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Ⅰご挨拶の法則

はじめに

挨拶には〝力〟があります。このように言われると、多くの方は疑問に思われるかもしれません。

「たかが挨拶にどんな力があるのだろうか」と。それでは「挨拶をすることは大切です」と言われたらどうでしょうか。おそらく、首肯していただけるのではないかと思います。

私たちは、物心ついたときから、現在に至るまで、家や学校、会社などさまざまな場所で、「挨拶が大切である」と教えられてきました。「だから、挨拶をするように」と教えられてきました。

しかし、なぜ挨拶が大切なのか、私たちはこの点について、十分な説明を受ける機会がなかったような気がいたします。

そして、いつしか、「挨拶をするように」という点のみが強調され、そこに強制を感じて、挨拶を嫌いになる人、敬遠してしまう人が少なくありません。

これはとてももったいないことだと私は思います。元来、挨拶は、義務づけられるものなどではありません。挨拶は、推奨されるべきものです。

なぜなら、挨拶は、それをすることで非常に多くの恩恵を受けられるものだからです。それこそが、挨拶の〝力〟であり、古くから挨拶が大切なものだと言われ続けてきた所以だと私は思います。

では、具体的にどのような力があり、恩恵を受けられるのでしょうか。

それを、紹介するのが本書です。

本書では、挨拶の持つ力を活用して成功を収めている人や企業を紹介しながら、皆様自身が、この力を使って、人生を切り拓いていくための具体的な方法を述べています。

かく言う私も、このご挨拶からの〝贈り物〟を受け取った一人です。

私は、熊本の学校を卒業し、藤田観光株式会社に入社後、同社が経営する大阪の太閤園という老舗のガーデンレストランに勤務し、最終的には関西地区の顧客部長を務めさせていただきました。

そして、一九九六年、当時大阪で一年後のオープンに向けて準備を進めていた、ザ・リッツ・カールトン大阪に入社します。

リッツ・カールトンで約七年間、営業統括支配人を務めた後、二〇〇四年から、京都全日空ホテルの社長兼総支配人に就任し、その後、いくつかのホテルの経営を経て、現在に至ります。

このキャリアの過程で、私はことあるごとに挨拶の大切さを実感してきました。挨拶が、ビジネスマナーとして大切だ、という意味だけではありません。

挨拶が、人生を大きく好転させる力を持っていることを、自分の体験を通して知ることになったのです。

詳しくは、ぜひ最初の章をお読みいただければと思います。

挨拶は、決して難しいものではありません。しようと思えば、今すぐ、誰にでもできる、とてもすばらしいものです。

本書によって、読者の皆様が、これまで意識されることのなかったご挨拶の重要性に気づき、これを実践していただければ大変うれしく思います。

そして、ご挨拶からのすばらしい恩恵がもたらされますことを、心から願っています。

二〇〇八年三月林田正光

Ⅰ ご挨拶の法則

【 PART 1】ご挨拶の贈り物

目次

○人生が大きく変わる瞬間

人の一生には、それによって、その後の人生がまったく異なったものに変わっていく瞬間というものがあります。この大切な一瞬は、偶然、生まれるものではありません。つくり出すことができるものです。

皆さんは、このようなお話を聞いたことはないでしょうか。

欧米の高級ホテルの経営者や幹部は、例えば、ランチタイムに利用するコーヒーショップ、あるいは街の本屋さん、もしくは休日、訪れるレストランなど、いつ、いかなる場所でも、接客やサービスをしてくれる人を、常に見ているという話です。

そして、「この人は」と感じると、おもむろに名刺を取り出して、こう声をかけるのです。

「あなたに、ぜひうちのホテルで働いていただきたい。あなたのようなすばらしい人に、私たちの仲間になっていただきたいと思いました。もちろん、今すぐにとは言いません。何年経っても結構ですから、私たちのことを思い出したら、こちらまでご連絡ください。いつでも、面接の準備をして、あなたを待っています」 そうです。

自分の職場にスカウトするのです。実は、日本でも同様のことが行われています。

あるホテルの総支配人が、新幹線の車内で、お弁当やお茶などを販売するスタッフに、「もしよろしければ、うちの面接を受けてみませんか」と声をかける現場に、私は居合わせたことがあります。

おそらく、ホテル関係者だけではありません。

欧米では、業界を問わず、このような「ヘッド・ハンティング」が行われていると聞きますし、日本でも、経営者が利用するような場所では、そういった方たちが「この人に、わが社で働いてもらえたら……」と考え、声をかける姿は、容易に想像することができます。

また、スポーツ選手が、飛行機の中で、女性スタッフを見初めて結婚したというエピソードを聞くことがあります。このようなとき、彼らは、相手の外見を重視しているように思われがちですが、おそらくそうではありません。

では、いったい、こうした人たちは、相手のどのようなところを見て、「わが社で働いてほしい」「パートナーになってほしい」あるいは、「もう一度この人からサービスを受けたい」「次もこの人から買いたい」と瞬時に考えるのでしょうか。

彼らが見ているもの。それはその人の──ご挨拶です。すばらしいチャンスを生み、一瞬にして人生を変えるもの、それは、その人が発するたったひと言のご挨拶です。

○突然、総支配人になったホテルマン

多くの人にとって、挨拶がそのような力を持つものだということは、にわかには信じがたい話かもしれません。ここで、私自身の挨拶にまつわるエピソードをお話しさせてください。

五十七歳の夏、私はある方の紹介で、京都全日空ホテルのオーナーの方と、お会いする機会をいただきました。

「京都全日空ホテルで総支配人を探しているから、オーナーの方と一度お会いしてみてはどうか」と言われ、お会いしたのです。

当時、私はそれまで支配人を務めていた、ザ・リッツ・カールトン大阪を退職し、コンサルティング会社の経営を始めたばかりでした。

ですから、総支配人のポストという存在が、頭の中にまったくなかったと言えば嘘になりますが、特別、そういったことを意識することはありませんでした。

ただ、そのような立派な方が、私ごときにわざわざお時間をつくってくださるのですから、大変ありがたいことだとは感じていました。

そこで、最初にお会いしたときに、「このたびは、私ごときに面談の機会を与えていただきまして、本当にありがとうございます」 とひと言申し上げました。

そして、二時間ほどお話をしたころでしょうか、私は、突然、オーナーの方から、驚くような言葉を聞かされることになります。

「あなたが気に入りました。実は、最初にあなたの挨拶を聞いたとき、決めていたのですが、もしよければ、社長と総支配人を引き受けてもらえませんか」 大変、ありがたいお話でしたが、社長という言葉まで聞き、とまどったことは事実です。

