えようと決心したときに、自分の気持ちが変わります。逆に、相手の気持ちを変えようとすると、相手はかたくなになってしまい、よけいに変わらなくなることもよくあります。
上手に教えるためには、相手の「心」を変えるのではなく、「行動」を変えるのです。
つまり、その人が今までできなかった行動をできるように変えることが、「教えた」ということになるのです。そのためには、ゴールが「行動」となるように言い換えます。
たとえば、「素直な人になってほしい」 「すぐに『ありがとう』と言える」「人を思いやる気持ちを持ってほしい」 「電車にお年寄りが乗ってきたら、席を譲る」これなら、何ができるようになれば「学んだ」と言えるのかが明確になりますね。
まとめ
▼教えるゴールは、行動になるように言い換える
「願い」を「行動」に変換する
前項では、相手の心を変えるのではなく行動を変えると言いましたが、もちろん、心も大切です。しかし、私たちは他人の心がどうなっているのかを直接知ることはできません。もちろん、見ることもできないのです。
代わりに、他人がしてくれたことに「ありがとう」とすぐに言えるような人を「素直な人」と呼んだり、電車のなかでお年寄りに席を譲れるような人を「思いやりがある人」と言ったりするのではないでしょうか?つまり、私たちはその人の行動を見て心のあり方を推測しているのです。
なので、教えるときのゴールは、好ましいイメージに限りなく近づく行動に設定すればいいのです。では、ここで少し練習をしてみましょう。
次図にあなたが相手にこうなってほしいと思う姿を書き出し、それを具体的な行動に変換してみましょう。この練習を重ねることで、ゴールが明確になっていくはずです。
まとめ ▼「こうなってほしい」理想の姿に近づく行動をゴールにする
「教える」ゴールは3つに分けられる
何かを教えるためには、ゴールとしての行動を決めることが大切と言いましたが、行動は次の3つのグループに分けられます。
Aグループ ピアノを弾く、スキーをする、タッチタイピングをする
Bグループ 伝わりやすい文章を書く、プレゼンをする、エクセルの関数を使う
Cグループ リーダーシップをとる、習慣化する、モチベーションを上げる
Aグループは、身体の動作が中心となっています。
ピアノを弾くのも、スキーをするのも、タッチタイピングをするのも、身体をどのように動かすか、ということがゴールになります。この技術を「運動スキル」と呼びます。
Bグループは、運動スキルとは違って、複雑な思考が必要です。
伝わりやすい文章を書くのも、プレゼンをするのも、エクセルの関数を使うのも、頭を使わなければなりません。このように、頭を使って考えることを「認知」と言い、 Bグループは「認知スキル」と呼びます。
Cグループは、さまざまな運動スキルや認知スキルを使おうと決心する能力です。
たとえば、リーダーシップをとるためには、どのような状況のときにどのような行動をすればいいのかについて判断をして、実際にその行動や態度をとることが必要です。このような技術を「態度スキル」と呼びます。
以上をまとめると、教えるためのゴールは、運動スキル、認知スキル、態度スキルの3つのパターンに分けられます。
まとめ ▼「運動スキル」「認知スキル」「態度スキル」の3つが教えるゴール
「身体を使って覚えさせたいこと(運動スキル)」を教える
教えるゴールは、運動スキル、認知スキル、態度スキルの3つに分けられることがわかりましたが、じつは、それぞれに適した教え方があります。
まず、ピアノを弾く、スキーをする、タッチタイピングをするというように身体で覚えていくタイプの運動スキルについて見ていきましょう。
このパターンの技術を教えるのは、簡単そうに見えますが、じつは、かなり難しいのです。
というのは、運動スキルというのは、自分でマスターしてしまうと、自分がまだできなかった頃のことを思い出すことができなくなってしまうからです。
ピアノを練習して弾けるようになると、以前は自分もピアノが上手に弾けなかったことを思い出すことができません。
同じように、一度スキーが滑れるようになってしまうと、それができるまでにどうしてそんなに苦労したのかを忘れてしまいます。
これこそが、運動スキルを教えるのが難しい原因です!教えようとしている相手はまだその運動スキルをマスターしていません。
しかし、すでにそれをマスターしてしまっている教える側は、そんな簡単なことをなんで相手がうまくできないのかが理解できないのです。
それで、つい怒鳴ってしまったり、イライラしてしまったりして「それぐらい、なんでできないの?」と思ってしまうわけです。
しかし、教えられるほうは、怒鳴られたり、怒られたりすれば、ますます緊張してうまくできなくなるでしょう。うまくできないとまた怒られる。そして、ますますできなくなる……。
ついに、「もう教えてもらわなくてもいい! できなくてもいい!」とやる気を失ってしまいます。こうなったら、教える側の失敗です。では、どうやって教えたらいいのでしょうか? その方法は、第 3章で詳しくお伝えします。
まとめ
▼「それぐらい、なんでできないの?」は禁句
「頭を使って考えること(認知スキル)」を教える
認知スキルは、伝わりやすい文章を書くこと、プレゼンをすることや、エクセルの関数を使うこと、というように、記憶や思考を使うタイプの技術です。つまり、頭を使うタイプのものです。このタイプも、教えるのは簡単なことではありません。
伝わりやすい文章を書くことについていえば、そもそも文章を書くということ自体が、かなり頭を使う仕事です。一度にいろいろなことを考えて、それをひとつの文にしていかなくてはなりません。