まして、挨拶一つで決めたとおっしゃったことに驚きました。ですが、私は、このポストを、引き受けることに決めました。結果として、その後の私の人生は、大きく変わっていきました。

ホテルの経営者という立場に立つことで、それまで気づかなかった多くのことに気づくことができました。在任中に業績を向上させることができたばかりか、すばらしい方々との出会いもいただきました。こうした経験の一つひとつが、現在の私を形づくったと言っても過言ではありません。

あのとき、オーナー様から、お声かけいただいたことを心から感謝しています。今、思い起こしてみると、二時間程度の面談、といっても世間話をしただけですから、オーナーの方には、私にホテルマンとしての実力があるかどうかということは、普通、わからないはずです。

まして、経営者としての能力の有無などは、それまでの実績がないわけですから、まったくわからないはずです。

にもかかわらず、社長と総支配人という仕事を任せていただけたのは、オーナー様自らおっしゃっていたように、私の挨拶から、そうしたことをすべて判断されたのだろうと思うのです。

私の人生は、挨拶によって大きく拓かれていきました。

昔から、ご挨拶の大切さを人並み以上に心に銘じてきたつもりでしたが、この出来事で、それまでは意識することのなかった、ご挨拶の一面について考えるようになったのです。

○リッツのクレドの冒頭に書かれている「ご挨拶」のこと

かつて私が籍を置いていた、ザ・リッツ・カールトンには、ホテルの哲学や信条を明文化した「クレド」というものが存在します。

リッツ・カールトンのホスピタリティ(心のこもったおもてなし)は、すべてこのクレドに基づいて実現されていると言っても過言ではありません。このクレドは、カード化され、全スタッフがこれを携帯しています。

クレドには経営理念をはじめとする、お客様に最上のサービスを提供するために必要な、さまざまな言葉が書かれていますが、従業員の行動指針として、冒頭に次のような一文が記されています。

「あたたかい、心からのごあいさつを。お客様をお名前でお呼びするよう心がけます」

クレドは具体的な行動手順やオペレーションなどが事細かに書かれたマニュアルではありません。にもかかわらず、挨拶に関することが書かれている。

リッツ・カールトンが、多くの方から「神秘的なサービスを行う伝説のホテル」という評価を得ている事実を踏まえると、その意味するところは、限りなく大きいのではないでしょうか。

考えてみれば、ビジネスでも、日常生活でも、人と人との出会いというものは、すべて挨拶から始まります。人と人とが出会い、最初に交わされるものがご挨拶なのです。挨拶をきっかけとして、ご縁が生まれ、人間関係がつくられます。

このとき、挨拶をしなかったり、挨拶の仕方が悪かったりすれば、相手の受ける印象は決してよいものにはならないでしょう。そこに、ご縁が生まれることはありません。

同時に、挨拶によって好印象を持っていただき、すばらしいご縁が生まれることもあります。

接客や営業関係のお仕事をされている方であれば、こうした話は、ご理解いただきやすいことだと思います。

このように、縁や出会いといった視点から考えると、挨拶が、自分の人生や会社の行く先を大きく変える力を持っているということを、多少なりとも、イメージしていただけるのではないでしょうか。

○世界で活躍するストライカーが一番大切にしていること

皆さんは、福田健二さんというプロ・サッカー選手をご存じでしょうか。

国内リーグでのプレーを経た後、活躍の場を海外に求め、パラグアイや、メキシコ、スペインのリーグをわたり歩いている、ストライカーです。

福田さんは、あるインタビューで、海外でプレーしていく中で、一番大切なものは何かという質問に対し、このように答えています。

「すべての国で大切だったのは、あいさつです。(中略)朝、最初に会ったときに、こっちから『おはよう』って。そうすると気持ちいいですし、自分の心が開いている状態なので、なので、向こうからも話しかけてくるし。そういうことって、とっても大事だと思いますね」(「スポーツナビ」より)

おそらく、海外では、プロ・サッカー選手として能力が高いことは当たり前のこととして考えられているのでしょう。

そのような環境の中で外国人選手が成功するには、いかに挨拶をして、コミュニケーションを図るかということが重要なポイントになるのだと思います。レギュラーになれるかどうかは、実力とともに、挨拶をはじめとするコミュニケーション能力の要素も大きいのです。

私が、ご挨拶の力に気づかされたのは、六十歳を前にしてのことでしたが、福田さんは、そうしたことにいち早く気づき、意識的に挨拶の力を使うことで、活躍の場を切り拓いているのです。

実は、福田さんの例は、どの職業につかれる人にも当てはまることではないでしょうか。職業人というプロである以上、その分野の能力が高いのは当たり前と言っていいと思います。そのようなプロ集団の中で頭一つ抜け出すには、案外と、挨拶のような一見、小さなことが鍵を握っているのです。

○業績が飛躍的に跳ね上がった鉄道会社

ここまで読まれた方の中には、次のように考えている方がいらっしゃるかもしれません。

挨拶の力を使えるのは、高級ホテルに勤めるようなビジネスパーソンや、一流のスポーツ選手など、もともとキャリアや能力のあるごく一部の限られた人だけだ──と。

それは、おそらく違うだろうと思います。挨拶の持つ力は、誰でも、使うことができるものです。

長野県に、挨拶を変えたことで、短期間に業績を飛躍的に向上させた鉄道会社があります。駅員さんの挨拶と言えば、職業上の単なる儀礼的なものとして行われている場合もあると思います。

そこをこの会社では、朝の通勤時間帯に心を込めて「おはようございます。いつもご利用いただきありがとうございます」 とお客様に声をかけるよう変えたところ、売上げが著しく上がっていきました。

おそらく、心を込めて挨拶をしていることが態度に表れ、お客様にも伝わったのでしょう。心のこもった言葉をかけられると、人は「何か」を感じます。こうしたことは、あらゆる業界で起こりえます。

あるお店で、挨拶のよさに惹かれて、一〇〇人に一人のお客様がその店のリピーターになっていただけたとしましょう。

新しいお客様が毎日三〇人ずつ訪れるとしたら、そのお店は、三、四日に一人、リピーターのお客様を増やしている計算になります。

一方、挨拶によって悪い印象を与えているお店では、リピーターになってくださるお客様はいないでしょう。

それどころか、知り合いに「あの店は態度が悪い」「二度とあそこでは買いたくない」という感想を漏らしているかもしれません。

これでは、リピーターはゼロどころか、マイナスです。よく、挨拶をしなくても「プラスマイナスでゼロ」だと思っている方がいます。

「確かに挨拶をすれば周囲の印象はよくなるかもしれない。しかし、しなければよくなることはないが、悪くなることもないのではないか」という考えです。

一見正しいようですが、その考えは誤りだと私は思います。現実は、挨拶をしなければ、マイナスになってしまうのです。ご自分のことに置き換えて、考えてみてください。

例えば、会社内で、何か重要な情報がもたらされたとき、挨拶をしないような人に、積極的にその情報を伝えようと思うでしょうか。

誰を昇進させるか、話しあっているときに、挨拶をする人と、しない人、どちらを昇進させたいと思うでしょうか。普段、挨拶もしないような人が、助けを求めてきても、進んで協力しようと思うでしょうか。

本来は、そのような場合でも声をかけたり、助けたりするべきだとは思いますが、それが人間の嘘偽りのない感情というものなのです。

挨拶をしない、あるいはきちんとできないのは、「ゼロ」ではなく「マイナス」を積み重ねて大きな損失を生んでいる、このことに気づかなければなりません。

三、四日に一人、潜在的なリピーターのお客様を増やすことのできるお店と、まったくリピーターをつくることができず、芳しくない評判が口コミで伝わってしまうお店。長い年月が経つと両者に大きな差が現れてくることは明白です。

それもこれも、どのような挨拶をしているかという一見単純な要素が、決め手となっているのです。

○笑顔が満ち溢れている病院

私が、研修をお手伝いさせていただいている名古屋の医療法人・藤本外科内科でも、挨拶を変えることによって、職場が大きく変わっていきました。私が提案させていただいたことは、それほど難しいことではありません。

「患者さんにお声かけするときはもちろんですが、スタッフ同士でも、お互いの名前を呼びながら挨拶をしてみましょう」 たったこれだけのことです。本来は簡単なことのはずですが、なかなかできないのが人間です。最初のうちは、みな恥ずかしがってしまって相手の名前を呼べなかったようです。

この病院では、運転手さんや清掃の方も含めて全スタッフの参加のもと、挨拶の練習を始めました。一部の人たちの取り組みでは、その人たちが浮いてしまいかねないからです。そして、全員でこの取り組みを始めたところ、みるみるうちに職場が明るくなっていきました。

同病院の矢野弓子先生によると、最初のうち、看護師さんたちはお互いの名前を呼ぶことが照れくさく、ついつい笑い出してしまうことが少なくなかったようです。

ところが、その様子を見ていた患者さんたちは、スタッフの人たちが笑っている姿から、「この病院の看護師さんたちはみな生き生きとしている」という印象を持ったのだと言います。

患者さんから、看護師さんたちのことでお褒めの言葉をもらうことが増え、それらが相乗効果となって、職場全体がとても明るく温かい雰囲気になり、患者さんにとって居心地のよい空間になっていきました。

また、研修に参加した運転手さんや清掃の方たちとの仲間意識も強くなり、縁の下の力持ち的な仕事をする人たちも生き生きとしてきたそうです。

もちろん、これは、藤本外科内科の日々の仕事に対する熱心な取り組みがあってこそだと思います。

しかし、そのきっかけとなったのは、「お互いの名前を呼んで挨拶をする」という、とてもシンプルなことだったのです。挨拶だけがよくて、その他の応対などが悪ければ、当然お客様から支持されることはありません。自分の人生を切り拓くことなど、不可能です。

ですが、挨拶を変えることによって、それが、その人の仕事の仕方や、その人自身をも変えていくのです。実は、挨拶には、そのような作用も存在するのです。

○ご挨拶で心が高まり、潤いがもたらされる

挨拶は、それをする人自身にも、ポジティブに作用する効果を持っています。古くから、挨拶は実にさまざまな分野で、大切にされてきました。

剣道、柔道、相撲といった武道の世界でも、華道や茶道の世界でも、あらゆるところで、挨拶の大切さが語られているのはご存じだと思います。

「礼に始まり、礼に終わる」 こうした世界で、礼が大切にされるのは、相手に敬意を払うということはもちろんですが、儀礼を大切にすることで、自らの気持ちが引き締まるという側面があるためです。

気持ちを引き締めることは、自分に刺激を与え、自分を高めることにもつながります。また、武道の世界で礼儀を重視するのは、リズム(調子)を大切にするという側面もあります。一定の所作を行うことで、リズムを整え勝負に臨むのです。

お茶やお花の世界では、相手に対するおもてなしの気持ちを表すために、儀礼はとても大切な要素になります。礼があるからこそ、よりいっそう温かみや潤いといったものが引き立つのではないかと思います。

こうした挨拶に含まれる要素は、私たちの日常生活に、生かすことができるものばかりです。

職場であれ家庭であれ、自分の気持ちを引き締めることは重要です。メリハリをつけ、リズムを生み出すことも大切です。温かみや潤いをもたらすことも意味のあることです。挨拶という一定の儀式によって、これらのものを普段の生活の中に取り入れることができるのです。

○ご挨拶は不調を好調に変える

長い人生のうち、なぜか物事がうまくまわらなくなってしまう、あるいは仕事や、人間関係でスランプに陥る、そのような時期というものは、どんな人にも、幾度となく、訪れるだろうと思います。

このようなとき、現状を変えるアイデアというのは、そう簡単に出てくるものではありません。今の自分にできることをやり続けていくことでしか現状は変えられないのです。

中でも一番効果的なのが、挨拶を大切にして、これを実践するということです。挨拶を大切にすることは、人を大切にすることを意味します。

日常生活で言えば、家族や、友人、ビジネスで言えば、お客様や仲間、どのような状況でも、私たちの目の前には常に人がいます。

身のまわりの状況が思うようにならないときには、「もう一度、この人のことを大切にしよう」「もう一度、お客様や仲間を大切にしよう」と考え、その気持ちを、挨拶という形で具体化してみてください。

そのような挨拶は「あなたのことを大切にしたい」という気持ちを相手に伝える行為です。それによって、状況は必ず変化します。劇的に変化することもあれば、そうならない場合もあります。

しかし、仮にそうならなくても、心のこもった挨拶が積み重なっていくことで、確実に現状が好転を始めます。

挨拶は、挨拶をする人のことを裏切りません。ぜひこのことを覚えておいていただきたいと思います。

○ご挨拶は人間性、能力を引き上げる

ハイキングや登山では、人とすれ違ったり、前を歩いている人を追い越したりするとき、必ず「こんにちは」「もう少しですよ」といった挨拶を交わすのが暗黙のルールになっています。