そんな複雑な仕事をどのようにして教えたらいいのでしょうか?社会人になれば人前でプレゼンをする機会も増えますが、誰もが上手にプレゼンできるわけではありません。
どうすれば魅力的なプレゼンができるようになるのでしょう。
そして、それをどのようにして教えたらいいのでしょうか?エクセルの関数を使えるようになるには、エクセルに関する基礎知識が必要です。
それをどのようにして教えたらいいのでしょうか?認知スキルを教えることが難しい理由は、そもそも教える人が、教えたい認知スキルをパーフェクトにこなしていないからです。
伝わりやすい文章を書くことも、プレゼンをすることも、エクセルの関数を使うことも、誰でもパーフェクトにできているわけではありません。
しかし、こうしたことをうまくやるための「コツ」があって、それを伝えることならできます。そのコツを伝えることが、認知スキルを教えるときに重要になってきます。
いったい、どのように教えたらいいのかは、第 4章で詳しくお伝えします。
まとめ ▼認知スキルを教えるときは、「うまくやるためのコツ」を教える
「相手をその気にさせて決断させること(態度スキル)」を教える
態度スキルとは、リーダーシップをとる、習慣化する、モチベーションを上げるなど、「よし、これをやろう!」と決断する技術です。身体で覚える「運動スキル」と、頭を使って考える「認知スキル」のふたつを使って、自分の気持ちをコントロールしながら決断していきます。
たとえば、なんとなくやる気が出ないときに、自分の気持ちを高揚させて「モチベーションを上げる」というのも態度スキルのひとつです。
モチベーションを上げるためには、自分なりの目標を設定したり、それを実行するための計画を立てたりします。その仕事が完成したときのことをイメージして、自分のやる気を出したりします。
しかし、モチベーションを上げることを教えるとなると、簡単なことではありません。その人その人によって置かれている環境や状況も違うので、全員が同じようにできることではないからです。
実際のところ、運動スキルや認知スキルを教えるよりも、態度スキルを教えることのほうがずっと難しいのです。運動スキルや認知スキルは、シンプルに教える内容を決めることができますが、態度スキルは、相手の心にタッチすることが必要になってきます。
そして、「これをやりましょう!」という指示だけでは、相手に態度スキルを教えることはできません。
「やればいいことはわかっています。でも心が決まらないのです」と反論されてしまうからです。では、態度スキルを教えることはできるのでしょうか?もちろんできます! それについては、第 5章で詳しくお教えします。
まとめ ▼態度を決めさせたいなら、相手の心にタッチするスキルが必要
5000時間練習すれば誰でも上手にできるようになる!
さて、次の章から具体的な教え方について話していきますが、その前に、教える人が知っておくとよい「学習の法則」について少し触れておきましょう。
それは「 5000時間仮説」と呼ばれるものです。どういうことかというと、誰でも 5000時間ひとつのことを練習すればそのことに熟達する、ということです。
料理にしても、スポーツにしても、語学にしても、ソロバンにしても、プレゼンにしても、ルービックキューブにしても、どんなことも、だいたい 5000時間をかけて練習すれば、熟達するということが明らかになっています。
5000時間というのはどれくらいの時間かというと、 1日 5時間で毎日練習すると、 3年間で 5000時間になります。
もし、土曜日と日曜日は休みたいというのであれば、平日 1日 7時間練習すれば、 3年間で 5000時間になります。つまり、だいたい 3年でうまくなれるということです。
また別の研究者は「 10年修行の法則」というものを提案しています。これはどんなことでも 10年間修行を続ければ、一流になれるということです。
ひとつのことに熟達するための時間が 5000時間、 3年間だとすれば、さらにそれに磨きをかけて一流の人になるためには、 10年の修行が必要だということになります。
3年にしても、 10年にしても長い時間です。
しかし、逆に考えれば、 3年なり、 10年なりの時間をかけて練習を積めば、「誰でも」ひとつのことに熟達できるのです。
ですから、教える人は常にこのことを念頭に置いて、「この人は、今はまだ上手にできないけれども、 3年たてば必ず上達しているはずだ」と考えてほしいのです。
そして、その手助けをするのが教える人の役割なのです。
まとめ ▼ 3年で上達し、 10年で一流になれる
教えるルール 10カ条
この 10カ条を頭に入れておくだけで、教えることへの意識がずいぶん変わります。
手帳に書き写したり、コピーをしてノートに貼ったりして、常に目に留まる場所に置いておくことをおすすめします。
- 1 熱意よりも何をどうすればいいのか具体的な指示を
- 2 「教えた」かどうかは「教えられる側が学んだかどうか」で考える
- 3 結果が思わしくないのは、すべて教える側の責任
- 4 上手に教えたいならコミュニケーション力を上げる
- 5 教えるときは相手をよく観察して相手の状況をつかむ
- 6 相手にとってちょうどいい知識を与える
- 7 相手に教えたことを練習させて結果をフィードバックする
- 8 相手にできるようになってほしい具体的なゴールを決める
- 9 相手の「心」は変えられないが、「行動」は変えられる
- 10 ゴールは必ず「行動」として設定する
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