これには、声をかけ合うことで、これから行く道の状況を知らせるという側面もありますが、何よりもこの先の道を進んでいこうというエネルギーを相手に与える意味があるのです。

特に人気の少ない道や、厳しい山道を行くハイカーや登山者にとって、相手からかけられた挨拶の言葉が、どれほど力を持つものであるか、山登りをしたことがない人でも容易に想像がつくのではないでしょうか。

実際、私自身、かつて登山をしたとき実感したのが、この挨拶の持つパワーの大きさでした。これは、日常生活においても同様です。挨拶には、相手にエネルギーを贈るという側面があります。ですから、人は挨拶を受けると心地よく感じるのです。

事実、高顧客満足を提供している、企業やお店では、社員やスタッフの方たちは、そのような意識で、お客様にご挨拶をしています。

ですから、そうしたところを利用する人たちは、お店の扉を開けたときにかけられる最初のひと言で、一瞬にして心が満たされるのです。

また、挨拶では、された側の気持ちが、とてもよい状態になるばかりか、それがブーメランのように戻ってきて、挨拶をした側の気持ちもよい状態になっていきます。

何より、挨拶をする際に相手のことを思い、心を込める、その行為自体が、挨拶をする人の心の状態をよりよいものに変えていくのです。

先ほどの、福田さんの言葉にもありましたが、挨拶をすることによって自分が開かれた状態になるのです。心が開かれていると、さまざまなことを受け入れられるようになります。

また、不思議なことに自分にとってプラスになることを引き寄せるようです。感性が鋭くなり、さまざまなことに気づけるようになります。

そうしたことは、その人の人間性を高めることにもつながるでしょうし、仕事の能力を高めることにもつながっていくでしょう。挨拶を変えれば、その他の部分がおのずと追いついてくるとは、そういうことなのです。

○テコの原理が働く

ここまで見てきたように、挨拶それ自体は、非常に小さな行為です。ですが、人生や会社を大きく好転させる力を持っています。小さな努力が、大きな成果をもたらす。言ってみれば、人生におけるテコの役割を果たしています。

私は、挨拶ほど、確実な成功法則はないと言っていいと思います。挨拶について学び、これを実践すれば、自分の望んだ人生を、確実に実現することができるのです。もちろん、即効性を期待してはいけません。

挨拶をすれば、いつも、その瞬間に状況が変わるわけではありません。しかしながら、焦ることなく、少しずつ、できるところから挨拶を始めていけば、誰もが、自分が望んだ結果を手にすることができます。

このことは、断言してもよいと思います。

ゆっくりとですが、確実に成果が現れる、それが「ご挨拶の法則」です。

【 PART 2】ご挨拶の秘密

○なぜ、挨拶をされると気持ちがよくなるのか

なぜ、私たちは挨拶をされると、気持ちがよくなり、挨拶をしてくれた人に対し、いい印象を持つのでしょうか。

挨拶ができる人とは、どのような人かということを考えてみましょう。

挨拶をする人は、まず、相手との人間関係を良好なものにしようとしている人だと考えられます。人との出会いを大切にしている人だとも言えます。

相手の存在をきちんと認めて、敬意を払って対応している人と考えることもできます。ひと言で言うならば、挨拶を大切にしている人は「人を大切にしている人」なのです。

「人を大切にしている人」が、多くの人から好感を持たれるのは当然のことでしょう。人を大切にすることは、私たちが、社会で生活するときの基本的な要素です。しかし、これができている人は、決して多くはありません。

ともすれば、自己中心的になりがちな世の中だからこそ、人を大切にすることを実践している人が引き立ち、多くの人を惹きつけるのです。

このように、挨拶によって、その人が本質的に、人を大切にしている人かどうかがわかります。ですが、挨拶からわかるものは、それだけではありません。その人そのものが見えてくるもの、それが挨拶なのです。

○ご挨拶はすべて物語る

挨拶は、その人のすべてを物語ります。挨拶から、どのようなことがわかるか、基本的なところを挙げてみましょう。

●人を大切にする人か

●人間関係を大切にする人か

●出身地

●育ち

●品格

●性格

●社交性

●エネルギー

●体調

●精神状態

●教養 等

挙げていけば切りがありませんが、このようなことが、一瞬でわかってしまうのが挨拶です。

まず、その人が人を大切にしている人か、人間関係を大切にしている人かどうかが、はっきりと見えてきます。挨拶を大切にしていない人は、本質的に人間関係を大切にしようとする気持ちの少ない人と考えられます。

例えば、初対面のとき、丁寧な挨拶をする人と、ぞんざいな挨拶をする人がいた場合、どちらの人が、人を大切にしている人であるかは明白でしょう。

少なくとも、その人が、今という場を大切に考えているかどうかが、はっきりとわかります。言葉遣いやイントネーションを聞けば、出身地などが想像できる場合もあります。

あるいは、その人の育ちも透けて見えます。育ちのよい人は、どことなく品のある挨拶をされることが多いようです。挨拶の仕方によって、性格もある程度想像がつきます。

自分からどんどん挨拶をする人はおそらく積極的で社交性のあるタイプの人でしょう。反対に、あまり進んで挨拶をしない人は消極的なタイプの人か、人見知りをするタイプではないかと思われます。

性格とも関連しますが、その人がエネルギッシュな人かどうかも、その挨拶ぶりを見ればわかります。声のトーンや表情などからは、そのときの体調や精神状態、もしくはライフスタイルまで感じ取れることもあります。

教養の程度もよくわかります。挨拶がしっかりできていて、その場その場に応じた礼儀作法のマナーができている人は、教養の高い人だろうと想像がつきます。

礼儀作法をわきまえていない人の場合は、残念ながらその人から教養を感じ取ることはできません。

また、実際にお会いして交わされるような挨拶では、髪型、服装といった外見などからも、セットで情報が入ってきます。

一事が万事とは、よく言ったもので、一流の人、人生経験豊富な人といった、見る人が見れば、最初の挨拶で、その人のことをすべて理解してしまうのです。

ですから、本章の冒頭で紹介したような経営者たちは、挨拶一つで、その人がすばらしいものを持っていることを瞬時に見抜き、声をかけるのです。

翻って考えれば、挨拶をするということは、相手に対して「私はこういう人間です」というメッセージを伝えていることだとも言えるのです。

○なぜ、挨拶だけで売上げが上がるのか

仕事柄、いろいろな会社を訪問させていただいておりますが、私のような者でさえ、挨拶を見れば、その会社の状況というものを大方つかむことができます。

挨拶について、きちんと教育されているところは、たとえ規模は小さくても、しばらくすると業績が上がっていき、どんどん成長していきます。

反対に、挨拶があまりできていない会社は、業績が思うように伸びていかないところが多いように見受けられます。

もちろん、挨拶だけで、会社の業績が左右されることはありませんが、従業員のお客様に対する気持ちがストレートに現れるのが挨拶です。すると、挨拶のできない会社は、やはり、うまくいかないことが多いのが現実なのです。

例えば、会社を訪問したときに、受付の人が座ったままで挨拶をする会社と、受付の人がきちんと立って挨拶をする会社があります。

それを見ただけで、「ああ、この会社はよく教育されている」「この会社は、マナーの教育ができていない」ということがわかります。

皆さんも、会社を訪問するときには、受付の人が立ってお客様をお迎えしているか、それとも、座ったままで対応をしているかよく観察してみてください。

伸びている会社や、お客様から厚い信頼を得ている会社は、おそらく受付の人が立ち上がって挨拶をしているはずです。

中小企業の場合は、受付をおくことができないところがほとんどでしょう。そうしたところは、さらに端的に差が現れます。

会社を訪問して、扉を開ければ、普通はどなたかが応対に出てきます。ですが、中には、こちらが訪問してもどなたも出てこないところがあります。気づいていない場合もあるでしょうし、気づいていても対応が遅い会社もあります。

一方、すぐに応対に出てきてくれて、社内にいる他の方たちもみな挨拶をしてくれるような会社もあります。そのような会社にお邪魔すると、こちらもうれしくなって、とてもよい気持ちになります。

少ない人数で忙しいはずであるにもかかわらず、丁寧な応対をしてくださるのですから、とてもありがたく感じるのです。

私が研修のお手伝いをさせていただいた学習塾チェーンでは、コピー機の点検に来るサービス・スタッフの方にも、名前を呼んでご挨拶をしていました。この対応に、点検に来た方のほとんどが感激をされます。

「コピー機の点検に行っても、ほとんどの会社では、軽く会釈をしてもらえる程度です。でも、上の人も含めて、皆さんが『 ○ ○さん、ご苦労さまです』とか『 ○ ○さん、いつもありがとう』とか、名前まで呼んで声をかけてくれる。感激しますよ」と話す方もいらっしゃったそうです。

あるサービス・スタッフの方は、「こんな対応をしてくれるところは、ほかにはありませんでした。うちにも子供がいるけど、将来は絶対にこの塾に入れたい。この塾なら子供を安心して任せられます」と言っていたと言います。

言うまでもなく、この学習塾は業績を飛躍的に伸ばしています。コピーの点検員さんは、会社にとっては「取引業者」の一人に過ぎません。

しかし、「取引業者」として見下した対応をするか、それとも丁寧な挨拶をするかで、その人に与える印象は大きく変わってくるのです。そういった印象は、口コミでどんどん広がっていきます。

マーケティングの観点から言えば、外部の人たちが、口コミで広げてくれる宣伝ほど、効果の高いものはありません。これも、ご挨拶の効果なのです。

○その人、その会社の本質が見える挨拶とは

いわゆる、自分よりも下や、弱い立場にいる人に対して行っている挨拶ほど、その人や、その会社のことがわかるものはありません。

弱い立場とは、取引業者の方だったり、病気をされている方だったり、あるいは、失敗をして落ち込んでいる方だったり、いろいろあるだろうと思います。

例えば、誰しも、目上の人や年上の人に対しては、しっかり挨拶をしようと心がけます。会社員であれば、社長や部長などに対しては、きちんと挨拶をしようと思うでしょう。それすらできなければ、社会人とは呼べません。

自分よりはるかに年上で、しかも立場がずっと上の人に対しては、おそらく誰もが丁寧に挨拶をしているはずです。では、自分の部下や、後輩たちに対してはどうでしょうか。

そのような挨拶には、その人が部下や後輩をどう思っているかが、如実に現れてしまいます。これは、敬語を使うというレベルの問題ではありません。

うわべの言葉遣いではなく、そこに心がこもっているかどうかが重要です。どんな上司でも、部下が帰るときに、「ご苦労さま」と言うことはできるでしょう。

しかし、そこにねぎらいの気持ちがあるのなら、「いつも頑張ってるな。ご苦労さま」という言葉が出てくるかもしれません。

「 ○ ○くんのおかげで、うちは本当に助かってるよ。ご苦労さん」という言い方になるかもしれません。

職人の世界では、親方は「べらんめえ調」で話すことがありますが、そのような言葉遣いであっても、心のこもったひと言であれば、弟子たちは心を打たれるのです。

言い方が問題なのではありません。

目上の人から丁寧に挨拶をしてもらったり、目上の人から思いやりのある対応をしてもらったりすると、下の人はうれしいものですし、感激することすらあります。

その人が、弱い立場にいる人に対して、普段からどのような気持ちを持って接しているかが、挨拶を通して透けて見えてくるのです。

私自身のことを言えば、四十代後半で、大病を患い長期にわたる入院生活を余儀なくされたことがあります。生きる希望も感じられない苦しい毎日でした。

そのようなときに、多くの人がわざわざ病院に足を運んでくださり、声をかけてくださいました。心の底から感謝の気持ちが沸き上がってきました。いらっしゃった方々の第一声は、実にさまざまでした。

「大丈夫ですか?」と気遣ってくださる方もいれば、「元気そうじゃないですか!」と励ましてくれる方、中には、冗談めかしたご挨拶をされた方もいらっしゃいました。

ですが、表面上の言葉はどうあれ、そこから感じられる、その人の優しさ、温かさがありがたく、どの挨拶も、すばらしいものに感じられたのです。

入院生活という自分が弱い立場に立たされた経験を通して「本当のホスピタリティとは何か」「本当の挨拶とは何か」ということを理解できたのです。

そして、そのようなとき、どのように声をかけてもらうと、うれしいのかということも理解できるようになりました。

○伝わりすぎてしまうと──

ここで、挨拶からは、このようなよい心だけでなく、悪い心までもが透けて見えてしまうというお話を、私自身を例にしてお話ししておきたいと思います。

二十代のときのことです。あるお客様のところへ営業をしに伺いました。

なぜ、そういうことをしたのか、はっきりとは覚えていませんが、おそらく営業部に配属されたばかりのころでしたから、調子に乗っていたのでしょう。

お会いして、挨拶もそこそこに、営業の話を始めました。お客様はしばらく聞いていましたが、途中で「もう、帰っていいですよ」と言って、席を立たれました。

このとき私は初めて、自分が、相手の都合も考えることなく、こちらの都合だけで振る舞っていたことに気づかされたのです。

このような挨拶の仕方では、どれだけこちらが丁寧な言葉で話をしたとしても、まったく意味がありません。

お辞儀ができても、敬語が使えても、同様です。

仮にどんなにすばらしい宴会のプランだったとしても、相手を思いやる心が、そこにはありません。うまくいくことはなかったでしょう。

なおざりな挨拶によって、私の「契約をとれさえすればいい」という心が、お客様に伝わり、私が「自分のことしか考えていない人」だということが伝わってしまったのです。

○忙しさというエアポケット

人は、忙しいとき、つい挨拶をおろそかにしがちです。心を入れることを忘れて、儀礼的に挨拶をしてしまうことが多くなりがちです。

そうすると、相手には、「私は今、あなたよりも重要なものがある」ということが伝わってしまい、仕事でも日常生活でもよくない結果を招いてしまいます。

例えば、レストランなどで働いていて、お店に大勢のお客様が急にいらっしゃると、「次のお客様はどのテーブルに座っていただこうか」ということしか考えられなくなってしまうときがあります。

言葉を換えれば、「さばいていく」ことを考えてしまうのです。そうすると、つい挨拶もおろそかになりがちです。

このような対応をしていると、せっかくお店に来てくださったお客様は気分を害してしまいます。待っているお客様の中には、帰ってしまう方もいるかもしれません。お客様が多数いらっしゃったのですから、その日の売上げはいいでしょう。

しかし、気分を害したお客様や「対応が悪い」と思ったお客様は二度と来てくださいません。また、知人や友人などに「あそこの店は、人気店だけど態度が悪い」と言えば、売上げも徐々に落ちていきます。

プライベートな人間関係でも同じことが言えます。忙しいと、ついつい挨拶がおろそかになりがちですが、そのようなことを続けていくと、自然と、人が離れていくのです。

○疲れているときも要注意

挨拶によって、その人の気持ちがすべて相手に伝わってしまう一方で、挨拶をしないことで、自分の気持ちを誤解されてしまうことがあります。例えば、疲れているときというのは、往々にして、挨拶がおろそかになりがちです。それによって、人間関係を悪くしてしまうことがあります。

いつもは奥さんがつくってくれた料理に、「いただきます」「ごちそうさま」と言っている人が、たまたまひどく疲れていて、何も言わずにご飯を食べ始め、食べ終わったあとにも何も言わなかったとしましょう。

そうすると「おいしくなかったの?」「せっかくつくったのに、その態度は何?」と思われても仕方がありません。挨拶をしないことで、誤ったメッセージが伝わってしまう可能性があるのです。

せっかく料理をつくってくれたのですから、疲れているとしても、「ごちそうさま。おいしかった」くらいは言わなければなりません。

疲れていてあまり話をしたくないようなら、あらかじめ「今日はちょっと疲れていてゴメンなさい」とでも言っておいたほうがいいでしょう。

自分の状態をきちんと伝えておくことも、一つの挨拶と言えるかもしれません。反対に、自分がつらいときでも、相手のことを思いやって挨拶ができれば、その気持ちは確実に相手に伝わっていきます。

○本当は怖い!? ご挨拶

このように、挨拶には、挨拶をする人に関する、実に多くの情報が凝縮されています。

相手からすれば、その人がどういう人なのか、今どういうことを考えているのか、挨拶から容易に判断することができるのです。

世の中には、初対面のときの挨拶の仕方で「あの人はきちんと挨拶をするいい人」「あの人は、挨拶すらできない人」というレッテルを貼る人がいます。

これは、思い込みや決めつけとして、しばしば、よくないものとされていますが、ある面では非常に合理的な判断だと言えるかもしれません。

相手のことを判断するのに十分な情報が、わずか数秒の挨拶の中に含まれているわけです。ちょっとした振る舞いや短い言葉の中から、まごころがあるかどうかが、一瞬にしてわかってしまうのです。

そして、それは、その後の人間関係、ひいては人生そのものにも大きく作用していきます。そう考えると、挨拶は、ある意味、非常に怖いものでもあると言えるでしょう。

その人のよいところ、悪いところすべてがそのままそこに現れ、相手に伝わってしまうのです。もちろん、及び腰になる必要はありません。

先述したように、挨拶を変えれば、その人の心やその人自身も変わっていきます。

心のこもったすばらしい挨拶をすることができれば、その人自身も、その挨拶に引き寄せられる形で、変わっていくことができます。そして、誰でも簡単に実践できる、それがご挨拶なのです。

【 PART 3】ご挨拶の心

○実践が一番の成功法則

あなたは、周りの人にきちんとご挨拶をしていますか。

あなたが、お仕事をされているのであれば、職場の人に対して、あるいはお客様に対して、おそらく何らかの形で挨拶をしているはずです。

それは、どのようなご挨拶でしょうか。

「心のこもった挨拶」でしょうか。

ご近所の人に対してはどうでしょう。

挨拶どころか、「ご近所の顔も知らない」という方もいらっしゃるかもしれません。

ご家族に対してはいかがでしょうか。

朝は「おはよう」、夜は「おやすみなさい」、何かしてもらったときには、「ありがとう」と声をかけていますか。朝晩の挨拶はしていても、「ありがとう」という、お礼の挨拶は言えないでいるかもしれません。普段していないことをする、これは勇気を必要とするものです。

ですが、思い切って、ご家族やお友達に挨拶をしてみましょう。すべては、そこから始まります。また、誰に対してもすることができるのも、挨拶のすばらしいところです。

あなたの周りの人だけでなく、初対面の人にも、スーパーの店員さんにも、道行く人にも挨拶することはできます。会社で、廊下やエントランスですれ違うすべての人に挨拶をすることは、おかしなことではありません。

見ず知らずの人であっても、おそらく社員かお客様なのですから、むしろ望ましいことです。ご近所ですれ違った人に挨拶をするのも、特別なことではありません。

声をかける、会釈をするのは、地域社会という縁の中で生活する人にとっては、ごく自然な行動だと言えます。買い物や食事でお店に出かけたときも同様です。

挨拶をすることで、そこに人間関係が生まれます。挨拶は、その相手を選びません。それによって多くのものを得ることができます。

まず、そのためには、挨拶を習慣づけること、これが挨拶からの贈り物をいただく第一歩だと理解しましょう。

○レジで「ありがとう」だけで変化が訪れる

このように挨拶で一番大切なこと、それは実践です。たどたどしくても、うまく心が込められなくても、まず挨拶をしてみましょう。挨拶をしなければ、変化は訪れません。

人に会ったときに、ひと言「こんにちは」「おはようございます」と声を出してみることから始めてください。それだけで、挨拶のスキルは上がっていきます。周囲の状況も変化してくるはずです。

買い物に行ってレジでお金を支払って、お釣りをもらったら「ありがとう」と言ったり、お礼を言ったりしましょう。

海外に出かけたことのある方ならよくご存じだと思いますが、欧米諸国では、買い物をする際、レジで、多くの人が「サンキュー」といった挨拶の言葉を自然に交わしています。文化として、それが習慣化されているのでしょう。

日本でも、昔は商店街で買い物をしたときに、お釣りをもらってお礼を言う人は少なくありませんでしたが、最近のスーパーマーケットやコンビニエンスストアで買い物をする人の中には、無言でお釣りを受け取る人が多いようです。

「ありがとう」と言うのが恥ずかしければ、「どうも」と言ったり、少し会釈をしたりするくらいでもいいと思います。ぜひ、身近な生活の場で、挨拶を始めてみてください。

○なぜ、挨拶はしづらいものなのか

実は、大半の人は挨拶の大切さを理解しています。ですが、それを実践できない人も同じくらい大勢います。

もし、あなたがそのようなタイプの方であれば、自分自身に「なぜ、私は挨拶ができないのだろうか」と問いかけてみてください。挨拶が苦手だと感じる人は、そこからスタートするとよいかもしれません。

できない理由にはいろいろなものがあると思いますが、恥ずかしさや照れというのが、最大の理由ではないでしょうか。また、みんながやっていないことを理由に挙げる人も多いでしょう。

「レジで誰も言っていないのに、自分だけ『ありがとう』って言うなんて」「今まで挨拶していなかったのに、今さら挨拶するなんて気味悪がられるのではないかしら」 そんなふうに思われる方もいらっしゃるかもしれません。

確かに、周囲がやっていないことをするのは、やりにくいものですし、今までやっていなかったことを急にやり始めるのも、気後れするものです。そのような気持ちは、どうやって乗り越えることができるのでしょうか。

○挨拶したほうがいい二つの理由

ここでは、二つの視点から挨拶をするということを捉え直してみたいと思います。

一つは、相手はどう感じているのかという視点です。言うまでもありませんが、コンビニやスーパーの店員さんは、機械ではなく心を持った人間です。よい挨拶をしてくれるお客様と、無愛想なお客様とでは、サービスの仕方が変わってくるのは当然のことだと思います。

お客様によって対応を変えるのはサービスマンとしてよいこととは言えませんが、人間のやることですから、やはり、対応の仕方は変わってしまいます。

どのようなところであれ、自分がよりよいサービスを受けたいのであれば、挨拶をしておいたほうが、メリットがもたらされる可能性は高いと言えるでしょう。

会社の人やご近所の人に対する挨拶でも同じです。確かに、今まで挨拶していなかったのに急に挨拶をし始めたら、「どうしたんだろう、この人は?」と思われるかもしれません。

しかし、相手の人にとって悪い気はしないはずです。そのうち自然なものとして受け入れていくでしょう。

そうなってくれば、お互いに挨拶をするのが当たり前になり、挨拶をする以前のことついては、「お互い人見知りしていたから」というような好意的な解釈に変わっていくのです。

二つ目は、このままずっと挨拶をしなかった場合と、恥ずかしさなどを乗り越えて挨拶を始めた場合とで、それぞれどんな将来が待っているかを考えてみることです。

挨拶をしない状態を続けた場合、おそらく今とそれほど変わらない毎日が続いていくはずです。

一方、挨拶を始めた場合は、「何かが変わってきた」と感じることができるはずです。お店で買い物をしたときの店員さんの対応がよくなってきたり、あるいは、ご近所での生活がしやすくなったりするでしょう。

会社で、積極的に挨拶をするようにしてみると、社内での評判がよくなっていくということもありえます。他部署の人から「彼をうちの部署にぜひ欲しい」とスカウトされることも起こりえます。また、自分自身の能力や人間性も向上していくでしょう。

今まで通りの生活を続けるか、生活に何らかのプラスの変化をもたらすか。最初のうちは、ほとんど違いは見られないでしょうが、積もり積もっていくと、結果は大きく異なります。

「私はどういう人生を手に入れたいのか」という視点から考えてみると、挨拶が、自分の描く将来像の実現にとって有効な手段になりうる、ということが見えてくるのではないでしょうか。

○形は二の次

挨拶ができない人の中には、マナーを知らないことを理由に挙げる人もいます。下手な挨拶をすると恥をかくから、したくないというのがその言い分です。

そのような人たちは、おそらく「挨拶は完璧なものでなければいけない」という考えが強すぎるのでしょう。確かに、マナーは知っていたほうがいいものです。

社会人である以上、基本的なマナーは身につけておかなければなりません。しかしながら、マナーを身につけていなければ、いい挨拶ができないというわけではありません。

「しよう」という気持ちがあればできるもの、それが挨拶です。重要なことは、形ではなく、心が相手に伝わることです。少しくらい拙い挨拶でもかまわないのです。

例えば、身だしなみや、マナー、礼儀作法が、お世辞にもいいとは言えない人や、どう見ても社交性にとぼしそうな人が、心のこもった挨拶をするということがあります。

反対に、身なりも整っていて、マナーもしっかりしていて、社交性は高いけれども、心が伝わってこない挨拶をする人もいます。挨拶の形は立派でも、何も感じられない挨拶です。

特に若いころというのは、まだ社会人として揉まれていませんから、マナーを知らない、社交性が身についていない人は少なくありません。しかし、形はよくなくても、気持ちの伝わる挨拶をすることは可能です。

「完璧な作法の挨拶」よりも「心が伝わる挨拶」です。マナーを知らないからと挨拶を躊躇する人は、マナーは後から身につけるものと考え、ぜひ挨拶を始めていただきたいと思います。

○究極のご挨拶とは

ここで、究極の挨拶というものについて少し考えてみましょう。究極の挨拶とは、いったいどのようなものでしょうか。

私は、相手がつらい思いをしているとき、苦しい思いをしているときの、温かく思いやりのある挨拶が、究極の挨拶ではないかと考えています。

極端なことを言えば、相手が元気な状態のときには、簡素な挨拶をしても、やや礼を失する挨拶をしても、大きな問題になることはありません。相手は、余裕のある状態ですから、評価が少し下がる程度で済むはずです。

しかしながら、相手がつらい思いをしているときには、挨拶が大きな重みを持ってきます。相手がつらい状態にいるときに、どんな挨拶ができるかで、その人の人格や品格が決まってくると言ってもよいかもしれません。

例えば、ご葬儀に行ったときに、あなたはどのように挨拶をするでしょうか。かける言葉が見つからず、気持ちを言葉にすることは難しい状況です。葬儀の場で、うまく挨拶ができなくても、仕方がない面もあります。

しかしながら、礼を失するような態度があれば、相手の方をいっそう傷つけてしまう可能性もあります。葬儀に来ているご親族や関係者の怒りを買うかもしれません。

このようなつらく悲しい場では、礼を失する態度は、自分の評価を大きく下げてしまいます。葬儀の場では、相手の気持ちを思いやりながら、礼儀作法もわきまえた挨拶が求められます。

相手がつらい思いをしているとき、苦しい思いをしているときにこそ、ご挨拶の真価が問われると言ってもいいでしょう。私がお付き合いさせていただいている、セレモアつくばという葬祭会社があります。

この会社では、辻正司社長をはじめ、皆さんがホスピタリティ・マインドを真剣に取り入れようとしています。もちろん、同社にホスピタリティ・マインドがないわけではありません。

むしろ、創業時より、辻社長が行動指針で「挨拶」の重要性を繰り返し説いている会社であり、もともと挨拶を重視する風土ができている会社です。

お客様に挨拶をするときには、立ち止まって、心を込めて挨拶をすることが、社員の行動指針とされています。そのような会社だからこそ、さらに上を目指して、ホスピタリティの精神を社員全員が学んでいるのです。

葬儀の場面では、つらい思いや悲しい思いをしているご親族様に対応しなければなりませんから、非常に難しい挨拶が求められます。しかも、お客様の状況はいつも同じではありません。

百歳を過ぎたお母様がお亡くなりになった場合と、病気で四十歳代のご主人が亡くなった場合では、その悲しみ、苦しみはまったく異なるものです。

中には、小さなお子様を突然の事故で失われたお母様にご挨拶をしなければならないときもあるそうです。そのようなときのご親族への挨拶は、非常に難しい対応であり、まさに究極の挨拶が求められると言えるでしょう。

○心に形が追いついていく

それでは、セレモアつくばの方々は、具体的にどのようなご挨拶をされているのでしょうか。

そのポイントの一つが「ほほえみ」です。

葬儀の場で、笑顔をつくるというのは不謹慎に思われるかもしれません。しかし、うちひしがれた方に対して、同じようにつらく苦しい顔で対応するのは、必ずしもよいこととは限りません。そもそも笑顔と言っても、いろいろな種類があります。ニコニコとした笑顔をつくっていたら、葬儀の場にはふさわしくないでしょう。

常務執行役員の増倉義久さんは「私たち葬祭会社の社員にとって、ご葬儀の場で笑うことは NGです。ですが、『ほほえみ』はあってもいいのではないかと思っています。ご親族の方の心情にもよりますが、ほほえみは、ご親族の方を和ませる場合もあります」と言っています。

ほほえみもなく、固い表情をしていると、ご親族の心情を思いやっているつもりでも、冷たい印象を与えてしまうことがあります。温かみのあるほほえみは、ご親族の気持ちを和らげることがあると私も思います。

暗い顔をするのではなく、かと言って、ニコニコした笑顔をつくるのでもなく、心休まるような「ほほえみ」をたたえることはとても重要ではないでしょうか。また、同社では、葬儀が終わって出棺のときになると、全社に放送が流れます。

放送が流れると、そのとき手の空いている社員はみな各フロアから降りてきて表に出て、亡くなった方のお見送りをします。

多いときには二〇名以上の社員が整列して、車が敷地を後にするまで、ずっとお辞儀をし続けています。この姿に、喪主様をはじめご親族の方は、「本当にこの葬儀場で葬儀をしてよかった」と思うそうです。

常務取締役の山中サヨ子さんに聞くと、「いつも思うのは、この方はどんな人生を歩んできたのだろうということです。

故人の人生を思い、人生最後のお別れのご挨拶をさせていただいているという気持ちでいると、目頭が熱くなり、自然に頭が下がります」と言います。心の底からのご挨拶であるため、自然に形ができるのです。

社員の方もみなそのような気持ちを持っているために、誰もが深く頭を下げるのです。

車が葬儀場の外に出ていくまで、みなずっと頭を下げ、車が出た後に、最後にもう一度、深々と礼をしてからその場を離れます。

実際、私も、その場に立ち会ったことがありますが、亡くなった方に対して、「人生最後のお別れのご挨拶をさせていただく」という気持ちでいると、自然に最敬礼をするということがよくわかりました。

相手のことを思う高い心に、自然と所作が伴っていく。このようなご挨拶こそ、究極のご挨拶なのではないかと、私は思います。

余談になりますが、社員の方たちがお見送りを終えた後、山中さんは一人ひとりに「ご苦労さま」と声をかけていました。

「ご苦労さま」という簡単な言葉ですが、心のこもった挨拶だと感じました。

○心を込めて、形を整えよう

結局のところ、ご挨拶の本質は、自分の心を伝える行為にほかなりません。そのため、究極的に問われるのは、挨拶をする人の心です。ですが、心は、伝わるような形にして示さなければ、相手に伝わることはないのです。言葉を発したり、頭を下げたりすることも、形の一つです。

挨拶に限ったことではありませんが、心というのは、言葉か態度に表さない限り、相手には伝わりません。ですから、挨拶をするためには形を学ぶことが必要です。

その反面、形ができていればいいわけではない、ということはこれまで見た通りです。

挨拶の形がすばらしくても、そこに心がこもっていなければ、相手の心には残りませんし、人生を変えていく原動力にもなりません。心の有無、形は、必ず相手に伝わります。

特に年配の方や、人と多く接している職業につかれている方、そして一流と呼ばれる方は、心のこもっている挨拶か、儀礼的な挨拶か、瞬時にわかってしまうと言ってもいいでしょう。

挨拶によって人生を切り拓いていくには、そこに心を込めなければなりません。挨拶に心を込め、これを形にし続けることで、初めて、挨拶は自分に大きな贈り物をもたらす存在になるのです。

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